18話 下準備
食堂を後にすると扉の向こうでソルトが待っていた。
「今から宿舎まで行くんで着いてくるっス!」
「――ここが、俺の部屋?」
案内された部屋の扉を開けると、そこは二段ベッドが一つ置かれただけの、簡素な部屋だった。
「そうっス。あ、言ってなかったっスけど、自分と同室っス!」
ソルトが、当然のように上段のベッドへ荷物を放り投げる。
「相部屋なのか」
「宿舎の部屋、限られてるんスよ。まあ、気軽に話せる相手の方がいいでしょ?」
悪気のない笑顔に、断る理由も特に見当たらなかった。
「よろしく頼むよ」
「はいっス!」
その夜は、思いのほかあっさりと眠りに落ちた。
◇
翌朝、俺を訪ねてきたのは、アザレアだった。
「クロス。お前はしばらく任務、訓練にも出さない」
「え?」
「怪我と魔力の消耗が、まだ抜けきってない。第六には定期的に診てもらうよう話はつけてある。それまで静養にあてろ」
有無を言わせない口調だった。
「暇なら、必要なものを買い揃えておけ。お前、着替えの一枚も持ってないだろう」
言われてみれば、その通りだった。
今の俺の持ち物といえば、支給された軍服一式だけだ。
「これを使え」
小さな革袋を放られる。手に取ると、ずしりとした重みがあった。
「入団初期支度金だ。使い切っても構わんが、無駄遣いはするなよ」
「……ありがとうございます!」
「案内は、ソルトにさせる。ソルト、午前中はクロスの買い出しに付き合ってやれ」
「了解っス!」
近くで待機していたソルトが、元気よく手を上げた。
◇
帝都の大通りは、今日も賑わっていた。
石畳の両脇には、様々な店が軒を連ねている。
衣類、食料品、武具、日用品――目移りするほどの品揃えだった。
「まずは着替えっスね。あそこの店、庶民向けで質もいいっスよ」
ソルトの案内で、何着かの服と、下着や靴下といった細々としたものを買い揃えていく。
値段の感覚がまだ掴めない俺の代わりに、ソルトが的確に相場を教えてくれた。
「あとは……そうだ、魔道具が欲しいんだけど」
「あー、灯りやナイフなんかも必要っスね。」
「そうとくればバージ・ウィランの魔道具店っスね。ちょうどこの先にあるっス」
案内された店は、通りの奥まった場所にひっそりと佇んでいた。
「ここはうちの第五師団とも提携している安心安全のお店っス!」
店内には、様々な形をした魔道具がずらりと並んでいる。
「いらっしゃい」
奥から出てきた痩せぎすの男店主に、俺は用件を伝えた。
「明かりが欲しいんですが」
「ライトだと……この辺りだな」
店主が示した棚には、掌サイズの小さなランプのようなものが幾つも並んでいた。
「これは、微弱な魔力を流すだけで灯る仕組みでね。魔力操作が苦手な人間でも、簡単に使える」
「へえ……」
試しに、店主が一つ手に取り、軽く魔力を流してみせる。ランプの中心に、柔らかな光が灯った。
「これ、俺でも使えますか」
「魔力さえあれば、誰でも使えるよ」
昨日の修行を思い出しながら、俺は差し出されたランプに、教わったばかりの感覚で魔力を流し込んでみた。
灯りが、ぽつりと灯る。
「――ついた」
「どうだい」
「これにするよ、ありがとう」
ランプ以外にもソルトから必要だと言われた魔道具を買い、店を後にする。
「…どう思いましたか、グレイヴ師団長」
『ン~、今の所、特段光るモノは無いネ。データだけ送ってくレ』
◇
一通りの買い出しを終えた頃、ソルトが腕時計型の魔道具に目を落とした。
魔力を流すと太陽の位置から時間を割り出す優れものらしい、すげえな異世界。
「あ、そろそろ自分、訓練に戻らなきゃっス」
「もう行くのか」
「静養中のクロスさんと違って、自分は現役っスからね。……あ、大丈夫っス?一人で帰れそうっスか?」
「駐屯地の場所は覚えてるし、平気だ」
「そっスか。じゃあ、また後でっス!」
ソルトは軽い足取りで、駐屯地の方向へ駆けていった。
一人残された俺は、しばらく大通りを歩きながら、これからどうするか考えていた。
(せっかく時間があるんだ。少しは、この世界のことを知っておきたい)
魔法、銘、印、そして悪魔――知らないことだらけだ。
何も知らないまま流されるのは、もう懲り懲りだった。
道行く人に尋ね、教えられた通りに歩いていくと、やがて重厚な石造りの建物が見えてきた。
表には、開いた本を象った看板が掲げられている。
帝立図書館。
大きな扉を押し開けると、紙とインクの匂いが、静かに鼻腔をくすぐった。
天井まで届く書架が、幾列にも並んでいる。
その規模は、想像していたよりも遥かに大きかった。
「――帝国の歴史と、魔法についての本、探してるんですけど」
受付にいた司書らしき女性に尋ねると、彼女は快く、該当する区画まで案内してくれた。
棚に並んだ背表紙を、一冊ずつ目で追っていく。
『クレイヴェル建国史』『魔力理論概論』『銘現象研究序説』――どれも、今の俺には喉から手が出るほど欲しい情報ばかりだった。
俺は、目についた本を何冊か抱え、窓際の席に腰を下ろし、ページをめくる。




