11話 VSレオン③
体の中心に灯った熱が、じわりと足先まで伝っていくのが分かった。
小さな熾火のようなそれは、意識を集中させるたびに、輪郭をはっきりとさせていく。
アザレアの言った通りだった。全身に薄く広げるのではなく、必要な場所へ、一点に絞って流し込む。
その感覚を確かめている間に、レオンの纏う空気が、明らかに変わっていた。
「一撃で終わらせる」
短い一言。今までの、退屈しのぎのような雰囲気は、綺麗に消え失せていた。
レオンの手にした木剣が、彼の魔力を吸うように淡く光を帯びる。
「――『銘』」
聞き慣れない単語が、耳を打つ。
「ちょ、ちょっとやり過ぎっス!」
「レオン君なら手加減出来るでしょ」
「それでも当たりどころが悪ければ死ぬっスよ!」
「大丈夫だ、クロスは死なねぇ」
周囲全員にどよめきが走り、皆が固唾を見守る。
刀身が、軋むような音とともに変形していく。
刃渡りが伸び、反りが深くなり、柄の先には長い柄が継ぎ足されていく。
最終的にそこに現れたのは、剣という枠には到底収まらない、巨大な鎌だった。
(あれも……魔法、、なのか、、?)
ただ、次に振るわれる一撃が、これまでとは比較にならない何かだということだけは、本能が理解していた。
「今度こそ、お前の武器ごと終わらせる」
レオンの声に、遊びの色は一切なかった。
対する俺の手には、ただの木剣が一本。
あの大鎌と打ち合えば、ひとたまりもないのは目に見えていた。
だが、逃げるという選択肢は、最初からありはしない。
俺は、熾火のような熱を、意識的に足の裏へと押し流した。
「――っ!」
その瞬間。
ドン、という重い音とともに、踏み込んだ足元の地面が、蜘蛛の巣状に割れた。
体が、これまで感じたことのない速度で前へと弾かれる。
景色が、歪んで流れていく。予想を遥かに超えた加速に、頭の中が真っ白になった。
(ちょ、これ速すぎる!)
制御できていない。自分で放った一歩なのに、まるで別の誰かに体を乗っ取られたかのような感覚だった。それでも、止まる術はない。
視界の先で、レオンの目が、僅かに見開かれるのが見えた。
想定外の速度で肉薄してくる俺に対し、レオンの反応は、それでも一切乱れなかった。
長い脚で半歩だけ踏み込み、大鎌の刃を、正確に俺の木剣めがけて振るう。
加速しすぎた俺の体は、既に止まれる速度を超えていた。
避けるとか、防ぐとか、そんな選択肢を選ぶ余裕はどこにもない。
ただ、目の前に迫る鎌の刃へ向かって、自分の得物を、まっすぐに突き出すことしかできなかった。
――鎌と剣が、真正面から噛み合う。
甲高い音とともに、木剣が根元から真っ二つに折れた。折れた切っ先が、宙を舞う。
「――もらった」
レオンの声に、確かな確信が滲んだ。武器を失えば、それで終わり。続行なんて不可能だ。
誰の目にも、そう映るはずの瞬間だった。
だが、俺の体は止まっていなかった。
折れた木剣を放り出し、勢いを殺さずに踏み込む。届く距離まで、あと僅か。頭で考えるより先に、体が動いていた。
右の拳を、握り込む。狙いは頭部。
「まだ!終わってねぇぇ!」
拳が、レオンの頬に叩き込まれる。
殴る瞬間、掌の中心から吸い込まれるような感覚があった。
レオンの目が、驚愕に見開かれる。咄嗟に体を反らして威力を殺そうとした動きが、逆に仇となった。
まるで、目の前の相手そのものを、自分の拳へと引き寄せているような――そんな、奇妙な引力。
引き寄せられるように、彼は拳へと吸い込まれ、反発した体が真後ろへと吹き飛んでいく。
「「「――は?」」」
レオンの体は地面を何度も跳ねながら転がり、練兵場の端で止まった。
静寂が、練兵場を支配した。
誰も、声を上げない。今起きたことが、信じられないとでも言うように。
俺は、折れた木剣を握ったまま、荒い息を吐いていた。
体の奥底から、猛烈な虚脱感が込み上げてくる。
魔力を使いすぎた反動だろうか。視界が、端から滲むように暗くなっていく。
(――勝った、のか?)
その疑問を最後に、俺の意識は、糸が切れたように途切れた。
◇
「――なあ、今、レオンが吹っ飛ばなかったか?」
「見た。俺も見たけど、信じられねえ」
「一本取っちまったのか?」
「木剣、折れてただろ、あれ……」
練兵場のあちこちで、困惑と興奮の入り混じったざわめきが広がっていく。
誰もが、目の前で起きたことの意味を、まだ処理しきれずにいた。
倒れ込んだ黒須の傍らに、ソルトが慌てて駆け寄る。
ロゼも、目を丸くしたまま立ち尽くしていた。
「クロスさん!?凄いっス!!! おい、しっかり――って、気絶してるっス!?」
「……ちょっと、これ、本当にレオン君に一本入れたってこと?」
その光景を、柵の上から見下ろしていたアザレアは、静かに息を吐いた。
「――どっちも、まだまだ未熟だな」
呟きに、周囲の空気が、僅かに緩む。
「魔力の制御も全くできてなきゃ、勝ちを確信して隙を晒す方も、どっちもどっちだ」
アザレアは、柵から飛び降りると、気を失った黒須と、地面に倒れたままのレオンを、交互に見やった。
「お前達!!こいつらを運ぶのを手伝ってやれ!!」
師団長の一声に慌てて介抱に入る兵士達。
「久々に良い模擬戦を観れた。しばらくの間、二人とも直々に鍛えてやるよ」
その声は、どこか楽しげに響いていた。




