10話 VSレオン②
正直、面倒だとしか思っていなかった。
アザレア様からの命令でなければ、こんな素人相手など、絶対に引き受けなかった。
レオンにとって、練兵場での模擬戦などというものは、とうの昔に退屈しか感じないものになっていた。
――のに。
「――っ、まだ……!」
目の前で、あの盗賊面の男が、また立ち上がっている。
どう考えても初心者、剣すらまともに握ったこともないような相手。
なのに剣戟を受けた際に覚える妙な違和感、力強さ。
そのちぐはぐさが余計に神経を逆撫でさせられる。
木剣を叩き込んだのは、もう何度目だろうか。
腹、肩、腿、背中。急所は外している。
殺す気などないし、そもそも殺すまでもない相手だと踏んでいた。
だが、叩いても、叩いても、男は必ず立ち上がってきた。
血の混じった唾を吐き、震える足で踏ん張り、また木剣を構え直す。何度、地面に転がされても。
(――苛立つな)
レオンは、内心の苛立ちを押し殺しながら、横薙ぎを放った。
狙いは、脇腹。今度こそ、膝をつかせるつもりの一撃だった。
だが。
「……っ」
わずかに、遅い。
木剣の軌道を、男が半歩分だけ、体をずらして避けた。
完全に避けきれたわけではない。
当たりはした。それでも、先ほどまでとは明らかに違う。
(避けた、だと?)
最初は、まぐれだと思った。
だが、二度目も、三度目も、微妙に軌道がずれていく。
まともに喰らう一撃の数が、明らかに減っていた。
レオンの動きに、変化はない。
速さも、威力も、最初から手加減などしていない。
だというのに、男の動きだけが、戦いの中で少しずつ、確実に噛み合っていっている。
「……お前」
思わず、木剣を止めて呟いていた。
「何度も攻撃を受けて、学習してるのか」
「……そういうつもりは、ないけど」
男は、荒い息の合間に、そう返した。
「体が、勝手に……」
その返答に、レオンは僅かに顔を歪める。
常に研鑽を欠かしたことはない俺の剣をたった十数合で勝手にだと…
意識してやっているわけではない、ということか。だとすれば、なおさら質が悪い。
◇
いつの間にか、練兵場の観客の数は、最初の比ではないほどに膨れ上がっていた。
「なあ、あれ、さっきから受けてる回数の割に、ダメージ増えてなくないか?」
「言われてみれば……最初の一撃で結構ヤバそうだったのに、今の方が動けてる気がする」
観客たちのざわめきに、ソルトが我に返ったように口を開いた。
「あー……多分っスけど、あいつ、レオンさんの攻撃の『間』を、体で覚え始めてるんスよ」
「間?」
「タイミングとか、軌道とか、そういうのっス。普通、あんな一瞬の攻防で掴めるもんじゃないんスけどね……」
「あれぇ?レオン君じゃない!?激レアじゃん!?」
不意に横から降ってきた声に、ソルトが飛び上がった。
「うわっ、ロ、ロゼさん!? いつからそこに……」
「ついさっき。それより――」
現れたのは、亜麻色の髪を三つ編みにまとめた、猫の獣人の女だった。
年の頃は、黒須やレオンとそう変わらないように見える。
すらりと伸びた手足に、女性らしい曲線を残した均整の取れた体つき。
軍人らしく引き締まっている一方で、どこか華やかさも感じさせる。
腰には短刀を二本、逆手に提げていた。
「レオンくーん!練兵場にいるなんて珍しいじゃない。しかも、模擬戦やってるなんて」
レオンは名前を呼ばれた方に視線を向けるが、誰の声か分かると「……チッ」と、舌打ちを漏らした。
彼女は、ぽかんと目を丸くしながら、戦いの様子を眺めていた。
「あれ、誰と戦ってるの?」
「今日の入団試験の受験者っス。例の――」
「ああ、噂の……。にしても」
ロゼと呼ばれた女は、目を細めて戦況を見つめた。
「あの子、目がいいのね。今のレオンの動き、ただの素人なら絶対に見えてないはずよ」
「最初は全っ然見えてなかったっぽいんスけど、徐々に動きが変わってきてるんスよね」
ソルトが、首を傾げる。
「重心の置き方も、おかしいっス。普通、あれだけ被弾したら足が竦むはずなんスけど、むしろ攻撃を受けるたびに、体の使い方が良くなってく気がするっス」
「……才能、ってやつ?」
「だとしてもっス…」
ロゼが呟いた言葉に、ソルトは何とも言えない表情で頷いた。
◇
模擬戦が始まってから、既に一刻が経過していた。
木剣で幾度となく打ちのめされ、全身は痣だらけ、口の端には血が滲んでいる。
それでも、俺はまだ、木剣を握り続けていた。
「――なるほどな」
いつの間に現れたのか、アザレアが練兵場の柵に肘をつき、こちらを眺めていた。
「アザレア様、いつから……」
ソルトが慌てて姿勢を正す横で、アザレアは面白そうに口の端を上げていた。
「そこそこ前からだ。それより――」
彼女の視線が、俺に向く。
「クロス。お前、まだ死ぬ気はないみたいだな」
「あるわけ、ねえだろ……」
肩で息をしながら、それだけを絞り出す。
「なら、少しはマシに戦え。今のままじゃ、体力が保つ前に叩き潰されて終わりだ」
アザレアは、柵から身を離すと、俺の傍まで近づいてきた。レオンは、それを咎めもせず、興味深そうに眺めている。
「生物の体内には、魔力がある。人間もそうだ、お前は使い方を知らないだけだ」
「魔力って、俺、そんなの使えるように――」
「教えてやる。今、この場で」
アザレアは、俺の胸に、そっと手を当てた。
「体の中心――臍の下あたりに、熱の塊があるのを感じるか。それを、意識的に足に流す。全身に薄く広げるんじゃない、必要な場所に、集中的に、だ」
言われるがまま、意識を体の内側に向ける。確かに、何かがそこにある気がした。燻っている熾火のような、小さな熱。
「それを、今から繰り出す一歩に流せ。上手くいけば、少しは反応速度が変わるはずだ」
ボロボロの体に鞭を打ちながら、俺は、その感覚に意識を集中させた。
「アザレア様、試験中にご指導は反則では…?」
「ほう、レオ坊、ズブの素人に負けるのが怖いのか?」
「…っ、次の一撃で終わらせます」
レオンが、木剣を構え直す。
「――続けるぞ」
その声に、俺は小さく頷き返した。




