第三十七話
――元旦の神社付近にて。
律希は少しソワソワしながらも、凪が来るのを楽しみに待っていた。
携帯の画面を見て時間を確認しては辺りをキョロキョロと見渡す、という流れを何回もやっている。
当たり前だが、律希の格好は女装ではなく、普段の男の格好。
「……あ、律希さん……!」
待ち望んでいた凪の声を聞いて、律希は身体をビクリと震わせた。そして声のした方を向き、平静を装うように笑う。
やって来た凪の格好も、普通の女の子の格好をしていた。
「おはよう、蓮實さん。明けましておめでとう」
「おはようございます! 明けましておめでとうございます! 待たせちゃいましたか?」
凪は眉を下げて、申し訳なさそうな表情をした。
律希は小さく首を振る。
「大丈夫だよ。じゃあ行こっか」
そう言って、律希は凪に向かって手を差し出した。
凪は恥ずかしそうに躊躇いながら、その手を取った。
「……はい」
「手を繋ぐのは、慣れた?」
律希は凪の手に自身の手を絡めて、ニヤリと笑う。
そんな律希とは対照的に、凪は明るい笑顔で律希を見た。
「いいえ! でも律希さんの手を合法的に掴めるなら本望です!」
「なんか発言が危険な気がするけど……。ま、いっか」
苦笑いを浮かべた律希は、そのまま凪の手を引いて本堂に向かった。
本堂に着くと、元旦のこともあり、多くの人で溢れていた。
「流石に人多いね。逸れないようにね」
「はい!」
そう返事した凪は、律希の手を握る力を強めた。
それに心臓が跳ねた律希。
――……慣れた?って他人事すぎだろ。おれだって別に慣れた訳じゃ……。
律希が黙ったままなことに疑問を感じた凪は、律希の顔を心配そうに覗き込んだ。
「……律希さん? 大丈夫です……って、顔赤くないですか?」
「――っ、き、気のせいでしょ。お参り行こ」
照れ隠しでスタスタと先を進む律希を、凪はニヤニヤしながら見る。
「えー? 照れ隠しですよね?」
「違う」
「嘘。こっち見てないじゃないですか」
「前向かないと転ぶじゃん」
「律希さん、そんなヘマしないでしょ」
律希は凪から目を逸らしながら、そんなやり取りをする。
チラリと凪を見ると、目が合った凪はニッコリと笑った。
「行きましょ! 私、おみくじ引きたいです」
「……うん。行こっか」
律希は照れたように、頬を染めてはにかんだ。
お参りの列に並び、二人の番になった。
二人は並んで御賽銭を投げ入れ、御前で目を瞑って手を合わせる。
――……これからも、蓮實さんも、おれも幸せでありますように……。
――……律希さんとずっといられますように……。
二人はそれぞれ願い事を心の中で唱える。
そんな中、律希は薄目を開けてチラリと凪を見た。
――……真剣にお祈りしてるんだな。かわ……、いやいや、神様の前で何を……。
律希は邪念を払うように首を横に振った。
お参りが終わった凪は、目を開けて律希の方を見た。
その時にお互いに目が合い、凪は目を丸くして律希を見た。
「……お、終わりました……?」
「――っ、う、うん。終わったよ。おみくじ引きに行こっか」
律希はこの時、後日また参拝して御前で邪なことを考えたことの謝罪を行くことを決意したのだった。
二人はおみくじを引き、同時に結果を見る。律希は大吉、凪は吉だった。
「神様にも愛されてる律希さん……! 流石です!」
凪は目を輝かして律希を見たが、逆に律希は目を逸らして苦笑いを浮かべた。
「え、あぁ、うん。……さっきので嫌われてなければいいけど……」
「何かやったんです?」
「…………邪念がね……、うん……」
――……主に下心の方……。
律希はため息をついて、おみくじの内容を読み始めた。
「律希さんでもそんなのあるんですか〜。私なんて邪な考えばっかですよ」
そう言いながら、凪は自身のおみくじの内容を律希に見せた。
「ほら。"欲深くなりすぎると己に返ってくる。控えめに"って言われちゃいました。……大丈夫ですかね?」
「蓮實さんは、大丈夫だよ」
律希は自身の方が邪であることに気づいているためか、凪は大丈夫だと言い切った。
凪は少し考えた後、「律希さんがそう言うなら!」とニッコリ笑っておみくじを結び始めた。
「……邪念を出し過ぎないように、気をつけよう」
律希も凪の隣におみくじを結んで、それに向かって両手を合わせた。
* * *
――ファミレスにて。
昼食を食べて、食後にドリンクバーの紅茶を飲んでいる時だった。
唐突に、凪がおずおずと手を上げた。
「……あ、あの〜……。いいですか?」
「ん? 何?」
そこで凪は一つの紙袋を取り出して、律希に差し出す。
律希は訳が分からず、目を丸くして紙袋を見つめた。
「……えーっと、これは?」
「昔に借りたパーカーとハンカチです。返さなきゃって何度も思ったんですけど、機会がなくて……」
凪の言葉に律希は目を見開き、その瞬間、昔の記憶が頭の中に流れ込んできた。
――……。
『……本当に、ありがとうございます。また会えた時に、お返しします』
『そんな大袈裟な……。……おれが覚えてたらね』
『覚えてないやつですよね、それ』
『……かもしれないね』
……――。
律希は紙袋を受け取って、中のパーカーとハンカチをジッと見つめる。
――……ちゃんと、覚えていてくれたんだ……。
律希は凪の方を見て、優しく微笑んだ。
「……ありがとう。覚えていてくれて」
「こちらこそ、あの時はありがとうございました」
そこで互いにジッと顔を見つめていた。
すると突然、律希はハッとして、鞄から一つの包みを取り出した。
「……おれからも。本当はクリスマスに渡す予定だったんだけど、それどころじゃなかったから」
そう言って、律希はその包みを凪に手渡した。
凪は目を丸くして、包みと律希を交互に何回も見る。
「……え、と……。これは……?」
「遅くなってごめんね。クリスマスプレゼント」
律希は申し訳なさそうに、眉を下げて微笑んだ。
その言葉を聞いて凪は、パァと顔を明るくさせた。
「……あ、開けてもいいですか?」
「どうぞ」
律希は頬杖をついて、期待に胸を膨らませる凪の様子を見ていた。
――……あぁ、本当に。可愛いなぁ……。
凪が中身を見ると、更に嬉しそうな表情を浮かべて律希の方を向く。
中に入っていたのは、シルバーの桜の花のネックレスだった。
「こ、これ……! いいんですか?」
「……もちろん。きっと君に似合うと思って」
凪はソワソワしながら、そのネックレスを見つめていた。
その様子を見ていた律希はクスッと笑って、凪の座る席の隣に移動する。
「付けてあげようか?」
「――っ、お、お願いします!」
凪はネックレスを律希に渡して、背を向けた。
律希は凪の首に手を回し、ネックレスを付けようとしたが、凪の髪の毛がネックレスに引っ掛かりそうになった。
律希が凪の顔を覗き込む。
「……髪の毛、上げられる? 引っ掛かっちゃいそうで」
「分かりました! ……これでいけます?」
凪は髪の毛を一つにして持ち上げた。
その時に凪の頸が顕になり、律希はゴクリと喉を鳴らした。
――……いやいやいやいや。なに考えてんだ、馬鹿。付けるだけ、付けるだけ……。
僅かに震える手が凪にバレないように、律希は慎重にネックレスの金具を留めた。
その際、律希の指先が僅か凪の首筋に触れた。
凪は気づかなかったようで、特に反応はなかったが、律希はグッと息を呑んだ。
――……、……おれ、めっちゃキモくね……?
律希は大きく息を吐いて、気持ちを落ち着かせた後、凪に話し掛ける。
「出来たよ」
律希の声に反応して、凪はパッと律希の方を向き、律希に恐る恐る聞く。
「……に、似合ってますか……?」
「よく似合ってるよ。可愛い」
そう言って、律希は凪の頭を優しく撫でる。
嬉しそうにしていた凪だったが、何かに気づいたのかハッとして、顔を真っ青にさせた。
「……わ、私……、プレゼント持ってきてないです……! どうしよう……!」
アワアワと慌てた様子の凪に、律希は思わず吹き出して笑い出す。
「ふっ……、ふふ……。いいよ、いつでも。それにおれはもう君からのプレゼントなら貰ってるよ」
「……へ?」
凪はキョトンと目を丸くする。
頬杖をついた律希は、目を細めて凪を見て言った。
「…………今の関係。おれは十分だよ」
「――っ、それなら私だって貰ってることになりますよ……」
「いーの。蓮實さんが待っててくれたおかげで、今がある訳だから。……でも」
律希は凪の方に寄り、耳元で呟く。
「手放すつもりはないよ。覚悟しててね」
凪は驚いて飛び退き、片手で耳を塞いで律希を見る。
その時の律希の表情は、悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。
「おれの勝ち」
「……り、……。律希さんの馬鹿っ!!」




