29話 初陣
「……来るぞ」
ローブを纏った集団が襲い掛かってくる。
「数は多くないっス!」
ソルトが叫ぶ。
俺は魔力を込め、地面を踏み抜いた。
瞬間的に加速していく身体。
同時に、前方へ意識を集中させる。
――万象の渇望。
身体の前方に、強い引力が生まれる。
その力に身体が引っ張られるように、俺の速度が一気に跳ね上がった。
「なっ――!?」
「ふんっ!」
掌底を叩き込む。
鈍い衝撃とともに、敵兵が地面を転がった。
「クロスさん、それエグいっスね……」
「余計なこと言ってないで、援護してくれ!」
「了解っス!」
ソルトが敵陣へ飛び込んでいく。
その直後だった。
「――死ねぇ!」
赤ローブの男が片手を掲げる。
炎が蜷局を巻き、巨大な槍へと変わっていく。
「来るぞ!」
「クロス、避けろ!」
誰かの声が飛ぶ。
だが、俺は動かなかった。
右手を前へ突き出す。
ズズズズズッ――
放たれた炎が、黒渦へと飲み込まれていく。
「な……!?」
男の目が見開かれる。
「うおおおおお! クロス、よくやった!!」
「ナイスだ!! でかした!!」
「この野郎!」
横から敵兵が剣で襲い掛かってくる。
「見えてるよお前!」
黒い渦は男の剣を異空間へと消し飛ばした。
「……チッ!」
敵兵が舌打ちし、隠し持っていたナイフを突き出す。
ヒュッ――。
「……っ!」
反射的に身体を横へ逸らす。
ナイフの刃が頬を掠めた。
手元から黒渦を通して剣の柄が飛び出す。
俺はすれ違いざまに剣を振り抜き、敵兵を斬って伏せる。
◇
自分の手を見る。
震えていた。
さっきまで、気づかなかった。
心臓が異常なほど速く鳴っている。
ドクン、ドクン、ドクン。
「大丈夫っスか!」
ソルトの声が聞こえる。
その瞬間――。
ズキリ。
左肩の火傷跡が疼いた。
迷宮で感じた、あの感覚。
濃密な死の予感。
「……ああ」
そう答えながら、目の前の敵を見つめる。
こいつは、俺を殺そうとしている。
そして――俺も、こいつを斬った。
「……そういうことか」
ようやく理解した。
これは訓練でも、模擬戦でもない。
本物の殺し合いだ。
震える手を、強く握り直す。
怖い、当たり前だ。
やらなきゃ、やられる。
ここは戦場だ。
綺麗事を考えている余裕なんてない。
迷えば、その一瞬で自分が死ぬ。
切り替えろ、生き抜くためにはどうする。
――ここは戦場だ。
◇
俺は周囲を見渡す。
そこかしこで、激しい戦闘が繰り広げられていた。
二本の刃が風を巻き込み、敵兵を次々と薙ぎ払っていく。
その動きは、俺の想像していた獣人の身体能力を遥かに超えていた。
「……いや、あれは反則だろ」
ロゼが空中で身を翻す。
一回。
二回。
三回――。
「四回転……?」
呟いた瞬間には、すでにロゼは着地していた。
その足元には、敵兵が二人倒れている。
「まだ来るよ!」
「おっけー!」
ユーリとメーリが同時に手を掲げた。
「せーの!」
「いっけー!」
二人の周囲を渦巻いていた大量の水が、一気に敵兵たちへ向かって放たれる。
水流が敵兵たちの足元を薙ぎ払い、数人がバランスを崩した。
「今だよ!」
「ロゼねえちゃん!」
ロゼがその隙へ飛び込み、二人の敵兵をまとめて斬り伏せる。
「もう! 可愛くて強いとか、やっぱりうちの子たち最高!」
ロゼは双子へ駆け寄り、そのまま二人を抱きしめる。
「えへへー」
「く、くるしー」
……戦場なのに、あいつらだけ妙に平和だな。
◇
第七師団の団員たちも、それぞれの持ち場で敵を押し返していた。
思ったよりも、こちらが優勢だ。
だが――。
「クロス!」
ソルトの叫び声が響く。
「上っス!」
反射的に空を見上げる。
赤ローブの一人が、巨大な砲台をこちらへ向けていた。
全長三メートルを越えるそれは、獣の口を思わせる異様な砲身を備えていた。
「――放て! 『これだけで撃ち砲台』!」
ドォンッ!!!!
轟音。
空気が震える。
圧倒的な威力を持った砲弾が、第七師団の庁舎へ向かって飛んでくる。
「まずい!」
あれが直撃すれば、建物ごと吹き飛ぶ。
俺が走り出そうとした――その瞬間。
一筋の影が空から落ちてきた。
「……え?」
誰かが空を見上げる。
次の瞬間――。
巨大な大鎌が振り下ろされた。
ギィンッ!
飛来していた砲弾ごと、赤ローブの男が斬り伏せられる。
二つに分かれた砲弾が、駐屯地の外側へ落下した。
「な……」
敵兵が呆然とする。
その中央へ、一人の男が着地した。
橙色の頭髪。
手に握られた巨大な鎌。
そして、鋭い眼差し。
「レオンさん……!」
味方の兵士が声を上げる。
レオンは周囲を一瞥すると、何事もなかったかのように大鎌を肩へ担いだ。
「……ふん」
「助かったっス!」
ソルトが駆け寄る。
「お前の銘は酔う。行け、とっとと片付けろ」
レオンは短く答える。
二人が同時に敵陣へ向き直る。
……試験の時にあれを食らってたら……。
ほんとに死んでたんじゃ……?
「クロス!」
ロゼがこちらへ駆けてくる。
「まだ終わってないよ!」
「分かってる!」
俺は再び前を向いた。
敵兵はまだ残っている。
だが、こちらも戦力が揃ってきた。
第七師団が一気に攻勢へ転じる。
「押し込むぞ!」
「おう!」
「逃がすな!」
怒号が飛び交う。
その時だった。
俺の腰にある通信魔道具が震えた。
『全員、聞こえるか』
アザレアの声だ。
「聞こえてる」
『現在、第二師団が前線で敵兵部隊と交戦中。各区画の市民の避難も、もうじき完了するそうだ』
周囲の団員たちが、戦いながら耳を傾ける。
『これより第七師団を複数の部隊に分ける。各部隊、所定の区域へ向かえ』
「了解!」
『クロス、お前もだ』
「了解」
『敵はまだ帝都各地にいる。油断するな』




