第四十三話
――現在、律希の部屋にて。
凪は話が終わると、被っていた帽子を外して床に置いた。
「……、……以上です」
律希は黙ったまま凪の顔をジッと見つめる。
律希の視線を感じた凪は、律希の方を向いてヘラリと笑った。
「すみません。自分の話するの慣れてなくて、重い雰囲気になっちゃって」
「大丈夫だよ。話してくれてありがとう」
律希は小さく首を横に振った。
その場に沈黙が流れる。
律希は凪の頭を優しく撫で、口を開いた。
「……蓮實さんは、演技好き?」
それを聞いた凪は迷い無く、力強く頷いた。
「好きです。自分とは違う何かに演じることも、それを見た人の反応を見るのも」
その反応を見た律希は、納得したように肩をすくめて笑う。
「そうだよね。文化祭で見た蓮實さんの演技、とても楽しそうだったから」
凪は目を見開いて、律希を見る。
「……そういう風に、見えましたか?」
「うん。君だけ、輝いてた」
律希の言葉を聞いて、凪は過去に現場監督に言われた言葉を思い出した。
――……。
『君は、光る原石だね。これからが楽しみだよ』
……――。
凪は瞳を揺らし、唇を震わせた。
「……、……私……」
今にも泣き出しそうな凪に律希は手を伸ばして、優しく抱き締めた。
「蓮實さん。おれはどんな蓮實さんでも、ずっと好きだよ。何かあっても君のことを守るよ。だから……」
そう言って、律希は凪の顔を両手で包み込み、自身と目を合わせた。
「蓮實さんは、どうしたい?」
律希の言葉に、凪は肩を震わせてゆっくりと口を開いた。
「……っ、……私は、……本当の私で、律希さんの隣に立ちたいです……!」
律希は嬉しそうに微笑み、凪の頬に自身の頬を擦り寄せた。
「うん。おれも、本当のおれで君の隣に立ちたい」
そっと離れて、お互いに見つめ合う。
カチカチという時計の音と二人の息遣いだけが聞こえる。
律希はゆっくりと凪の顔に近づく。
それに合わせるように、凪もゆっくりと目を閉じる。
そんな凪の顔を見て、律希は目を細めた。
――……あぁ、本当に可愛いなぁ……。
律希も、凪と同じように目を閉じる。
その時に二人の距離はゼロ距離になった。
そっと離れると、凪は律希から顔を逸らして耳まで真っ赤にさせた。
「……、……なんで……」
そう言って、凪は口元を手で押さえた。
そんな凪を見て、律希は吹き出し、喉をくつくつと鳴らして笑う。
「なんとなく。したくなったから。……嫌だった?」
律希は首を横に傾げた。
「…………嫌な訳、ないじゃないですか……。だって、大好きですもん……」
凪は両手で頬を押さえて、恥ずかしそうにしている。
凪の両手を、律希は優しく掴んで、自身の手と絡めた。
「……うん。おれも、大好きだよ」
律希は、また凪の顔に近づく。
それに凪は驚き、目を見開いた。
「えっ、ちょ、な……!!」
「だめ?」
「……だめじゃ……!」
「じゃあいいよね」
そう言って、律希はグッと距離を縮めた。
二人の鼻先が触れて、もう間も無く二人の距離がゼロ距離になろうとした瞬間――。
「ちょお、リツ兄!! なんで叔母さんの家に来ねーの!! 僕、ず――っと待って……て……、……」
声と共に律希の部屋の扉が思いきり開き、そこには律希と同じ目の、少し背の低い男の子が立っていた。
お互いに目が合い、沈黙が流れる。
先に行動したのはその男の子で、勢いよく律希と凪の間に滑り込み、律希から凪を引き剥がした。
そして、凄い形相で凪を睨む。
「おい、お前!! リツ兄を誑かしてる奴だな! いくらリツ兄が優しいからって、その優しさに漬け込んで――」
「はい、ストップ」
律希が彼の言葉を遮るように、彼の頭に思いきり手刀を落とした。
彼は涙目で、律希に叩かれた頭を摩る。
律希は大きくため息をついて、彼を指差して言った。
「……、……ごめんね、蓮實さん。これはおれの弟の理央。……で、なんでここにいるの」
「これって言い方酷くね? リツ兄のことを迎えに来たのに」
「来なくていいって言ったじゃん。おれはこっちにいるからって」
「僕はいいよって言ってねーもん」
二人のやり取りに、凪は口をポカーンと開けたまま見つめていた。
そしてハッとして、慌てて深々とお辞儀をする。
「……わ、私は! 蓮實凪です。えっと……、り、律希さんとお付き合いしています……!」
「え、だから何? そういう妄想とかじゃなくて?」
凪の返事に真顔で返答する理央。
そんな理央に、凪は自信が持てなくなったのか、何故か律希の方を見る。
「もっ……!? 違います!! 違いますよね!?」
「違うに決まってるじゃん!! なんでそこ疑問に持つの!? 理央もいい加減にして!」
律希は顔を真っ赤にさせて、慌てた様子を見せ、理央の後頭部を思いきり叩いた。
また叩かれた理央は、口を尖らせる。
「そこの女のせいで、リツ兄に二回も打たれた! 普段はこんなことしねーのに!」
「一回黙って!!」
テーブルを挟んで、凪の向かいにはムスッとした表情の理央と、疲れた表情の律希が座った。
凪はおずおずと律希に聞く。
「……あ、あの……。大丈夫ですか……?」
「……あぁ、うん……、どっかの誰かのせいで無駄な体力と気力を使っただけ……」
「本当だよ。リツ兄のこと困らせやがって」
「お前だよ、馬鹿」
律希は大きくため息をついた。
「……改めて紹介するね。おれの弟の理央。次の四月で高一になるんだ」
「そうなんですね! ……ってことは……」
「次の四月からは蓮實さんの後輩だよ。おれたちと同じ学校だってさ」
「えぇ!?」
凪は驚き、バッと理央の方を見た。
理央の表情は、さも当然かのように飄々としている。
「僕がリツ兄の学校以外行くわけねーだろ。リツ兄は優しいから変な虫が付くんだよ。……お前みたいに」
そう言って、理央は凪を睨む。
凪は顔を逸らして、気まずそうな表情を浮かべた。
――……遥人さんだけじゃなく、身内もセコムなんて聞いてないよ〜……。
口をモゴモゴさせている凪に、理央は更に眉間に皺を寄せる。
「……僕が入って来て不都合でもあんのかよ。本当にリツ兄のことは遊び――」
「理央」
律希が理央の言葉を遮る。
「蓮實さんは、そんな人じゃない。いい加減にしないと怒るよ」
律希は冷たい目で理央を見た。
そんな律希の視線に、肩をビクッとさせた理央は小さく萎んでいった。
律希は凪の方を見て、ニッコリと笑う。
「ごめんね〜。理央って、ちょっと変なところあって。許してね」
「ちょっとどころではないんですが??」
そうしているうちに、凪の携帯からメッセージアプリの通知音が鳴った。
凪が確認すると、凪の母親からだった。
「あ! お母さんに連絡するの忘れてた! 私、帰りますね!」
凪は荷物をまとめて、慌てて立ち上がる。
律希も後を追うように立ち上がり、ジャケットを手に取った。
「最寄りまで送ってくよ。……理央、着いてこないでね。絶対に」
「…………分かったよ……」
ブスッと不貞腐れた理央は、律希の部屋のクッションに顔を埋めた。
凪は律希と理央を交互に見ていると、律希は肩をすくめる。
「平気だよ。ああやって拗ねた振りして構ってもらおうとするのは、昔からの癖だから」
「そ、そうなんですね〜……」
――……それ多分、全部ちゃんと拗ねてると思います……なんて、言えない……。
そんなことを考えながら苦笑いを浮かべた凪。
律希と凪の二人は、律希の家を出た。
* * *
――帰り道。
二人はいつも通り並んで歩く。
ただ、いつもと少し違うのは距離感。身体と身体が触れ合いそうなぐらいの近さ。
律希が手を伸ばして凪に触れると、凪は猫のように飛び跳ねて驚く。
「――っ! な、なんですか!?」
「手、繋ごうと思っただけなんだけど……」
「へっ、あ、そうですよね! もちろんどうぞ! もうガッチリ掴んでもらって! 接着剤でも付けます!?」
明らかに挙動不審な凪に、律希は瞬きを何回もする。
そして吹き出して、思いきり笑い出した。
「……っふ、……あははは!! 接着剤付けたら一生離れられないけど……!」
「いっ……、そういう意味じゃ……!」
「……接着剤なんか無くても……」
律希の手は、いつの間にか凪の手に絡められており、ギュッと握っていた。
そのまま律希はニヤリと笑う。
「離すつもりなんて、ないけど?」
律希の言葉に、凪は顔を真っ赤にさせた。
「そ、束縛系律希さん……! 好きです!」
「うん。知ってる」
律希は凪の手を握っている方の手を、自身の頬に近づけた。
「だから、おれは好きになったら一直線だよ」
その言葉に、凪は目を見開いて驚く。
「そっ……、それは私の台詞……!!」
「いいじゃん。相思相愛で」
ケラケラと笑う律希は、そのまま手を引いて歩き始めた。
一歩後ろを歩く凪は頬を膨らませて、悔しそうに律希の背中を見る。
「……いつか、真っ赤に照れた律希さんをカメラに納めて、来世まで引き継ぎます」
「なんか呪われそうで怖いからやめて」
苦笑いを浮かべた律希を見て、凪は思わず笑い出す。
そして、律希には聞こえないぐらいの声で呟く。
「……本当に、ズルイ人……」
二人の距離が物理的にも、心理的にも大きく近づいた日になった。




