第12話 クーデター<中編>
後編ではなく中編です。
長くなったので三つに区切りました。
教会からある程度離れた場所に白く、中心に馬のマークが刺繍されている旗を掲げた建物がある。
他の建物とは違い、白い壁と青い屋根をしたトルクタウンの騎士団本部である。
ここの会議室に10人の鎧を身に纏った騎士が中央に町の地図が置いてある円卓を囲っていた。
「よし、第一部隊から第五部隊までは俺と共にに教会の裏手から回り込む。配置は完了次第合図をするから残りの部隊は正面を固めろ。無理な突撃は避け、裏手からの攻撃で逃げてきた亜人どもを一掃しろ」
「「「はっ!」」」
騎士団長であるスターゼンは普段は600人いる騎士を10の部隊に分けて作戦を決定した。
「くそ、時間がかかった。もう少しこういった事態を考慮すべきだった」
スターゼンは己の過去を叱咤する。
実は戦争のような大きな戦いや街道に出現する魔獣、野盗などに対する準備はこれまで幾度となく行ってきたが、今回のような街中でさらに人質が何百人もいる時の演習はしてこなかったのだ。
そのため部隊の人選を行い、配置を整えるまでそこそこの時間を消費してしまった。
「直ぐにそれぞれの部隊を整えろ!香辛料を持って亜人への対策を怠るな!」
「「「了解しました!」」」
次々に隊長に任命した騎士達が部屋を出てゆく。
「...これで一体何人救えるだろうか」
会議室に一人となったスターゼンはまだ捨てきれない希望をぼやく。
そして、大きく息を吸い込むと団長用の特別な刺繍が施された兜を脇に抱えて部屋を出ていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
最初の変化に気づいたのは教会の外を警戒していた狼人族達だった。
彼らは非常に優れた嗅覚と聴覚を持っており、異変が起きた時にいち早く状況を察知できる。
ピクッピクッ
彼らがまず反応したのは音だ。
いくつもの重たい金属が地面とぶつかり合い奏でる音が教会の正面に向かってくるのが耳に入った。
クンクン
次は匂いだった。
香辛料の匂いに混じって幾人もの人族の匂いが漂ってくる。
香辛料は鼻が効く亜人を相手にする時匂いを消せる効果がある。
しかし、これだけ香辛料の匂いが強いと大軍がきていると言っているようなものである。
これはスターゼンの作戦だった。
元々この香辛料は攻め入ることを隠すのではなく裏から回るスターゼンを含めた第一から第五部隊の接近に気づき難くするためのものであった。
そうとは知らずに異常な状況をつかんだ狼人族達はそれぞれが掴んだ情報を合わせ、一人が教会の屋上に待機しているリーダーに状況を伝えた。
「ザザンさん!大変です!奴ら強行突破しにきました!」
「...なんだと?」
このクーデターの首魁である竜人族のザザンは未だ静かな教会の周囲を屋上から見下ろす。
「どの方角だ?」
「まっすぐ正面からやってきます!」
ザザンはよく目をこらすことでようやく小さな土煙が迫ってきているのを発見した。
「数は!?」
「やつら、香辛料を持っているせいで正確にはわかりません!しかし、この距離でこれだけの音と匂いだとかなりの数が向かってきています!」
「ちっ。猫人族は失敗したのか!」
実はこのクーデターの最大の狙いはこの町の領主であるブイトル伯を暗殺することにあった。
ブイトル伯は住民を税を納めるための道具としか思っておらず、なにより奴隷制度を高く評価しているため、奴を殺すことができなければ交渉の余地はないとわかっていたのだ。
そして、直ぐに攻撃に出たということはそういうことだろう。
「下に行くぞ」
「戦うのですか?」
「...」
戦うのは無謀だ。
トルクタウンの騎士団は下から上まできちんとした戦闘訓練を受けており、武具も揃っている。
今回、武具を揃えることには成功したが、統率力と数は相手の方が上だろう。
亜人が人より優れた能力を持っていたとしても押しつぶされるのは目に見えている。
「ザザンさん...これはもう...」
「ちょっと黙ってろ!」
ザザンは狼人族の言葉を無視して人質のいる階に駆け足で降りた。
そして、怒りを露わにして壁を蹴り壊した。
「くそが!!ふざけんなよ!」
ドンッ!
作戦は失敗だ。
こうなった時の対処法として教会の地下に隠し通路を作っておいた。
つまりは撤退だ。
故郷に戻って助けを求めてもかなり離れたこの地まで戦力を割くことはないだろう。
要はこの機を逃すと町に残った同胞は完全に見捨てることになる。
ザザンの握りしめた拳に力が篭る。
ぱらぱら
「うひぃぃ」
すると、先ほどの砕け散った破片が人質側に飛び、小さなうめき声ともとれる声が聞こえてきた。
そこでザザンは気がついた。
...いやまだだ、まだ負けると決まったわけではないな...確かこの町の騎士団長のスターゼンは強いが仲間の命を重んじる善人だって話だ。
命令だからと言って割り切るようなやつでなければ...もしかして人質を盾にすれば隙ができるのではないか?
団長さえ殺せれば部隊は瓦解する。
そうなれば...
ザザンの目に確かな希望が生まれた。
そして、その大きな口を開いた。
「おめーら残念だったな。この町の連中はお前らのことを見捨てたようだぜ?」
・・・・・・・・・・・・・・・
見捨てられた。
誰もがどういう意味かわからないうちにザザンが続けた。
「おまえら!一人につき人質を一人確保しろ!うめき声さえ上げれればどんな状態でもかまわねぇ!」
「「「おう!」」」
ザザンの声に反応し、周囲を囲っていた様々な亜人が一斉に人質に襲いかかってきた。
「「「きゃあああ!!!」」」
人々は我先にと逃げ出すが、反対に回ったところで囲まれているため直ぐに捕まる。
次々に人質が拘束され、暴れたものの中には殴り飛ばされて気絶させられるものや、ひどいのでは手を切り飛ばされているものもいた。
しかし、そんな混乱状態の中でも集団の前方に陣取っていた4つの影が亜人に向かって動いた。
「今だ!動くぞ!!」
「おう!」
「はいさ!」
「うっうん!」
一つの影、キロの合図と共に動き出し、狙いを定めていたチーターの顔をした豹人族に襲いかかった。
「悪いがお前の武具いただくぞ」
「なんだ!?」
ドスッ
キロが別の人質を狙っていた豹人族の首に後ろから短剣をひと突きし、すぐさま防具を剥ぎ取る。
「何してんだてめー!!」
しかし、別の角度から見ていた狼人族が防具を剥ぎ取るキロに剣を振りかぶった。
「させるかよ」
ドゴッ
「うっ」
が、すぐさまレックスのカバーが入る。
ニーミも豹人族の持っていたナイフをキロから手渡しで受け取り、周囲で異変を察知した亜人達と応戦してゆく。
そして、10分もしない内にキロが鎧を身に纏い、立ち上がる。
「”武具強化”」
キロの異能が発動することで武具にモヤが纏わりつき、揺らめき始める。
「覚悟しろ...亜人...!」
ザッ
キロは一番近くにいた亜人に向かって飛び込んだ。
踏み込んだ床に大きな跡が残り、相手の懐に一瞬で潜り込む。
ズバッ
「ぎゃ!!」
居合の要領で一体の亜人が鎧ごと斬り伏せられた。
倒れた亜人の切り口は一直線に入っており、鎧で少しでも防がれたような跡がない。
「次だ」
「「「うぎゃっ!!」」」
ドササッ
そして、キロが次に踏み込むと二体、三体と次々に倒れてゆく。
例え、相手が切りつけてきていてもその剣ごと敵を斬りふせていった。
「おい!なんだあれは!?」
キロの周囲には赤い煙が周囲に立ち込め始めた。
”武具強化”は本人の身体能力に合わせた強化が武具に施される異能である。
キロの身体能力を実際に測ることはできないが、”武具強化”だけはその驚異的な高さを示している。
キロの異能によって強化された武具は血で錆びることも許さない。
鎧や剣に飛び散った血はすべて弾かれ気化し、赤い狼煙が登り始める。
「おーキレてんなーさすがは『要塞の狂戦士』と呼ばれてただけはあるぜ」
「当たり前さよ。今回のこれでハクトが泣いたのさ。一番怒ってるのはキロさんかもさね」
周囲だけでなく教会内全体がその赤い狼煙を見て異変に気がつく。
中でも亜人には嗅覚が優れた者が多い。
そのため、教会中に仲間の血の匂いで充満していることに動揺が隠せない。
「どうなってやがる!!」
キロ達から離れた出口付近にいた二人の猫人族が人質を抱えながら教会の外へ出ようとしたところでこの異変に気がついた。
「わかんねぇが何か異常な事態が起きているのは確かだ」
猫人族が事態を飲み込もうとしていると脇から男性と女性の声が聞こえた。
「助けてくれぇ。金なら払うから。たのむよ...妻だけでも...」
「もういやぁぁ」
声は半分諦めてうなだれながら訴える人質のものだった。
外に出されたら恐らく騎士との戦闘に使われると悟っているのだろう。
漏らしているのか、硫黄臭さが鼻につく。
「ちっくせーな、とにかく今は捕まえた人質を外に出すぞ!」
「おう!」
「「ひいぃぃ!」」
確保した人質を優先することに決めた二人は出口に近づく。
ドッ
突然、猫人族の一人がドアに手を掛けたところで二人一斉に体勢を崩した。
「「いてっ!」」
「なんだ!?」
転んだ二人の猫人族は立ち上がろうとした時に腕が軽くなっていることに気がついた。
「!?おい!人質がいないぞ!」
「は!?」
体勢が崩れた一瞬を衝かれたのだ。
猫人族の手には既に人質がいなくなっており、少し離れたところで先ほどの男女が赤い狼煙に向かって走っているのが見えた。
「あっあんなところに!くそっ追うぞ!」
「ああ!」
何が起きたかわからず追いかける猫人族達だが、ここでも異変に気付く。
「はぁはぁ...おい!おかしいだろ!」
「なんで追いつけないんだ!あいつら人族のはずなのに!」
追いつけないわけがない猫人族の身体能力は人族よりもずっと優れている。
なら、なぜ追いつけないのか。
それには明確な理由があった。
「「あいつら、この大混乱の中で軽々と人の輪を潜っていやがる!!」」
後ろから見ていても鮮やかだった。
次々に姿、形を変化する人の波ををまるで、どう動くのかわかっているかのように避けてゆく。
見方を変えると周囲が彼らを避けているかのようにさえ見えるほどだ。
だが、先ほどまで命乞いをしていた人質がこんな動きができるとは思えない。
「おい!あの二人の前を先行している奴がいるぞ!」
「なんだありゃ。小せえぞ!まさか子供か!?」
よく目を凝らさないと人影に隠れてよく見えないが、帽子をかぶってぶかぶかな服を着た子供が二人の人質を先行して赤い狼煙まで連れて行っていた。
「ふざけんな!あんなガキが...!?」
そして二人の猫人族は追うのに夢中で気づかなかった。
自分たちが既に赤い狼煙の真下にいることに。
「俺らの子に手を出そうとはいい度胸だ」
赤い煙を撒き散らす鎧騎士が猫人族から逃げてきた三人を匿うように割って入ってくる。
「なんっ」
ブンッ!
何かを発しようとした声は一振りによって搔き消える。
ドッ
地面から鈍い音がすると、ここにまた二つの死体が転がり、赤い煙を撒き散らしていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ありがとう!!助かったよ坊や!」
「うん!ここにいれば安全だから!絶対に動かないでね!」
僕は今、キロが作り上げた前線の後ろに人質を集めている。
かなり動き回って半分くらいの人をキロの後ろに下げることができていた。
「ハクト!大丈夫さ!?」
「うん!まだ平気!」
ニーミが僕の心配をしてくれのは当然だ。
先ほどまでビクビクして泣いていたのだから。
しかし、今は動けている。
一通り泣いたおかげで吹っ切ることができたのだろう。
とにかくみんなを助けなきゃというのが前面に出ており、恐怖という感覚を麻痺させてくれていた。
良くも悪くも人は与えられた仕事があれば動けるということだ。
「よし。ここからだね」
さっきまではかなりの混乱があったため、こそこそと周囲の人たちを集めることができた。
恐らくここからは自分の姿を隠しての行動はしづらくなる。
最悪の場合は...
ハクトは服の下にある背中の短剣を確認した。
プルプルッ
まだ、戦うとなると震えが始まるが、呑気なことを言っている暇はないことも理解している。
「行くぞっ」
ハクトは喝を入れて再び戦場へ踏み込んだ。
ドタタタタッ!
教会内はキロ達が暴れているおかげもあり、亜人達も多少パニックを起こしている。
統率が乱れ、いろんな方向から亜人が飛び出てはさがり、なんとか人質を確保しようとしている。
そして、ハクトはこの混乱の中をするすると足の間をすり抜けながら運悪く捕まって外に連れ出されそうになっている人の元へ走り込む。
「まだ油断するな...観察しろ...観察だ!」
ハクトはこの一年間のレックスを相手に行っていた動きを読む訓練を思い出していた。
そして、その甲斐あってかハクトはとある法則を見つけていた。
それは足である。
人は激しく動くためにまず足を地面から蹴りださなくてはならない。
そして、蹴り出した足は宙を浮き、次の動きに繋がる。
当たり前だが動くための基本がこれだ。
ハクトは原点に戻り、必死にこれを考えた。
相手が攻撃を仕掛けてくる時、カウンターを狙う時、必ずわずかでも踏み込んでいるはずだと。
なら、相手の次の動きが知りたければ踏み込む前の足をよく観察すれば予測が立てられると。
レックスのカウンターは予想以上に痛い。
元々龍人族の動体視力は高く、成人すれば飛び出す魚を素手で楽々捕まえられるほどだが、それだけではレックスのカウンターを見抜けない。
ハクトはこの一年で龍人族の動体視力と鍛え上げられた肉体をフル動員させてそれを避けるためにひたすら目と感覚を養った。
結果、ハクトは成人で手に入れられる獲物を狩るための動体視力と肉体を2歳後半で手に入れ、さらにそれ以上をひたすら養い続けることになった。
そして、3歳になった現在のハクトの肉体と動体視力はレックスのカウンターを見抜き、今日に限っては逆に一撃入れれるまでに急激な成長を遂げていた。
当然、裏を斯いてこない人波など簡単にすり抜けられる。
ハクトは再び悠々と壁際までたどり着くことに成功した。
「大人しくしろ!」
「助けてくれ!!」
すると、扉の前で一人の若者がちょうど亜人に担ぎ上げれているところだった。
「あいつ強そうだな...」
若者を担いでいる亜人は熊の顔をした大男だった。
熊人族だ。
熊人族は獣人族の中でも一二を争う最強種だ。
体格は非常に大きく体重は500kgを超える。
そして、恐ろしい牙と爪に鋭い嗅覚まで備わっている。
血の匂いが教会中を充満していなければハクトの接近は直ぐに気づかれていただろう。
ハクトは慎重に近づき、その足元を捉える。
「これだけ大きいと効くかわからないけど...」
ドッ
「うおっ!?」
ズンッと大きな音を立てて熊人族は膝から崩れた。
「膝カックンはどんなに体格が大きな相手でも使えるな!」
ハクトは思いっきり膝裏を蹴り飛ばすことで熊人族の体勢を崩すことに成功した。
そして、いつものように一瞬緩んだ隙ををついて人質を引っ張り、一緒にキロ達のところへ走り出す。
「あっありがとう!君!」
「いいから走って!僕について来て!すぐ立ち上がっちゃうから!」
そう言っている隙に熊人族は立ち上がり、もう走ってきた。
「っざけんな!!ガキども!!」
熊人族は怒りのままに突進してきて、障害となる他の亜人や人を吹き飛ばしながら迫ってきた。
やはり、遮るものが少いためハクトが先行していることはバレバレだった。
「うっそ!!」
だけど、数が減っていても突進で突破してくるなんてどんだけ怪力なんだよ!?
このままじゃすぐ追いつかれる。
狼煙まで後少しだけど...やるしかないか。
ハクトが決意をし、震える手で剣を取ろうとした瞬間。
「えっ」
ヒュンと自分の横を過ぎる影が見えた。
そして、ハクトが後ろを振り向くと重い音が響いた。
ドンッ!
「キロが張り切りすぎて俺の相手がいなかったところだ!」
「ふぐううううう!!!」
衝撃が10メートル離れたハクトのところまで届き、熊人族は動きを止めていた。
そして、自分と変わらぬ背丈をしたその者を見てハクトはそれが誰かすぐに気がついた。
「レックス!!」
「ボン!こいつはまかせな!」
「うがあああ!!!なんだてめええええ!!!」
レックスが熊人族と組み合って止まっていた。
この熊人族の体重は600kgであり、身長は2m30もある。
対してレックスは70kgの130cmだ。
これほどの体格差がありながら、なおも動かない異様さが周囲を包み込む。
レックスの異能”収束する体”はただ体の密度を上げ、丈夫にするだけではない。
密度応じたパワーも付加し、体重差をも意に介さないのだ。
「がっはっはっは!要は量より質なんだよ!俺と力比べしたかったらその3倍はウェイトを増やしてくるんだな!」
「はあああああ!??」
高らかに笑い、余裕を見せるレックスが足を前に進め始める。
すると、ずりずりと少しずつ熊人族が押され始め、教会の床に爪の跡が残ってゆく。
「おら!おら!!おら!!!どうした!!どうした!!?」
「おっおっおい!やめっ!?」
レックスはどんどん加速してゆき、遂に正門までたどり着く。
そして、
ドッバァ!!
次の瞬間に熊人族は教会の正門をぶち破り、外に押し飛ばされていた。
「飛んでけデカブツ。オメェのせいでボンが怯えてたんだよ!」
口角を上げ、睨みを利かしながらレックスがそう呟くと
ズンッと大きな地響きを起こしながら熊人族は白目をむき出しにして倒れこんだ。
一瞬時が止まったかのように辺りがシンとなり、外で待機していた亜人達は何が起きたのか理解できないでいた。
「お、来たみたいだな」
そこでさらに亜人達に追い討ちをかける事態が起こる。
でっかく開いた正門から砂埃が目の前まで接近していることがわかったのだ。
ザザッと広場正面を蓋するように整列したそれらの正体は300人程はいる騎士団だった。
お分かりかと思いますがキロもレックスもめちゃ強です。
初めての戦闘シーンなので複雑なのはなしにしました。
安心して読んで頂けたら幸いです。




