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25話 バルドル・ダンテ

村は、どこにでもあるような小さな村だった。


大きな街からは遠く離れ、畑と森に囲まれた、人口も多くない村。


バルドル・ダンテは、そこで両親と暮らしていた。


「バルドル、薪を運んでくれ」


「分かった!」


幼いバルドルは、父親の背中を追いかけるように森へ入っていく。


まだ身体も小さく、薪を一本運ぶだけでも精一杯だった。


それでも父親に褒めてもらえるのが嬉しかった。


「よくやったな」


「ほんと!?」


「ああ。もう立派な男だ」


「じゃあ、もっと持てる!」


「無理するな。怪我するぞ」


その隣では、母親が笑っていた。


何も特別なものはなかった。


裕福でもない。


強くもない。


ただ、家族三人で食卓を囲み、平和な毎日を過ごしていた。


バルドルにとっては、それが当たり前だった。


しかしある日。


村の外から、聞き慣れない音が聞こえた。


馬の蹄、怒号。


そして、悲鳴。


「母さん?」


母親の顔から笑みが消えた。


「家から出ちゃ駄目」


「なんで?」


「いいから」


その声は震えていた。


直後、家の扉が開いた。


「逃げろ!」


父親だった。


いつもの父親とは違う。


顔には大きな傷があり、服は泥と血で汚れていた。


「父さん……?」


「バルドルを連れて逃げろ!」


「あなたは?」


「俺は後から行く!」


その言葉が最後だった。


外から、何かが弾けるような音が響く。


父親が振り返る。


そして――倒れた。


「父さん!」


母親がバルドルを抱きしめる。


「見ちゃ駄目!」


「父さん! 父さん!」


腕の中でもがく。


何もできない。


何が起きているのかすら分からない。


ただ、怖かった。


外から聞こえてくる叫び声。


燃える家々、逃げ惑う人々。


そして、村を襲っていた者たちの腕に刻まれたもの。


――黒い印。


「……悪魔の、印……?」


誰かが震える声で呟いた。


その言葉の意味を、当時のバルドルは知らなかった。


ただ、それを持つ者たちが、自分の大切なものを奪っていく。


「村に残っている人間どもは皆殺せ!」


男達の声が聞こえる。


その事実だけは理解できた。


「お母さん……!」


「大丈夫よ、こっちへおいでバルドル」


母親はそう言って、家の地下にある納屋までバルドルを連れていく。


「バルドル、これを付けなさい」


幼い息子の首に流線形のペンダントをかける。


「これはあなたを安全な街まで運ぶ魔道具よ、着いたら軍人さんに頼りなさい…」


「お母さんも一緒に行こう!」


「ごめんね…ごめんね…。」


その目には涙が浮かんでいた。


「あなたはパパとママの息子よ。きっと強くてかっこよくて、優しい男になれる。」


そういって母親はペンダントに魔力を注ぐ。


魔道具が淡い光を放ち、バルドルを包む。


「……嫌だ……嫌だよぉ!」


バルドルは泣きながら母親の服を掴んだ。


「あなたを愛しているわ、バルドル」


母親はしゃがみ込み、幼いバルドルを強く抱きしめる。


「ずっと……ずっと愛してる」


次の瞬間。


光が弾ける。


その日。


バルドルの世界から、全てが消えた。


◇


それから何年も経った。


バルドルは帝都の孤児院で引き取られて生活を過ごしていた。


引き取られた数年後に当時の真相を知った。


あの印は悪魔との取引をした証だということ。


悪魔にそそのかされ、欲に目がくらんだ者達に自分の故郷、そして父と母が殺されたこと。


バルドルは身体を鍛えた、剣を握った、魔法を覚えた。


何度も何度も、自分を追い込んだ。


もう二度と、何も守れない自分にはならないために。


そういった理由から帝国軍に志願した。


希望したのは、第二師団と第三師団。


帝国でも屈指の実戦部隊と、国内の治安維持や防衛を担う部隊だ。


自分が求める力を得るなら、そこしかないと思っていた。


しかし――。


「不合格だ」


「……なぜですか」


返ってきた答えは、あまりにも簡単だった。


「実力は申し分ない。だが、お前は集団戦に向いていない」


「……」


「前に出すぎる。命令より自分の判断を優先する傾向がある。それに、守ることへの執着が強すぎる」


「それの何が悪い」


「軍ではそれが命取りになる。時には非情になれる人材でなければならない。」


結局、バルドルは第二師団にも第三師団にも入ることができなかった。


それでも諦めるつもりはなかった。


◇


ある日の事だった。


「バルドル兄ちゃん!軍人の美人のおねえちゃんきてるよ!」


子供たちが慌てて駆け寄ってくる。


「軍人だと?」


入口まで出ると


「お前が、バルドル・ダンテか?」


軍服を纏った一人の女が立っていた。この国に住む者なら誰でも知っている。


第七師団長アザレア・エーデルハルト。


「……そうですが」


「私はアザレア・エーデルハルト。第七師団で師団長をしている」


「第二師団と第三師団を受けたそうだな」


「……はい」


「どちらも落ちた」


「……」


「理由は聞いたか?」


「集団戦に向いていないと」


アザレアはバルドルの刺青を一瞥し、小さく笑った。


「お前は、自分の力で誰かを守ろうとしている。だから、誰かが傷つく場面を見ると、自分の判断で動く」


「それの何が悪い」


「悪くない」


アザレアは即答した。


「第二師団や第三師団では、お前の性格は扱いづらいだろう。だが、第七師団なら話は別だ」


アザレアは一歩近づく。


「強くなりたいのだろう?」


「ああ」


「なら、私のところへ来い」


バルドルは黙ってアザレアを見る。


「第七師団は甘くない。訓練も厳しい。死ぬほど鍛えることになる」


「望むところだ」


「そうか」


アザレアは満足そうに笑った。


「ならば今日から、お前は第七師団の一員だ」


バルドルは拳を握った。


ようやく。


自分が強くなるための場所を見つけた。


何も守れなかった自分とは違う。


今度こそ。


この場所だけは。


誰にも奪わせない。


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