第四十一話
――会場のホールにて。
凪と律希はベンチに座って、決勝戦の振り返りをしていた。
「櫻庭くん大活躍だったね。決勝点も決めちゃうし」
「今日は特に調子良かった気がします。昔から上手かったけど、なんかやる気に満ち溢れてたような……」
凪がうーんと顎に手を当てて、考え込む仕草をする。
そんな凪の様子を見た律希。
――……おれ達がいることに気づいて、蓮實さんにいいとこ見せようと頑張った……とかかな。単純だなぁ、ほんと……。
律希は口元を手で押さえて、クスクスと笑い出す。
訳の分からない凪は、首を傾げた。
「……? 律希さん?」
「いや、何でもないよ。ただ、単純で面白いなと思っただけ」
「一体誰のこと……」
凪は更に首を傾げて、聞こうとした時――。
「おい、リツ」
その声に二人が振り返ると、荷物を持った遥人と海都が立っていた。
「あ、遥人」
律希の姿を見つけた遥人は、やや顔を綻ばせて口角を上げた。
「来てくれてありがとうな」
「こちらこそ。優勝おめでとう。初めて遥人がちゃんとプレーしてるところを見たよ」
律希と遥人がそうやって話し始める。
そんな中、凪と海都はお互い見合っていた。
少しした後、海都がゆっくりと口を開く。
「……凪が見に来てくれたのは、久しぶりだな」
「そうだね。相変わらずすごかった。一年生でレギュラーだし」
「そりゃあ、俺って天才だから?」
そう言って、海都はニヤリと笑う。
そんな海都に、凪は思わず吹き出して笑い出した。
「それ言ったら台無しでしょ」
クスクス笑う凪を見て、海都は安心したように肩をすくませた。
「……意外と、平気そうだな」
海都の言葉に、凪は目を丸くしてキョトンとした。
「……何が?」
「学校の奴らいるのに、普通の格好してる」
「――っ、これは……」
凪は帽子を深く被って、海都から目を逸らした。
海都は凪の顔を覗き込むように身を屈めると、凪が僅かに口を震わせているのが見えた。
「……律希さんも、遥人さんも、……海都も……。みんなは前を向いて歩いてるのに、私だけ置いてけぼりだし。私だけ何もしないのは律希さんに対して、不誠実かなと思って……」
ボソボソと、か細い声で海都に自分の心情を話す凪。
海都は凪を見て目を丸くした。
「……、……じゃあ、話すのか? 昔のこと」
「近いうちに、話したいと思ってるよ」
「………………そっか……」
海都は黙ったまま、凪を見つめる。そしてフッと笑って凪の頬を、両手でグリグリとする。
いきなり触られた凪は、ムッとした表情で海都を見た。
「ふぁ、ふぁにふるの!?」
「凪なら大丈夫だって! 律希センパイならちゃんと話聞いてくれるだろ!」
そう言って、海都は両手を凪の頬から離し、眉を下げて笑った。
「……それに、俺は前みたいに、凪が笑って普通に過ごせるなら……。……嬉しいよ」
「……海都……」
凪はキュッと口を結び、海都を見つめた。そして、律希と遥人の方をチラリと見る。
視線の先の二人は、楽しそうに穏やかに話していた。
それを見て、凪は目を細めた。
「……私も、あんな風に律希さんと話せるかな」
そう呟く凪を見て、海都は瞬きを数回して顔を顰めた。
「もう既になってるだろーが。少なくとも、律希センパイはもう……」
「律希さんだけじゃなくて、私も赤裸々に話せるようにならないと、対等じゃないから」
そう言い切る凪に、海都は驚いたように目を見開く。
「……やっぱり、変わったな。昔なら最初から諦めてたのに」
「そう? ……だとしたら律希さんがいてくれたからだと思う」
「…………そう、だろうな……」
凪の言葉に、海都は少し悲しそうに眉を下げた。
――……やっぱり、俺じゃダメだったんだな……。
何も言わずに立ち尽くしている海都に、凪は目を丸くする。
そして、海都に近づいてしっかりと目を合わせた。
「……今、変なこと考えてる?」
「――っ!! なんで……」
海都は肩をビクッとさせて、表情を強張らせる。
そんな海都を、凪はジッと見据えていた。
「だって、悲しい顔してる」
凪の言葉に、海都は大きくため息をついて髪の毛をガシガシと掻いた。
「……余計なお世話だ。ただのタラレバだよ」
「……、……じゃあ余計なお世話をもう一つ」
凪は海都の顔を覗き込んで、優しく微笑んだ。
「海都がいなかったら、ここまで頑張れなかったよ。だから、ありがとう」
そう言って、凪は海都の腕を引っ張る。
「ほら! 二人のところ行こう!」
笑顔で腕を引っ張る凪に、海都は目を見開いた。そして凪と同じように笑う。
「……あぁ。そうだな」
* * *
――帰り道にて。
律希と凪は今日の試合を振り返りながら、並んで歩いていた。
「今日で遥人さんの悪いイメージ、払拭されました! 縁の下の力持ち的な!」
「そうだね。次期キャプテンらしいし、遥人なりに張り切ってるんじゃない? 顔に出てないけど」
「……ツンデレだから?」
「っ、……ふふ……。そうそう。ツンデレだから」
そう言って、二人はクスクス笑い合う。
律希は一息ついて、凪の顔を覗き込んだ。
「……で、蓮實さんは何にずっと悩んでるの?」
「――っ、え!? なんで!?」
律希の言葉に、凪は肩をビクッとさせて驚いたように目を見開いた。
そんな凪の様子を見た律希は、優しく微笑んで頭を撫でる。
「だっておれ、君の彼氏だよ。君の変化に気づくのは当然でしょ」
ざぁ、と風が吹き、二人の頬を優しく撫でる。
凪は唇を僅かに震わせていたが、その後ゆっくりと口を開いた。
「……前に、律希さんは昔の話をしてくれましたよね」
「そうだね」
「…………、……私も、律希さんには知っていて欲しいんです。昔の私のこと……」
律希は少し目を見開いて、辺りをキョロキョロと見渡した。
「ここじゃ、人の目もあるし。……、……蓮實さんが良ければだけど……」
律希は気まずそうに凪から目線が逸らし、小さい声でボソリと呟く。
「……お、……おれの家……来る……?」
* * *
――律希の家にて。
律希の自室に通された凪は、正座をして顔をこわばらせていた。
――……い、勢いで来てしまったけど……! り、律希さんの家! 律希さんの部屋! なんか無理!!
律希はというと、飲み物を持ってくるから待っててと言い、リビングに行っている最中。
時計の針しか響いていない部屋で、凪は心臓をバクバクさせていた。
少しでも心を落ち着かせようと、辺りをキョロキョロと見渡す。
律希の部屋には必要最低限のものしかなく、特に真新しいものはなかった。
「……律希さんの部屋って感じ……」
凪がボソリと呟いた時、部屋の扉がガチャリと開いた。
「お待たせ」
「――っ、いえ! あ、ありがとうございます!」
思わずビクッと肩を震わせた凪に、律希はクスクスと笑う。
「そんな緊張しなくても。取って食いやしないよ」
そう言って、テーブルに飲み物を置いて凪の隣に座った。
肩と肩が触れ合いそうなぐらいの距離感に、ドキドキしている凪は「あの!」と声を上げた。
「ご両親とか、弟さんとかは……?」
「両親は海外出張中で、弟は叔母さん家。だからゆっくり話せるよ」
「そ、そうなんですね……」
シーンと、その場に沈黙が流れる。
拳を強く握り締めた凪は、意を決したようにゆっくりと口を開いた。
「……あの、聞いてくれますか」
――昔の私の話。今の私になるまでの話を……。




