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第18話 解読


「ん...」


カーテンのない部屋に直接日差しが入り込み、ハクトの蒼白した顔を照らし出した。

朝食を食べれずに部屋に戻ったハクトは体の震えが止まらず、そのまま倒れ込んで寝てしまったのだ。


「...寒い」


思わず出た言葉だった。

起き上がったハクトの体には寒くないように毛布が体の上からかけられており、寒くはないはずだ。


「寒いよ...すごく...」


しかし、寒い。

ハクトは掛けてあった毛布を力一杯引き寄せて部屋の隅で肩を慄わす。

怖いのだ。

ハクトは得体の知れない心の震えの止め方を自分すらもわからなくなってしまっていた。


「死ぬのかな...いやもしかすると...」


死んだ方が楽になれるのかもしれないと言葉には出さないがそんな考えがよぎってしまう。

それほどまでにハクトの心は体よりもずっと弱っていた。


「2年...か」


ふとした瞬間にこれまでの過去が思い返される。


2年である。

あの日、あの光景を目の当たりにしてから2年もの月日が流れた。

ハクトも最初はここまでの時間がかかるとは考えていなかった。

自分はただこの異世界と元いた世界との違いに直面して戸惑っているだけだと。

この考えに至ったのはキロ達の献身的な治療のせいでもあった。


ハクトが教会内で人を助けて回ったことで一体どれほどの人族が助かったか。

ザザンを瀕死まで追い込んだことは決してハクトの責任なんかではなく、元々キロの手によって生き残ることはない命だったということ。

他の亜人達は今始末しなければ後々どれほど被害が大きくなるかについて。

結果としてハクトはよくやったと。


これらについて散々ハクトはキロ達に言って聞かされていた。

ハクトが理解し、納得することでトラウマを乗り越えることができると共に自らの行いを肯定してくれる人間が近くにいるというのを印象付けるためだ。

心の治療としては大きな効果をもたらすはずだった。


「違うんだよ...」


ハクトの小さな一言が何もない部屋にこだまする。

何度も聞いているうちにそんな気持ちになることが自分にもできると。

キロ達のような考えになることができるとハクトも考えていた。

無理でもそうしないとと考えていた。

しかし、2年たった今でも変わらないのだから違うのだ。


「そうじゃないんだ...」


つぶやきが大きくなり、声が震えだした。


違かったのだ。

ハクトの期待するキロ達の言葉が、意味が違っていたのだ。

どう違っていたのかはハクト自身もわからない。

どんな風に声を掛けて貰えていればよかったのかなんてわからない。

が、2年でようやく()()()ことだけはわかった。


「帰りたい...家に...帰りたいよぉ...」


ポロポロと小さな雫が毛布に垂れ始め、いっそう肩の震えが大きくなった。

ハクトは帰りたかった。

元いた世界に。

ハクトは夢に出てくる家にここずっと感じることのできなかった安心感を感じていた。

夢に無意識下で刷り込まれていたのだ。

あの家こそ本当に帰るべき場所なのだと。


「うっ...くっ...」


ハクトはぐずぐずになった顔を上げて部屋を見渡した。

何もかもが失われていた。

数少ない本が並べられていた古い棚、足の一本の長さが短くて動くとカタカタ音がなるベッド、成長が早くて着る機会が少なかった服をまとめていたタンス、爪をついつい研ぐのに使ってしまった傷だらけのデスク、椅子、壁に吊り下げられたランプにカレンダー、キロのキセルの匂いが沁みこんだカーテン。

全部が運び出されて今や焦げたレンガの壁だけが剥き出しになっている。

そして、ハクトのぼやけた目には元いた世界の綺麗な自分の部屋が映し出されていた。


「出ないと...ここから」


ハクトは自分の震える両肩を強く抱きしめた。


「もう...これ以上キロ達に迷惑をかけるわけにはいかない...」


ハクトの震えた瞳の奥には確かな拒絶があった。

この異世界すべてを否定したものだ。


ハクトはこの日、この瞬間に決めた。


この()()()()から抜け出すことを。


「あてはない...生き残ることもままならないかもしれない。...けど、まずは出なきゃ。出なきゃ何も始まらない...!見つけなきゃ!帰る方法を...僕の家を!」


ハクトは顔を強くぬぐい、そして、力強く部屋を出た。


ガチャッ

「あれ?ハクトもう起きてたのさ?」

「!ニーミ...ママ...」


部屋を出た通路のすぐ手前にニーミが立っていた。

二階に登ってくる音がしなかったところをみるとずっと部屋の前にいたのかもしれない。


「どうしたの?そんなにあわててさ?ん?」

「え...と...」


言わなくてはいけない。

決めたことをせめてニーミくらいには。

唾を飲み込み、ハクトは意を決して口を開いた。


「...僕ね...決めたんだ。この家をっ...」

「...」


ハクトは最後まで言い切ることができなかった。

気持ちの問題ではなく、性格の問題だ。

話せばニーミの悲しむ顔を見ることになる。

それを嫌がったのだ。

そして、そんなハクトを見たニーミは無言だった。

ハクトは反応を見るのがなんだか嫌で視線はどうしても下に向いてしまう。

ただ力強く拳を握るだけだった。


「...そっか...ずいぶん追い詰められてるもんね。ハクトさ」

「!」


不意にハクトはニーミに抱きしめられた。


「ちょっ...ニーミママ!?離れてよ!危ないよ!!」

「あばれないのさっ」


この2年間は不安定なハクトに触ることさえ怯えていたニーミからの突然のハグ。

ニーミの温もりがハクトに伝わっていく。


「あっ...」


すると、自然と拳から力が抜け、視界がぼやけていく。


「なん...でっ今、だきしめるのっ...」

「んー?だってハクトがこうして欲しそうだったからさ」


ニーミはハクトの背中をゆっくりとさする。

まるで昔のように。


「うぐっうぅっうっ」

「よし、よし、大丈夫なのさ。私はもうハクトのこと怖がったりしないのさ」


ハクトもニーミを強く抱きしめ返した。


「!」

「?ハクトさ。どうしたのさ?」


が、それがいけなかった。

ハクトはニーミから離れると弱々しく口を開いた。


「ううん...なんでもない」

「...?」


ハクトはニーミをその場に残し、下の階へ降りていった。


「ハクト...?」


ハクトは自分の両手を見る。

震えていた。

自分の手ではない。

ニーミの背中がだ。


ハクトは今ので完全に理解したのだ。

仮にも騎士であった死をも恐れぬはずのニーミの恐怖を。


当然、実際に震えていたわけではない。

これはハクトにしかわからないことだ。

百戦錬磨の騎士の心の奥底を覗き込む能力。


これがハクトの三つ目の異能。

解読(クリア)”だ。


触れた者の心の声を聞き出し理解する異能。

知らない言語の意味を脳内で解読することも可能であり、生まれたばかりの時に言葉はわからなくてもハクトには意味が伝わっていた理由だ。

他にもザザンが突然ハクトに故郷について話し出したのも”解読(クリア)”の能力が関係している。

触れ続けることで相手の心を丸裸にするのだ。


ハクトはこの三つ目の異能には確信はないが使い方を理解していた。

が、今回ばかりはこの異能の力が凶となってしまった。

知りたくなかった相手の心の底を読んでしまったのだ。


「ばか...僕のばか...!」


ハクトは自らの失敗を嘆いた。

そして、一階に降りると二人の男が迎え入れてくれた。


「よう!ボン!今日は早ーな!」

「よく眠れたか?ハクト」

「えっ...うっ...うん。みんなも早いね...」


ハクトは目が泳いだ。

ニーミの行動もそうだが、なんだかいつもと雰囲気が違かったためだ。

そう、戻っている。

2年前と雰囲気が。


「ほらじゃあ!座った座った!ご飯にするのさー!」

「えっちょっ...」


同じく後ろから降りてきたニーミがハクトの背中を押し、テーブルへと向かわされた。

するとニーミがにっこり笑い、レックスがいつもの大口をあけ、キロが遠くを見るような目でハクトを見た。


「今日の献立はいつもと違うのさ!わかる?ハクト?」

「え...と...へへっなんだろう?」


ハクトはこれまでのどこかギスギスした雰囲気が突然消えたことに戸惑った。

いつもこんな時はどんな返し方をしていただろうか。


「なんだーわからねーのか?ボン?」

「...お前の好きなやつだ」

「もしかして...魚?」


キロの言うハクトの好きなやつとは決まっている。

正解を言い当てたハクトの前にニーミの手によって魚が丸々焼かれた物が目の前に置かれた。


「正解なのさ!」

「えっ...でも今日は別に誕生日でもなんでも...それに...頑張っても...いない...のに」


ハクトはこの2年間の間は当然ではあるが訓練は一切行って来なかった。

なのに何故かもらえるはずのない物が目の前に置かれている。


「十分に頑張ってるのさ。ハクトがこの二年間もの間で誰が頑張っていないなんて言えるのさ?」

「えっ...でっ...でも」


おろおろするハクトにキロが口を開いた。


「食え、ハクト。それが今のお前の訓練だ」

「う...うん...」


ハクトはキロに言われることでようやくナイフとフォークを手に取った。

そして、最後に周囲を見渡すとレックスが先に食べ始めていた。


「ほらほらボンヤリしってと全部食っちまうぜ?...もぐもぐ」

「!」


ハクトは本能的にお皿を庇い込み、ナイフとフォークを使わず直接口で魚を齧った。


「...おいしい」

「「「!」」」


全員の顔が驚きから笑みへと変わる。


「そうさ!私が作ったんだから当たり前さね!」

「がははっ!馬鹿野郎!丸焼きにして味つけただけじゃねーか!」

「なにおう!?言ったさねーレックス!」


口では喧嘩しているみたいだが顔を見ればじゃれているのが丸わかりだった。

堪えきれない喜びをなんとか隠そうとしているのだ。


「...そうか...うまいか...ハクト」


キロは笑みを浮かべ、感触を噛み締めているようだった。

しかし、それは束の間の出来事だった。


「...」

「なんだ?腹一杯なのか?ボン?」

「もしかしてやっぱり美味しくなかったのさ!?」


ハクトが二口目を口にすることはなかった。


「ううん...そんなことないよ...美味しい...」


ハクトは下を向いたまま顔を上げようとはしない。

体が震えていた。

いち早くそのことに気がついたのはキロだった。


「!ハクト大丈夫だ!怖がることはない!」


キロは立ち上がり、ハクトの両肩をしっかり掴んだ。


「俺を見ろ!ハクト!!」

「触らないで!」


しかし、キロの両手はハクトの勢いと両腕によって振りほどかれてしまった。

そして、ハクトは無意識下で己の胸に手をあてて”解読(クリア)”を発動させた。


「なっ...何をするハクト...」

「怖い」


突然の出来事に全員が立ち往生する中、震えたハクトの体に琥珀色の炎が灯り出した。

こうなっては誰も近づくことができない。


「怖いんだ。僕は...みんなが」

「「「!」」」


キロ、ニーミ、レックスはあの一件以来はハクトに怖がられていることは知っていたが、直接言われるとどうしても顔が引きつったものになってしまう。

誰だって好きでいて欲しい人に怖いと言われればそうなる。


「平気で人を殺せるこの世界も怖い!」


ハクトの溜まっていた感情が少しずつ剥がれ落ちてゆくのが目に見えた。

そして...


「だけど...一番怖いものがあるんだ...」

「!...なんだ...言って見ろ...ハクト」


少しずつ燃え上がるハクトに対して今、口を開けたのはキロだけだった。

ニーミもレックスも唖然としている。

ハクトはここにきておそらく初めて本当の意味で顔を上げた。


「そんな...()()()()()()()()()()()()()が一番...僕...怖いんだ」


誰もが気付けなかったハクトの心が解き明かされた。

両手で胸を押さえつけながら涙を瞳に蓄えて、精一杯の力を込めたハクトの言葉がキロ達に突き刺さった。


「ごめんなさい...みんな...僕...もう...行くねっ」

「ハクト!!待て!!」


ハクトは走り出した。

体に炎を纏いながら。

外へ。

林へ。

森へ。


行く宛などない。


だが、急がなくてはならない。

鎧を着られればキロに追いつかれるし、気絶させられることも容易だろう。

だから誰も触れない今の状態で、残った体力を全力で振り絞って、ハクトは走り出した。


それでもう誰も僕に怯えなくていい。

ついにハクトの全ての異能が出揃いました!

そして、ようやくハクトのサバイバルが始まった!

当然これまでとは違った展開になってゆくので私自身楽しみです!


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