20話 孤児院
並んで歩きながら、俺はふと尋ねた。
「そういえば、君の名前は?」
「…ソラ」
「ソラか。俺は黒須慧、クロスでもケイでも好きによんでくれ」
「じゃあケイさん……ケイさんは軍人さんなんですか?」
「まあ、一応な」
ソラは俺の軍服を見上げながら、少しだけ嬉しそうに笑った。
「お兄ちゃんも軍人さんなんです」
「へえ。そうなのか」
「はい!」
途端に、ソラの表情が明るくなる。
「お兄ちゃん、かっこよくて強いんです。こうやって悪い人をやっつけるんです!」
そういって構えを取って小さな拳を突き出すソラ。
「それは頼もしいな」
「はい!」
「……お兄ちゃんのこと、好きなんだな」
すると、ソラは迷うことなく答えた。
「大好きです!」
その即答に、思わず笑ってしまう。
「そっか」
「ケイさんは?」
「俺?」
「お兄ちゃん、いますか?」
「……いや。俺には妹がいる」
ふと、脳裏に浮かんだ。
妹――京佳。
最後に会ったのは、いつだっただろう。
晩御飯を奪われたこと。
勝手に俺の服を着ていたこと。
そんな、どうでもいい記憶ばかりが浮かんでくる。
「妹さん、好きですか?」
「……まあな、ソラと一緒だ…」
口にしてから、胸の奥が少しだけ痛んだ。
――今頃、どうしてるんだろうな。
俺がいなくなったことを、家族はどう思っているのだろう。
そんなことを考えているうちに、ソラが足を止めた。
「着きました!」
顔を上げる。
そこには、帝都の大通りから少し外れた場所に建つ、小さな建物があった。
古びた木造の建物。
壁には何度も修繕した跡があり、庭には小さな遊具が置かれている。
建物の様子からして孤児院のようだ。
「ここが家?」
「はい!」
ソラが駆け出す。
「ミレーユさん!」
扉の前にいた女性が、声に気づいて振り返った。
五十代ほどだろうか。
白髪の混じった髪を後ろでまとめ、穏やかな表情を浮かべている。
「ソラ……?」
次の瞬間。
「うわぁぁぁぁぁぁぁん!」
ソラが泣きながら女性へ飛び込んだ。
「まあ……!」
ミレーユと呼ばれた女性が、慌ててソラを抱きしめる。
「どうしたの、ソラ。何があったの?」
「怖かった……!」
「怖かった?」
ミレーユが俺を見る。
俺は事情を簡単に説明した。
「帰る途中で、男たちに絡まれていたので。軍服を見せたら逃げていきましたけど」
「まあ……」
ミレーユは申し訳なさそうに頭を下げた。
「本当にありがとうございます。ソラに何かあったらと思うと……」
「いえ、大したことじゃありません」
「でも、どうして一人で出歩いていたの?」
ミレーユが尋ねると、ソラは涙を拭いながら答えた。
「ミレーユさんの誕生日プレゼント……買いに行ってたの」
「ソラ……」
ミレーユの目が、僅かに潤んだ。
「もう……あなたは……」
そう言いながら、ミレーユはソラの頭を優しく撫でる。
その時だった。
「ソラ、帰ってきたの!?」
「何があったの!?」
建物の中から、次々と子供たちが飛び出してきた。
そして俺の姿を見つける。
「軍人さんだ!」
「ソラを助けてくれたの!?」
「すげー!」
一瞬で俺の周囲に子供たちが集まってきた。
「ちょ、ちょっと待て!」
服を引っ張られ、腕を掴まれ、質問攻めにされる。
「強いの!?」
「魔法使える!?」
「剣持ってる!?」
「なんさい!?」
「どこの所属!?」
「お兄ちゃん強い!?」
「おいおい、順番に聞いてくれ!」
もみくちゃにされながら、思わず笑ってしまう。
なんだか、不思議な場所だった。
騒がしくて、狭くて、古びていて。
それなのに――妙に温かい。
やがてミレーユが手を叩いた。
「ほらほら、皆さん。クロスさんが困っているでしょう」
「はーい!」
子供たちが渋々離れていく。
ミレーユが改めてこちらへ向き直った。
「本当にありがとうございました、クロスさん」
「いえ。ソラが無事でよかったです」
「ケイさん!」
ソラが駆け寄ってくる。
「ありがとうございました!」
「どういたしまして、今度からはミレーユさんと一緒に街までくるんだよ」
「うん!」
頭を撫でてやる。
「じゃあ、俺はそろそろ行くよ」
「また来てくれる?」
「また来るよ」
そう答えて、俺は孤児院を後にした。
背後から、子供たちの声が聞こえてくる。
「ケイ兄ちゃん、またねー!」
「ばいばーい!」
俺は振り返って、軽く手を上げた。




