第六十二話
――文化祭まで残り一週間。
どのクラスも慌ただしく準備しており、凪たちのクラスも例外ではない。
凪は暗幕の入った段ボールを自分の教室に運ぼうとしていた。
しかし高さと重さからか、視界が悪く、フラフラとしている。
「……な、何で一人で行くって言ったの、私……!」
数分前の自分の言動を恨みながら、階段に差し掛かった時、段ボールがバランスを崩す。
その段ボールが凪の方に倒れてきていた。
「――っ、やば……!」
凪は身動きが取れず、ギュッと目を瞑る。
「……っ、と……。何してんだ、お前……」
段ボールが落ちてくる代わりに、見知った声が凪の頭上に降ってきた。
凪は恐る恐る目を開き、後ろを振り返る。
「……あ! 遥人さん! 何でここに!?」
「俺もパシリだよ。暗幕取ってこいって」
そう言って、遥人は凪の段ボールを一つ取って階段を登った。
凪はポカーンと口を開いたまま立ち尽くす。
ついてこない凪に、遥人は後ろを振り返って怪訝そうに見つめた。
「……何してんだ。二年の教室は上だろ。行くぞ」
「手伝って、くれるんですか?」
凪がそう言うと、遥人はフイッと顔を逸らした。
「……その量の暗幕は使い過ぎだと思ったから、俺らが貰うだけだ」
遥人はそのまま階段を登り始める。
そんな遥人の背中を見つめて、フッと笑って凪も階段を上がった。
「素直じゃないですね。遥人さん」
「うるせぇ。海都みたいなこと言ってんじゃねぇぞ」
遥人は嫌そうな表情をして、顔を顰めた。そしてスッと前を向いて、階段を登る。
凪も遥人の後ろをついていった。
――……こういう優しさが、好きなんだろうな。律希さんは……。
そんなことを考えて、クスクスと笑う凪。
遥人は振り返り、怪訝そうに凪を見た。
「……何笑ってんだ」
「何もないです! 律希さんも海都も、遥人さんのことを好きな理由が分かっただけです!」
「あんまり気持ち悪いこと言ってると、今すぐ見捨ててもいいんだぞ」
「あ――! それはやめてください! 私一人じゃ持てないです!」
凪は慌てて、首を横に振る。
遥人は大きくため息を吐いて、「行くぞ」と言って階段を登り始めた。
* * *
――凪、海都の教室付近にて。
遥人と凪が並んで歩いていると、正面から焦った表情をした海都が走ってきた。
「……っ、あ! 凪!! お前一人で暗幕持つとか無理だろ……、……って、千蔭さん? 何で?」
海都は凪の顔と遥人の顔を交互に見て、首を傾げた。
海都が来た瞬間、遥人は持っていた段ボールを海都に押し付ける。
「――っ!? え、重っ!! いきなり何ですか!」
いきなり段ボールを押し付けられた海都は、冷や汗を流して遥人を見た。
遥人は凪の持っていた段ボールを、サッと奪った。
「俺たちの分の暗幕もお前らが取ってくからだろ。海都、それがお前らの分な」
そう言って、顎で海都の持っている段ボールを指し示した。
海都はキョトンとした顔で、瞬きを数回する。
「……まさか、手伝って……?」
「勘違いすんな。ついでだ、ついで」
遥人はフイッと顔を逸らした。
そんな遥人を見て、海都はニヤリと口角を上げて、スススッと遥人に近づいた。
「そんなこと言って〜。凪が困ってたから手伝ったんでしょ〜? 優しい先輩〜♡」
「………………今すぐその段ボールを足に落としてやろうか?」
遥人はギロリと海都を睨む。
一方で、海都はヘラヘラと笑って凪の背中に隠れた。
「期待のエースにそれはダメですよ〜、キャプテン〜。とにかくありがとーございます」
海都はそう言って笑うと、遥人は「あっそ」と呟いて階段の方に歩いていった。
そこで、自分の手元に何もないことに気づいた凪。
「……っ、あ! 私が持ってきたやつ!」
「千蔭さんがいて良かったな〜。いなかったらお前、暗幕に押し潰されてたな」
海都は段ボールを持ったまま、教室の方に歩き出す。
そんな海都の背中を追いかけて、凪は段ボールを取り返そうとした。
「い、いやいや! 何でさりげなく持ってるの! 私が持ってくるって言って来たのに!」
「素直になれって。お前じゃフラフラしてどっかで倒れるのがオチだろ」
「そんな貧弱じゃないし!!」
頬を膨らませる凪を見て、海都はフッと笑う。
「いいから。こんな理由で怪我して仕事に支障出たら意味ねぇだろ」
そう言って、海都はそのままスタスタと歩き出した。
凪は小さくため息を吐いて、海都の後ろをついていった。
凪たちが教室に入れば、内装用の小物などが出来上がっているところだった。
椅子に乗って天井に小物を付けようとしている女子生徒が、海都の姿を見て声を掛ける。
「……あっ、櫻庭くん! いいところに! こっち手伝って欲しい! 男子たちは外で外装のペンキ塗りやってていなくて……!」
「いやいや、むしろ何であいつらそっち行ってんの? 普通こっちだろ」
海都は呆れた表情で近づき、女子生徒と場所を交代する。
その女子生徒は軽く笑った。
「いや〜。木材だから私たち持てないよねーってなってつい……」
「何人かは野郎を残しとけよ。ここは俺がやっとくから、外にいる奴ら何人か呼んでこい」
海都がそう言うと、女子生徒たちは「ありがとう!」と言って、教室から出ていった。
教室には凪と海都の二人きりになり、海都は黙々と作業し始めた。
ジッと見ていた凪だったが、ハッとしてすぐに椅子を運び、椅子に登る。
「わ、私もやるよ! 海都だけじゃ大変だし!」
凪は背伸びをして、天井の装飾品をつけようとする。
「いやお前の身長じゃ届かね……、――っ! 凪!!」
凪の足元が揺れ、椅子が傾く。
その瞬間、焦った表情をした海都が椅子から降りて凪に手を伸ばす。
――……落ちる……!!
凪はギュッと目を瞑り、受け身の体勢を取った。
――ガタンッ!!
凪はゆっくりと目を開けると、海都の胸板が目の前にあった。
肩で息をする海都は、大きく息を吐いて凪の身体を抱き締める。
「……っ、……はぁ――……。よかった……」
そう呟いて、海都は凪の肩に頭を乗せた。
少しの間、沈黙が流れる。
段々と苦しくなって来た凪は、海都の腕の中で途切れ途切れに言葉を発する。
「あの……、か、海都……。ちょっと、苦しい……」
海都が凪の両肩を掴んで、凪の身体を自身から勢いよく離した。
「――っ、わ、悪い!! 助けるためとはいえ、こんなこと……」
「いやいや! 海都は助けてくれただけだし、何も悪いことなんて……。むしろありがとう」
凪は少し俯いて、困ったように眉を下げた。
そんな凪を見て海都は目を見開き、グッと口を結んだ。
――……こんな時、律希センパイなら上手く元気づけられるんだろうな……。
海都は震える手で凪の頭を撫でた。
「……おう。後は俺がやるから、凪は暗幕でも片付けとけよ」
そう言って、海都は立ち上がって倒れた椅子を直した。
その場に座り込んだままの凪は、海都に撫でられた頭に手を添える。
「…………気を遣わせちゃったかな……」
凪は小さく首を横に振って、立ち上がる。
そして近くの段ボールから暗幕を出して、片付けを始めた。




