第三十五話
――夕方。
辺りは少しずつ暗くなってきて、街中のライトアップが灯り始めていた。
凪と律希は手を繋いで、街中を歩いていた。
「……蓮實さん。お腹空いた?」
「はい! お腹ペコペコです!」
笑顔でそう言う凪。
その凪を見て微笑んだ律希は、携帯の画面を見て「そろそろいいかな」と呟いた。
そして方向転換をして、二人が歩いていた方向とは違う方へ凪の手を引っ張る。
「え、律希さん……? どこへ……」
「夜ご飯、食べに行こ。予約してるから」
「えっ、予約!? いつの間に……」
「……ちょっと、ツテがあってね……」
律希はそう言って、一瞬苦笑いを浮かべたが、すぐに笑顔に戻る。
「……大丈夫。美味しいとこだよ」
「そうなんですか! 楽しみです!」
二人は、目的地まで歩き始めた。
そんな中、律希は少し複雑そうな表情を浮かべていた。
目的地に到着すると、凪は店の前で固まった。
そして店を指差しながら、慌てた様子で律希に問いただす。
「……こ、ここってめちゃくちゃ人気の店じゃないですか! 予約なんてどうやって!?」
「言ったでしょ、ツテがあるって。ここのオーナーの息子と知り合いなの。……君もよく知ってる人だよ」
律希がそう言うと、凪は冷や汗を流して口をわなわなと震わせた。
「……ま、まさか……」
「そのまさかだ。招きたくないが、リツの頼みだから仕方なく招いてやる」
凪は声のする方を見ると、店の入口で腕組みをして仁王立ちしている遥人がいた。
その遥人の表情は、眉を顰めていて、人を招いている表情ではなかった。
「り、律希さん……、マジですか?」
「大マジ。おれが遥人に頼んで、オーナーに頼んでもらったの」
凪は信じられないといった顔で、遥人を見る。
そしてそこで、自身が男装していないことに気づき、律希の背中に隠れた。
「……って、遥人さんに何も言ってないのにこんな状態でバレたんですけど! 事前に言ってくださいよ!」
凪は律希を見上げて、涙目で訴えた。
「あぁ、ごめんね。遥人が出てくると思わなかったから、言わなくてもいいかなって思って。……遥人は、何でここにいんのさ」
「別にいいだろ。ただ……」
遥人は一呼吸置いて、少し視線を二人から逸らした。
「……リツが、ちゃんと笑えてんのか、心配になっただけだ……」
その瞬間、沈黙が流れる。
律希が何か言葉を発しようとした時――。
「コラ! 遥人!! そんな人相悪い顔で店の前に立つなって言ったでしょうが!!」
そう言って、店から出てきた女性が、遥人の後頭部をバシッと叩いた。
そしてその女性は律希の姿を見た途端、明るく笑った。
「あ――! リッちゃん、久しぶり! 元気だった?」
「ご無沙汰してます。今日は席を用意してくださって、ありがとうございます」
「いいのいいの! リッちゃんの頼みですもの! 私たちからのクリスマスプレゼントってことで! さぁ、中に入って!」
そう言って、その女性は扉を開けて中に入るよう促した。
凪の視線に気づいた律希が、パッと凪を見る。
「蓮實さん、どうしたの?」
「え、いえ……。なんか緊張しちゃって……」
凪は律希の後ろで、緊張した表情を浮かべて、プルプルと身体を震わせていた。
そんな凪に、律希は目を丸くして見た後、クスクスと笑い出す。
「そんなに緊張しなくてもいいよ。ここは見た目ほど厳かなところじゃないし。リラックスしたらいいよ」
律希は微笑んで、凪の手を取った。
「行こ。とっても美味しいから」
そう言って、律希は凪をエスコートするように優しく手を引く。
そして遥人の横を横切る時、律希は遥人の方を見た。
「……おれは大丈夫だよ。蓮實さんとなら、笑えてる」
「――っ、……そ、そーかよ……。それならいい」
遥人はそう呟いて踵を返す。
しかし、パッと振り返って凪に近づいた。
「……お前が女だろうが男だろうが関係ない。お前がリツにとって大事なもんなら、それでいい。お前のこと、言いふらすつもりもねぇよ」
それだけを言って、遥人は店の奥に消えていった。
言いたいことを言われただけの凪は、口をポカーンと開けたまま。
そしてゆっくりと律希の方を見ると、律希は肩をすくめた。
「遥人ってばツンデレだから。蓮實さんのこと、信用してるって素直に言えばいいのに」
「そ、そんな温厚な言い方ではありませんでしたが……?」
凪は律希に手を引かれるまま、店の中に入った。
席に座った二人は、注文した飲み物を飲みながら料理が来るのを待っている。
そこで、凪が気になっていたことを律希に聞いた。
「あの、さっきの女の人って……」
「あぁ。あの人は遥人のお母さん。オーナーはお父さんなんだけど、今日はいないみたいだね」
「そ、そうなんですね。よく来るんですか?」
「店に来たのは二回目だよ。中学の時に、おれが家にいるのが嫌な時は、家の方によくお邪魔させてもらってたよ」
そう言って、律希は一口飲み物を飲んだ。
凪はそこで律希の家庭のことを思い出し、グラスを持つ手に力が入る。
「……今は行ってないんですか?」
「そうだね。流石にもう高校生だし、家が嫌だーって言って、何回も来れる年齢じゃないかなって思って。誘われた時は行くけど」
少し俯いた凪は、キュッと口を結んだ。
そんな凪の様子を見て、律希は笑う。
「気にしないでよ。おれ、もう平気だし。それに……」
律希は頬杖をつき首を傾げて、ニヤリとして凪を見た。
「今は蓮實さんがいるから。毎日楽しいよ」
そう言って、余裕そうな笑みを浮かべている律希。
――……ま、これも慌てて顔を赤くして終わりだろうけど……。
そんなことを考えて凪を見ていた。
しかし顔を上げた凪の表情は、律希の想像していたものではなく、嬉しそうに顔を綻んでいた。
「……私も。私も、律希さんといられて、嬉しいです」
「――っ! ……、……そ……」
予想していなかった返答に、律希は動揺から頬を染めて顔を逸らした。
そんな律希の反応を見た凪が、逆にニヤリと笑う。
「あれ〜? もしかして私が照れると思ってたんですか? 揶揄おうとしたのに出来なくて動揺してるんだ〜」
「……ぅ、……違うけど」
「目、合ってませんよ」
「外の景色が綺麗だなーって思っただけだよ」
「じゃあ私は?」
凪の言葉に、律希はビクリと肩を震わせて、思わず凪の方を見る。
そこで二人は目が合い、凪は嬉しそうに口角を上げた。
「やっと見た」
「……、蓮實さんも、そういうことするんだね」
律希は口元を押さえて、照れくさそうに眉を下げた。
「たまにはいいじゃないですか。そういう律希さんも、大好きです」
そう言って、凪は頬を染めて目を細めた。
律希は大きく息を吐いて、困惑した表情を浮かべる。
「……、まだ、かな。でも効いたよ、流石にね」
二人はお互いを見合って、クスッと笑う。
そこで店員が料理を持ってきて、二人は料理を楽しみながら、他愛無い話をした。
* * *
――イルミネーション付近にて。
食事を終えた二人は、近くであったイルミネーションを見に来ている。
「わぁあ……、綺麗ですね〜」
凪が目を輝かせて、光で彩られた空間を眺めている。
そんな凪の横顔を見ながら、律希は強く拳を握る。
「……、少し歩こうか。きっと綺麗なところはもっとあるよ」
そう言って、律希は手を差し出す。
慣れてきたのか、凪は何の躊躇いもなく、その手を取った。
「あれ、もう慣れたの?」
「あれだけ色々やられたら慣れます。慣れただけで、恥ずかしいものは恥ずかしいです」
凪はふいっと、律希から視線を逸らす。
その凪の耳は、寒さからなのか恥ずかしさなのか、僅かに赤くなっていた。
「……恥ずかしさは、あるんだ」
「当たり前です。律希さんは恥ずかしさとか、なさそうですよね。いつもサラッとやってのけるし」
凪がそう言うと、律希の纏う空気が変わった。
その瞬間、ざぁと冷たい風が吹く。
律希の横髪が靡き、律希の顔が隠れる。
「……、……そう見える?」
「……え?」
凪が律希の方を向いた瞬間、凪の視界は一気に暗くなった。今まで慣れ親しんできた律希の匂いが、凪の鼻を掠める。
そこで凪は、律希に抱き締められていることに気づいた。
「――っ!? な、何して……」
「聞こえる? おれの心臓の音」
律希の言葉を聞いて、凪は目を瞑り耳を澄ませた。
辺りはザワザワと、遠くの話し声しか聞こえなくなる。
そして次第に、凪の耳に速い鼓動が伝わってくる。
凪はゆっくりと目を開けて、律希を見上げた。
「……律希さんも、緊張してるん……ですか……」
「してるよ。だって、初めておれが好きになった人だもの」
律希があまりにもサラッと言ったものだから、凪は一瞬で理解が出来ず、固まった。
「……? い、今なんて……」
律希は一呼吸置いて、凪の目を見た。
「……お待たせ。遅くなって、ごめんね」
そう言って、律希は凪から離れて少し先のアーチ状のイルミネーションの方に歩いた。
そして凪の方を振り返って、ハッキリと言葉にする。
「……おれ、蓮實さんのことが好きだよ」
「――っ!? ……ぅ、嘘……」
凪は目に涙を溜めて、小さく震える口元に両手を添えた。
凪の様子を見て、律希は優しく微笑んだ。
「…………嘘じゃないよ。この気持ちは本当」
律希はその場で、片手を凪に差し出す。
「……蓮實さんは?」
「――っ!! ……そんなの、分かりきってますよね……」
「君の口から、改めて聞きたいんだ」
凪はグッと言葉を詰まらせて、律希に向かって駆け出す。
そしてそのまま、律希の胸に飛び込んだ。
「……っ、大好きです……!!」
「知ってる。おれもだよ」
律希は凪の背中に手を回して抱き締めた。
その時に人の温かい体温を感じ、律希は目を細めた。
――……あぁ。これが人の温もり……か……。
律希が離さないでいると、腕の中にいる凪が気まずそうに「あの〜……」と声を掛ける。
律希は凪を見下ろした。
「苦しかった?」
「……ぅ、心は苦しかったですけどそうではなく! ……ちょっと、は、恥ずかしい……デス……」
凪がそう言うと、律希は瞬きを何回かしてニヤリと笑う。
「えぇ〜? 誰が抱きつきに来たんだっけ?」
律希の言葉に、凪は顔を赤くしながら小さく唸った。
「……ぅ、ぅ……。……わ、私です……」
「だよね〜。ま、ずっとこのままって訳にはいかないしね」
律希は凪から離れて、自身の手を凪の手に自然に絡めた。
「――ひぇっ! なんで!?」
「え? 晴れて恋人になれた訳だし、いいかなって思って」
律希は首をこてんと傾げる。
そんな律希に、凪は口をキュッとさせて顔を逸らした。
「だ、だからって聞いてください! 心の準備したいのに!」
「慣れたら大丈夫なら、場数踏めばいいかなって」
「荒療治すぎる!!」
凪はギャンッと叫んだ。
凪の一喜一憂を見ていた律希は、目を細めて愛おしそうに凪を見る。
「……好きって自覚すると、どんな君でも可愛く見えてくるよ」
「律希さんってそんなこと言う人だったんですか……!? 心臓に悪いぃ……」
凪は繋がれていない方の手で顔を覆いながら、「あぁあぁ……」と唸りながら俯いた。
そんな凪を見て、クスクスと笑う律希。
「……こんなおれ、嫌い?」
「……、……嫌いな訳、ないじゃないですか。高校で初めて会った時にも言いましたよね」
その時、律希は目を見開いて、凪と高校で再開した時のことを思い出した。
――……。
『……? オレ、律希さんがどんな人でも好きでいますよ! 惚れたら一直線なんで!』
……――。
律希は思い出して吹き出した。
「……ははっ、そうだったね。でももう一回、聞きたいな」
「…………何回言わせたいんですか」
「何回でも。だって好きだから」
凪は目を泳がせて、大きく息を吐く。そしてゆっくりと口を開いた。
「……私は、どんな律希さんでも好きです」
その言葉を聞いた律希は、満足そうに微笑んで凪の頭を優しく撫でた。
「よく出来ました」
凪は目を見開いて驚いたが、すぐに嬉しそうに微笑んだ。
「……律希さん」
「ん?」
「これから、よろしくお願いします」
「うん。よろしくね」
二人を照らすイルミネーションは、今を祝福して、二人のこれからを応援するように輝いていた。




