33話 レオンvsロガー
近日中に1~33話までかなりの修正入ります。話の大筋は変えませんが読みやすくなるようがんばります
帝都西区画。
崩れた瓦礫と燃え残る炎の合間で、レオンは大鎌を振るい続けていた。
杖を掲げたオラス兵が、次々と魔法を放ってくる。
炎の矢が夜気を焦がし、氷の刃が地面を抉り、風の斬撃が建物の壁を切り裂く。まともに受ければ致命傷になりかねない攻撃の雨を、レオンは真正面から受けようとはしなかった。
間合いに入る前に、全てが鎌の一薙ぎで斬り払われている。
靴底が壁面を捉えるたび、身体が僅かに沈む。三歩、四歩――そのまま重力に逆らうように駆け上がり、頭上から降り注いだ氷刃を身を捻ってかわした。
レオンは身を沈め、その勢いのまま走り出した。
眼前に迫った一撃を紙一重で躱すと、足元の瓦礫を踏み台にして跳躍する。
次の瞬間には、三階建ての建物の壁を駆けていた。
空中で身体を反転させる。
「――遅い」
踏み込む。鎌の刃が、詠唱を終えたばかりの兵の胴を薙ぐ。
断末魔すら上げる暇もなく、敵兵が地に伏した。
左右から剣を構えた兵士が迫ってくる。
一人目の斬撃を鎌の柄で受け流し、その勢いを殺さぬまま身体を半回転させる。刃が二人目の兵士の眼前を掠め、反射的に身を引いた隙へ、今度は柄の石突きが叩き込まれた。
その背後から、別の兵士が迫る。
レオンは振り返りもしなかった。
足元に転がっていた瓦礫を蹴り上げる。視界を遮られた兵士の動きが一瞬だけ止まる。その僅かな間に身体を滑り込ませ、大鎌の柄で相手の腕を絡め取った。
男の身体が前へ崩れる。
そのまま背後から迫っていた兵士と激突した。
「なっ――」
二人の動きが止まる。
レオンにとって、それで十分だった。
大鎌が円を描いた。
鈍い衝撃とともに、二人の兵士が弾き飛ばされる。
戦況は、終始レオンの優勢だった。
数の上では敵の方が多いはずなのに、一人また一人と斬り伏せていくたび、その差は開いていく。
焦りも、油断もない。ただ、必要な分だけの力で、必要な分だけ相手を屠っていく。それが、レオンの戦い方だった。
◇
不意に、空気を引き裂くような雄叫びが、遠くから響いた。
獣の咆哮にも似た、しかし人間の喉から発せられたその声に、周囲の戦場が一瞬、静まり返る。オラス兵たちですら、動きを止めていた。
レオンは、声のした方角へ視線を向ける。
瓦礫の向こうに立っていたのは、一人の男だった。
引き締まった長身、剥き出しの上半身に幾筋もの傷痕。その双眸には、これまで相手取ってきたどの敵とも異なる、底の見えない獰猛さが宿っていた。
魔人、ロガー。
「……あれが」
呟いた瞬間、レオンの背筋を、これまで感じたことのない緊張が這い上がった。
理由は明白だった。格が違う。それも、僅かな差ではない。刃を交えるまでもなく、立ち姿だけで分かる圧倒的な隔たりが、そこにはあった。
ロガーは、大鎌を提げたレオンを見据えると、興味深そうに口の端を上げた。
「へえ。お前、いい線いってるじゃねえか」
その評価には、余裕以上の何かが滲んでいた。
値踏みし、そのうえで見下している――そんな響き。
「――だが、惜しいな」
言い終えると同時に、ロガーの姿がかき消えた。
「――ッ!」
反応できたのは、本能に近い部分だった。とっさに掲げた鎌の柄に、途轍もない衝撃が叩き込まれる。
踏ん張った足の裏、地面が抉れるほどの威力。
「な……」
まともに受けたはずの一撃で、体が数歩後退させられていた。今まで戦ってきたどの相手とも、明確に一線を画す膂力だった。
レオンは、すぐさま体勢を立て直し、鎌を構え直す。
ロガーの拳は、決して速さで押し切るだけの一撃ではなかった。むしろ、無駄のない、洗練された動き。だからこそ、対処の糸口すら掴めない。
鎌を振るう。ロガーは、それを最小限の動きで躱していく。
鎌の軌道を変え、死角から刃を滑り込ませる。
それでも届かない。
刃の間合いを完全に見切ったような、あまりにも余裕のある捌き方だった。
「……くっ!」
一撃、二撃。攻めを重ねるほどに、レオンは焦りを募らせていく。攻撃が通らない。掠りすらしない。それどころか、攻めているはずのレオンの方が、じわじわと追い詰められていることに、途中で気づいた。
反撃の一発一発が、確実に体力と集中力を削っていく。呼吸が乱れ、鎌を握る手に、余計な力が入り始めていた。
(勝ち筋は……どこだ)
必死に思考を巡らせる。だが、答えは見つからない。攻めても届かず、守っても押し切られる。膠着どころか、確実にレオンの側が消耗していく一方の展開だった。
それでも、退くという選択肢だけは、レオンの頭になかった。ここで引けば、それこそ何のために戦っているのか分からなくなる。
歯を食いしばり、再び踏み込む。だが、その一撃もまた、いとも容易くいなされた。
「まだ、やるのか」
ロガーの声に、初めて僅かな呆れが混じる。
「お前、強さだけならそこそこだ。だが――」
獣の拳が、がら空きになったレオンの脇腹へ、深く沈み込んだ。
「――ッ、が……!」
呼吸が詰まる。膝が、勝手に折れかける。
崩れ落ちそうになる体を、なんとか鎌の柄で支えたレオンを、ロガーは静かに見下ろした。
「お前は、何も信じていない」
その一言に、レオンの目が僅かに見開かれる。
「味方も」
ロガーの視線が、遠く戦場の喧騒の方へ流れる。
「――自分自身もな」
言い残し、ロガーは踵を返した。
まだ止めを刺すつもりはないらしい。それが、屈辱以上に、レオンの胸を重く塞いだ。
膝をついたまま、レオンは荒い息を繰り返す。
言い返す言葉すら、見つからなかった。




