21話 訓練初日!
一週間の静養期間は、思っていたよりもあっという間に過ぎていった。
任務も訓練もない。
その代わり、俺が毎日欠かさなかったのは、魔力操作の練習だった。
朝、目を覚ましてすぐ。
昼、食事を終えたあと。
そして、眠る前。
体の中心に意識を集中させ、そこから魔力を少しずつ全身へ広げていく。
最初の頃は、十数秒もすれば感覚が途切れていた。
それでも繰り返しているうちに、少しずつ変化が現れた。
魔力を巡らせる速度、維持できる時間。
そして、体のどこに魔力があるのかを把握する感覚。
どれも、ほんの少しずつだが確実に向上していた。
「……よし」
腕の先まで魔力を巡らせる。
以前ならそこで途切れていた感覚が、今はそのまま指先まで伸びていく。
「いけるな」
小さく呟いて、今度は魔力を体の中心へ戻す。
それも、問題なくできた。
一週間前とは明らかに違う。そんな実感があった。
◇
「問題ありませんね」
中日の検診で、ダリスさんは俺の腕や腹部を確認しながら言った。
ダリスさんの背後にはミアが顔だけ出して様子を伺っている。
「魔力の流れも安定しています。体の方も順調です」
「じゃあ、訓練に戻っても?」
「まだ駄目です」
即答だった。
「……ですよね」
「焦る必要はありませんよ。あと数日、大人しくしていてください」
「分かりました」
素直に頷く。
すると、背後から小さな声が聞こえた。
「……よかった」
「ん?」
振り返ると、ミアが慌てて顔を引っ込めた。
「ミア?」
「な、なんでもないです…」
「そうか?」
「はい……」
少しだけ間を置いて、ミアが再び顔を覗かせる。
「ちゃんと休んでほしい…です…」
「ああ。分かってる、しっかり治すよ」
そう答えると、ミアは小さく頷いた。
「なら、よかったです」
そう言って、今度こそ姿を消した。
「……随分と心配されているようですね」
ダリスさんが、どこか楽しそうに言う。
「そうなんですかね」
「ええ。少なくとも、嫌われてはいないでしょう」
「……それは分かってますよ」
俺が苦笑すると、ダリスさんも小さく笑った。
「では、もう少しだけ我慢してください。最終日の検診で問題がなければ、訓練復帰を許可します」
医務室の外から聞き慣れた声が響いた。
「クロスさーん! 終わったっスかー!」
「ソルトか?」
扉を開けると――
「お疲れ様っス……」
そこには、全身汗だくで、泥だらけになったソルトが立っていた。
「お前、大丈夫か?」
「大丈夫っスよ」
そう言いながら、ソルトは壁に手をついた。
生まれたばかりの小鹿のように脚がガクガク震えている。
「……ほんとに?」
「ほんとっス」
「じゃあ、なんで壁にもたれてるんだ?」
「気のせいっス」
どう見ても気のせいではなかった。
◇
その日の夜。
俺が部屋で魔力操作の練習をしていると、扉が勢いよく開いた。
「クロスー!」「クロス―!」
「うおっ」
顔を覗かせたのは、ユーリとメーリだった。
「まだ休んでるの?」
「明日から復帰するよ」
「でも一週間ずっと休んでたんでしょ?」「でしょ?」
「体を休めてただけで、何もしてなかったわけじゃない」
「へー」「へー」
「じゃあ強くなった?」
「……どうだろうな」
そう答えると、二人は顔を見合わせた。
「弱くなってたりして」「一週間寝てたからね」
「寝てたわけじゃないって」
二人は楽しそうに笑いながら、部屋を出ていった。
「……まったく」
だが、二人が出ていったあと、もう一度魔力を巡らせた。
一週間。 短いようで、長い時間だった。
そして――明日から、ようやく訓練に戻る。
◇
翌朝。
「……これが初日のメニュー?」
訓練場に並べられた器具を見て、俺は思わず呟いた。
「そうっス」
隣に立つソルトが頷く。
「走り込みに筋力訓練、魔力操作訓練。それが終わったら各自で実地訓練っス」
「初日から?」
「第七師団っスから」
「……そういうものなのか」
「そういうものっス」
目の前には、どう見ても普通の人間がこなすことを想定しているとは思えない量の訓練道具の数々が並んでいる。
球状の魔道具。 重量のある鉄塊。 何度も使い込まれた訓練用の武器。
「ちなみに、第七師団の訓練って他の師団と比べてどれくらい厳しいんだ?」
「第一師団と同じくらいって言われてるっス」
「……第一師団と?」
「帝国軍の中でも、第一と第七は特に厳しいっスよ」
なるほど。
七師団が、帝国最強の近衛を抱える第一師団と同等。
その意味を、俺はまだ理解しきれていなかった。
「お前ら、いつまで喋っている」
訓練場の前方から、アザレアの声が飛んできた。
「今日からクロスも訓練に復帰する。覚悟しておけ」
「はいっス!」
「……分かった」
「まずは身体強化だ」
アザレアがそう言った。
「身体強化?」
「魔力を身体へ巡らせ、筋力、反応速度、耐久力を底上げする。第七師団でこれを使えない者はいない」
周囲を見る。
団員たちは皆、当然のような顔をしている。
「魔力操作の基礎は一週間でかなり身につけたようだな」
「……見てたのか?」
「当然だ」
アザレアが俺を見る。
「ならば、やってみろ」
俺は息を吐き、目を閉じた。 体の中心。 そこにある、あの熱。
一週間、何度も繰り返してきた感覚を思い出す。
ゆっくりと魔力を広げる。 胸。 肩。 腕。 腰。 脚。
そして、指先まで。
「……」
今までとは違う。 全身を魔力が薄く覆っていく。
身体の奥に力が満ちていくような感覚。
「これが……身体強化」
足に力を込める。 ――軽い。 明らかに、身体の感覚が違う。
「そのまま維持しろ」
アザレアが言う。
「走るぞ」
「え?」
「訓練開始だ」
次の瞬間。
号令が響いた。
団員たちが一斉に走り出す。
「ちょ、待て!」
俺も慌てて地面を蹴った。
――速い。 身体が勝手に前へ出る。
一歩、二歩、三歩。
魔力が身体を押し上げるように、足が軽く動く。
「……これなら!」
そう思った直後だった。
横を、一人の団員が軽々と追い抜いていった。
「……は?」
さらに一人。 また一人。 次々と俺を置き去りにしていく。
「おいおい、クロスさん! まだ始まったばっかっスよ!」
前方からソルトの声が飛んでくる。
「分かってる!」
俺は歯を食いしばった。
魔力をさらに巡らせる。 身体強化を維持する。
――まだだ。 一週間、毎日練習してきた。
ここで置いていかれるわけにはいかない。
俺は前を向き、必死に走り続けた。




