12話 試験結果
ラウルの姓を変更。セドリックの元帥に対する呼称を変更。
アザレアが軍務府の元帥執務室を訪れると、すでに先客が二人、部屋の中にいた。
一人は、痩身に隙のない軍服を纏った、神経質そうな顔つきの男。
第三師団長、セドリック・アルベイン。ガレスの直属の上官であり、規律と伝統を何よりも重んじる、生粋の保守派として知られている。
もう一人は、対照的に、熊の獣人特有の巨躯を持つ壮年の男。
日に焼けた肌、無造作に伸ばした顎髭、只者ではない貫禄。
第四師団長、ラウル・カルトーシュ。かつては帝都のみならず近隣諸国を荒らし回った巨大盗賊組織の頭領だったという経歴を持ち、今は帝国軍に籍を置く、規格外の経歴の持ち主だ。
「――邪魔したか」
アザレアが声をかけると、ヴィルヘルムが視線だけ寄越した。
「ちょうどいい。お前にも聞かせておこう」
机の上には、幾つかの魔道具の破片らしきものが並べられていた。
「帝都内で、違法の魔道具が出回っている。能動的に人間の魔力を吸い上げて動かす仕組みのものだ。制御を誤れば、暴走して周囲を巻き込む危険がある」
セドリックが、淡々と補足する。
「流通経路は、まだ特定できていません。現在、第三師団で追跡調査中です」
「うちの衆にも情報を取らせよう、他国から流れているなら少しは何か分かるはずだ」
ラウルは髭を撫でながらそう伝える。
「厄介だな、こちらでも何か分かれば報告しよう」
アザレアは、机上の破片を一瞥して、そう漏らした。
「――で、私の用件だが」
「賭けの件か」
ヴィルヘルムが、面倒そうに息を吐く。
「言われるまでもない。試験の結果は届いている。……レオンから一本取った、だと? にわかには信じ難いがな」
「事実だ。約束通り、あの男は預からせてもらう」
きっぱりと言い切るアザレアに、セドリックの顔が、みるみる強張った。
「――冗談ではない!! 悪魔の印を持つ人間を、軍に迎え入れるなど……! アザレア殿、正気ですか」
「正気だとも。元帥も了承済みだ」
「クロイツ元帥!」
食って掛かるセドリックを、ヴィルヘルムは片手で軽く制した。
「言っただろう、賭けは賭けだ。約定は違えない。それに――」
一拍置いて、続ける。
「監視の責任は、全てアザレアに負わせる。何かあれば、真っ先に処分されるのは、あの男ではなくアザレア自身だ。それでいいな」
「無論」
即答するアザレアに、セドリックは苦虫を噛み潰したような顔で黙り込んだ。
一方で、それまで黙って成り行きを見守っていたラウルが、興味深そうに口を開いた。
「――召喚者、だったか。その男」
「ああ、おそらくな」
「面白いな。この国じゃ、召喚なんて眉唾ものの伝承だと思ってた連中も多いだろうに」
ラウルは、丸太のように太い腕を組み、口の端を持ち上げた。
「一度、拝んでみたいもんだ。異界から来た、魔憑きの新人ってやつをな」
「あいにく、うちの部隊の人間だ。あまり物騒な目で見てくれるなよ」
「はは、そう睨むな。ただの興味だ」
軽く笑い飛ばすラウルとは対照的に、セドリックは最後まで、苦々しい表情を崩さなかった。
◇
病室のベッドの上で、俺は気怠い体を持て余していた。
意識を取り戻してから、既に半日ほど経っている。
ダリスの診察を受け、体のあちこちに残る打撲と、使いすぎた魔力の反動以外に大きな問題はないと言われた。
「まったく……第七師団は、いつも無茶をさせる」
包帯を巻き直しながら、ダリスが呆れたように呟く。
「いきなりレオン殿とやらせるなんて、正気の沙汰とは思えません。おかげでこちらの仕事が増える一方だ」
「同感です、それに関しては」
俺が力なく相槌を打つと、ダリスは苦笑した。
「まあ、後遺症になってしまうような傷がないだけマシですがね。――ああ、そうそう。もうじき、第七師団の方が迎えに来るそうですよ」
「迎え……?」
「入団が正式に決まったんでしょう。詳しいことは、迎えの方から聞いてください」
そう言い残し、ダリスは部屋を出ていった。
しばらくして、扉が控えめにノックされる。
「クロスさん、いるっスか?」
聞き覚えのある声とともに、顔を覗かせたのは、ソルトだった。
心なしか、いつもより誇らしげな顔をしている。
「入団、正式に決まったっスよ!おめでとうございます!」
「……ああ、うん。ありがとう」
実感が湧かないまま、曖昧に返す。
「え!?もう知ってたんスか!?」
「ああ、ダリスさんから今聞いたよ」
「むぅ~、クロスさんの怖い顔が喜ぶのを一目見たかったっス!」
「やっぱり怖い?」
「むちゃこわっス!ダリスさんのお弟子さんもほら」
そういってソルトは医務室の扉を指刺した。
扉の隙間から恐る恐る覗くクリっとした眼差し。
以前も見た茶色の毛に覆われた犬のような耳が二つ生えた獣人の女の子だ。
「はははっ、あの子はミアっていうんだ。先の戦いというかちょっとしたいざこざで今、第六師団で預かっていてね」
ダリスは苦笑いして続ける。
「極度の恥ずかしがり屋でね。クロス君、君の事を心配して寝てる間、世話してくれていたんだ」
「そうなんですね。ありがとうミア」
ミアはお礼を述べられてビクッと体を震わせると、おっかなびっくりといった足取りで逃げていった。
「それじゃあ早速、第七師団の駐屯地に案内するっス。庁舎で、色々と手続きもあるんで」
「分かった」
ベッドから体を起こす。
まだ痛む体を叱咤しながら、俺は、今日から始まる新しい生活の入り口に、一歩を踏み出した。




