第七話
――放課後。
律希は図書室で読書をしながら、遥人の部活が終わるのを待っていた。
夕方の心地良い風が部屋の中に入る。
律希の横の髪の毛を耳にかける。そして、窓の外を見ると、サッカー部が部活動をしているのが見えた。
その中に周りに指示を出しながら走っている遥人の姿も見える。
図書室内の時計を見ると、まもなく十八時に差し掛かろうとしていた。
「……今日は遅めかな」
そう呟き、律希は視線を本に向ける。
すると、律希の目の前の椅子がガタッと音を立て、誰かが座るのが、律希の視界の隅に見える。
そこには緊張したような様子の凪がいた。
「…………えっ、……と。……蓮實くん、何かな?」
律希は突然の訪問に驚き、目を丸くする。
律希の言葉を聞いて、凪は肩をビクリと震わせ、慌てたように言葉を発する。
「えっ! あ、えと! そんな大した用事じゃないんですけど!!」
「う、うん。落ち着いて?」
「えっとですね、今週末に夏祭りがあると思うんですけど……。律希さん知ってます?」
その言葉を聞いて、律希は全ての状況を察した。
――……あぁ、そういうことね……。
律希は当たり障りのない表情で微笑む。
「知ってるよ。それがどうかした?」
律希の言葉に一呼吸置いて、凪は意を決したように真剣な表情になる。
「そ、それ! 良かったらオレと一緒に……、い、……行きま……せんか……?」
その場に沈黙が流れる。
その沈黙に耐えきれなくなったのか、凪は両手をパタパタさせながら言葉を発する。
「もちろん迷惑なの、分かってます! ダメ元で頼んでいるんで、絶対断られるのも分かってます!! ……それでも……」
凪は両手を膝に置いて、ギュッと力強く握り拳を作る。
「……当たって砕けるぐらいは、許して欲しいです……」
そう言って俯く凪に、律希は既視感を覚え、目を見開いた。
――……この感じ、前もどこかで……。
その時に律希の脳内で、過去の映像が流れる。
夕方の暗い路地裏で、その場に座り込んで俯いたまま両手をギュッと握り締めている女の子。
凪と似たような髪の色。
――……まさか……。
律希はガタッと椅子から立ち上がって、身を乗り出して凪の顔を見る。
律希が近づいてきたことに驚いた凪は、目を白黒させた。
「え、あ、律希さん……!? いきなり近くに来られるとオレでもビックリするというか……」
そう言って目を逸らす凪の横顔は、律希の記憶の映像にいた女の子にそっくりだった。
律希は椅子から離れて、凪の近くまで行く。そして目線を凪に合わせるため、その場にしゃがんだ。
「…………わたし達って会ったこと、ない?」
「――っ! なんで……ですか?」
凪は目を見開いて、唇を振るわせる。
「……なんとなく。昔に会った女の子とそっくりだったから。……君は男なのに変だよね」
律希はフッと笑って、その場から立ち上がる。
「……ごめん、今のは忘れて。……夏祭りのことなんだけど遥人と行く予定なんだ。だからごめんね」
律希がそう言うと、凪は分かってたように微笑んで、律希を見上げる。
「あーあ、やーっぱり遥人さんと行くんだ――! 最初から勝ち目ないじゃないですか――」
そう言って、凪はぶーぶーと文句を言う。
そうしているうちに、外からホイッスルの音が聞こえてきた。
二人は外を見ると、サッカー部が集合しているのが見える。
「そろそろ部活も終わりますね! オレ、海都と待ち合わせしてるんで! これで失礼します!!」
「あっ、ちょ……!」
凪は律希の言葉も聞かず、勢いよく椅子から立ち上がって、サササッと図書室から出ていった。
その場には律希だけが取り残された。
「……何でこんなに蓮實くんのこと……。それに……」
――……昔に助けたあの女の子のことも。今まで気にしてなかったのに……。
律希は窓の近くに立って、少し暑くなった夕方の風を目を瞑って浴びる。
記憶の中と同じような温度感で、何かを思い出せそうだったが、記憶が戻ってくることはない。
律希はゆっくりと目を開ける。
「……やっぱり、何も思い出せないな……」
そこで律希は思考することをやめ、鞄を持って図書室から出た。
* * *
――昇降口にて。
凪は昇降口まで早歩きで来たため、息が切れていた。酸素を身体に送るために肩で大きく息をする。
そしてその場にしゃがんだ。
「…………あっ……、ぶね――……。バレるとこだった。オレが女だって……」
そこで大きくため息をつく。
――……あの時のことなんて、覚えてないと思ってた。あんな数分のこと……。
そんなことを考えながら、凪は律希が少しでも自分のことを覚えてくれていたことに嬉しさを感じて、自然と頬が緩む。
そこへ一つの影が凪に近づく。
「…………何してんの、こんなとこで」
「――っ、……なんだ海都か……」
凪は驚いて後ずさったが、海都の姿を見て安心したように肩を落とす。
そんな様子の凪を、海都は怪訝そうに見る。
「なんだって失礼だな。部活終わるの遅かったから、なるべく早く来てやったのに」
「はいはい、ありがとな」
「相変わらずテキトーだな」
海都は腰に手を当てて、ふぅと息をつく。そして、なんだかソワソワした様子で凪を見つめる。
凪は海都の視線の意味を感じ取り、眉を顰めた。
「…………振られたよ。遥人さんと行くんだって」
「やっぱ千蔭さんには勝てねーのな」
「うるさい」
拗ねた表情で凪はそっぽを向く。
そんな凪の頭に、海都はポンと手を置いた。
「じゃあ俺との夏祭り決定だな」
「不本意だけどな」
そう言って、凪は頭にある海都の手を払いのける。
「素直に喜べよ」
ケッと悪態をついた海都は、そのまま歩き出した。そして振り返って言う。
「今年は俺も浴衣着るからな」
「………………は?」
「だからお前も着てこいよ。もちろん男装じゃなくて、普通の格好でな」
「いやいやいや、律希さんに会うかもしれねーのに……、……って、聞けよ!!」
凪の言葉も聞かずに、スタスタと先を歩く海都の背中を追いかける凪。
海都に追いついて横に並んだ凪は、海都の顔を覗き込む。
「律希さんに出くわしたらどうしてくれんだよ」
「そん時はそん時〜。俺が全力ダッシュしてやるよ」
「下駄履いてるのに?」
「お前みたいに転ばねーから平気」
「うるさいな。もう転ばねーし」
そう言って、凪は口を尖らせる。
海都は、そんな凪にはお構いなしに話を進める。
「普段の凪しか見てねーから大丈夫だって。はい決定〜」
「…………オレの意見は?」
「なし」
「人権って知ってる?」
「知らねーな。俺、馬鹿だからさ」
「どの口が言ってんだよ」
凪は諦めたように大きなため息をつく。
「分かったよ。浴衣着てけばいいんだろ」
「最初からそう言えよ〜。じゃあ十七時にお前の家に行くから」
海都は凪の方を見て、満足そうに笑った。そんな海都の様子に凪は肩をすくませる。
二人は並んで帰路についた。




