第13話 クーデター<後編>
中編のハクト視点に切り替わった部分を大まかに改稿したり、セリフを増やしたりしました。
流れ自体は変わらないので気になった方だけでも読み返してみてください!
「撤退だ!!!」
熊人族が突き飛ばされ、開け放たれた正面の巨大な扉から大量の騎士が出現した。
その瞬間に女神像の段から教会全体を見下ろせる位置にいたザザンから大声が教会内全体に響き渡る。
「「「...」」」
人質は十分に確保できず、陣形は崩れ、外から騎士が迫ってきているという現状の悲惨さを受け入れられない亜人達が動きを止める。
「何をぼさっとしている!!撤退の仕方は教えたはずだ!!死にたいのか!!」
「「「...はっ!!」」」
ザザンの二言目でようやく全員が意識を撤退へと向けた。
声を聞いた外を警備している亜人達は一斉に教会内に走り込み、人質を持っていた内部の亜人も人質を捨て、一斉に奥にある女神像に走り出した。
撤退のために用意した地下の隠し通路は女神像の裏手から中に入ることができるのだ。
「うわわっ」
ハクトは中央通路の扉に近い左側にいた。
しかし、周囲の亜人はまるでハクトがいないかのように無視して走り去ってゆく。
よく見ると走り去る亜人達は皆顔に悔しさを滲み出していた。
「悪くない判断だ。戦況をきちんと把握している」
キロは未だ女神像の段の上から見下ろして来るザザンに視線を合わせている。
「やってくれたな人族。お前ら...特に白髪のお前のおかげで俺様の作戦はパアだ。撤退するしかなくなったじゃねーか」
「逃すと思うか?俺は敗走者に甘くはないぞ?」
亜人達が一斉にキロ達がいる右通路を避け、左通路から女神像の裏側へ走り込む中で、キロは亜人達に向かって再び剣を構え始めた。
「キロ!?まだやるの!?」
「...そこで見ていろハクト。これが戦だ。取り逃せば逃すほど次に更なる被害が出る」
キロは追い立てるように左通路で敗走してゆく亜人に向かって動き出す。
正直、怖い。
「ちっお前の剣筋には迷いってものがない。相当な場数を踏んだやつの動きだ。できれば俺様も相手にしたくはないがこいつらを後ろから切らすわけにもいかねぇ」
ザザンは女神像の足元から樽を取り出すと、段から降り、中央の通路でキロと逃げ出す亜人達との間に立った。
「...いい覚悟だ。俺の名はキロ。お前の名はなんと言う竜人族?」
「ザザンだ。悪いがまともにやるつもりはないぜ?」
「?どういう意味だ」
キロがザザンの言葉に疑問を抱くと同時にザザンは樽の中から少女を引っ張り出した。
「...んむ...うっ」
少女は薄黄緑色の髪をした4、5歳くらいの子供で、全身をロープで縛られた状態で口に布が噛ませてある。
かなり衰弱した様子で目が虚ろであった。
「人質か...」
「ああ。ただの気安めだがな。俺様もせめて全員を逃す時間稼ぎくらいしないといけねぇ。やれることは全部やらせてもらうぜ?」
そういうとザザンは少女のロープをしっかり握り、盾のように構える。
少女からうめき声が漏れ、涙のようなものが流れるのが見えた。
「俺は関係なく切るぞ?」
「はっ!やってみないとわかんねーぞクソ野郎」
キロも御構い無しに剣を向けた。
「...異常だ」
ハクトは目の前の光景を幻を見るかのような弛緩しきった表情で見つめて呟く。
効果がないと知りながら子供を盾にするザザンに逃げ出した亜人を追撃するキロもお互いにまともではない。
周りもそう、少女が可哀想といった表情をしてはいるがどこか仕方がないといった雰囲気を出しているのだ。
恐らく、こういった場面が多々あるのだろう。
この世界では子供が怪我や病気に飢餓などのよって、ちゃんと成人できるものはかなり減る。
命の重みが比較的に軽い世界だといえよう。
そんなこの世界の常識や雰囲気をハクトの養われた広い視野が感じ取り、思う。
「今...あの子を助けたいと思っているのは僕だけだ...」
思った瞬間か、それとも前かハクトは飛び出していた。
ギンッ!
「ハクト!?」
「なんだ!?」
ハクトはキロが振った剣の横から渾身の体当たりをした。
ザザンの方に体当たりしても剣の軌道は女の子から外れそうになかったための選択だった。
軌道がそれたキロの剣は女の子をギリギリ掠め、ロープの端を切り落とした。
ドッ
「うっ大丈夫!?」
ハクトはバランスを崩しつつもロープからスリ落ちる少女をなんとか両手でキャッチすることに成功した。
「!...あっありが...」
少女の口から布を外している最中だった。
「ふざけんな!!」
後ろから首元をザザンに掴まれ、強引に持ち上げられた。
「うぐっ」
思いっきり引っ張られることで帽子が飛び、隠していたオレンジの髪が露わになる。
そして、そのままザザンは今度、僕を盾のように構えてキロの攻撃を防ごうとした。
ピタッ
「ハクト!!」
鉄の鎧も人質に獲られていた少女をも構わず切ろうとしたキロの剣がここに来て初めて動きを止めた。
「!とまった?」
そして、その動きを見破れないザザンではなかった。
「...なるほどな。こいつはお前の子供か何かだな?」
ザザンはニヤリと口角を上げ、キロの剣筋に必ず僕がくるように構える。
「...ぐっハクト...なぜ出て来た...」
「うっ...ぐぅ、だって...」
ザザンの手は大きく、ハクトの首を手首を握るかのようにしっかり掴つかんでいる。
僕は少しでも緩めるためにザザンの指に手をかけている状態だ。
「ハクト何やってるのさ!」
「ボン!!おめぇ!!」
ニーミとレックスがキロと同じように一体どうして!?といった表情で駆けつけて来た。
他から見てもハクトの行動はキロの邪魔をしたようにしか見えなかったのだ。
誰も自分の意図に気づいてくれていないことにハクトは寂しさを覚えながら素直な気持ちを打ち明けた。
「その...子を助けたかった。僕が代わりに人質になってる内に助けてあげて...」
「ハクト...」
そして、キロ達が狼狽えているのを確認すると、ザザンはいよいよ確信を持って動き出した。
「おい、お前らそこを動くなよ。動けば速攻でこいつの首をへし折る。いいな?」
「まて!」
キロがザザンの言葉を直ぐ無視して動こうとした瞬間だった。
ハクトの掴まれた首が一瞬で半分ほどに細くなり、奇怪な呼吸音が響いた。
こひゅっ!!
「動くなっつただろうがぁぁあ!!」
「ハクトぉぉ!!!」
キロが攻撃を中止したのはこれで2回めだ。
もう僕が人質で効果がないとは言い切れない。
しばらくすると握られた手は緩み、正常な呼吸が可能となる。
ぐらっと脳への血の巡りと呼吸が一瞬止まったことで僕の視界を歪ませた。
「ひゅー...ひゅー...僕は...だい...じょうぶ...だからみんな...落ち着いて...」
「落ち着けってお前...」
ハクトは朦朧とする意識の中で精一杯声を振り絞り、笑って見せた。
命を握られている感覚は想像の何倍も怖いものであり、精一杯の強がりだった。
あの少女もこんな気持ちだったのかな...助けられてよかった。
ハクトは少し離れて心配そうにこちらを見つめる少女にも笑って見せた。
代わりに捕まったことで罪悪感を覚えて欲しくないしね...。
「いいか?今度動いたら次はへし折るぞ?とりあえず武器を置け」
「あ...ああわかった。...どうしたらハクトを離してもらえる?」
キロは剣を地面に置き、しゃがみながらザザンの様子を伺う。
「離すわけねーだろ」
「!」
すると、ザザンはキロがしゃがむタイミングを見計らって女神像に走り出した。
他の亜人達も既に消えており、撤退が完了していた。
「ハクトー!」
キロの声が遠ざかってゆく。
「ふざけるな!!ハクトを返せ!!」
武器を拾い、追おうとしたキロ達に警戒を怠っていなかったザザンが再びハクトの首を絞め、「こひゅっ」という奇怪な呼吸音が鳴った。
世界は再びねじ曲がり、今度は完全にハクトの意識を刈り取っていった。
「追ってくんじゃねー!来たら次こそこいつを殺すからな!」
「っ」
ザザンはそのまま走り出し、ハクトと一緒に女神像の裏に消えた。
「ハクト!!」
キロは唾を撒き散らしながらハクトの名を叫ぶ。
先ほどの首締めで完全にハクトの意識はなかったように見えたが、それ以外に手立て手がなかったのだ。
やめろ...やめろ...!
やめろ...やめろ...!!
行き場のない気持ちが立ち込め、キロにここ三年間感じなかった不安が怒涛のように押し寄せてきた。
「どう...すれば...いい...」
キロの握りこぶしがミシミシと音を立てて血が流れ始める。
そして、ちょうど血が滴り始めた瞬間だった。
ドンッ!
鎧を身にまとった騎士が女神像よりさらに奥のドアを蹴り破る音が響いた。
正面を固めていた騎士ではなく、裏手から回ってきスターゼン率いる第一から第五部隊が突入してきたのだ。
ドドドドドドドド!!!
「亜人共!観念しろ!!....?」
何十人もの騎士がどんどん入り込んで来る中で、全員がその場の光景に息を飲んだ。
「どうなっている...?」
教会内はめちゃくちゃだった。
抉れた床や、死体がいくつも転がっており、部屋中に血の匂いが充満している。
そして人質と思わしき人物達は一箇所に密集しているが、生きた亜人が一人も教会内にいない。
「あなた方の中で、亜人がどこへ消えたのか分かる者はいるか?」
中央通路で一番目立っていたキロ達に騎士の一人が声をかけた。
が、
「くそが...」
「?」
キロは騎士の言葉を無視し、怒りを露わに叫び声を上げて両腕を思いっきり地面に叩きつけた。
「くそがああああああああああああああああああああ!!!!」
ドンッ!!!
「「「ひぃ!」」」
叩かれた床は割れ、教会全体に振動が響く。
そして、突然の出来事に近くにいた騎士だけでなく先ほどまでキロに守られていた人々も悲鳴を漏らした。
「おい!おめーら!何してる!奴らは女神像の下だ!!早く追ってくれ!!」
「小さな子供が人質になってるさね!さっ早く!!」
レックスとニーミが物凄く焦った表情で騎士に訴える。
これは...あの時の感じと一緒だ。
キロのこの怒りのボルテージはアインのときと酷似していたため、二人も焦りを隠せない。
「スターゼン団長!どうやら女神像の下に地下通路が存在し、相手の亜人の一人に人質を取られてもいる模様です!」
「そうか、なら俺を含めた第一部隊は奴らを追うぞ!他の部隊は助かった人々のケアを頼む!」
騎士が集めた話からスターゼンは大まかな概要を既に把握していた。
この奇妙な現状は、人質に混じっていた戦闘に特化した異能持ち...あの者達がほとんどを解決してくれたのであろうと。
そして、その彼らは人質の一人が救えず、ここまで悔しがっているのだ。
なんとしてでも救わねば。
スターゼンは今回のクーデターを抑えてくれたキロへ近づき、声を掛けた。
「私はこの町の騎士団長を務めるスターゼンと申します。必ず残った人質は私が救ってみせます!」
「...任せられるか」
むくっとキロが立ち上がるとスターゼンは突き飛ばした。
物凄い力で、全身鎧を見に纏ったスターゼンは3メートルほどふっ飛んだ。
ガシャッシャッ
「!...なっなにを!?」
「お前...スターゼンと言ったか?そのフルプレート全て脱げ」
「なに?」
キロはスターゼンの目の前に立ち、肩を掴んだ。
「なっなにをする!?」
ものすごい力で全くビクともしなかった。
スターゼンの頬に冷たい汗が流れた。
「やべっ!待てキロ!落ち着け!!そいつを殺す気か!?」
「そうさよ!キロさんさ落ち着くのさ!!ハクトは簡単には死なないのさ!」
何かを察したレックスとニーミが慌ててキロを止めに入った。
レックスがキロを後ろから引っ張り、ニーミがキロとスターゼンの間に入り込む形だ。
「落ち着けるかああ!!ハクトはまだ実戦するには早いと俺が判断したんだ!!離せ!!俺が助けに行く!!!今度こそ失ってたまるかああああ!!!」
キロの信じられないほどの怒声がビリビリと教会内に響き、その場の誰もが理性でなく本能で動けなくなる。
しかし、レックスとニーミは別だった。
2人だけはなんとか冷静にキロの対処を行えていた。
「ニーミ!とにかくキロの今着てる鎧を剥がすぞ!これは俺でも抑えきれん!」
「了解なのさ!」
暴れるキロを二人で押さえながらなんとか鎧をちょっとずつ脱がしてゆく。
装備が一つ減るごとにレックスのホールドが決まってゆき、ホールドの隙間からニーミが残った鎧をキロから剥ぎ取っていった。
「くそ...ハクトぉ...」
完全に動きを封じ込められたキロがうなだれてゆき、助けられたと理解したスターゼンはレックスとニーミに礼を言う。
「よくわからないが申し訳ない。助かっ...」
「早くあんた達は亜人を追いなさいさ!!もし、取り逃がしでもしたら...どうなるかわかってるのさ!?」
が、言い切る前に今度はニーミが怒りをスターゼンにぶつけた。
可愛い顔立ちをしたニーミの顔が今にも人を殺しそうな程眉間にシワのよった凶器な顔つきに変わっている。
スターゼンは再び背筋に寒いものを感じた。
「すっすまない!おい!第一部隊は急げ!」
「「「はっ!」」」
スターゼンは直感していた。
もしも本当に取り逃がしたら恐らく自分はあの三人に殺されると。
「俺は先に追いかける!お前達は後から追ってこい!」
スターゼンは異能力”俊足”を使い、全速力で女神像の下にある地下通路を駆けて行った。
...こうして初となるトルクタウンで起きた奴隷亜人によるクーデターは終わりを迎え、最後の残党狩りが幕をあけることとなる。
クーデターはこれで終わりです。
次からは地下通路での話に入ります。
ここではキロ達がいなくなってハクトが活躍できると思うので期待してください。




