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きみの知らないぼくのこと  作者: さか
新たな始まり

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第五十六話



 ――その日の夜。

 夕飯を終え、入浴も終えた凪は部屋で、同室の女子生徒たちとお喋りをしていた。

 同年代と話すことに慣れてきてはいたが、未だに緊張の糸が見える。

「……でさぁ、私はやっぱり山川くんがカッコいいと思うの! あんたは?」

「えぇ〜、山川ぁ? ないない! 私だったら櫻庭くん一択よ!」

「櫻庭くんはズルいでしょ! あれはもう天が二物も三物も与えた人じゃん」

「だよねぇ〜。顔もカッコよくて運動も出来て優しいとか、どこの王子様?って感じ」

 そんなガールズトークを見ながら、凪は枕をギュッと握り締めた。



 ――……や、やっぱり海都って高校でも人気なんだ……。普段があれだから実感ないけど……。



 凪がボーッと彼女らを見つめていると、一人の女子が凪に近づいた。

「ねぇねぇ! 蓮實さんって櫻庭くんと幼馴染なんだよね!? 昔のエピソードとかなんかない!?」

「えっ!? う、うーん……。……昔の海都は、すごい冷たかった、かなぁ……」

 凪の言葉に、その場の女子生徒たち全員が目を見開いて驚いた。

「えぇえぇぇ――!? 嘘! あの誰にでも優しくて紳士的な櫻庭くんが!?」

「し、紳士的かは分かんないけど、今と雰囲気は違ったよ」

「……そうなんだ……。……そんな櫻庭くん、想像できないな〜」

 そう言って腕を組んで考え込んでいた女子生徒が、いきなりパッと顔を上げた。

 そして、凪の両肩をガシッと掴む。

「今から男子部屋行こ! 櫻庭くんがいる部屋!」

「なんで!?!?」

 凪は目を見開いて、驚いた表情を浮かべた。

 その隣にいた女子生徒が、嬉しそうに表情を明るくさせる。

「いいねいいね! 学校行事でお泊まりといえばそれでしょ! 確か山川と櫻庭くん同じ部屋だし、山川に連絡するね!」

 そう言った彼女は、携帯を取り出してメッセージアプリを開く。

 凪は目を丸くしたまま、彼女らを見つめた。



 ――…………え、え、男子部屋に行く……? ほ、本当に……?



 凪が何も言わずに口をパクパクさせていると、近くにいた女子生徒はニコッと笑う。

「だーいじょうぶ! 蓮實さんが彼氏いることみんな知ってるし、ただ話をしに行くだけだよ! もし、変なことになろうものなら……」

 そう言いながら彼女は、スンッと顔から感情を消して携帯を持つ手に力を込めた。

「…………私が海に沈めてあげる」

「こ、怖いよ!」

 彼女の言葉に、凪は身体を震わせた。

 そして、別の女子生徒が凪に小さく耳打ちをする。

「……あの子ね、前の彼氏が学校行事で他の女子部屋に行って、そこから浮気されたことあんの」

「な、なるほど……」

 すると携帯を操作していた女子生徒が、笑顔で凪たちの方を向いた。

「……オッケーだって! じゃあ早速行こ!!」

「……そ、そうなんだぁ……」

 苦笑いを浮かべた凪だったが、女子生徒が凪の手を掴んで歩き出す。

 凪は乗り気になれないまま、彼女たちに連れ去られる形で共に男子部屋に向かった。









 * * *









 ――男子部屋にて。

 海都は大きな欠伸をしながら、荷物の整理をしている。

 その時に同じ部屋の山川が、部屋にいる男子生徒たちに声を掛けた。

「おーい。今から伊藤の部屋の女子たちが来るんだけどいいよな?」

 山川がそう言うと、他の男子生徒たちが目を輝かせて頷いていた。

「もちろん! それがこの校外学習の醍醐味だろ!」

「伊藤たちは話に来るだけだ。だから変なことすんじゃねーぞ。部屋長の俺が怒られるんだかんな」

「へーい。分かってまーす」

 そう言いながら、部屋の男子生徒たちは自身の荷物を片付け始めた。

 それを聞いていた海都は、小さくため息を吐く。



 ――……めんどくせぇな。……まぁ、女子来てもテキトーに相槌打っとけばいいだろ……。



 そんなことを考えながら、海都は鞄のチャックを閉めて隅に置いた。

 すると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。

 山川が扉を開けると、女子生徒たちが笑顔でゾロゾロと入ってくる。

「おっじゃましま――す! 意外と片付いてんじゃん!」

「意外は余計だろ! ……って、蓮實さんもいんの!! レア!!」

 山川のその言葉に、海都は勢いよく扉の方を見た。

 海都の視界には確かに、困ったように眉を下げて笑う凪が女子生徒の中に混じっていた。

 凪は海都の方を見ると、パッと顔を逸らす。



 ――……、……いやいやいやいや、あいつ馬鹿なのか!? なんでノコノコと男の部屋に来るんだよ! マジで意味分かんねーし……!



 海都は素早く携帯を取り出して、メッセージアプリで律希とのトーク画面を開く。

 そしてタタタッと目にも止まらぬ速さで、メッセージを送った。


 


『俺たちの部屋に凪が来ました。あの馬鹿、どうにかして下さい』

 



 すると、すぐに律希からの返信が来た。




『どこからツッコめばいいのか分かんないけど、おれが行ってややこしくならない?』


『ややこしくはなるかもしれないですけど、あの馬鹿を部屋に帰さないとでしょ』


『……とりあえず、二年生の階まで行くね』




 海都が必死に律希とメッセージのやり取りをしていると、誰かが海都の隣に座る。

 海都は横目で見ると、そこには申し訳なさそうな表情をしている凪がいた。

「――――っ!? な、凪!?」

「……っ、そ、そんな驚かなくても……。律希さんと何話してるの?」

 そう言って、凪は首を傾げる。

 私服や制服とは違って、館内着である着物を着ている凪から、海都はパッと目を逸らした。

「……、……何でも。どっかの馬鹿のこと話してんだよ」

「それって私のこと?」

「どうだかな」

 海都は凪の方を向いて、眉間の皺を寄せる。

「何でここにいんだよ。お前は一番来ちゃいけねぇだろーが。馬鹿」

「やっぱり私のことじゃん! ……無理矢理連れてこられたの。しょうがないでしょ……」

 そう言って、凪は口を尖らせてプイッとそっぽを向いた。

 そんな凪を見て、海都は小さくため息を吐いて頭をガシガシと掻く。

「……はぁ。とにかくテキトーに理由付けて外に出ろ。律希センパイが迎えに来てくれて……」

 そう言いかけた時、海都の携帯からバイブが鳴った。

 画面を見ると、律希からのメッセージだった。




『まずい。そっちに生徒指導の宮野先生行った』




 それを見た海都は血相を変えて立ち上がり、他の生徒に知らせた。

「お、おい! もう少しで宮先来るらしいから女子はどっか隠れろ! 野郎は布団だ!」

 海都の言葉に、そこにいた生徒たちは必死に隠れ始める。女子は押し入れなどに隠れ、男子は自身の布団に潜り込んだ。

 海都も自身の布団に潜り込み、ふぅ、と息を吐く。


 海都はふと目の前を見ると、何故か見知った顔がこちらを凝視していた。

 それに気づいた海都が、声にならない悲鳴を上げる。

「――――――っ!?!? ……ばっ、な、何でここに隠れるんだよ! 凪!!」

「だって! 押し入れはもう人いっぱいで、入れるところここしかなくて……」

「だからって何で布団の中なんだよ! 男は布団に入れって俺、ちゃんと言ったよな!? そこ以外探せよ!」

「近場になかったの! 最終手段でここしかなかったし!」

 小さい声で、凪と海都は言い争いをしていると、扉をノックする音が部屋に響いた。

 二人は思わず自身の手で口を塞ぎ、ジッと息を潜める。

 ガチャリと扉が開き、教員が部屋の中に入ってくる足音が聞こえてくる。

「お前ら寝たか〜? ……って、片付けもしたのか、この部屋」

 海都はチラリと凪の方を見る。

 凪の表情は、羞恥心の欠片も無く、ただ見つからないように祈っているだけのようだった。



 ――……クソッ……。意識してんの、俺だけかよ……。



 海都は高鳴る胸を抑えるように、片方の手で自身の服をギュッと握り締める。


 教員が部屋から出て扉を閉めた瞬間、生徒たちが大きく息を吐いて出てきた。

「……はぁ――、あっぶね〜……。海都が言ってくれなかったら、俺ら終わってた」

「本当に神だよ、櫻庭くん。何で宮先来てるって分かったの?」

 話を振られた海都は布団から出て、目を逸らしながら言った。

「……あ――……、たまたま連絡取ってた人が教えてくれたから」

「マジか〜! その人に感謝だな!」

 生徒たちが安堵に包まれる中、海都は隣で気まずそうに座っている凪の背中を叩いた。

「……おい。今のうちに外出ろ。もうそこに律希センパイ来てっから」

「え、あ、うん。……あ、ありがとう……」

 そう言って、凪は海都と顔を合わせずにそそくさと部屋を出ていった。

 その凪の背中をジッと見つめる海都。

「……、……久しぶりにあんな近くであいつの顔を見たな……」

 そう呟いた後、海都は布団の中での凪の顔を思い出す。

 しかし邪念を払うように、すぐに首を横に振った。

「……い、いやいや。良くない。この思考は良くない……」

 それ以上は何も考えないように、海都はクラスメイトたちとの会話に入った。









 凪は部屋を出てキョロキョロと周りを見渡す。

 その時、凪の腕が引っ張られ、階段下の空間に吸い込まれた。

 驚いた凪はチラリと後ろを振り向く。

 そこには焦った表情で、余裕のない様子の律希が立っていた。

「……り、律希さん!」

「何も、されてない……?」

 そう言って、律希は凪の身体を優しく抱き締める。

 腕の中で凪は小さく頷いたのを見て、律希は安堵するように小さく息を吐いた。

「……本当、君っておれを焦らせることばっかりするよね……」

「ご、ごめんなさい……。私も行くつもりはなかったんですけど、クラスメイトに無理矢理……」

 凪が困ったように眉を下げる。

「……いっそのこと、言いふらした方がいいのかな……」

「……? ……なんて……?」

 凪は律希の言葉を聞き取れず、首を傾げて聞き返した。

 すると律希は凪の身体から離す。そして、意地悪気に口角を上げて、凪の唇に人差し指を添えた。

「……蓮實さんはおれの、っていう牽制」

「………………え……?」

 凪の顔にみるみる熱が集まり、あっという間に真っ赤になる。

「……えっ、な、なに……それ……」

「んー……、何だろうね……。……強いて言うなら、独占欲……とか?」

 そう言って、律希はコテンと首を傾げる。

 その瞬間、凪の顔色は余計に真っ赤になり、湯気が出そうな勢いだった。

「……わ、わわ、……キャパオーバーです……」

「ふふ、いつになったら慣れてくれるんだろうね」

 律希は口元を手で押さえてクスクスと笑い出した。

 そんな律希を見て、凪は真っ赤の顔のまま頬を膨らませた。

「……律希さんは、いつも平気そうでズルイです」

 凪の言葉に、律希は瞬きを数回して目を細める。そして一呼吸置いて、口を開いた。

「…………そうでもないよ」

「……え?」

 律希は凪の肩に頭を預けるように、ポスンと自身の頭を置く。

「……今だって、普段と違う格好の君に緊張してるし、他の男に見せたくないって思ってるし」

 言葉を続けながら、律希は凪の手に静かに触れた。

「おれのこと以外考えてるのは嫌だし、……、……それに……」

「……それに?」

 凪は聞き返した。

 律希は一瞬喉を詰まらせたが、小さい声でボソボソと呟く。

「……………………名前で、呼んでもいい?」

 


 二人の間に沈黙が流れる。



 それを破ったのは凪だった。

 凪は嬉しそうな顔で、頬を染めて大きく頷いた。

「……も、もももも、もちろんです!! 是非呼んでください!!」

 律希は顔を上げて、凪の顔をジッと見た。

 その時の凪の表情は、目を輝かせて餌を待っている犬のような顔をしていた。

 律希は思わず顔を逸らす。そしてゆっくりと口を開いた。

「……、……な、……凪……」

「…………ひぇ、……もう一回、ください」

「何で!?」

 律希は顔を赤くして、凪から距離を取った。

 しかしその距離を、凪はすぐに詰める。

「何でも! というか、ずっと思ってたんです! 私は名前で呼んでるのに、律希さんはずっと"蓮實さん"ですもん!」

「……ぅ、……いきなり名前で呼べないでしょ……」

 律希は顔を逸らそうとするが、凪が律希と目を合わそうと顔を覗き込む。

「……顔赤い律希さん、なんか新鮮です。可愛い……」

 そこまで言った凪の両頬を、律希は片手で優しく掴んだ。

「…………次、会った時は覚悟しててね。悪い口は塞いじゃうよ」

「今の律希さんに凄まれても威力半減です! むしろ返り討ちにしちゃいますよ!」

 ふふん、と鼻を鳴らしてドヤ顔をする凪。

 そんな凪を見て、律希は眉を顰める。そして凪の首に顔を近づけた。

 

 凪は最初目を丸くしていたが、突然走った首の痛みに「いっ、――!」と声を上げる。

 律希が離れた時、凪は首を押さえて律希を見た。

「……り、りり、律希さん!! 何して……!!」

「…………おれの、って印」

 そう言って、律希は凪の背中を押して部屋へ帰るよう促す。

「そこ、隠しとかないと見えちゃうよ〜」

 赤い頬のまま、ニヤリと笑って凪に手を振る律希。

 凪は頬を膨らませて、光の速さで部屋まで戻ると、扉にもたれてズルズルとその場に座り込んだ。

「……、……もぉ、それは反則だよ……」

 凪は鏡に映る首の赤い印を見て、さらに顔を赤くするのだった。



 

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