24話 検証
模擬戦で銘を発現させてから、数日が経った。
俺は以前にも増して、訓練に打ち込んでいた。
走り込みでは身体強化を維持しながら順位を上げることを意識し、筋力訓練では強化による力の底上げをどこまで引き出せるか試す。
魔力操作も、以前より細かく制御できるようになってきた。
走り込みの最中に何度も試しているうちに、以前のような暴発もなくなってきている。
「……だいぶ慣れてきたな」
訓練を終え、額の汗を拭う。
だが、俺にはまだ一つ、試しておかなければならないものがあった。
――銘。
あの模擬戦で初めて発現した、俺自身の力。
「万象の渇望……」
右手を見る。一体、どこまでできるのか。
俺は訓練の合間を使って、少しずつ検証を始めることにした。
◇
そして――数日後。
自分の銘について、いくつかのことが判明した。
まず、銘は右手からしか発動できないものだと思い込んでいた。だが――。
「……違うな」
俺は目の前に置いた石を見つめる。
右手ではなく、石の少し手前へ意識を集中させる。
「……ここだ」
魔力を集める。すると――。
ぽつり。
石のすぐ横に、黒い渦が現れた。
「……できた」
掌ではない。空中に直接、渦を発生させることができた。
続けて、少し離れた場所へ視線を向け、同じように意識を集中してみる。
だが――。
「……っ」
渦は現れない。もう少し近く、位置を調整してみる。
「……ここなら」
今度は、数歩ほど離れた場所に黒い渦が現れた。
どうやら、銘を発動させる場所は、ある程度自由に指定できるらしい。
「距離が伸びるほど、魔力操作が難しくなる……」
自分を中心に、およそ一メートル。現時点で安定して銘を発動できる限界は、その程度だった。
一メートルを超えたあたりから、意識を向けても魔力がうまくまとまらない。
渦を作るどころか、魔力そのものが霧散してしまう。
「……まだまだだな」
それでも、最初は右手の掌にしか出せなかった。
今は、自分の周囲一メートル以内なら、好きな場所に発動できる。
これは、戦い方を大きく変えられる進歩だ。
続いて、対象物の確認に移った。
まず、生物。試しに一匹の蟻へ意識を向けると、あっさりとこちらへ引き寄せることができた。
生物に対しては、どうやら「引力」が働くらしい。
次に、石や木片などの非生物。こちらは触れずとも吸収することができた。
しかも、吸収したものは意識すれば再び取り出せる。
吸収というより、収納といった表現の方が近い。
試した結果、収納できる物質のサイズ制限は大体一部屋ほど。重量の制限はなさそうだ。
「しかしこれは……かなり便利だな」
◇
「……よし。もう一度試してみるか」
訓練を終えた夜。
俺は部屋の隅で、銘の検証を重ねていた。
近くには、夜食に買ってきた菓子がいくつか置いてある。
「まずはこれだな」
魔力を集中させ、意識を菓子へ向ける。
掌に黒い渦が生まれた。
「吸収――」
ズズッ。
「……あ」
目の前に置いてあった菓子が、渦へ吸い込まれて消えた。
「……成功だ」
「何が成功っスか!」
「うおっ!」
振り返ると、いつの間にかソルトが部屋の入口に立っていた。
「何してるんスか、クロスさん」
「銘の検証だよ」
「それ僕のっスよ」
「……え?」
どうやら、いつの間にかソルトの夜食まで一緒に置かれていたらしい。
「悪い! すぐ戻す!」
俺は慌てて意識を集中させる。
ポンッ。
消えた菓子が、元の場所に戻ってきた。
「……戻った」
「よかった……」
そして、袋を開けようとして――
「……あれ?」
「どうした?」
「なんか、ちょっとだけ温かいっス」
「…………」
「…………」
「それは……」
「食べて大丈夫なんスかね?」
「知らん」
「知らんじゃないっスよ!」
「でも戻せたんだから問題ないだろ」
「クロスさんの銘で一回異空間に消えたんスよ!?」
「異空間かどうかは分からないけどな」
「そこ重要じゃないっス!」
しばらく菓子を睨んでいたソルトは、やがてため息をついた。
「……まあ、食べるっスけど」
「食うのかよ」
「夜食なんスから!」
「逞しいな、お前……」
「次から俺の夜食には触らないでほしいっス」
「分かったよ」
「絶対っスよ?」
「絶対」
「……そこのチョコレート、取ってほしいっス」
「これは俺のだぞ」
「ちぇっ」
「なんで狙ってんだよ」
◇
検証の結果、魔法や銘も吸収できることが分かった。だが――。
一度吸収した魔法や銘を、再び外へ取り出すことはできない。
非生物とは違う。魔法や銘は、吸収した時点で消える。
魔力そのものが霧散してしまうからだろうか。
ただし、模擬戦で俺が吸収した『砂の惑星』については、後日確認したところ、使用者本人は問題なく銘を再び使えることが分かった。
「……奪ったわけじゃない、ってことか」
まだ分からないことは多い。だが、少なくとも現時点で分かっていることはある。
生物には――引き寄せ。
非生物には――吸収。
魔法や銘も――吸収。ただし、再び取り出すことはできない。
「万象の渇望……」
俺は右手を握る。自分でも、この力の全貌はまだ分からない。だが、強くなるためには、もっと使いこなせるようにならなければならない。
◇
ある日の夕方。訓練を終えた俺は、食堂へ向かっていた。
「腹減った……」
今日もかなり追い込まれた。早く飯を食って部屋に戻りたい。
そんなことを考えながら廊下を曲がったところで――前から歩いてきた男と目が合った。
分厚い肩幅。刺青の入った、鍛え上げられた腕。短く刈り込まれた髪の下に、きらきらと光る派手な流線形のピアス。
第七師団、バルドルだった。
「……チッ、さっさと失せろ」
入団当初から、彼にはかなり目の敵にされている。銘の発現以降、その態度は以前よりも険しさを増している気がした。
数歩進んだところで、妙な違和感を覚え、振り返る。
バルドルも、こちらを見ていた。
「……?」
俺は小さく息を吐き、そのまま食堂へ向かった。
その背中を、バルドルはしばらく睨み続けていた。
「……何も知らねえガキが」




