第20話 サバイバル<中編>
木の陰から飛び出てきたのは黒い鱗の中に赤の点々が斑模様になっている超巨大アナコンダ。
生物名をブレッドサーペントといい、二本の牙から放たれる強烈な神経毒と巨体からは想像もできないような俊敏性を持ち合わせている森の魔物の一種だ。
「ちょっ嘘でしょ!?こんなのいるなんて誰からも聞いてない!」
殺気と気配を感じ取り、なんとか一撃目を躱すことに成功したハクトはその恐ろしく巨大で見慣れぬ生物に度肝を抜かれていた。
それもそのはず、キロ達の誰からも家の外にどんな魔物がいるかなど聞かされていなかったからだ。
そのため、大した魔物は家の周辺にはいないと勝手に思い込み、ハクトは森に住む魔物をほとんど警戒していなかったのだ。
実際には主にレックスが家の周辺の魔物を刈り尽くし、完全に縄張りを作り上げていたため、魔物が寄り付かなくなっていただけに過ぎなかったのだが、ハクトはそれを知らない。
シャアアアアァァァ!
「うあ!?毒!?」
突如ブレッドサーペントが牙をむき出しにし、ハクトに向かって毒を飛ばしてきた。
毒ヘビの中には牙の毒線が下でなく上に繋がっており、威嚇や目潰しのために毒を飛ばすのだ。
「くっ」
バッ
ハクトは飛んできた毒を横っ飛びで躱し、反撃の炎を噴いた。
「くるなぁぁ!!」
ボオオオオォォォ!
シャアアァァッ
炎に当たることはなかったが、生物的本能が刺激されたブレッドサーペントは火を避けるようにハクトから距離をとった。
そして、その隙にハクトは川を飛び越え、ブレッドサーペントとは反対側の森へと走り出した。
「何あいつ!?怖すぎでしょ!あんな映画とかでしかでてこないのがなんで僕を!」
大きさとは恐ろしいもので、自分がいかに相手よりも優れた能力があろうとも目の前に立たれると腰が引けるものだ。
特にそれが見たことのないバケモノであればなおさらだ。
「くそっ!くるな!くるなあ!!」
シャアアァァ!!
出だしからビビり切っていたハクトには既に戦意はなく、ただ逃げることだけを考えていた。
しかし、ブレッドサーペントの方は逃げ出したハクトを完全に餌だと認識し、その巨体を大きくうねらせて追いかけてきた。
ドドドドッ
「はぁ!...はぁ!!」
ハクトが森の木々をなんとか躱しながら走って逃げても一向に距離は縮まらず、振り向く度にむしろ迫りつつあった。
当たり前だが、森で過ごすした年季が違う。
ブレッドサーペントは無造作に生えている木々や根っこをスルスルとくぐり抜けてハクトへと迫った。
シャッ!!
ドンッ!!!
ブレッドサーペントはハクトへ追いつき、うねりから威力を高めた体当たりがハクトの背中に炸裂した。
「がっ!!はっ!!」
竜人族のザザンから受けたタックルなんかとはわけが違う。
体格のまるで違う、言うなれば総重量25tもの大型トラックに吹き飛ばされ、全身の内臓を一瞬にしてかき混ぜられたかのような感覚がハクトを襲った。
ドサッ
「かひゅー...がっはっ...かひゅー」
地面に転がったハクトは重たすぎる痛みから呼吸すらままならなくなり、その場で蹲った。
逃げようと考える程にぐわんぐわんと大きく波打つ世界に思考が邪魔された。
ズルズルッ
役に立たなくなった体を補うように耳のみが徐々にブレッドサーペントが近づく音を頭へと知らせた。
そして、ズレた世界でもわかるような大きな口に飲み込まれたのを最後にハクトは暗闇へと飲み込まれていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「...う...くっ...」
ハクトが目を開けるとそこは暗闇だった。
「ここ..は?」
少し時間が経ち、頭が冴え始めると異様な匂いに気がついた。
「うぐっ!くさっ!」
ハクトは全身が何かに覆われているようで上手く体を動かすことが出来なかった。
ぐいっぐいっ
「くそっ...なんだこれ!」
が、体をうねらせたり暴れまわることで隙間が生じ始めた。
ハクトはできた隙間から腕を頭まで手繰り寄せて、爪を使って思いっきり引きちぎった。
ビリビリッ!
「うりゃあ!」
いとも簡単に覆っていたものは破れ、ハクトへ外の新鮮な空気が送り込まれた。
「ぷはー!」
ハクトは今まで吸っていた淀んだ空気を残さず吐き出すように呼吸をし、周囲の確認をした。
「...だと思ったよ」
ハクトが抜け出しのは先ほど自分を食べたブレッドサーペントのお腹からだった。
そして、そのブレッドサーペントは既に表面の赤の斑模様が消え、パリパリの丸焦げに仕上がっていた。
「僕は狩られた側なのになんだか申し訳ないな...」
視界の端に琥珀色に小さく輝く炎を見ながらハクトは落胆してみせた。
しかし、口では態度ではそう見せるがハクトの異能力”獄炎の痛み”でブレッドサーペントを焼き殺したことにハクトは罪悪感を覚えてはいなかった。
なんだかそう言っておかないと自分の態勢が保てないのではないかという気がしたのだ。
「おかしいな...生き物を殺すのは躊躇していたはずなのに...」
実はハクトは山菜を探している間にも何匹かの獣を見つけてはいたのだ。
しかし、捕えることはせずに毎回見逃していた。
自分の力で命を摘み取るのが怖いと感じていたからだ。
そうまでして生き物に手を出すことを拒んでいたハクトだが、ブレッドサーペントを殺したことに全くというほど罪悪感を覚えてはいなかった。
それはなぜか...考えてもハクトには答えが出てこなかった。
そんなことよりも気になることがあったからだ。
ごくっ
「食べれるかな...こいつ」
見た目は全く美味しそうには見えないが、焼いたおかげでどこか香ばしい香りがハクトのお腹を刺激していた。
「...いただきます」
がぶっ
耐えきれない衝動にハクトは自分が出てきたお腹からブレッドサーペントにかぶりついた。
パリパリッ...もぐもぐ
「...おいしい」
焦げた部分を噛み切ると、ほのかに残った皮と肉が噛みごたえのある弾力をもたらし、今まで避けてきた油が身体中に染み渡り始めた。
がつがつっ
「おいしい...おいしい!」
ハクトは夢中になった。
口を大きく開け、今まで食べれなかった分を取り戻すかのように引きちぎり、噛み、飲み込み、舌で油を舐めあげた。
そして、ハクトの食事はその日が暮れるまで続いた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ホーッホーッ
「はぁ...はぁ...」
夜に鳴き出す怪鳥の声にとともにハクトはブレッドサーペントの肉からようやく口を離した。
ほとんどが炭と化していたため、実際に食べた量は減るが、それでもハクトはブレッドサーペントの体の半分は食い尽くしていた。
ふらっふらっ
「食べ過ぎたかな...」
ハクトは不自然に盛り上がったお腹をさすりながら元いた川沿いへと戻り始めた。
道はブレッドサーペントが体を引きずった跡を辿って。
くるっ
ふと、振り返ると残された頭があった。
「...ありがとう。ご馳走様でした」
ハクトは生まれてから恐らく初めて食材への感謝をした。
自分を食ったから食い返したなどの小さな邪念すら一切ない。
目はまっすぐブレッドサーペントの亡骸を見ており、そこにはただただ純粋な感謝のみがあった。
「多分...わかった」
再び振り返り、歩きながらハクトは今回なぜ罪悪感を覚えなかったか理解した。
それは、
なぜ生き物を殺せないのか。
なのになぜ既に調理された肉や魚は平気で食べられるのか。
なぜザザンを燃やした時は罪悪感に押しつぶされそうになったのか。
なのになぜ今回のブレッドサーペントの時は平気だったのか。
その答えだった。
「僕の手が及ばなかったからだ」
ハクトは自らの両手を見て呟いた。
自分ではどうすることのできない。
いわゆる自然災害のようなものに関してハクトは罪悪感を覚えなかったのだ。
それが例え自分の能力だったとしても。
「大事なのは僕がなんとかできたかできなかったかの差」
ハクトは下を向きながら歩き、思考を深めた。
そもそも罪の意識は自分のしたことや、できたことをしなかった際に起こるものだ。
既に調理された生き物は自分の手が及ばないから心は痛まない。
「...ようするに僕の線引きはそこなんだ」
両手を心臓に当て、自分の考えと”解読”の意見を一致させた。
ハクトの甘さの線引きはそこで敷かれている。
自分の手が及べる範囲内か否か。
「だから家を出てすぐに体の調子が良くなったんだ」
”解読”も異能力だ。
使う度に強化されてゆき、心の奥底の気持ちの輪を広げていった。
そのお陰で、自分自身が怖いという情報だけでなく、自分の手が届く範囲の人を傷つけたくないという気持ちを解きほどいた。
ハクトの心に定められた罪の重さの中で一番重いのが自分の手で相手を傷つけることだ。
ましてや殺したなんてことになればハクトの心には一生消えない傷が刻まれることとなるだろう。
がさがさっ
ヴーッ
「!...狼」
ハクトが”解読”の強化に成功した最中、歩いていた川への道のりの間に突然狼の姿をした魔物が姿を現した。
バウ!
「やる気?さっき大蛇を見た後だから普通の大きさの狼に凄まれても僕は怖気付かないよ?」
狼が吠え、森で見かけぬ相手を威嚇した。
しかし、ハクトは全く動じず、目線を狼の足元へと移して臨戦態勢をとった。
狼もハクトが逃げな出さないとわかると敵と判断し、姿勢を低くした。
ドン!!
バウウ!!
「遅いよ!」
地面を先に大きく蹴り出したのは狼の方だったが、ハクトの目は狼の先の動きを既に把握していた。
ハクトは噛みついてきた狼の頭を躱し、そのまま腕を首に巻いて締め上げた。
ギャウウウ!!
狼は息が詰まりそうな声をあげ、ハクトの腕の中で暴れまわった。
だが、意味がない。
暴れた爪がハクトの足や手を引っ掻こうとすぐさま回復する。
ハクトはあと、締め上げるだけでよかった。
「...君は僕より弱いね」
だが、ハクトは腕の拘束を簡単に解いた。
首を引っこ抜き、地面に降り立った狼は再び攻撃しようとハクトに迫った。
バウバウ!!
「僕は君に何度攻められようとも負けないよ」
ハクトは迫り来る狼に対して大きく息を吸い込んだ。
ボオオオオォォォ!!
キャンッ!
ハクトは狼に当たらないように加減した炎を噴いた。
狼は突然の炎に驚き、攻撃を中断して走り去っていった。
「やっぱり躊躇しちゃうね。例え襲われたとしても」
ハクトは襲われたにも関わらず、狼をわざと逃した。
なぜなら相手が自分の手に及ぶ範囲内だったからだ。
自分の意思一つで生き死にを変えることができるなら生きていて欲しいのだ。
「こんなサバイバルでそんな考えは甘いのかな...」
他者の命を奪ってなんぼのサバイバルではハクトの考えは正直邪魔なだけである。
生き長らえたいなら自分の手が及ぶ相手。
つまり自分よりも弱い生き物を狙ってしかるべきだ。
「でもやるしかない。だって変わらないし変えられない。」
ハクトは自分ではどうしようもない場合のみ。
つまり、自分よりも強者に命を狙われた時に仕方なくその命を奪ってしまうだろう。
その代わりに例え、自分の命が狙われようとも弱いものの命は奪うことをしないと再度心に誓った。
「それが僕だから」
こうして、ハクトの高難易度サバイバルが始まった。




