第15話 地下通路<中編>
キロ達の話を頭で整理していたスターゼンは戸惑っていた。
目の前に2人の亜人がいる。
片方は大柄で、竜人族と呼ばれる亜人だ。
そして、もう片方は小柄で、幼い顔立ちをしているが、恐らくは龍人族であろう。
...おかしい人質がいない。
スターゼンは奪われた人質は最後に取られたのだろうと考えていた。
でなければあのような状況にはならない。
最初から有効な人質を取られて入れば亜人側の被害がもっと少ないはずだし、キロの反応が今しがた奪われたと切実に物語っていたからだ。
スターゼンは一本道の通路で、最初に遭遇する人物こそ人質とその人質をとった亜人だと思っていたのだ。
結果としてその考えは正しかったのだが、ここで大きなミスをスターゼンは犯していた。
人質となった人物の情報をほとんど聞きそびれていたのだ。
慎重派のスターゼンは普段はこんなミスはしない。
しかし、今回に限りキロによって己の命の危険性を感じたスターゼンは焦ってしまったのだ。
すぐさま飛び出してきてしまったため、今わかっている情報はニーミが漏らした小さな子供という情報だけだ。
だが、スターゼンはこれに関して心配はしていなかった。
亜人達の中にそもそも子供はいないと考えていたからだ。
子供がいれば目立つし奴らのことだからすぐに人質を使ってくるだろうと。
そんな少ない情報の中でスターゼンが通路を進んできた際に見えたものは竜人族が子供をおぶっている姿だった。
スターゼンは違和感を覚えた。
確かに子供だが、亜人が人質をおぶさって走るだろうか?
そして、違和感はさらに増す。
こちらに気がついたのか、亜人の竜人族は子供をおろし、なんと庇うようにスターゼンの攻撃を受けたのだ。
わざわざ人質を庇う犯人がいるだろうか?
いくつもの疑問がスターゼンの中で入り混じり、本能的に周囲を見渡した。
この2人しかいないのか!?
人質は...もしや、俺の判断は間違っていてもっと奥にいるのか!?
スターゼンは更なる焦りから既に冷静な判断はできないでいた。
なぜなら人質だと思っていた子供は龍人族であったのだ。
龍人族の子供は小さいと言われればそうだが、子供にしては大きいようにもスターゼンには見えた。
これは、スターゼンが龍人族について知っていることなど戦闘に必要な知識である火を噴けることや武具の扱いに長けていることぐらいだったことが大きい。
龍人族は亜人の中でも数が少ない。
龍人族の子供の成長が早いことなどスターゼンは知らなかったのだ。
もし、人質がこの龍人族でなければ2人の亜人は後続の部隊に任せてスターゼンは先を急がなくてはならなかった。
ここでもし人質を間違えでもしたら本当にまずい!俺が殺される!!
スターゼンは龍人族の子供が自分が人質だと名乗り上げてくれることを祈った。
「私の名はスターゼン!この町の騎士団長だ!人質はどこにいる!?今すぐ出せ!!」
スターゼンの緊迫した雰囲気に恐らくキロが何かしたとハクトもザザンもすぐ気がついた。
仮にも騎士団長をここまで焦せらせることができるのは今の現状ではキロぐらいだろうと。
ハクトはなら自分がそうだとなんでわからないのかと疑問に感じながら、返事をした。
「えっと...スターゼンさん?僕がそうです」
「なに?...やはり君がか?」
スターゼンは良かったと胸を撫で下ろし、ザザンとの距離を取りつつ、ハクトに近づいた。
「おい!」
すると、ザザンがハクトに向かって吠え掛けた。
ハクトもザザンへ振り返り、目線を合わせる。
ザザンはどうしてもそっちに戻るのかとハクトへの最終警告のつもりだった。
ハクトもそれを理解し、しばらく目線を合わせた後、スターゼンへと振り返った。
「ごめんなさい」
ザザンへの誘いを断ったことに対する言葉をぼそっとハクトが呟いた瞬間だった。
「...やはり、人質ではないな」
突然、スターゼンからハクトに向かって切っ先が飛んできたのだ。
ハクトは微かな動きを感じ取り、反射でそれをギリギリ髪の毛をかすめるように躱してみせた。
バッ
「!?あぶなっ!何するの!!?」
ハクトだけではない。
ザザンも竜人族の鱗が詰まった硬い顔を歪ませて、驚きを隠せない顔をしている。
「何を今更!今の俺の攻撃をかわしたことといい、さっきの竜人族とのやりとりは人質の取る行動ではない!あわゆく騙されるところだった!」
スターゼンの目には人質のはずなのに相手に向かって謝ったハクトは異常に見えたのだ。
普通は怯え、すぐさま自分の後ろに回り込むような行動をとるはずだ。
スターゼンはここで冷静となり、この龍人族は奥にいる人質を逃すために犠牲になろうとしているのではないかという判断をしたのだ。
最後の確認として寸止めの剣撃を加えてみたら案の定、躱して見せた。
実力もある。
もしかしたら、人質と言って油断させて寝首を狩るつもりだったのかもしれない。
スターゼンは剣を今度はザザンではなく、ハクトに向けた。
「悪いが、亜人は皆殺しだ。君の姿は子供のようだが、油断は禁物。容赦はできない」
「何...言って」
今度は先ほどとは程遠い殺気の篭った剣がハクトに飛ぶ。
が、それがハクトに届くことはなかった。
ハクトの目に巨体が写り込んだのだ。
「それがお前らが出した答えか!!ざけんな!!」
ギンッ!!
ザザンがハクトとスターゼンの間に入り、スターゼンの攻撃をまたしても腕で受け止めた。
「ぐっ...やはり庇うか!...それにしても硬いな。鱗だけではないか...超竜人族だったか。名を聞こう」
ザザンがハクトを庇うことでスターゼンの予測は現実味を帯びてゆく。
「おら!!」
ギンッ!!
ザザンの異能力”剣腕”は腕を剣のように硬く、鋭くすることが可能だ。
さらに、種族柄の鱗も相まってザザンの腕は天然のノコギリと化している。
スターゼンの最初の一撃を防ぎきれなかったのは単純にスターゼンの一撃に”俊足”が乗っていたためだ。
ただの剣撃であればザザンの腕には傷一つつかない。
ザザンが腕を振り上げ、スターゼンの剣を振りほどく。
金属音が鳴り響き、今度はザザンの腕に切り傷はなかった。
「テメーらに名乗る名なんてねーよ!」
ザザンは振り上げていない、もう一方の左腕から手刀をスターゼンに繰り出した。
「そうか、残念だ!強者の名は覚えておきたかったのだがな!」
スターゼンの足は体制を崩そうとも決して止まることはない。
スターゼンはザザンの横薙ぎの攻撃を後ろに引くことで回避した。
「っち。やっぱその足がやっかいだな」
「お互い様だろ。そっちの腕もやっかいだ」
互いに持つ異能を観察する。
少しでも相手の能力を見誤るとそれが勝敗を大きく左右するのだ。
そのことをしっかり理解している2人はこの世界においても強者の部類に入るだろう。
だが、こんな真剣勝負を続けていたら時間を食う。
スターゼンはどうするのが一番この場を突破するのが早いかを考えていた。
「通路が細いのが難点だな」
地下通路は細く、人が横並びで三人ほど通れる程度だ。
俊足をうまく生かすことのできないステージであり、相手を無視して進もうにも体のでかいザザンに恐らく簡単に止められてしまうだろう。
「ならばやはり切り捨てていくのが一番早いな」
スターゼンは時間を食うかもしれないが、一番安全で手っ取り早い方法を選んだ。
観察して動きが止まっていたスターゼンの足がザザンに向かって加速する。
「クソがっ。やっぱり時間はかけてくんねーよな!」
ギンッ!!
通常の異能力者同士の戦いは観察後に能力の引き出し合いを行う。
そして、より多くの情報を得て、相手の異能力を対処した方が勝つ。
しかし、スターゼンはその引き出し合いを飛ばし、観察によってできた予測だけでいきなりの全力勝負を持ちかけてきたのだ。
再び剣と腕が重なり合い、地下通路に甲高い音が響く。
「予想が正しければ、お前のその硬化は腕のみだな?他の体は剣が通るのではないか?」
「言うか!バカが!!」
「まぁ試してみるまでだ!」
確信をつかれたザザンは焦りを隠しながらも両腕でなんとかスターゼンの剣撃を防ぎってゆく。
「くそっ。くそっ!くそが!!」
スターゼンの高速の足から繰り出される剣撃は不規則であり、速い。
ザザンは防ぐのが精一杯で攻撃に転じることができない。
これでは体の方は強化できないと言っているようなものだ。
「粘るな!」
「いやだね!」
かといってスターゼンも二刀の腕に防ぎきれられて攻めきれずにいた。
そんな攻防の中でザザンの動きが一瞬止まった。
「!やべっお前!」
「もらった!」
ザザンの真後ろにハクトがいたのだ。
ハクトは今起きている出来事についていけていないのかその場に立ち尽くしたいた。
「...めてよ」
ザザンのハクトを気遣って止まった動きは致命的だった。
そして、ザザンの目にスターゼンの剣が突き立ったその時だった。
「やめてよ!!」
一瞬、視界を潰す程の眩い光と耐えきれないほどの熱気が2人を襲った。
薄暗い通路にずっといたため、目が暗闇に慣れていた所為もあるだろう。
正面から光を受けたスターゼンはたまらず後方に飛び退き目を覆う。
そして、熱気を背中から直接浴びたザザンは本能から通路の端へ転がった。
「ぐっなんだ!?」
「あちちちっ!!」
2人は突然燃え上がった炎をみる。
凄まじい火力だが、不思議とそこから広がる気配はない。
綺麗な琥珀色をした炎だった。
「なんで争うのさ...僕は見たくなんてないのに...!!」
その炎から全く影響を受けずに歩いて出てきたのはハクトだった。
炎が起こす上昇気流によってハクトのオレンジ髪が大きく棚引き、尖った歯を食いしばりながら2人を睨みつける姿はまさに鬼子であった。
「なんだ...なんなんだ君は!?」
スターゼンは動揺を隠せない。
龍人族の子供が異能力を発動したのだ。
それも炎を生み出すという強力な異能だ。
もし、今この子にも襲われたらスターゼンは確実に対処しきれなくなる。
だが、ハクトの答えは予想とは違った。
「スターゼンさん。亜人達を見逃してください」
「...なに?」
ハクトは頭を下げた。
スターゼンはこの龍人族の子供が言っていることがうまく飲み込めない。
その言い方では自分が亜人ではないみたいではないか...と。
炎は徐々に減ってゆき、今にも消えそうだった。
そして、そんな光景を見て今一番驚いているのはザザンだった。
大きく開いた口が閉じない。
ハクトの今までの気味悪さと今の炎が完全に一致したのだ。
こいつ神龍人族だ...!
ハクトが3歳になったばかりと知っているザザンだからこそ超ではなく神であることを見抜かせた。
こいつには他にも異能が2つもある。
なんだ残りの二つは?
もしかして俺様やスターゼンの攻撃を躱したり、子供とは思えないパワーを発揮したのも異能力か!?
ザザンの脳内ではハクトが主体となり亜人軍が人族を滅ぼす理想的な未来を想像させていた。
「おいおい...嘘だろ...ははっ」
既にザザンのその目に映るのはただの気味が悪い龍人族の子供ではなく、将来の亜人軍の要となるだろう最終兵器の姿だった。
知ったからには絶対にハクトを逃すわけには行かない。
ザザンは石油を掘り当てたのだ。
「なにを言ってやがる!こいつらは亜人を見逃さねぇ!今からでも遅くない!お前は走って先に退却した奥の連中と合流しろ!」
とにかくハクトを逃して、ザザンはスターゼン相手に時間稼ぎをすることにした。
共闘はハクトが何を考えているかわからないため良い判断ではないとザザンは直感したのだ。
この説得が上手くいけば自分が死んでも先に撤退した奴らがうまくハクトを導いてくれるはずだと。
だが、ザザンの思惑はまたも外れる。
ハクトはその場を動こうとはしなかったのだ。
「さっきその答えは出したはずだよ。僕は亜人側には行かない」
「なな、な...なに?」
ここまで条件が揃っていてまだ帰ろうとするのか!?
そんなにあの白髪男の元に戻りたいのか!?
ザザンの顔があからさまに歪んだ。
「どうしても言葉で説得できないなら...力ずくになるぞ?」
ザザンはもうスターゼンなどどうでもよかった。
いや、自分の命などどうでもよくなっていた。
ハクトが亜人側に手に入りさえすればそれでいいと。
強力な異能力を持つということはそれだけで価値があるのだ。
人をその力で魅了し、惹きつける。
恐らくハクトがこの異能を存分に発揮すれば各国の様々な強者がハクトの元に集うことになるだろうとザザンは考えていた。
かつて人族の国にいた『要塞』のように。
迷わずザザンはハクトに向かってタックルをした。
そのまま気絶させ、走り込むためだ。
しかし、残念ながらこれもまたうまくはいかない。
「うがー!」
「しつこいよ」
ハクトは迫り来るザザンの体の隙間から小さな体を生かして簡単にすり抜けて行った。
もはやハクトにザザンへの恐怖心は皆無だ。
「くそっ!」
ザザンが地団駄を踏み、悔しさを露わにする。
そして、それらの光景をみたスターゼンはようやく気がついた。
「君が本当に人質だったのか...?」
「最初からそう言ってるでしょ!?」
スターゼンはザザンがハクトを襲うのを見てようやく亜人側ではなく、人質であったことに気がついた。
そして、同時に顔が青ざめる。
大事な人質に間違って剣を向けただなんてキロ達にバレたらどうなるかわからない。
スターゼンは誠心誠意謝った。
「申し訳なかった!!」
「えー...」
突然の手の平返しにさすがのハクトも呆れた。
しかし、ハクトは同時に逆にこの立場は都合がいいかもしれないと思った。
「...僕のこと殺そうとしたよね?」
「ああ...否定はしない。本当にすまなかった!許してもらいたいが、とにかく今は奴の魔の手から君を助けよう!」
スターゼンはそう言うとハクトの前に出てきた。
ハクトが振り返ると、タックルに失敗し、一番奥にいるザザンが腕を構えてもう一度ハクトへ攻撃を仕掛けようとしていた。
「邪魔だ!スターゼン!!その子を渡せ!!」
「絶対に渡すものか!!」
ギンッ!!
再びお互いの剣が混じり合った瞬間だった。
「やめろって言ってるでしょうが!!」
ハクトが叫び声を上げたと同時にスターゼンの後ろのハクトから琥珀色の炎が燃え盛った。
「うがっ!!」
「くぅ!?」
飛び退いた2人の間にハクトが火を消し、割って入る。
ハクトは既に日々の訓練によって炎を出した後に自分の意思で消すことぐらいはできるようになっていた。
「何度言ったらわかってくれるの!?僕の目の前で争わないでよ!いい?あなた...ザザンさんは大人しくもう故郷に帰って!僕はあなたに故郷の弟に会って欲しい!それでスターゼンさんは僕を殺そうとしたこと許してあげるから亜人達を見逃してよ!...お願い!!」
ハクトが両手を広げて2人の間に立ち、全力で訴えかける。
が、その言い分はあまりにも子供っぽく、我儘なものだった。
「っざけんな!今更お前を置いて逃げれるかよ!逃げるならお前も絶対一緒だ!!」
「私が連れて行かせるわけがないだろ!...君には悪いが大人の事情もある!亜人達は皆殺しだ!」
そして、ハクトは我儘なことを言っていると自分自身でわかっていた。
そりゃこうなるだろうとも。
だから...やるしかない。
言ってもわからないなら、僕も力で訴えかける!
「...なら2人とも覚悟してね?」
「なんだと?」
「なに?」
ハクトはここにきて初めて自分の背中から服で隠していた短剣を取り出した。
流石に人に向けるとまだ震えるな...。
ハクトの体から炎が少しずつ漏れ出し、再び鬼子と化す。
「かかって来い!文句がある奴は僕が相手だ!!」
初めてハクトが、自分自身の我儘を通すために戦いを決意した。
ようやくタイトルにあったハクトらしい行動がとれました!
これが読者のみなさまにとってどう映るか気になりますが、私自身は当然ですが気に入っています。




