第五十九話
――花火会場にて。
凪と律希が会場に向かった時には、既に観覧客で溢れかえっていた。
「……すごい人だね。逸れないようにしないと」
律希は手を握る力を少し強める。
それに凪は胸が高鳴り、僅かに頬を赤らめた。ただすぐに微笑み、凪も同じようにギュッと握る。
律希が辺りをキョロキョロしていると、何かを思い出したように凪が声を上げた。
「……そういえば、私いいところ知ってるんです」
花火会場から少し離れた場所で、空が綺麗に開けている公園があった。
律希は驚いたように目を見開く。
「……こんな所があったんだね。知らなかった」
「花火大会はいつも人がいっぱいですからね! 家族で見に来る時はいつもここのベンチで見てました」
そう言って、凪は公園にある一つのベンチを指差した。
二人は並んでベンチに座り、空を見上げた。
すると律希が突然、ポツリと呟いた。
「こうやって、君と夏祭りに来れるなんて思ってもみなかった」
「……律希、さん?」
凪は首を傾げて、律希の顔を覗き込む。
律希の表情はどこか優しげで、瞳を僅かに揺らしていた。
「君と過ごす全ての時間が、おれにとっては宝物なんだ」
そう言って、律希は凪の方を見て微笑んだ。
「この思い出も、おれの一生の宝物だ」
律希の言葉と表情に、凪は顔を赤くして言葉を詰まらせる。
そして嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「……私も、律希さんとの思い出は一生の宝物です。これからも律希さんと一緒に、たくさん思い出を作りたいです」
「……うん、そうだね」
二人が笑い合っていると、空に花火が打ち上がり、二人の顔を花火の光が照らす。
二人は空を見上げて、花火を見る。
「……綺麗だね」
「はい」
二人だけの公園で、鳴り響く音は花火の音のみ。
凪はチラリと律希の方を見て、律希の横顔を見て目を細めた。
――……もっと、近づきたい……。
凪はグッと口を結び、律希の身体に身を寄せる。
肩と肩がぶつかると、律希はビクリと肩を震わせて隣の凪を見た。
「……、……凪……?」
驚いた表情で凪を見る律希。
凪は恥ずかしそうに目を逸らして、ボソボソと小さい声で呟く。
「…………近くにいたくなった、です……」
「――っ!」
律希は言葉を失い、目を見開いた。そして僅かに頬を染めて、凪の腰に手を回す。
凪はビクッと身体を震わせた。
「こういう時の君は、控えめになるよね。そこが可愛いんだけど」
「………………照れないなんて、ズルイです」
凪は頬を膨らませて、律希を見た。
その時の律希の表情は、頬を染めて眉を下げて微笑んでいた。
「……全く照れないなんてこと、ないんだけど」
そう言って、律希は凪に顔を近づける。
凪は驚いて目を白黒とさせた。
「……ぇえ!? こ、ここで!? ひ、人が通るかもしれないのに……!!」
「暗いし見えてないよ。……嫌?」
額と額がくっついた時に、律希はニヤリと笑いながら凪に聞いた。
「……っ、や、やっぱり、ズルイです……!」
「はは、ごめん」
律希はクスッと笑って、唇を重ねた。
ざぁ、と風が吹き、唇が離れる。
その瞬間に夜空に花火の大輪が咲いた。
照らされた凪の表情は、顔を真っ赤にさせて口をパクパクとさせていた。
それを見た律希は、口元に手を当ててクスクスと笑う。
「……三回目、だね」
「てっ、照れてません!! これは、その……、花火の光で――、……っ!?」
凪が言い切る前に、律希はもう一度唇を重ねた。
そして唇を離し、額をくっつけたまま凪の顔をジッと見つめた。
「……ほら、赤い」
「……、……くぅ……、この人、本当にズルい……」
凪は顔を赤くしたまま、プルプルと身体を震わせる。
クスクスと笑っている律希は、凪の手を握ってその場に立ち上がった。
「綺麗な花火も見れたし、のんびり帰ろうか。送ってくよ」
「…………ぅ、……はい……」
凪は納得しきれていない表情で、ベンチから立ち上がった。
――夏祭り付近の最寄駅にて。
花火大会終わりといえど、それでは説明がつかないほどの人で溢れていた。
二人は目を丸くして、群衆を見つめる。
「…………あまりにも、人がいすぎですよね、これ……」
「そ、そうだね……。……って、あそこの見て」
律希はパッと、駅の電光掲示板を指差した。
そこに書かれていたのは、人身事故による電車の運転見合わせのお知らせだった。
「…………えぇ!? 嘘!! 帰れない!?」
凪は驚いて目を見開く。
律希も驚きつつ、顎に手を当てて思案する。そしてハッとして、凪の顔を見た。
――……いやいや、流石にそれは……。……でも、路頭に迷うよりマシか……。
律希は固唾を飲み、ゆっくりと口を開いた。
「……おれの、家ならバスでも帰れる。この土日、両親は理央を連れて旅行に行ってるからいないんだけど。……、……凪が、良ければ……」
* * *
――律希の家にて。
凪は着替えの服を律希から借りて、その服を持って脱衣所にいた。
――……って、いやいやいやいや! 良くないでしょ! お泊まりって良くない! お母さんに連絡したら「お父さんには上手く言っとくから⭐︎」って絵文字付きの返信だったし!!
凪は、大きくため息を吐いてその場にしゃがみ込む。
その時に手にしていた律希の服から、律希の匂いがして頬を赤くさせる。
「……お泊まりの心積りなんて、してなかったし……」
このまま座っていても埒があかないと思ったのか、凪は立ち上がり、お風呂をいただくことにした。
――一方その頃、リビングでは。
律希はソファに座って、背もたれに思いきり身を預けていた。
読書でもして気を紛らわそうとしたが、一切頭に入らず、顔の上に開いた本を置いた状態になっている。
――……変に思われてたら嫌だなぁ。思われても仕方ないけど。いや、全くないって言われたら嘘だけど、そういうのはするつもりないし……。
律希はため息を吐いて、本を手に取って閉じた。
「……、……こういう不測の事態で、することでもないし……。……知らんけど……」
一呼吸置いた後、律希はお茶を飲みに冷蔵庫を開けて、ペットボトルを取り出す。
そして飲み口に口を当てた瞬間、リビングの扉が開いた。
「……あ、……あの……、……お風呂、ありがとう、ございました……」
リビングに控えめに入ってきた凪を見て、律希は気管にお茶が入り、思いきり咽せる。
「――っ、っんぐ、……ゲホッ、ゴホッ!! ……ど、どういたしまして……。服、大丈夫?」
苦笑いを浮かべながら、律希は凪の服装をチラリと見た。
男女の体格差と身長差があるため、多少ブカブカに見えるが着れてはいる。
「は、はい。ちょっとブカブカですけど、大丈夫です」
そう言って、恥ずかしそうに笑う凪。
律希の中で何かが弾け飛びそうになり、律希は早足でリビングの扉を開けた。
「……おれも、お風呂行ってくるから。飲み物とか飲んでてもいいからね」
バタン、と扉を閉めてリビングを出ていった律希。
その場に取り残された凪は、口をポカーンと開けて扉を見つめた。
「…………緊張、してるのは私だけじゃない……?」
律希も実は緊張しているかも、と感じた凪は少し安心感を覚えて微笑んだ。
「よかった。私だけ、変に意識してるのかと思ってた。……よかったぁ……」
凪はソファに腰掛けて、目を瞑って今日のことを思い出す。
夏祭りで色んな屋台で色んなものを食べたこと。
律希が射的でぬいぐるみを取ったこと。
公園で花火を見たこと。
そんなことを考えていると、凪の身体は次第に傾き、ソファに沈んでいた。
律希がリビングに戻ってくると、やけに静かだった。
「……? 凪……?」
ゆっくりとソファの方に近づくと、小さな寝息を立てて眠っている凪がいた。
律希はしゃがんで凪と視線を合わせ、頬に手を伸ばして優しく撫でる。
「……安心したように、寝てる……」
眠っている凪がまるで猫のように、無意識に律希の手に擦り寄る。
律希は驚いて目を丸くし、クスッと笑った。
「…………変なこと考えてたおれが、馬鹿みたいじゃん……」
そう言って、律希は凪の身体を持ち上げる。
その時に凪の目がゆっくりと開き、虚ろな目で律希を見上げた。
「……り、つき……さん……?」
「もう寝ようか。運んであげるから寝てていいよ」
「…………は、ぃ……」
凪はそのまま幸せそうに微笑んで、また目を閉じた。
律希は自身の部屋まで凪を運び、ベッドに優しく下ろした。
「……さて、おれは理央の部屋で寝ようかな」
そう呟いて、ベッドから離れようとしたが、グンッと袖を引っ張られる感覚がした。
律希が振り返ると、凪の手が律希の袖を引っ張っていた。
「…………凪……?」
薄らと目を開けて、眉を下げて微笑む凪。
「……離れちゃ、嫌です……」
「――っ、……君はどれだけおれを困らせれば気が済むの……」
律希は大きくため息を吐いて、ベッドに腰掛けて凪の顔をジッと見つめる。
虚ろな目のまま、凪はゆっくりと身体を起こし、律希の肩に頭を乗せた。
「………………こんなに、近くにいるのに。……離れたくないです……」
凪の言葉から、その場に沈黙が流れる。
律希は凪の腰に手を回して、優しく抱き締めた。
「……本当、君って……」
律希は困ったように眉を下げて微笑み、凪を抱き締める手の力を強めた。
そしてそのままベッドに倒れ込む。
律希は、ベッドで向かい合った凪の顔をジッと見つめた。
「…………どこにも行かないよ。おれはここにいる」
そう言って、律希は唇を重ねた。
二人の距離が離れると、凪の表情が解れて微笑んだ。
「……律希さんって、私のこと大好きですよね」
「――っ、……あんまり煽ると怒るよ」
「そんなつもりじゃ……、……っ!?」
律希は凪の後頭部を押さえて、荒々しく何度も唇を奪う。
その時間が終わると、律希は凪の顔を見てニヤリと笑った。
「…………顔、真っ赤」
凪は完全に目が覚めたのか、顔を真っ赤にさせて目を見開いて律希を見ていた。
「だ、だって……、こんなキス、……初めて……」
「おれも」
そう言って、律希は凪の額にデコピンをする。
「――あいてっ! 何で!?」
「これ以上揶揄うなら、本当に襲うからね」
「――お、おそ……!! ……今日の律希さん、大人っぽいです……!」
顔を真っ赤にさせた凪が、目を丸くし、口をパクパクとさせる。
そんな様子すらも、愛おしそうに見つめる律希。
「……君より一個、大人だからね。それとも体験、する?」
律希は顔を近づけて、額と額を合わせる。
「……っ、あばば……」
色々とキャパオーバーだったのか、凪は気を失ったようにパタリと倒れた。
そんな凪に、律希はクスクスと笑って、優しく頬を撫でた。
「…………まだ、ね。楽しみにとっておくよ。おやすみ、凪……」
律希も目を瞑って、眠りに入った。




