第六十一話
――九月中旬。
まだまだ残暑が残る中、凪たちのクラスでは文化祭の出し物の準備が行われていた。
今年の凪たちのクラスは、多数決の結果、メイド・執事喫茶をやる予定である。
凪は気乗りしないまま、自身の教室の隣の部屋で、衣装の採寸をしていた。
「…………普通の喫茶店じゃダメなの……?」
思わずそう呟いた凪に、採寸をしていたクラスメイトの女子生徒が口を尖らせた。
「ダメに決まってるじゃない! それじゃ、何も面白くないわ! それに櫻庭くんも蓮實さんもいるんだから、集客率が望めるものじゃないと!」
「海都だけで良くない? 喜んで引き受けるでしょ」
凪が呆れた表情をする。
そんな凪を見て、女子生徒は全力で首を横に振った。
「櫻庭くんだけじゃ勿体無いじゃない! 蓮實さんがいたら、もっと繁盛するわよ〜」
そう言って、女子生徒は嬉しそうに鼻歌を歌って採寸をする。
凪はため息を吐いて、視線を下に向けた。
――……そこまで奇抜な衣装が来ることはないだろうし、何でもいいか……。
そんなことを考え、採寸を終えた凪は自身の教室に向かった。
凪が教室に入ると、教壇付近で人だかりが出来ていた。
「…………何事?」
近くにいたクラスメイトの女子生徒が凪に気づくと、凪の手を取った。
「……あ、ちょうどいいところに! 蓮實さんも来て!」
「――えっ、ちょ! なになに!?」
訳の分からない凪は、引っ張られるまま輪の中に押し込まれる。
その勢いで、凪の身体は前に倒れそうになるが、誰かがしっかりと受け止めた。
「――っぶ、……ご、ごめん。ありが……」
凪は鼻を押さえて見上げる。
そこで目が合ったのは、目を見開いて驚いている海都だった。
「……海都? ……って、何その格好」
凪は海都の格好を見て、ジトッとした目をする。
そんな凪に、海都は頬を赤くして慌てたように声を荒げた。
「――っ、お、俺だって何も知らないまま着せられたんだよ!! てか、俺は裏方志望って言っただろーが!」
海都がそう言うと、海都の近くにいた男子生徒が手のひらを海都に向けて首を横に振った。
「いや、お前は接客以外あり得ねえから。何言ってんの?」
そんな男子生徒に、海都は冷たい視線を送る。
「お前が何言ってんの? 俺の意思は?」
「お前に拒否権は無い。受け入れろ」
「何こいつ怖いんだけど」
海都は大きくため息を吐いて、腰に手を当てる。
海都の格好は、普通の黒の燕尾服に細縁の伊達メガネを付けている。メガネがあるおかげか、どこか知的な雰囲気も感じられた。
凪はジッと海都の格好を見て、口元を手で押さえて吹き出した。
「……ふ、ふふ……。か、海都が、し、執事……? あり得なさすぎて笑えてくる……」
クスクスと笑う凪の頭を、海都は片手で掴んだ。
「お前もとんでもねぇ衣装着るんだからな。同じ目に遭えよ」
「いたたた! そんな変な衣装来ないよ!」
凪は同意を求めるように、クラスメイトたちを見ると、彼らは一斉に目を逸らした。
凪が怪訝そうに彼らを見る。
「………………嘘だよね?」
「……コンプライアンス的には大丈夫だよ」
「それ怪しいやつ!!」
凪がギャンッ、と叫ぶと、海都がニヤニヤして凪を見下ろした。
「……当日が楽しみだなぁ、凪?」
「一気に楽しみじゃなくなった」
凪はため息を吐いて、海都を見上げた。
* * *
――その日の放課後。
律希と並んで帰る中、凪は大きくため息を吐く。
そんな凪を見て、律希が心配そうに凪の顔を覗き込んだ。
「大丈夫? 何かあった?」
律希が聞くと、凪はハッとして首を横に振った。
「い、いいえ! 何も! ……ただ、文化祭の出し物が不安で……」
凪の声がだんだん小さくなり、身体も縮こませた。
律希は首を傾げる。
「そんな不安になるようなもの? 二年生は飲食だよね?」
「飲食でもただの飲食じゃないんです! ……メ、メイド・執事喫茶……なんです……」
それを聞いた律希は、目を丸くして凪を見た。
「……そうなんだ。着るの? メイド服」
律希が聞くと、凪は嫌そうな表情をして律希から顔を逸らした。
「…………嫌ですけど、着ます……。嫌ですけど」
「二回も言ったね」
律希は口元に手を当ててクスクスと笑う。そしてニヤリと笑って、凪を見た。
「遥人と見に行こうかな。きっと可愛いと思うし」
そう言うと、凪は顔を赤くして勢いよく首を横に振った。
「いっ、嫌です!! 恥ずかしい!!」
「おれは見たいな。……ダメ?」
律希は首をコテンと傾けて、あざとく言った。
律希の言動に、凪はグッと言葉を失い、下唇を噛んで小さく頷いた。
「やった。整理券とか出来たらちょうだいね」
律希は嬉しそうに、表情を明るくさせる。
凪はというと、律希とは対照的に、悔しそうに口を結んで唸っていた。
「うぅ、この人、自分の強み分かってて言ってるからタチ悪いぃ……」
凪はため息を吐き、律希を見た。
「……律希さんは、何するんですか?」
「おれ? おれは……、……言ったら来なさそうだから言いたくない」
そう言って、律希はフイッと顔を逸らした。
「え、えぇ!? 私は教えたのに教えてくれないんですか!?」
「君は自分から言ったんじゃないか。……来て欲しいから、言いたくない」
律希は少し口を尖らせて、気恥ずかしそうにしている。
そんな律希を見て、凪は目を見開く。そして律希の袖を掴んだ。
「だ、大丈夫です! どんなのでも私、律希さんに会いに行きますから! 教えてください!」
律希は凪を見る。
凪の表情は真剣そのもので、目をキラキラと輝かせていた。
律希ははぁ、とため息を吐いて口を開いた。
律希の話を聞いて、凪は首を横にブンブンと振っている。
「や、やだやだ!! 何でまさかのお化け屋敷なんですか!!」
「だから言いたくなかったの。こうなるのが目に見えてたから」
律希は呆れた表情をして凪を見た。
「だって! 確率的に低いじゃないですか! そんなピンポイントでお化け屋敷来るとは思わないですよ!」
凪は律希の袖を掴んだまま、ギャンッと叫ぶ。
そんな凪の頬を片手で掴んで、律希はニヤリと微笑んだ。
「でも言質は取ったからね? どんなのでも会いに行くって」
「うぅ……。数分前の私ぃ……」
凪はグッと下唇を噛んで、悔しそうにする。
律希は凪の頬から手を離し、その手で凪の頭を優しく撫でた。
「ま、どうせ作り物だし大丈夫だよ。待ってるからね」
そう言う律希に、凪は頬を膨らませた。
「だから。そういうところがズルいんですよ……」
凪は頬を膨らませたまま、顔を逸らした。




