第五十七話
――次の日。
校外学習、二日目が始まった。
凪たちも京都の街並みを歩きながら、目的地へと向かっていた。
しかし凪の挙動はおかしく、首を押さえたり髪の毛を直したりと落ち着かない様子だった。
凪の隣で歩いていた海都が、見かねたように声を掛ける。
「…………何してんの、さっきから」
「――っ!? いや何も! ちょっと暑いなーって思っただけ!」
「適温だろ」
海都は呆れた表情を浮かべ、凪のことを見た。
凪はというと、ぎこちなく笑い、何でもないように振る舞っている。
――……まぁ、別に俺が聞かなくてもいいよな……。
海都は小さくため息をついて、凪の頭を優しく叩いた。
「とりあえず今は楽しめよ。せっかくの律希センパイとの旅行なんだから」
海都がそう言うと、凪は目の前の電柱に思いきり額をぶつけた。
突然の出来事に、海都は目を丸くして凪を見る。
「……え、……頭、大丈夫か?」
「…………怪我も異常もきたしてないし」
凪は額を押さえて、眉を顰めて海都の方に視線を向けた。
そこで海都は一つの結論に達した。
――……昨日の俺らの部屋の後、律希センパイと何かあったんだな……。分かりやすい奴……。
海都は凪の髪の毛をグシャグシャとするように、凪の頭を撫で回した。
「……うわっ、何するの!」
凪はジトッとした目で、海都を見上げた。
海都はニヤリとした表情をしつつも、少し悲しそうに眉を下げている。
「……何も。ちょっとムカついたから」
「せっかくセットしたのに……」
そう言って、凪は不機嫌そうにしながら、手櫛で髪の毛を整える。
海都はそんな凪を見て、小さくため息を吐いた。
「さっさと仲直りしろよ」
「……………………何のこと」
「さっきから分かりやすいんだよ、お前」
海都はチラリと、前を歩く律希に視線を向け、すぐに凪を見た。
「……律希センパイと何かあったのが見え見えなんだよ、ばーか」
そう言って、海都は凪の額を軽く小突く。
凪は釈然としない顔で、額を押さえて海都を見上げた。
「……何で分かるの……」
「何年一緒にいると思ってんだよ。分かるっつーの」
フッと笑う海都。
そんな海都を見て、凪は昨日の女子部屋での会話を思い出した。
――……。
『だよねぇ〜。顔もカッコよくて運動も出来て優しいとか、どこの王子様よ』
……――。
思わず、凪の口からポロリと言葉が溢れる。
「…………これが、そう見えるってこと?」
「何がだよ」
海都は訳が分からず、眉を顰めて首を傾げた。
その海都の表情は、王子様とは正反対の表情をしている。
凪は思わずクスッと笑う。
「……ふふ、ううん。何でもない」
「……? 変なの」
そのまま二人は、律希と遥人の後ろを歩き続けた。
* * *
――帰り道。
バスの中は行きよりも静まり返っており、多くの生徒の疲れが見える。
凪は窓の外を眺めながら、遠くになる京都を名残惜しそうに見つめた。
「……また来たらいいよ」
凪がパッと横の律希を見ると、口元に手を当ててクスクスと笑っていた。
凪は頬を赤くして、口を尖らせて視線を逸らす。
「だ、だって。今回は学校行事でしたし、制限もあったので。もっと色んなところ行きたかったなぁ……と、思って……」
「……そうだね。でも……」
律希は凪の頭に手を伸ばして撫でた。
「おれは学校行事で一番、楽しかったよ。……きっと君と一緒だからだろうね」
「――っ、そう、ですか……。……それなら、よかったです」
凪は少し戸惑いながらも、嬉しそうに目を細めて笑った。そして律希の膝に手を添える。
「……私も、律希さんと一緒だったから。楽しかったです」
二人はお互いの言葉に、嬉しさを感じて笑い合う。
そこで凪は小さく欠伸をして、慌てて口を押さえた。
「……っ、す、すみません……。つい……」
そんな凪を見て、律希は凪の頭に手を添え、身体を引き寄せた。
「寝てもいいよ。起こしてあげる」
「…………律希さんは?」
「おれはそんなに眠くないから大丈夫」
そう言って、律希は凪の頭を優しく撫でた。
人に頭を撫でられる感覚が心地良いのか、ほんの数秒後に凪は寝息を立て始めた。
律希は凪の寝顔を見ながら、愛おしそうに微笑む。
「……おれにも、独占欲ってあったんだなぁ……」
律希は手を凪の首筋に添え、髪の毛を退けて昨日付けた跡を見る。
昨日よりは赤みは引いているものの、凪の白い肌にはまだ赤く残っていた。
「役者の身体に傷は、ダメか……? 付けちゃったもんはどうしようもないけど」
律希は少し考え込むと、小さく首を横に振る。
「……他の役者への牽制にもなるし、いっか」
そう自己完結して、窓の外を眺めた。
外の景色は夕焼けに染まり、木々がオレンジ色に染まっていた。
――……去年の今頃、凪と出会えてなかったら今のおれはいない。最初は変な子だと思っていたけれど……。
律希はふと、凪の顔を見る。
凪の表情は幸せそうで、口元が綻び微笑んでいるように見えた。
そんな凪に、律希も口角を上げた。
「……君のおかげで、前に進めたよ。ありがとう」
そう言って、律希は凪の後頭部にキスを落とす。




