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第17話 シェルショック

「...きて...きなさい」


誰かが僕の布団を揺すっている。

どうやら起こそうとしているらしい。


「...んむぅ...後少しだけ...」


僕は未だはっきりとしない微睡みの中でもう一度眠りにつこうとした。


「起きなさい!」

ガバッ!!


が、布団を剥ぎ取れることで強制的に眠りから覚まされた。


「ちょっ寒いって!何するのお姉ちゃん!?」

「あんたがいつまでたっても起きないからでしょ!あんたはせっかく医学部受かったのにいきなり講義サボる気なの!?」


目の前で僕の布団を捲りとっていたのは黒い髪を背中側まで伸ばし、スラッとした体型をした女性。

どちらかといえば美人ではなく可愛らしい顔つきをした誰にでも愛想のある馴染みやすい顔をした姉の千葉フユカだった。


「あれ?...やばっ!遅刻する!!」


僕は時計を見て時刻が既に遅刻すれすれであることに気がついた。


「早くしなさい!」

「わかってるって!お姉ちゃん!」


僕は急いで洗面所へ行き、顔を洗い、歯を磨き始めた。

そこでふと、鏡に自分の姿が映った。


「?...おかしいな」


自分の千葉ハルキの顔を見て何だかすごく違和感を感じた。


「僕って...こんなんだったっけ...?」


不思議そうに鏡を覗き込んでいると、再び姉のフユカから急ぐように声がかかった。


「自分の顔とにらめっこして何してんの!?早くしないと置いて行くわよ!」

「!?待ってよ!」


そうだった。

今年の春から姉弟そろって同じ大学へ通っていたんだった。

実は姉のフユカは医学部受験に失敗し、別の学部に入学したのだが、僕が家で常に勉強するようになったのを見て負けじと仮面浪人をすることにしたらしい。


それが功を奏して同じ学年ではあるが姉弟そろって合格することができた。

今まではずっと険悪なムードだったお姉ちゃんが、今では元の優しい姉に戻っており、大学も僕と一緒に向かうほどの仲となっていた。


「行って来ます!」


僕は玄関でいつも通り元気に家に向かって挨拶をした。


「...?あれ」

「?何してるのハルキ?誰もいない家に挨拶なんかしたりして?」


家からは何の返事もなく、ようやく思い出した。


そうだ両親は仕事で既に家を出ているんだった...

なんで返事が返ってくると思ったんだろう。


「早く行くよ!」

「うっうん!」


フユカに急かされて扉を開けようとした。

が、何だか嫌な予感がした。


「ねぇ...お姉ちゃん...今って誰も家にいないよね?」

「何言ってるの?いるわけないじゃない」

「そう...だよね...」


その時だった。


「あんたに家族なんているわけないでしょ...この人殺し」

「!?」


突如玄関が激しい炎に包まれた。


「あちっ!!お姉ちゃん!!?...何これ!!」


訳もわからず姉のフユカの手を握り、外に出ると、握った手がとても硬いものに変わった。

触ったことのある硬い鱗がびっしり詰まった太い腕。


「お...お姉ちゃん...?」


振り返るとそこには顔が半分以上焼き焦げた巨大なワニ顔の大男が立っていた。


「みんな...故郷に帰りたがっていた...残してきたもんがあるって...失敗しちゃいけなかったんだ。こんなんじゃ弟にも顔向けできねぇよ」

「ひぃっ!!?」


手を離すと腰が抜け、その場に倒れこむ。

そして、倒れ込んだ先からピシャッという水音がした。


「なに...これ...?」


お尻から手をとって見ると血がべっとりとついていた。


「うわぁぁあ!!」


気がつくと周囲には夥しい数の死体が転がっていた。


「何これ!?助けて!!誰かああああ!!!」


死体に火が乗り移り、段々と火の威力が増していった。

炎の威力が上がるとともに痛みと息苦しさが襲いかかってくる。


苦しい...

誰か...助けて...!


「どうしたハクト」

「!」


聞いたことのある声だった。


普段は寡黙で何を考えているのかわからないが、僕のことになると感情をむき出しにしてくれるそんな男の声。

目の前に白髪の男...キロが立っていた。


「キ...ロ...」


僕は動かなくなってきた体を必死に地面に擦り付けて這いずり、足元までようやくたどり着くことができた。


「たす...けて...キロ...」


苦しくてもう声がまともにでない。


「いいだろう。助けてやる」

「!」


キロの声が聞こえた途端、胸のあたりが熱くなるのを感じた。


「なに...してるの...キロ...?」


口からも熱いものがこみ上げて来て吹き出る。

苦しみと痛みから涙が溢れてくる。


「なにって...」


キロが持つ短剣は胸に突き刺さっていた。


「トドメだが」


・・・・・・・・・・・・・・・・・


バシャッ!!!


「ごほっ!ごほっ!!」


突然水が降りかかり、ハクトは息苦しさから目を覚ました。


「起きろハクト!!早くこの炎を消せ!!」

「!」


起き上がると部屋が琥珀色の炎で埋め尽くされており、今にも外へ溢れようとしていた。


「しまった!消えろ!!」


ハクトは痛みや苦しみの記憶を心の内にしまい込み、何とか炎を消すことに成功した。


「キロ...ごめんなさい」


キロはハクトの部屋の中で鎧を着込んだ状態で大きなバケツを抱えていた。

キロが鎧を着込んでいるのは”武器強化(ウエポングロウ)”であればハクトの炎が燃え移るのを防ぐことができるからだ。

しかし、熱はまた別である。

キロが近づけない程の火力であれば何とかしてハクト自身に消してもらうほかないのだ。


「...構わん...またあの夢でも見たのだろう?気にするな」

「...うん...」


こうなったのは今回が初めてではない。

ハクトの部屋には既に何もなく、カーテンや本など前にあったものは全て回収されていた。

理由は簡単で燃えるからだ。

ハクトは未だ夢のせいでガクガクと震える手足を使い、燃えてボロボロになった自分の衣服を脱ぎ捨てた。


「...もう2年も経ったのに...」


ひどい有様だった。

服を脱いだハクトの体はガリガリに痩せており、棒切れのようにほぼ骨と皮のみの状態となっていた。

それもそのはず、あの日、町に出かけた先でクーデターに巻き込まれた日から既に()()()()()が過ぎ去っているのだ。


背は少し伸びてはいるが以前とは比べものにならないほどに弱り切ったハクト5歳の姿がそこにはあった。


「っ...布団はまた買ってくる。とにかく下に食事に来い」

「...わかった」


キロはハクトのこの弱り切った姿を直視することはできない。

目を逸らしてそのままリビングへと先に降りていった。

取り残されたハクトは着替え終わると、体の震えをひた隠しにし、リビングへ向かった。


「...おはよう...みんな...」

「おっ...おはよーなのさ!ハクト!ご飯できてるのさー!!」

「よう!ボン!...けっ今朝もすごい燃えっぷりだったな!」


食卓を囲んでいたニーミとレックスが返事を返してくれるがどこか怯えている。

原因はもちろんハクトだ。


ニーミもレックスも炎に対する耐性が一切ない。

おそらく二人に燃え移れば今の火力では万が一にも助からない。

キロだって鎧を着てなかったら燃え移ってしまう。


「やめろレックス。燃えたのはハクトの意志ではない」

「おいキロ...んなこたぁいちいち言われなくてもわかってんだよ」

「ほらほら二人ともやめなさいさ!」


最近はいつもこんな状態が続いていた。

ハクトが姿を見せるとみんな急にピリピリしたり緊張し出す。

そして、そんな中で目の前にいつものポタージュと肉とパンが朝食が並べられた。


「...いただきます」


ハクトは未だ震える手をなんとか制し、スプーンを持ち上げた。

そのスプーンでこぼさないように一口ポタージュ食べ、噛んで飲み込もうとする。

しかし、目をつぶったのがよくなかった。


この人殺し


脳裏に今朝見た夥しいほどの死体が映り、吐き気を催した。


「うぷっ...!!」


立ち上がり、トイレに駆け込もうとしたが遅かった。

その場でポタージュの中に戻してしまった。


「うぇえぇえっ」

「!?大丈夫さハクト!!?」


慌ててニーミが近寄ってくるが触ることはできない。

当たり前だが、いつ燃え上がるかわからないからだ。


「...ごめん...なさい。やっぱり食欲でないから僕...部屋に戻ってるね」


ハクトが青ざめた顔のまま席を立ち、震える体を抱えるようにしてそのまま部屋へと戻って行った。

そして誰もそれを止めるものはいなかった。


「...今日もだめだったか...」

「くそっ!!どうしちまったんだボンは!!もう2年も経ったんだぞ!!」

ガシャン!!


レックスが怒りを露わにし、机を叩きつける。

すると、ニーミが膝を崩し、その場に倒れ込んだ。


「いやああ!私もうあの子を見てられないのさ!!」

「おっおい!ニーミ!?」


泣き出したニーミにキロがどうすればよいかわからず立ち往生する。

それもそのはず、ニーミがこんなに取り乱すことは今までないことだったからだ。


「どうすればいいのぉ!?キロさんさぁ!!あの子を何とかしてあげてよぉ!!このままじゃあの子死んじゃうよ!!」

「っ...」


キロはこのハクトの症状をよく知っていた。

戦場に出た者であれば誰しもがかかる危険性がある病気。

その名もシェルショック。


「ハクトはシェルショックだ。俺たちが支えて、ハクト自身が克服しないとどうにもならない」

「そんなことさ!!ハクトがこの状態になってからずっとわかってるのさ!!だけど2年経った今でも全く改善してないのさ!!」


シェルショックは心の病だ。

脳裏にトラウマがこびりつき、離れなくなることで発症する。

症状は鬱に似たものがあり、不安や疲労感に飲食障害が起こる。

そして、最大の特徴として体の硬直と震えがある。


「ああ、それに関しては俺の考えが甘かった」


実はシェルショックは一時的なもが多く、1ヶ月もすれば治るはずの病気だった。

実際キロもそう言った話をよく聞いていた。

だからこそ随分とほったらかしにしてしまったのだ。


「慢性だよな...ありゃ」

「ああ...」


ハクトの場合は完全に慢性化していた。

時間で解決できないほどのショックがハクトの脳内には残ってしまったのだ。


「どうにかしなくてはな...」


だが良い案が浮かばない。

心の病は複雑で何がきっかけで治るかわからないのだ。

すでに何度もハクトと三人は話し合い、様々なことを試したが、ハクト自身が全てを拒否するようにどれも効果がなかった。


「無理なのさ!あの子はもう私達を信頼してないのさ!」

「ああ。一番の問題点だな」


ハクトはキロ達の殺戮を見てしまった。

ハクトの心の中でキロ達の信頼は失われてしまったのだ。

信頼のない人から何を諭されようが説得されようが聴く側にはなんの影響も出ないのと同じである。

今のキロ達に治療を受けてもハクトには効果は出ない。


「...だから俺たちの信頼を回復するところから始める」

「...どうやって」


キロには確信はないがやって見る価値があることを思いついてはいた。

その言葉にニーミが涙をぬぐいながら縋るようにキロを見る。


「最悪の場合は三人とも死ぬことになる。だがやる価値はある」


キロがニーミを立たせ、レックスを手で引き寄せた。


「覚悟はあるか?」

「おいおい...誰に聞いてんだキロ?」

「やれることがあるならなんでもするのさ!」


三人は円陣を組み、お互いの顔を確認しあった。


「よし、いい目だ!!やるぞお前ら!!!俺たちの手でハクトの信頼を取り戻すのだ!!!」


キロは咆哮をあげた。

決意を示すものだ。


「「おお!!!」」


そして、それに続く声が二つ上がった。

おそらく一番書くのが難しい心の問題に入ります。

これを乗り越えてからでないとハクトは最強になれないのでなんとか書き上げたいと思います!

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