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きみの知らないぼくのこと  作者: さか
僅かな気持ちの変化

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第四十五話



 ――バレンタイン当日の放課後。

 律希は自身の携帯が震えたのに気づく。携帯を手に取り、メッセージアプリを開くと、凪からだった。

 


 『放課後はそっちに行きます! 教室で待っててください』



 絵文字と共に、そのメッセージが送られていた。

「……? 迎えに行くのに。ま、いっか」

 律希は素直に従い、自分の席に座って頬杖をつく。そしてボーッと外の景色を眺める。

 サッカー部の活動がよく見え、遥人が周りに指示を出しながらプレーしている。

 海都も汗を拭いながら、楽しそうにプレーしていた。

「……そっか。来年はもう三年か……」

 律希はそんなことを呟き、この先のことをふと考える。



 ――……おれはこの先、どうなるんだろう。蓮實さんとずっと一緒にいられるのかな。それとも……。



 そこでふと、海都の顔が頭に浮かんだ。

「……、……きっと、まだ……」

「まだ、なんです?」

 ボーッとしていた律希の視界に突然、心配そうに律希を見る凪の顔が入り込む。

 それに驚いた律希は、思わず椅子から落ちかけて膝を机で強打した。

「――っ!? ……ぃ、っぅ……。は、蓮實さん……、来てたんだね」

 律希は苦しそうに膝を抑えて、凪を見上げる。

 そんな律希に、凪は慌てたように両手をパタパタとさせた。

「は、はい……って、大丈夫ですか!? 私が突然、声を掛けたから……!」

「いや大丈夫だよ。おれがボーッとしてただけだから。……って、その格好……」

 律希が凪の格好に目を向けると、普通の女子の制服を着ており、男装してた頃の面影もなかった。

 凪は眉を下げて笑った。

「……本当の私で、律希さんの隣にいたいって言ったじゃないですか。私、決めたら一直線なんです」

 そう言ってニヤリとする凪。

 律希は目を見開いて凪を見る。そして、クスクスと笑い出した。

「……ふっ、あはは……、そうだね。君はそういう人だ」

 

 律希は立ち上がって、身なりを整えて凪と向き合う。

「じゃあ帰ろっか。今日はどこか寄ってく?」

「いいえ! ……その、渡したい物があってですね……」

 凪はしどろもどろしながら、手に持っていた紙袋を律希に差し出した。

「……今日、バレンタインなので。お菓子作ったんです。良かったら……」

「……ありがとう」

 嬉しそうな表情を浮かべて受け取った律希は、ジッと紙袋を見つめる。

 そしてパッと顔を上げる。その時の律希の目は、キラキラと輝いていた。

「今、見てもいい?」

「えっ!? 今!?」

「うん、今」

 凪はグッと口を結んで、うーんと唸る。

 チラリと律希を見れば、今まで見たことのないぐらいに目を輝かせていた。



 ――……うっ……! 律希さんがキラキラした目で見てくる……! 可愛い……!!



 凪は悩みに悩んでいたが、決意したのか大きく息を吐く。

「…………いいですよ、見ても。ただ恥ずかしいので私はあっち向いときます!!」

 そう言って、凪はプイッとそっぽを向いた。

 律希はクスッと笑い、紙袋の中から箱を取り出す。

 それを開けると、綺麗にラッピングされたチョコタルトケーキが入っていた。

「……すごい。美味しそう……」

 律希の呟きに、凪は思わず振り返った。

「え! 本当ですか!?」

「あ、こっち見た」

「あ……。……いや、美味しそうって言ってくれたので、嬉しくてつい……」

 恥ずかしそうに、凪は顔を真っ赤にして身を縮こませた。

 律希は頬を僅かに染めて、嬉しそうに目を細める。

「……可愛い……」

「か、かわっ……!?」

「うん。蓮實さんが、可愛い」

 そう言って、律希は箱を机に置いて凪の頬に手を伸ばす。

 律希の手が触れた瞬間、凪はビクリと身体を震わせた。

 律希の目を見ると、熱を帯びているのが分かる。

「……律希……さん……」

「…………嫌なら、引っ叩いて」

 律希は、凪の顔に自身の顔をスッと近づける。

「ぅえっ……!? ここで……!?」

「うん。……だめ?」

 鼻先まで近づいたところで、律希は止まって首を傾げる。

 凪はグッと喉を詰まらせ、視線だけ横にずらした。

「………………だめ……じゃ、ないです……」

「……うん」

 凪の様子に、律希は満足そうに微笑んで距離を詰めた。



 二人の距離がゼロ距離になる。

 風で吹かれたカーテンが、二人を別世界へと誘うように包み込んだ。



 唇が離れて、凪は律希を見上げる。

 律希の表情は、眉を下げて頬を僅かに染めて微笑んでいた。

「……、……照れて……ます?」

「照れてない、と言えば嘘になる。でも……」

 律希は凪の手を取り、静かに絡めた。

「君と一緒なら、この気持ちも心地良い」

「――っ! ……律希さんって、時々言い回しオシャレですよね……」

 凪はプイッとそっぽを向いた。

 凪の言葉に、律希はキョトンとしたまま凪を見つめた。

「……? そうかな。よく本を読んでるから文学的になる……とか?」

「そ、そういうもんですか?」

「分かんない。おれも意識して発言してないし」

 

 その瞬間、二人は吹き出して笑い出した。

 口元を押さえて笑う二人は、以前のように何かを諦めている二人ではなかった。


 大きく息を吐いた律希が、荷物を持って凪の手を引っ張る。

「……今日は手を繋いで帰りたいな。バレンタインだし、おれのお願い、聞いてくれる?」

「バレンタインじゃなくても、律希さんのお願いならいくらでも聞きます!」

 手を引っ張られ、律希の胸の中に収まった凪は、キラキラした目で律希を見上げた。

 そんな凪を見下ろして、律希はニヤリと笑う。

「……軽々しくそういうこと言わない方がいいよ。おれ、それに乗じて色々お願いしちゃうかもよ」

「………………い、色々……って?」

 凪は一気に顔色を青くさせて、唇を震わせる。

「んー……。……キスして、とか。抱き締めて、とか?」

「そっ……! それはお願いされなくても律希さんがするでしょ!! 馬鹿!!」

 今度は顔を真っ赤にして、凪は律希の胸をポカポカと叩き始めた。

 律希はクスクスと笑っている。

「……冗談だよ。でも本当に言わない方がいい。男はみんな邪なこと考えてるから」

「……? ……――っ!? そ、……、え!? いやいやいや、待って!?」

「なに? 今更自覚したの?」

 律希はニヤニヤしたまま、凪の顔を覗き込んだ。

「じ、自覚というか……! 律希さんにもそういう……、……気持ちがあるんだ……と思うと……」

「そりゃあ、人間だもの」

「律希さんは神様みたいなものなので、そういうのないって思ってたんです!」

「おれのことなんだと思ってんの」

 律希はニヤニヤを通り越して、呆れた表情をして凪を見た。

 一方、凪は顔を真っ赤にして終始慌てている。

「だ、だって! 律希さんって人と関わるの避けてたじゃないですか! 総じてそういう感情は捨てたのかと!」

「捨ててたら今、君と付き合ってないんだけど」

 律希の表情が徐々に険しくなっていき、それに伴い眉間に皺が出来る。

 そして大きくため息をついて、凪の額にデコピンをした。

「……とにかく。男に軽々しく『何でもお願い聞きます』って言わないこと。いい?」

「肝に銘じます」

 凪は額を摩りながら、真顔で頷いた。









 * * *









 ――その日の夜、律希の自宅にて。

 律希は自室で凪から貰ったお菓子を食べようと、ローテーブルにそれを広げた。

 

 その時の律希の表情は、今までに見たことないぐらい嬉しそうだった。どことなく花が舞っているようにも見える。


 律希はサッと携帯を取り出して、食べる前のお菓子を写真に納める。

「……食べるの勿体無いけど、食べない方が勿体無いし……」

 フォークを手に取り、一口食べる。

 口いっぱいにチョコレートの甘さと、タルト生地のサクサク感が広がり、律希は顔を綻ばせた。

「美味しい。……あ、お礼と感想を……」

 


 ハッとして律希が携帯を手に取った時――。



「リ、ツ、兄――! 僕からのチョコレート受け取って――!」

 理央の声と共に、律希の部屋の扉が勢いよく開いた。

 扉の音と理央の登場に律希は驚き、肩をビクッとさせる。

「うわっ……!! ビックリした……。ノックしてって何回も言ってるじゃん」

「ごめんごめん。居ても立っても居られなくて……、……って、それ……」

 理央がわなわなと唇を震わせて、凪のお菓子を指差した。

「あぁ……、これは蓮實さんからの――」

 律希が言い切る前に、理央が律希に駆け寄り、身体の隅々まで確認し始めた。

「あの女からの!? 大丈夫!? 腹痛くなってねぇの!?」

「なる訳ないじゃん。本当に理央は蓮實さんのことをなんだと思ってんの……?」

「得体の知れない生き物」

「それはあながち間違ってないかもしれないけども」

 律希は呆れたように理央を見て、大きくため息をついた。

「……心配してくれるのは嬉しいけど。いい加減にしないと、理央でも怒るよ」

「リツ兄に怒られるのは嫌だけど! ……それでも……」

 理央は頬を膨らませて、拗ねた表情を浮かべる。

 そんな理央を見て、律希はフッと笑って理央の頭を撫でた。

「どうせ『リツ兄との時間が無くなる〜』って思ってんでしょ?」

「当たり前だろ。誰よりもず――っと一緒だったんだから」

 撫でられるのは嬉しいが、心を見透かされているのは嫌なのか、理央は口を尖らせてそっぽを向いた。

「…………リツ兄のことは、僕だけが分かってたらいいんだよ」

「そういうとこ、遥人に似てるよ」

「遥人くんよりも、僕のがリツ兄のこと大好きだし」

 更に頬を膨らませる理央。

 律希はクスクスと笑いながら、両手で理央の頭をわしゃわしゃと撫で回し始めた。

「うわっ! なになになに!?」

「おれの弟が理央でよかったなーって思っただけ」

 律希は手を離して、ニヤリと笑う。

 髪の毛を直しながら、理央は口角を上げた。

「へへっ。僕は兄さんがリツ兄でよかった」

 そう言って、ニコニコしていた理央。

 


 しかし凪のお菓子が視界に入るとハッとして、また頬を膨らませた。

「……って、いい話風に終わらせて、その菓子から意識逸らす作戦じゃねーの。ニヤニヤしてる」

「あ、バレた?」

 律希はヘラリと笑って、凪のお菓子を一口パクリと食べる。

「あ! 僕の話終わってねーのに! 僕よりもあいつの菓子なんだ!!」

「うん」

「言い切るなよ! 僕のもあんだぞ!」

 理央は、ムッとした表情で、自分のお菓子を律希に差し出した。

「……変な物入れてないよね?」

 律希が怪訝そうに、理央を見た。

 そんな律希に、理央が大口を開けてギャンッと叫ぶ。

「なんで僕のは疑うんだよ!? 入れる訳ねーじゃん!?」

「いやぁ、おれの弟だもん。お菓子作り出来るのか怪しくない?」

「リツ兄みたく爆発させたことねーもん。まだマシ」

「おれ、爆発させたことないじゃん。ちょっと火柱立っただけ」

「それがやべーんだけど」

 そう言いながら、理央は袋から一口チョコレートを取り出して、律希の口に放り込んだ。

 無理矢理突っ込まれた律希は、眉を顰めてゴクンと飲み込む。

「………………美味しい」

「でしょ? 僕って普通に作れるんだから」

 その時に、理央はジッと凪のお菓子を見つめる。

 その視線を遮るように、律希は凪のお菓子を身体で隠した。

「……あげないよ」

「いらねー。興味ねーもん」

 理央はプイッとそっぽを向き、小さく呟く。

「……今年も、僕だけだと思ったのに……」

「……? ごめん、なんて?」

 律希は理央に身体を近づけて、首を傾げた。

 そんな律希の頭に袋を置いて、理央はベーッと舌を出した。

「知らない! リツ兄のば――か!!」

 バタン!と勢いよく扉を閉めて、理央は部屋から出ていった。

 律希は訳が分からないといった表情をして、扉を見つめる。

「……、なんだったんだ」

 はぁ、とため息をついて凪のお菓子を見る。

 律希はまた一口食べて、優しく微笑んだ。

「…………今年は嬉しいことがたくさんだ……」

 そう呟いて、律希は携帯を手に取り、凪にお礼と感想のメッセージを送る。


 すると、僅か数分後に凪からの返信があった。

 律希が画面を開くと、そこには――。


 


『そう言ってもらえて嬉しいです! 律希さんのことを考えながら頑張って作った甲斐がありました! 大好きです!』



 

 そのメッセージを見た律希は、クスッと笑った。

「……おれのことを考えて……」

 チラリと、凪からのお菓子に視線を向ける。



 ――……今まで、人から何かしてもらったこととかないから。蓮實さんからもらえるものは全部新鮮だ……。



 律希は嬉しそうに携帯の画面を眺めて、メッセージを送って残りのお菓子を食べ進めた。



 

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