04話 中層調査
クレイヴェル帝国迷宮――第三十四層。
薄暗い回廊に、規律だった足音が幾重にも重なって響いていた。
第三師団の斥候隊が先行し、その後方を本隊が固める。
灯りの魔導具に照らされた壁面には、無数の爪痕と、そして幾つかの、赤黒く変色した染みが残っていた。
「――にしても、退屈な場所だな」
先頭近くを歩く女が、億劫そうに呟いた。
拳を軽く打ち合わせながら、指の関節を鳴らす。
燃えるような赤髪を無造作に結い上げ、纏う軽装の鎧は歴戦の傷跡を隠しもしていない。
第七師団長、アザレア・エーデルハルト。
周辺国にまで名の轟く、帝国の中でも最強格の実力者だ。
諸外国を襲った魔人を単独で屠ったとか島を消し飛ばしたとかいう噂話が絶えない。
「アザレア殿。ここは我々の管轄外です。あくまで、我々第三師団の後方支援という立場を――」
隣を歩く男が、慌てた様子で口を挟んだ。
第三師団副師団長、ガレス・オルドウィン。
指揮官然とした佇まいの割に、額には冷や汗がにじんでいる。
「分かってるさ。だが暇なんだよ、こういう地味な調査ってやつは」
「暇で済む話ではありません……。冒険者ギルドからの正式な依頼です。ここ数ヶ月で、この階層より下に潜った冒険者パーティーが、七組も消息を絶っている」
ガレスは手にした羊皮紙の記録に目を落としながら、淡々と続けた。
「モンスターの生態が変わったのか、あるいは新種が発生したのか。原因が特定できない以上、閉鎖も視野に入れねばなりません。そちらこそ、迷宮については師団長の方がお詳しいのでは?」
「分かっている。元帥のジジイもそれを考慮して直々に命じてきたんだろ、全くもって鬱陶しい」
「帰ったら伝えといてくれ、一体いつからギルドの尻拭いをするようになったんだってな」
アザレアが、彼の肩を叩く。
その一撃だけで、屈強な体格のガレスがよろめいた。
「い、言えませんよ、、それに正確には、後方の戦術指揮は私が――」
「はいはい。だが迷宮そのものについちゃ、私の方が経験がある。それにあんたら第三師団は、この迷宮に本格的に潜るのは今回が初めてだろう」
からかうような口調とは裏腹に、アザレアの目はいつの間にか鋭さを増していた。
「……お恥ずかしながら。だからこそ、アザレア殿に同行いただいたわけです」
「この迷宮は『特異型』に分類されています。層が下るごとに、モンスターの質だけでなく、迷宮そのものの『意志』のようなものが強く働く傾向があり、ほとんどの部分が未解明で不可解な点が多く残っています。」
「そして今回失踪した冒険者はいずれも金級以上、ミスリル級も含まれております。これは明らかに異常事態です」
アザレアが、それを聞いて片眉を上げる。
「偶然全員が運悪く骨すら残らず食べられちまったと切り捨てるには、特定の場所で消えた冒険者の数が多すぎる――ってか。私も、同感だな」
その時だった。
先行していた斥候の一人が、血相を変えて駆け戻ってきた。
「報告! 前方、第四十二層付近で――」
息を切らしながら、斥候が魔導計器を突き出す。針が、振り切れんばかりに大きく揺れていた。
「莫大な魔力反応を検知!これほどの規模、モンスターのものとは思えません……!」
ガレスの顔から、みるみる血の気が引いていく。
「な……第四十二層だと? そんな中層で、この規模の反応が……」
「面白いじゃないか」
アザレアだけが、唯一、口の端を吊り上げていた。
「先に行くぞ、副師団長どの。」
「ま……お待ちください!アザレア殿といえど単独での深追いは規定違反です、せめて増援を――」
引き止める声を置き去りに、彼女は全身に魔力を滾らせ流星の如く迷宮を駆け抜けていった。
「まずいまずいまずい…全員、警戒を厳に! アザレア殿に追いついたら、絶対に一人で先行させるな!」
彼女が問題を起こす前に止める。
それが、今回の任務における自分の最大の役目なのかもしれない。
ガレスは頭を抱えながら、深いため息を吐いた。




