第六話
――海都の自室にて。
ピピピッ! ピピピッ! ピピピッ!
枕元のスマホのアラーム音が鳴り響く。
海都は手を伸ばして、無動作にアラームを止めた。そして、のそりと怠そうに起き上がる。
スマホの画面を付けて、現在時刻を確認すると、通知が一件あった。
それは凪からのメッセージの通知だった。
「…………なぎ……?」
海都は覚醒しきれていない頭のまま、凪からのメッセージを開く。
凪から送られてきていたのは、『今日朝練でしょ? 私はいつも通りの時間で行くね』というものだった。
そのメッセージを見た海都は、瞬きを何回もする。
「…………あ゙ぁ゙? 朝練……? ……、――っ!? やっべ、朝練じゃん!!」
海都はベッドから飛び起きて、急いで準備をし始める。
慌てて着替えたためか、ネクタイなどは全て鞄に突っ込んでリビングに駆け込んだ。
海都の様子に、海都の母は目を丸くする。
「わっ、びっくりした! おはよう。どうしたのよ。そんなに慌てて」
「朝練あんの忘れてたんだよ!」
海都はバタバタとリビングの中を駆け回り、準備を進める。
そんな海都の目の前に、母親は弁当と水筒を置いた。
「もー、しっかりしなさいよね。昼ご飯とお茶よ」
「さんきゅっ!! いってくる!!」
「はーい。いってらっしゃい〜」
海都は母からの弁当と水筒をテキトーに鞄に入れ、そのまま家を飛び出した。
* * *
――学校にて。
凪はいつも通り、自分の席で読書をしている。
すると前の席に勢いよく荷物を置くのが、凪の視界の隅で見えた。
凪はチラリと視線だけ前に向けると、朝練終わりの海都がいた。
「……おはよ、凪」
「おはよう。なんでそんな疲れ切ってんの?」
「いや〜、マジでありがとう。凪のおかげで朝練サボらずに済んだわ」
「……? どういうことだよ」
海都は朝の状況を大まかに話す。
話を聞き終えた凪は、呆れた表情をして海都を見る。
「…………何してんの? 本当に」
「忘れることの一回や二回はあるだろ。人間なんだから」
「開き直んなよ」
「相変わらず一言余計だな」
そう言いながら、海都は凪の机にマスカット味の缶ジュースを置いた。
凪はキョトンとして、缶ジュースと海都の顔を交互に見る。
「…………なんだよこれ」
「え、お礼。お前のおかげで朝練サボらずに済んだし」
「……明日は大雨だな」
「うっせ。素直に受け取っとけ」
海都はそのまま椅子に座り、拗ねたように前を向いた。
その背中を見ていた凪はクスッと笑う。
――……すぐ拗ねる癖、ずーっと治らないじゃん……。
凪は後ろから、海都の右頬に缶ジュースを押し付ける。
冷たさにビックリした海都は、右頬を押さえながらバッと凪の方に振り返った。
凪はニヤニヤした表情を浮かべる。
「さんきゅ、海都」
「……昨日の仕返し?」
「さぁ? それは受け取り方次第だろ?」
凪はクスクス笑いながら、プシュッと缶ジュースの蓋を開ける。
ジュースを飲んでいる凪を横目に見ながら、海都はスマホ操作する。
そして画面を凪に見せた。
「…………去年、行けなかったし。……行く?」
凪は目を丸くして画面を見つめる。
それは、彼らが中学二年生の時に行った夏祭りの電子チラシだった。
凪は一瞬グッと喉を詰まらせ、目線を泳がせた。
「……そ、そうだったな……。……でも……」
凪は視線を下に向けて、指先を遊ばせる。
――……海都と約束紛いのことを言ってたけど。今年は、律希さんと……。
そんな凪の考えを読み取ったかのように、海都は自嘲気味に微笑む。
「……いーよ、約束のことは。律希センパイを誘ってみたいんだろ?」
「…………なんで分かんだよ」
「お前の考えてることなんて分かるっつーの」
そう言って、海都は凪に軽くデコピンしながらニヤニヤと笑う。
「どうせ振られるんだから、俺と行くことになるけどな〜」
「いっ、言ってみないと分かんないだろ! …………振られると思うけど」
「当たって砕けてこいよ〜」
「…………おう」
凪は眉毛を八の字にしながらも笑う。そんな凪の頭を海都は優しく撫でた。
そして、思い出したように顔をハッとさせる。
「そういえば懐かしい夢、見たんだよな」
「……どんな夢?」
「俺とお前が出会った時のこととか、夏祭りとか」
凪は海都の言葉に少し考え込む。
「……あぁ、海都がひたすらオレのことを嫌ってた時な」
「それはごめんて。今はそんなこと思ってねーってば」
「どうだが」
凪は鼻で笑って肩をすくませた。
凪の様子に、ムッとした表情を浮かべた海都は、凪の頭に手を伸ばして、髪の毛をワシャワシャと撫でくりまわす。
「うわっ! 何してんだよ!」
凪は顰めっ面で海都を見ながら、髪の毛を手櫛で整える。
「……べっつにー……。俺よりも律希センパイかよーって思っただけ」
「はぁ? さっきは律希さん誘ってこいって言ってたくせに。何言ってんだよ」
「それも本心だし、これも本心なんだよ」
「……うぜー……。めんどくさい彼女みたいになってんぞ」
「うるせー」
海都はそう言いながら、机に突っ伏す。
――……俺だって凪と行きたいに決まってんじゃん。でも、凪が頑張るって言ってんだからさ……。
「……応援、するしかねーだろ……」
机に突っ伏したまま、そう呟く海都。
凪は海都の心情など露知らず、どうやって律希を誘えば了承してもらえるかを考えていた。
* * *
――同時刻、律希の教室にて。
「リツ!! 夏祭り行こーぜ!!」
遥人がそう言って、目をキラキラと輝かせながら勢いよく自席に座っている律希に詰め寄る。
突然のことに、律希は目を丸くする。
「…………また突然だね。夏祭り?」
律希の言葉に頷く遥人。
目を輝かせたまま、律希の目の前に立って腰に手を当てた。
「そ! 人多すぎて中学の奴なんて居ても分かんねーから、別に女装しなくてもいいし!」
「そりゃそうだけど。……暑いじゃん」
「俺がアイスリングとか持ってってやるよ!」
「汚れる」
「ウェットティッシュ持ってくよ」
「足痛くなる」
「おぶってやる」
何を言っても引かない遥人を、律希は怪訝そうな目で見る。
「…………そんなに行きたい?」
「逆にお前はそんなに行きたくねーのかよ」
そう言って、遥人はブスッと不貞腐れたような表情を見せた。
「そういう訳じゃないけどさ」
律希がそう言った瞬間に、遥人はスマホのカレンダーアプリを開いた。
「んじゃ、日曜にお前の家行くから準備しとけよ」
「わたしの意思は?」
「え、行くだろ?」
「そんなさも当たり前かのように言われても困るんだけど」
律希は眉を顰めて遥人を見るが、遥人はニッコリと笑ったままだった。
遥人の頑固さに根負けした律希は、大きなため息をついて「いいよ」と答える。
「よっしゃ! じゃあ日曜の十七時にお前の家の前行くからな」
「はいはい。普通の格好でいいんでしょ」
「浴衣とか着てくれても……」
「着るわけないじゃん。男二人で行く夏祭りに、浴衣なんか着ないよ」
「俺としてはデートなんだけど」
「違うから。遥人に付いて行くだけだから」
そう言って、律希は頬杖をついたまま、フイッと顔を逸らした。
顔を逸らした律希に、遥人は神妙な面持ちで問いかける。
「…………あいつに誘われてねーよな?」
「あいつ? ……あぁ、蓮實くんこと?」
「そいつしかいねーだろ。……で、どうなんだよ」
「誘われてないし、最近見かけてないし」
律希がそう言うと、遥人は安心したように胸を撫で下ろした。
「あいつなんかにリツの時間が取られてたまるかよ」
「重いってば」
「うるせー。そんだけお前のこと好きなんだよ」
「遥人って恥じらいとか躊躇いとかないよね」
「ない」
言い切る遥人に、はぁとため息をつく律希。そして、頬杖をついて目の前の遥人を見上げた。
「遥人って彼女とか出来なさそう」
「そうだな。お前のことが好きだから出来ねーな」
「………………ソウデスネ……」
「照れた?」
「照れるか、馬鹿」
律希は手を軽く振って、鬱陶しそうにする。
そうこうしているうちにホームルームの予鈴が鳴る。
「日曜だかんなー」
「分かってるよ」
遥人はニコニコと満足そうに、自分の席に戻っていった。
律希はため息をついて、窓の外を眺める。すると、一限目が体育のクラスが出ているのが見えた。
その中には、凪の姿もあった。
「…………」
律希は凪のことをジーッと見つめる。
――……彼も、友だちの櫻庭くんと行くんだろうな……。
そう考えながら、なんとお互いに悲しい組み合わせだろうと思う律希。
ジーッと見つめていると、凪が律希の視線に気づいたのか、ふと視線を律希に向けた。
その瞬間、目が合ってしまい、律希は咄嗟に目を逸らす。
――……やっば、見過ぎた。考え事してたらボーッと……。
咄嗟に視線を逸らした律希は良くない態度を取ったのではと思い、チラリと凪を見る。
当の本人は特に気にすることもなく、笑顔で手を振っていた。
律希は手を振りかえすことはせず、黙ったまま凪を見つめる。そして、少し口角を上げた。
――……彼と行ったら、遥人とは違った楽しさがあるんだろうな……。
律希はそんなことを考えながら、目を細める。
「……なんてね。そんなこと、あるわけないのに」




