第三十六話
――大晦日。
毎年、蓮實家と櫻庭家は共に過ごしている。
家も隣で、子ども同士も幼馴染で仲が良く、親同士も仲良し。
そこまで条件が揃っていれば、共に過ごすのに理由はいらないだろう。
だが今年は――。
誰もいない廊下で凪は正座、海都は腕組みをしてその凪を見下ろしていた。
「お……っまえさ! 馬鹿じゃねぇの!? 律希センパイ差し置いて、なんっで俺の家来てんだよ! アホか!!」
「私だって来たくて来たんじゃないし! お母さんが半ば無理矢理……」
二人は極力、大声は出さずに会話をする。
「テキトーに理由つけて来なきゃいいだろ! 体調悪いとか!」
「で、でもご近所付き合いは大切でしょ!」
「律儀か!!」
海都は凪の言葉に思わず突っ込んだ。
そして、大きいため息をついて顔を片手で覆う。
「……そんな変に気遣わなくていいんだって。そりゃ、お前が来なかったら俺が質問攻めになってたけどさ……」
「じゃあ良かったじゃん。来て」
「何があって、彼氏持ちの幼馴染と大晦日過ごさなきゃいけねーんだよ」
海都は頭をガシガシと掻いて、数日前のことを思い出した。
* * *
――数日前。
海都は凪から話があると連絡を受けて、公園に呼び出されていた。
歩きながら、何度も何度もため息をついている。
「……はぁ……。行きたくないし聞きたくねぇ……」
公園に近づくにつれて、段々と歩行スピードが遅くなる。
そして公園の入口に立つと、近くのベンチに座っている影が一つ。
海都はそれに近づいて話し掛けた。
「……よぉ、凪」
「来てくれてありがとう、海都」
凪は海都を見上げ、眉を下げて微笑む。
そんな凪を見て、海都はため息をついて凪の隣に座った。
「……で、何だよ。こんな改まって話って」
海都は凪の方を見る。
その場に沈黙が流れる。
ざぁ、と風が木々を揺らした。
凪はグッと言葉を飲み込み、ゆっくりと口を開く。
「……、……律希さんと、……つ……。……付き合うことに……なった……」
その言葉を聞いて、海都は目を見開く。
その時にガツーンと、頭を何かで打たれた感覚がした。
――……だと、分かっていたとしても。実際に聞くと……、しんどいもんだな……。
海都は大きく息を吐いて、笑った。
「……、良かったじゃん。おめでとう」
その顔はなんでもないような顔だったが、その心の奥では悲しいという感情が見える。
凪はその顔を見て、目の奥が熱くなって口が震えた。
凪が口を開いた瞬間、海都は凪の口を押さえる。
「ばっ……! なに泣きそうな顔してんだよ! 反応に困るだろ!」
「な、泣いてないし! 寒くて涙目になってるだけだし!」
「じゃあ何でそんな薄着で来たんだよ! 風邪引くだろ!」
海都はブツブツ文句を言いながら、身につけていたマフラーを凪の膝に乱暴に乗せた。
「……他の男のもんなんて嫌がるだろうけどさ。凪が風邪引かれる方が困る」
そう言って、海都はふいっと顔を逸らす。
凪は瞬きを何度もして、膝の上のマフラーを見つめた。
そしてそれを手に取って、それを首に巻き付ける。
「…………、……ありがとう……」
「おう」
また沈黙が流れる。
海都は「あぁ――……」と声を上げて、身体を伸ばした。
「じゃあこれから俺ん家に来ねー方がいいな。年末年始とか」
「……そうだね。律希さんも流石に良い思いしないと思うし……」
「だろ? 俺が律希センパイ側なら、ぜってーやだ」
そう言って、海都は自身の膝に頬杖をつき、ブスッと不機嫌そうな表情をする。
「何で海都が不機嫌になるのさ」
「律希センパイの立場を想像したら、嫌になった」
「何それ。意味わかんない」
凪は思わずクスクスと笑い出した。
そんな凪に、海都は安心したように微笑んで肩をすくませる。
「……ま、何かあればいつでも相談待ってるぜ〜。ついでに律希センパイが嫌になったら、いつでも俺の隣は空いてるからな♡」
海都は凪に向かってウィンクをする。
海都の言動に、凪は思いきり顔を顰めた。
「…………何それ。さいってー」
「冗談だろ。……でも、俺がお前を大事に思ってんのは変わんねーから。それは覚えとけよ」
そして、海都はベンチから立ち上がる。
「じゃ、また冬休み明けの教室でな。風邪引くなよ〜」
そう言って、海都は片手を上げてその場を離れる。
――……あんなこと言って。本当に俺って……。
「未練たらたらじゃねーか。……カッコ悪りぃ……」
海都は星空を見上げて、白い息をはぁ、と出す。
その時の海都は、しばらく凪とは会わない気持ちでいた。
* * *
――そして、現在。
海都は、目の前で口を尖らせて明らかに拗ねている凪を見つめる。
また、大きくため息をついた。
「……とりあえず律希センパイには連絡しとけ。変な誤解を生む前に」
「分かってるけど……。なんて送れば……」
凪はポケットから携帯を取り出して、眉を顰めて画面を見つめた。
海都は凪の携帯の画面をジッと見て、手を差し出す。
「……貸せ、携帯」
「え、なんで?」
「いいから」
凪は、恐る恐る海都に携帯を渡す。
携帯の画面を操作して、耳に当てる海都。
その行動に凪は不信感を覚え、海都の顔を覗き込んだ。
「…………な、何してるの?」
「律希センパイに電話」
「……? …………はぁ!? な、何して――」
凪が焦って声を上げる前に、電話の向こうでがチャッと繋がる音が聞こえる。
そして、律希の「……もしもし。蓮實さん、どうしたの?」とぎこちなく聞く声が聞こえてきた。
その時に海都は何も言わずに、凪に携帯を渡した。
海都の顔は、ちゃんと自分の口で言えと言っているようだった。
凪は震える手で携帯を受け取って、自身の耳に当てる。
「……も、もしもし。いきなりすみません。今って、大丈夫……ですか?」
「うん。大丈夫だよ」
その時、凪は身体をビクリと震わせる。
――……み、耳元で律希さんの声……! 電話ってすごい……!!
凪は律希との電話に感動して、目を輝かせる。
何も言わずにキラキラした目で感動している凪の頭を、海都は軽く小突く。
「……馬鹿。ちゃんと言えって言っただろーが」
電話越しの律希に聞こえないぐらいの小声で、海都はそう言った。
凪はハッとして、「あの……!」と言う。
「うん。なぁに?」
「ぅ、声が良いこの人……!!」
全く話が進まない凪に、海都は大きくため息をついて片手で顔を覆った。
――……ダメだこいつ。園田律希絶対主義……。
海都の冷たい視線を感じた凪は、冷や汗を流しながら海都を見る。海都の表情は、笑ってはいるが目は一切笑っていなかった。
そして海都は、口パクで「さっさと言え。馬鹿。アホ」と言う。
凪は小声で「はい」と言って、電話越しに律希に話し掛ける。
「あの、年末年始は毎年、海都の家で過ごしてるんです。今年はその、律希さんとつ、付き合ってるし、やめとこうと思ってたんです」
「うん」
「…………でも今、海都の家に来てて、普通に海都も居るんですけど……」
「うん。そりゃそうだよね」
律希は特に何も焦った様子はなく、普通に返していた。
「えぇと、その……。だ、大丈夫、かな……って思って……」
「……? 何が? だって蓮實さんはおれのこと好きだよね?」
何の躊躇いもなく、そう言い切った律希に凪は悲鳴を上げて顔を赤くする。
その様子を側から見ていた海都は、何を見せられてるんだと肩をすくめていた。
凪は蚊のような小さい声で答える。
「…………は、はい……。好き、ですよ……」
凪のその言葉に、電話の向こうで律希はクスクスと笑っていた。
「なら大丈夫。何も心配してないよ。楽しんでおいで」
「心の広い律希さん……! 大好きです!」
「あはは! 付き合っても変わらないみたいで嬉しいよ。おれもだよ。……あ、そうだ」
そう言って、律希が電話越しにガサガサと何かを漁る音が聞こえる。
そしてしばらくして、律希の声は戻ってきた。
「お待たせ。蓮實さんって初詣って家族で行く?」
「へ、初詣……?」
そこで凪は、海都の方を見る。
海都はため息をついて、シッシッと行ってこいとでもいうかのジェスチャーをした。
「いえ。初詣は別行動で……」
「良かった。それならおれと行かない? おれも家族とは行かないし、行きたくないし」
電話越しにケラケラと笑う律希。
律希の言葉に、凪は嬉しそうに目を輝かせた。
「い、行きたいです! 何時でも大丈夫です!」
「じゃあ現地集合で、十一時とかにする? その後、お昼ご飯でも食べに行こっか」
「良いんですか!? 楽しみです!」
「うん、おれも楽しみだよ。……そういえば、そこに櫻庭くんいるよね? 変わってくれる?」
海都はその場から逃げようとしていたところで、その声が聞こえてきて身体をビクリと震わせた。
「げっ! 何でバレてんだよ!」
「その声も聞こえてるよ〜。今度会った時、楽しみだね」
「俺は全然楽しみじゃねーんだけど!!」
海都は嬉しくなさそうに、ギャンと叫んだ。そして凪から携帯を受け取って、耳に当てる。
「…………で、何ですか? 注意喚起なら結構ですよ。凪に変なことしないし、変なこと言いませんから」
「それなら安心だよ。でも前科あるしなー」
「うっ……! 人の傷口を抉るのやめてくれません?」
そんな海都に、律希は電話越しにケラケラと笑っていた。
「ごめんごめん。……ねぇ、櫻庭くん」
「……何ですか」
律希は一呼吸置いてから話し始める。
「……蓮實さんのこと、大切にするよ」
「――っ! ……当たり前です。じゃなきゃ、許しません」
「知ってる。じゃあ、また学校で」
そう言って、律希は電話を切った。
電話が終わった海都は、ダランと腕を下ろして床を眺めた。
そして無言で、携帯を凪に差し出した。
「……律希さん、なんて?」
凪は携帯を受け取って、海都に聞いた。
海都はふぅと息を吐いて、凪の方を見て微笑んだ。
「……凪によろしく……ってさ」
「……? そうなんだ」
二人は無言で向き合ったまま。
海都が口を開いた時、リビングへの扉が開く。
「二人とも〜。そろそろ夕飯にするからおいで〜」
「分かった。……ほら、行くぞ」
海都は凪に背を向けて、リビングに向かった。
その時、凪の携帯から通知音がした。凪は画面を見ると、律希からのメッセージだった。
内容は、『初詣、楽しみにしてる。良いお年を』というものだった。
「……そっか。私、律希さんと出掛けてもおかしくないんだ……」
凪は微笑んで、携帯を握り締めた。




