↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/37

15話 銘

草原を抜けた先、川沿いに小さな滝が流れ落ちている場所で、アザレアはようやく足を止めた。


水音が絶え間なく響く中、水飛沫が陽光を弾いて、細かな虹を作っている。


「ここでいいだろう」


「わざわざこんな所まで来る必要、あったのか?」


正直、帝都の練兵場でも十分だったんじゃないかと思う。


俺の疑問に、アザレアは肩をすくめた。


「魔法を見せるだけなら、別に帝都でも構わなかった。だが――」


彼女は、俺の方へ向き直った。


「これから見せるのは、『銘』だ。目立つ真似は、できるだけ避けたい」


「銘って、レオンが使ってたあれか」


「そうだ。魔法とは似て非なるものでな」


アザレアは、近くの岩に腰掛けながら、説明を始めた。


「まず魔法から話そう。魔法ってのは、体内の魔力を、属性ごとの理に沿って外部へ発現させる技だ。習得すれば、誰でも使えるようになる」


「誰でも……つまり、俺も?」


「素質次第だが、まあ可能性はあるな」


アザレアは、掌を上に向けた。


「属性は大きく分けて六種、火、水、土、風、光、闇だ。見せた方が早いか」


そう言うなり、掌の上に小さな炎が灯った。


ゆらゆらと揺れる火が、次の瞬間には掌から離れ、水面へ向かって飛んでいく。


着水と同時に、蒸気を上げて消えた。


「火」


続けて、足元の地面が盛り上がり、拳大の石が浮かび上がる。


「土」


彼女が軽く息を吹きかけると、そよ風が起こり、周囲の草がざわめいた。


「風」


掌に灯った光が、白く眩く輝く。


「光」


最後に、その光が一瞬で影に呑まれるように消え、周囲がわずかに薄暗くなった。


「闇」


流れるような実演に、俺はただ圧倒されるしかなかった。


「――それで、水なんだが」


「私は水だけは、からっきしだ」


アザレアは、悪びれもせずそう言った。


「昔から相性が悪くてな。どれだけ練習しても、コップ一杯分の水すら出せなかった」


「最強格でも苦手なものってあるんですね」


「馬鹿にしてるのか?」


「まさか」


睨まれて、俺は慌てて首を振った。


「――で、座学がしたいだけなら帝都でよかったんじゃ、って話に戻るけど」


「だから言っただろう。魔法なら別に構わん。だが、これから見せる『銘』だと、話が違う」


アザレアは、真剣な表情に変わった。


「銘は、生まれつき魂に刻まれているものだ。後天的に新たに習得することは、絶対にできない」


「絶対に?」


「絶対にだ。魔法は努力と才能次第でどうにでもなるが、銘だけはそうはいかない。生まれた瞬間から、その人間の魂に刻まれている固有の力が決まっている――それが銘だ」


「じゃあ、アザレア師団長の銘は……」


「見せた方が早い」


アザレアは立ち上がり、両腕を静かに広げた。


「――『銘』、ヒエロニモの焔」


その瞬間、周囲の気温が、目に見えて上がり始めた。


「な……!?」


肌が、じりじりと焼けるような感覚に包まれる。空気中の水分が急速に失われていくのが、はっきりと分かった。喉が渇き、唇の皮が突っ張る。


「――っ、唇、切れ……」


乾燥しきった唇の端が、パリッと裂けた。血の味が滲む。


「試しに、石でも拾ってみろ」


言われるまま、傍らの石を拾い上げる。


次の瞬間、掌の中の石が、みるみるうちに赤く色を変えていった。


まるで炉の中で熱せられたかのように。


「あ、熱っ――!」


咄嗟に手を離すと、地面に落ちた石は、そのままボロボロと崩れ、粉々になって砕け散った。


「これが、私の銘の能力だ。触れたものの水分を根こそぎ奪い、灼熱に変える」


アザレアは、腕を下ろしながら淡々と告げた。


「威力だけなら、並の上級魔法を軽く超える。だが――」


「だが?」


「銘は、魔力操作の技術なしでは、まともに制御できない。今のは、極々小さく発動させただけだ。本気でやれば、この一帯が更地になる」


想像するだけで、背筋が冷える。


「レオンの『銘』も、そういうことか」


「ああ。あいつの武器変形も、精密な魔力制御があってこそ成り立つ力だ。制御を誤れば、下手すりゃ自分の腕ごと持っていかれる」


アザレアは、俺の方へ向き直った。


「お前にも、いずれ銘が発現する可能性がある。いや、もう片鱗は見えている」


模擬戦での、あの「引き寄せられる」感覚を思い出す。あれが、もし銘の欠片だとしたら。


「だからこそ、今のうちに魔力操作を叩き込む。話はここからだ」


アザレアは、川辺の石に腰を下ろし直すと、俺にも隣に座るよう促した。


「ただ、ダリスからは包帯が取れるまでは絶対安静にと報告を受けている、だから――」


「基本の呼吸法だけだ。練兵場で言ったことは覚えているか。体の中心、臍の下あたりに意識を集め、そこに漂う魔力の輪郭を捉える」


「輪郭を捉えられたら薄く、そいつを全身に伸ばすように意識を変えろ」


「分かった、やってみるよ」


日が傾き始めるまで、俺は、その場でひたすら、魔力と向き合い続けることになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。