第14話 地下通路<前編>
ダッダッダッ
誰かが走る音が聞こえる。
「う...く...」
ハクトは朦朧とする意識の中でその走る振動が自分にまで伝わってくることから、担がれていることに気がついた。
そして、自分を担いでいる者へ目線を送ると、薄暗い道でもはっきりと光って見えるギョロついた目と自分の目があった。
「気がついたか。さっきは結構ガチめで絞めたから最悪死んだかと思ったぜ」
視線を感じたザザンは明らかに安堵した様子だった。
「あなたは...それにここは...?」
ハクトは未だぼやっとした意識の中で自分のいる状況を確認した。
担がれているため前方しか確認できないが、走っているのはどうやら細長い真っ直ぐの通路のようだった。
点々とロウソクの灯りが灯っているため真っ暗ではなく薄暗い感じだ。
「うすせー黙ってろ。お前は自分が人質だとわかってればそれでいい」
「ひと...じち...はっ!」
そうだ、思い出した。
ザザンという竜人族に盾として使われていた少女を助けたんだ。
そして、今は代わりに僕が捕まって逃走用の人質にされてるんだ。
頭がぼやぼやするのは二度めの首絞めで意識を失っていたからだろう。
「離して!もう僕は必要ないでしょ!」
ハクトは完全に意識を取り戻し、ザザンに訴えかけた。
逃げるために人質が必要だったならばもう自分はいらないはずだ!
「あ?離すわけねーだろ!あいつが追ってきたらどうすんだ!」
ハクトはザザンがまだキロを意識していることから自分が意識を失ってからそこまでの時間は経過していないことを確信した。
ならば逃げるなら今しかない。
そう思った瞬間に地下通路全体にドンッという地響きが鳴り響いた。
「なに!?地震!?」
突然の揺れに動揺したハクトだったが、ザザンは揺れの正体に気がついていた。
「馬鹿か!この揺れはあいつが地面を叩いた音だろうが!」
揺れの正体はキロだった。
微かだが、キロの声っぽい雄叫びも地響きと一緒に聞こえる。
「うそ!キロが!?」
驚きを隠せなかった。
キロが剣術以外でこんな地面を揺らすほど強いのもそうだが、ここまで響く叫び声をあの普段は寡黙なキロが出していることに僕は一番驚いていた。
「俺様達も運がねぇ。お前らみたいなやつが広場にいるタイミングでクーデターを起こしちまった」
ザザンが今回、教会を襲撃場所に選んだ最大の理由として聖騎士がいないことが大きかった。
聖騎士は信仰心の厚い騎士が国に実力を認められて、その国の教会を守護するという上位の役職だ。
これは王都や都市にのみに存在し、トルクタウンのような町には存在しない。
そして、聖騎士がいない教会など貧民の弱者が集うたまりばだ。
人質を確保する上では最適な場所であると決定づけた。
しかし、問題はあった。
当然ながら教会が小さいのだ。
そのせいで教会内に人が多くは入らず、人質を確保する際に周辺の広場一帯を包囲することにしたのだ。
そして、今回それが仇となった。
異能持ちの強者となる超人族を人質に混ぜてしまったのだ。
最悪だった。
仲間の何十人かは無残に切り捨てられ、一番信頼を置いていた部下の熊人族までもが野に伏した。
結果として覆っていた防衛ラインの正面の扉は大きく開け放たれ、その奥からトルクタウンの騎士が包囲を完成させてきており、撤退を余儀なくされた。
こうして終わってみればブイトル伯の暗殺には失敗し、同胞は一人も救えず部隊は瓦解し、被害は亜人側だけが受けた形となっていた。
「こんなはずじゃ...なかったんだがなぁ...」
ザザンは通路を真っ直ぐ走りながらその大きな口から小さな弱音をぼやいた。
「...どうするつもりだったの?」
ハクトは顔の目尻をさげ、慎重に様子を伺いながらザザンへ声をかけた。
また首を絞められるのは怖いが、後悔をしていたため、ザザンのことが気になったのだ。
「黙ってろと言ったはずだ。こうなったのはおめーのせいでもあるんだ。きっちり人質として役立ってもらうぞ」
「...ごめんなさい...」
ごめんなさいと頭を下げながらうなだれるハクトを見て、逃げることに必死だったザザンはようやく気がついた。
ハクトの髪がオレンジ色で、口元の歯が人族のそれではないことに。
「おい、おめぇもしかして亜人か?」
「...う...うん...龍人族だよ?」
龍人族は竜人族の親戚のようなものだ。
龍人族の方が人間に近く、肉体自体は竜人族に劣るが、火を噴けたり、武具の扱いに秀でているため、戦闘時などではお互いに弱点を補いあう程に仲が良い種族なのだ。
ザザンはハクトが龍人族と聞いて顔が青ざめるのを感じていた。
亜人であったこともそうだが、特に龍人族の成長は早いからだ。
「お前...今何歳だ...」
「今日で3歳になったばかり...かな?」
ザザンは絶句する。
それもそのはず、ザザンはハクトを人族の8歳くらいの子供だと思っていたのだ。
「俺様は亜人を...それもこんな幼い子供を人質に...盾に使おうとしたのか...!?」
すぐさまザザンはハクトを脇から降ろし、おんぶに持ち替えた。
「え、なに!?なに!?」
ザザンのおんぶは丁寧にハクトの腰とお尻を支えており、安心感を与えるものであった。
そして、ハクトはザザンの突然の手のひら返しに驚きを隠せないでいた。
「悪かった!ずっと人族だと思ってひどい扱いをしてた!許してくれ!」
今回のクーデターは亜人を救うためのものだった。
この子は3歳なのに龍人族とわからないように帽子を被されたりして、あの白髪男に飼われていたに違いない。
龍人族は珍しい。
さらにその赤ちゃんだ。
希少性は増す。
購入するのに高かったからあんなに焦っていたんだ!ふざけやがって!!
ザザンはキロへの怒りを再確認し、このクーデターによって唯一手元に残ったハクトを丁寧に扱う。
そして、未だに何が起きたか理解が追いつかないハクトはとりあえず自分が丁寧に扱われるようになった原因を確認した。
「どういうこと?僕が龍人族だと人質にはしないの?」
今度は背中から聞こえてくる声にザザンはキチンと答える。
「当たり前だ!俺様達はお前のような奴を救いたくてこの町でクーデターを起こしたんだ!」
ザザンは失敗し、行き場をなくした思いをハクトにぶつけた。
すると、不思議に溜めていたものが溢れ出してきた。
「4年もこの計画にかかったんだ!他国から恩を受け、武具をちょっとずつ揃え、この地下通路を開通させた。『起爆者』の暗殺も安くはなかった!やれることは全部やったんだ!!なのに...!!」
ザザンはポロポロと言葉をこぼしていく。
その大きな口を食いしばり、瞳には涙を浮かべていた。
「みんな...故郷に帰りたがっていた...残してきたもんがあるって...失敗しちゃ行けなかったんだ。こんなんじゃ弟にも顔向けできねぇよ...」
ハクトは真剣にザザンの言葉を聞いていた。
ザザンも背中からその真剣さを感じ取り、つい弱音を吐いてしまったのかもしれない。
「...弟がいるの?」
さっきまで人質に取られ、怯えていた子供から心配そうな声で聞かれる。
ザザンは既にハクトの前でクーデターのリーダーとしての風格を失っていた。
「...ああ。俺様の言うことしか聞かないわんぱくな奴でな。すげー才能を持っていたんだ。今ではどこまで上り詰めたかわかんねぇ」
ザザンは4年前の小さな弟の姿と故郷を思い出してさらに目頭を熱くした。
「会いたい?」
ザザンの今の状態は目標に向かって一生懸命に努力した結果が報われなかったものだ。
前世の姉のように結果が報われない者の悲しみをハクトは少し知っている。
こうなった場合、溜まったものを吐き出さなくては人は壊れてしまうのだ。
ハクトはこの緩んだ拘束をすぐにでも解くことは可能であったが、あえてザザンと会話を続けることにした。
「もちろん会いたいぜ。あいつと会って一緒に喜びを分かち合いたい。才能にかまけて天狗になってたらその鼻も折ってやりたいね!」
そっか...ザザンもだけど他の亜人達は故郷に帰りたいだけなんだ。
ハクトはこの戦いにおいて何がいけなかったのかを真剣に考えた。
人族の立場で見れば捕虜が勝手に暴れ出し、弱いものを人質に取った亜人側が悪い。
しかし、亜人の立場で見ると、捕虜だからといい、今までひどい扱いをしてきた人族が悪い。
どちらにも正義があり、悪いところがある。
そして、この問題の厄介なところはどちらかをひいきすればもう片方が悪となるとこだ。
ハクト自身もなぜこんな酷いことをするのかと人族視点でずっと考えていた。
しかし、今は両方の視点を得ることで、この方法しか取ることができなかった制度に問題があると考えていた。
もし、亜人達の意見が少しでも反映させられる町であったならきっとこんなことは起きなかったのではないか、と。
だが、ハクトが考えるほど戦争はそこまで甘くない。
どちらかが降伏するまでお互いを親の仇のように恨み合い続けるのだ。
「ねえ、ここで生き残ったらまた人族を殺すの?」
ハクトの突然の問いかけにザザンは一瞬戸惑った。
答えは決まっているのになぜ聞くのかと。
「ああ。もちろん奴らは許せない。特に今日いた白髪の野郎は絶対にな。...なぜそんなことを聞く?」
ハクトはザザンの言葉を受けて考え込む。
根が深い。
キロが亜人達を追撃しようとしてたのはこれを恐れてたのだろう。
生きて返せば人族側の被害が大きくなる。
ハクトはどうすればいいかわからなくなっていた。
「...どうしても許せない?」
ハクトはどこかに救いはないかと探ってみた。
どちらにも争って欲しくないというハクトの本心から出た言葉だ。
「無理だな。奴らは俺たちの怒りを買いすぎちまった」
そして、ここでザザンはキロがハクトの親代わりをしていたことに気がついた。
「ああ、そうか。あの白髪はお前が高かったから大事にしてたかも知れねーがお前の本当の両親はきっと俺様達の故郷にいる。もうあいつのことは忘れな」
言った後、背中のハクトから力が抜けるのを感じた。
ザザンは小さな子供に現実を叩きつけるのは早かったかと焦っり、必死に言葉を続けた。
「おい元気無くすなよ!ほら!お前も本当の両親に会いたいだろ?俺様が責任を持って合わせてやるよ!」
ザザンがハクトの背中を強く押さえ、走る速度をあげた。
しかし、ザザンの押さえた背中側からハクトがひっつく気配はなかった。
「...ごめん...僕にも帰りたい場所があるんだ」
声が聞こえたと同時にザザンの背中はグンッと力強く押された。
ザザンは驚きながら振り返ると、見事な着地を決めているハクトの姿が目に映った。
「どういうことだ?」
ザザンは慎重にハクトに声をかける。
二つの意味があった。
一つ目はハクトが実の親がいる故郷ではなく人族の元に帰りたいと言ったこと。
そしてもう一つは振りほどかれたことだ。
ザザンはおんぶでも落ちないように力をそれなりにかけていた。
3歳の龍人族が振りほどけるわけがない程には。
「僕の家族はキロ達だから...心配すると思うし、帰らないといけないんだ」
ハクトはわかっていた。
ザザンが自分という亜人を救えたことをかなり喜んでいることに。
しかし、戻らなくてはいけない。
ハクトの居場所は亜人の国ではなく、あの家だから。
「お前は龍人族だぞ!あいつらに洗脳されてるんだ!いいからついてこい!ほら!」
ザザンは再び背中を広げてまたハクトがおんぶされるのを待った。
しかし、ハクトは肩を落としながら反対の走ってきた方を向いて歩き出す。
「まて!」
すると、ザザンはすぐさま襲いかかってきた。
「どこへ行くつもりだ!逃すか!!」
また首を掴んで気絶させる気だったのだろう。
しかし、ハクトの目はザザンの踏み込む足と腕の動きを正確に捉え、ひょいっと躱す。
誰かを庇っている状況でさえなければハクトにとってザザンの攻撃をかわすのは決して難しくないことだった。
「んな!?」
確実に捕まえるための一撃が完全に読まれたことにザザンは驚きを隠せない。
「やめてよ。僕は争って欲しくないし、見たくないんだ。けど、どうしていいかもわからない。...とにかく今はあなたとは争いたくない」
ハクトはどこか暗い雰囲気を出し、そう言い残して再び歩き出した。
そして、ザザンは再び背を向けて歩き出したハクトの背中を見て気味悪さに震えていた。
今襲ったばかりなのにまるで意に介さないで歩いている。
つまりは、もう一度襲いかかろうとも躱せる自信があるのだ。
さっきの言葉も3歳の子供からでる言葉ではない。
ザザンはハクトがただの龍人族の子供ではないことを確信した。
しかし、せっかく救うことのできる亜人をみすみす手渡すわけにもいかないと
もう一度ザザンがハクトを襲おうと目を向けた瞬間だった。
先にハクトが、次にザザンがある気配に気がついたのだ。
ダダダダダダダダッ
何か速いものが地下通路を進んでくる。
蝋燭の光に時々当てられてチカチカと光りながら迫り来る何者かが見えた。
「なんだ?」
そのものは全身を鎧で身に纏いながら、まるで有名な青いハリネズミのソ○ックのように足が何重にも見える走りで向かって来ていた。
そして、その正体をすぐさま見破ったザザンはハクトの前に飛び出した。
「ありゃスターゼンだ!!」
ギンッ!と大きな音を立てて、ザザンの腕ととスターゼンの剣が激突した。
スターゼンには勢いがあったため、ザザンは後方へ地面を抉りながら押し飛ばされる。
「ぐっ!」
ザザンは辛うじで体制を崩さないように踏ん張ることができたが、腕に切り傷が出来ており、後からぷつぷつと血が切り傷にたまり始める。
そして、剣を再び構えたスターゼンはザザンとハクトから距離を取り、交互に見て言った。
「私の名はスターゼン!この町の騎士団長だ!人質はどこにいる!?今すぐ出せ!!」
こうしてハクト、ザザン、スターゼンの三人が地下通路で遭遇することとなった。
まだ匂わせているだけで伝わっていないと思うので、
実際のハクトの強さが分かるシーンをそろそろ書ければと思っています!




