↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/37

34話 図星

「お前は、何も信じていない」


その言葉が、レオンの胸の奥に深く突き刺さった。


戦場には絶え間なく剣戟の音が響き、遠くでは建物の崩れる音まで聞こえている。それなのに、その瞬間だけは、ロガーの声だけが妙にはっきりと耳へ届いた。


「味方も――自分自身もな」


「…………」


否定しなければならなかった。


違う、と言えばいい。


そんなことはないと笑い飛ばせばいい。


なのに、喉から声が出てこない。


レオン自身が、その言葉を完全には否定できなかった。


仲間を信じているつもりだった。帝国軍の一員として戦い、与えられた任務を遂行し、自分の力を疑ったことなどない。


それでも、本当にそうだったのか。


仲間に背中を預けたことが、果たしてどれほどあっただろう。


自分より強い誰かを信じ、その人間に命を託すことを、いつからか避けてはいなかったか。


そして何より――自分自身の力さえ、信じているわけではなかった。


負けることが怖い。


弱いと思われることが怖い。


だからこそ、誰よりも強くあろうとしてきた。


その全てを、目の前の魔人はたった一言で暴いてみせた。


「……お前に、何が分かる!」


込み上げてきた感情を押し殺すことができなかった。


怒りだった。


いや、怒りだけではない。


図星を突かれたことへの焦りと、それを認めたくないという意地が混ざり合い、胸の奥でぐちゃぐちゃに渦巻いている。


レオンは大鎌を握り直した。


もう、出し惜しみをする理由はない。


身体の奥に残された魔力を、根こそぎ引きずり出す。


黒い刃が軋み、周囲の空気が震える。濃密な魔力が刃の周囲に渦を巻き、触れるだけで皮膚を裂きそうなほど鋭い気配を放ち始めた。


これが、自分の全てだった。


今まで積み上げてきたものも、磨いてきた技術も、戦場で培ってきた経験も、その全てを一撃へと込める。


これなら届く。


届かなければならない。


そうでなければ――自分は本当に何もない。


「ッ!」


レオンは地面を蹴った。


一瞬で距離が消える。


大鎌を大きく振りかぶり、その首へ向かって自身の渾身の一撃を叩き込んだ。


その刃を見たロガーは――笑った。


「はっ……!」


獣のような笑い声が響く。


「いい顔になったじゃねえか!」


ロガーは逃げなかった。


むしろ、迫り来る大鎌へ自ら踏み込んだ。


次の瞬間。


獣拳と大鎌が衝突した。


――轟ッ!!


凄まじい衝撃が周囲へ弾け飛ぶ。


レオンの腕に伝わったのは、金属を殴ったような感触だった。


「――な」


何が起きたのか理解するより先に、身体が宙へ持ち上がった。


視界が回る。


次いで背中から地面へ叩きつけられ、肺から空気が一気に吐き出された。


「がっ……!」


瓦礫が身体へ食い込み、口の中に鉄の味が広がる。


立て。


そう思った。


だが、身体が動かない。


片腕を地面につき、必死に上体を起こす。


その途中で、何かが足元へ転がってきた。


レオンはそれを見た。


「…………」


自分が何年も使い続けてきた大鎌だった。


その刃は、中央から無惨に砕けていた。


「……嘘だろ」


声が震えた。


全力だった。


間違いなく、今の一撃には自分の持てる全てを込めた。


それなのに。


斬れなかったどころか――叩き折られた。


自分の、武器を。魂を。


頭では理解している。


目の前にいる男は、自分より遥かに強い。


そんなことは最初から分かっていたはずだった。


だが、実際に自分の全力を正面から潰された瞬間、その事実がどうしようもない現実として突きつけられる。


どれだけ力を振り絞っても、技を磨いても。


今の自分では、この男には届かない。


その事実が、これまで積み上げてきた自信を根元から崩していく。


「はっはっはっ!」


ロガーの笑い声が響いた。


「ようやく分かったか?お前じゃ俺には勝てねえ」


「…………」


今のレオンには反論する力すら残っていなかった。


ロガーが、折れた大鎌へ視線を落とす。


「なあ」


その声には、戦いを楽しむ獣のような響きがあった。


「お前、自分の銘――知らねえだろ?」


「……銘」


レオンの眉が僅かに動く。


「自分の銘が何て言うのかも知らねえ。そんな奴が、自分自身を信じられると思うか?」


「…………」


言葉が出なかった。知らない。戦える。敵を倒せる。


それで十分だと思っていた。


だが、目の前の男に銘を折られた今、その「十分」だったはずのものが、急にひどく薄っぺらく感じられた。


自分は何者なのか。


何のために、この力を持っているのか。


その答えを、レオンは何一つ持っていなかった。


「……っ」


胸の奥が締めつけられる。


認めたくない。


でも、否定できない。


ロガーはそんなレオンを見下ろし、拳をゆっくりと握った。


「じゃあ、もう終わりだ」


ロガーの拳が振り下ろされる。


その瞬間だった。


――轟ッ!!


何かが凄まじい速度で割り込んだ。


ロガーの拳が、空中で止まる。


いや。


止められていた。


「……あ?」


ロガーが目を見開く。


拳の前に、一振りの大剣があった。


大剣を握る男が、レオンの前に立っている。


ただそれだけだった。


それだけなのに、周囲の空気が変わっていた。


男の足元では、ロガーの拳を受け止めた衝撃によって石畳が大きく陥没している。それでも男は一歩も動いていなかった。


腕も、肩も、表情すら微動だにしていない。


まるで、今の一撃が取るに足らないものだったかのように。


ロガーが拳を引く。


その顔から、先ほどまでの余裕が僅かに消えた。


男は大剣を片手で構えた。


巨大な刀身が、まるで重量など存在しないかのように静かに持ち上がる。


「……そこまでにしてもらえるかな」


穏やかな声だった。


戦場に似つかわしくないほど、落ち着いた声。


レオンは、その背中を見つめた。


帝国軍第一師団、副師団長。


アレクシス・クロイツ。


帝国で彼の名を知らない者はほとんどいない。


帝国最強と呼ばれるのは、第七師団長アザレア・エーデルハルト。


帝国最凶と恐れられるのは、第七師団長グレン。


だが、それとは別の意味で――アレクシスは有名だった。


若くして第一師団副師団長にまで上り詰めた天才。


剣技、魔力、知性、判断力。


そのどれを取っても欠点らしい欠点がなく、あまりにも完成されていることから、帝国内ではいつしかこう呼ばれるようになっていた。


――最も完璧な男。


「アレクシス・クロイツ……」


レオンが、かすれた声で名前を呼ぶ。


アレクシスは振り返った。


「アレクでいいよ」


柔らかな笑みを浮かべる。


「大丈夫だったかい?」


「……」


目の前の男を見ているだけで分かる。


この男は、自分とは違う。


何かを恐れているようには見えない。


自分の力を疑っているようにも見えない。


その立ち姿そのものが、揺るぎない自信を形にしたようだった。


アレクはレオンから視線を外し、ロガーへ向き直る。


「さて」


大剣の切っ先が、ゆっくりとロガーへ向けられる。


その瞬間、ロガーの口元が吊り上がった。


「……なるほどな」


先ほどまでとは違う。


明らかに目の前の男を警戒している。


だが、それ以上に――楽しそうだった。


「お前、強ぇな」


アレクは答えない。


ただ、大剣を構えた。


その構えには一切の無駄がない。


魔力の奔流すら見えない。


殺気を露わにしているわけでもない。


それなのに、レオンには分かった。


――強い。


今まで感じたことのないほど、圧倒的に。


ロガーが笑う。


「はっ……!」


拳を握り締める。


「いいぜ。こういう奴を待ってたんだよ!」


アレクの瞳が、静かに細められた。


そして――。


二人の姿が、同時に消えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。