第三十四話
――クリスマス当日。
凪は、待ち合わせ場所付近の壁で立ち止まっていた。
なぜ立ち止まっているのかといえば、私服姿でいつもと雰囲気の違う律希が、待ち合わせ場所に立っているのが原因だろう。
凪は律希の私服姿を見て、口元に手を当てて目を輝かせている。
「……ひぇぇ……。本物だ、現実だ……。私服の律希さん、カッコいいぃぃ……。あそこだけ輝いてる。まさにクリスマスツリーだよ……」
凪の思考回路は完全にショートしていた。
凪は律希の姿を写真に収めようと、鞄から携帯を取り出した。
カメラアプリを起動しようとしたその時、凪の肩に誰かの手が置かれた。
「ね、君! めっちゃ可愛いけど一人?」
バッと振り返ると、一人の見知らぬ男性がニコニコして立っていた。
「……えっと、一緒に行く人がいますので。じゃあこれで失礼します」
凪はそこで立ち去ろうとしたが、男性に腕を掴まれる。
「まだ来てないんでしょ? それなら――」
「来てるけど?」
そこで二人の横から、男性の腕を掴む手が伸びてきた。
その手の主は律希だった。
「律希さん!」
凪は嬉しそうに顔を綻ばせた。
凪の視線に気づいた律希は、凪の方を見てニッコリと微笑む。
「蓮實さんは後でお話しようね」
「…………、ひぇ……」
そんな二人のやり取りを見ていた男性は、軽く舌打ちをしてその場から離れていった。
男性がいなくなった瞬間、律希は凪の手を掴んで、男性に掴まれた箇所を見る。
「痛いところはない?」
「な、ないです! 大丈夫です!」
凪がそう言うと、律希は安心したように胸を撫で下ろした。
「……で、なんでここでおれのことを盗撮してたの?」
「バ、バレてる……!? 盗撮ではなくて、今日の律希さんの姿を網膜と共に写真にも残したいと思って……!」
「……ふーん……」
律希はそう言って、凪の姿を上から下まで眺めた後、携帯を凪に向ける。
その時、シャッター音が鳴った。
「……へ? なんの写真ですか……?」
恐る恐る凪が聞くと、律希はニヤリとして携帯を口元に当てて言った。
「蓮實さんの写真」
「……、――っ!? 何で!?」
「蓮實さんもおれのこと撮ったんなら、同罪になっとこうと思って」
「いや私は未遂です! ……ってそうじゃなくて、絶対変な顔してます! 消して!」
そう言って、凪は顔を赤くして律希の携帯に手を伸ばす。
その手を律希が掴んだ。
「やだ。……おれの言った通り、可愛くして来てるから大丈夫だよ」
律希の言葉に、凪は耳まで真っ赤になり、口をわなわなと震わせる。
「……っ、な、なな……!」
そんな凪の様子に、律希は「あはは!」と笑って、凪の手を握って歩き出した。
「さぁ、行こっか」
「……っ、うっ……。は、はい……」
握られた手に照れながらも、嬉しそうな表情を浮かべてついて行く凪だった。
* * *
――クリスマスマーケット会場にて。
凪と律希が会場に行くと、多くの人で賑わっていた。
律希は辺りを見渡した後、隣にいる凪に聞いてみる。
「やっぱり人、多いね。最初はどこ行きたい?」
凪は繋がれた手をおずおずと持ち上げた。
「……この手は、いつまで繋いでる……ですか?」
予想された答えとは違い、律希は瞬きをして、キョトンとした表情を浮かべた。
そして、ニヤリとして更に手をギュッと握る。
「今日はデート、でしょ? なら手を繋ぐのは普通のことじゃない?」
「そ……、そうですけど! いきなりこんな……!」
凪は動揺で目線を泳がせて、顔を真っ赤にした。
そんな凪の顔を覗き込むように、律希は身を屈める。
「……嫌?」
「いっ……、やな訳ないじゃないですか! 大好きです!!」
いつも通り告白してくる凪を見て、律希は思わず吹き出して笑い出した。
「……ぷ、あははは! それならいいじゃん、このままで。あと、告白は気が早いから十点」
そう言って、律希は少し頬を染めて微笑んだ。
その表情はどことなく、嬉しそうな感情を秘めているように見える。
凪は目を見開いて、律希を見た。
「……気が早いって、どういう……」
「後で分かるから。……さ、行こっか」
二人はそのまま手を繋いだまま、会場内を歩き始めた。
二人は色んなショップを見て回った。
服、コスメ、アクセサリー、靴などなど。
何度も凪が顔を赤くして大慌てをしたり、それを見て律希が笑ったり、写真を撮ったり。
そんな二人が次に向かうのは――。
「……こんなに人気なの? 櫻庭くんの家のケーキショップって……」
海都の両親が営むケーキショップのブースだった。
律希はそこにいる人の多さに、驚愕して目を丸くしていた。
「人気ですよ! その年によって出店する会場が違うんですけど、それでも毎年追いかけるリピーターもいるぐらいです! あ、ちなみに店舗も常連の方がいます」
ふふん、と凪は鼻を鳴らして得意げに話す。
そして、さりげなく鞄から一枚のカードを取り出した。
「……私も、常連なんです……」
「だと思った。好きなんだもんね、ここのケーキ」
律希がそう言うと、凪は目を輝かせて大きく頷いた。
「はい! 美味しいので、律希さんも是非! とりあえず並びましょう!」
凪はグイグイと律希を引っ張り、最後尾に向かって歩き出す。
楽しみにしている凪の顔を見れて嬉しいと思う律希だったが、内心面白くもないと思ってもいた。
――……蓮實さんの好きなものを知れて嬉しいけど、ちょっと……、いやかなり複雑だ……。
律希は何とも言えない感情をグッと呑み、列に並んだ。
数十分後、凪と律希の番が近づいてくると、ショーケース付近にいた女性が凪に話しかけた。
「あ! 凪ちゃんじゃない! 今年も来てくれたのね!」
その女性は、海都の母親だった。
「こんにちは。美味しいから毎年来ちゃいますよ」
「そんな嬉しいこと言ってくれちゃって〜……、……って、隣にいる人って彼氏!? イケメンじゃない!」
海都の母親の言葉に、二人は肩をビクリとさせて僅かに目線を逸らす。
凪は慌てふためいて、両手をパタパタとする。
「ち、違います! 学校の先輩です! 海都のことも知ってるから行こうって言ってて! だからぜっ――たいお母さんに言わないで下さいね!?」
「はいはーい。私、中に行ってくるからね。またお話聞かせてね?」
そう言って、海都の母親はニヤニヤしながら店の奥の方にいった。
そこでちょうど、凪と律希の番になる。
「次にお待ちのお客様〜……って、凪と律希センパイじゃーん。いらっしゃーい」
会計前で、海都が手を振って二人を出迎えた。
二人も同じように軽く手を振る。
「今年のケーキも美味しそうだね。どれにしようかな〜」
凪は、キラキラした目でショーケースを見た。
そんな凪の頭上から、海都が一枚のチラシを見せる。
「ほい。今年のおすすめはこーれ。凪の好きそうなやつじゃね?」
「美味しそう……! これにする! あとは〜……」
凪がケーキを選んでいる間、律希も一緒にショーケースの中を眺めていた。
律希はふと見上げると、海都がニヤニヤした表情で律希のことを見ていた。
目が合った律希は、怪訝そうに海都を見る。
「………………な、何?」
「律希センパイ〜。本当に売上貢献しに来てくれたんですね〜」
「蓮實さんが行きたいって言ってたからね。あとは、君の働く姿が見てみたかった」
「弄る気満々じゃないですか。酷いセンパイ〜」
そう言って、海都は口を尖らせる。
そしてチラリと凪の姿を見て、安心したように微笑んだ。
「……良かったです。凪が笑ってて」
「おかげさまでね」
「俺ん家のケーキ、大好きですからね――。毎日食べた〜いって言ってたし」
「………………そうだね」
その海都の言葉に、ムッとした表情を浮かべる律希。
そんな律希を見て、海都は驚いたように目を見開いた。
「……へぇ? 律希センパイもヤキモチとか妬くんですね」
「……、……うるさい。愛が重い君には言われたくない」
「あんたも大概でしょーが」
二人がそんな会話をしていると、凪がトレーにケーキを乗せて会計前にやってきた。
二人を見て、凪はキョトンとする。
「なに話してたの?」
二人は一瞬目を合わせて、凪の方を向いてニッコリと笑った。
「「別に何も?」」
「海都はともかく律希さんも!? え、律希さん! なに話してたんですか!」
「え、俺の扱い酷くね?」
海都がケラケラと笑いながら、自分を指差す。
凪は海都のことよりも律希に詰め寄って、ムッとした表情になる。
そんな凪を見た律希は、凪から顔を逸らし、目を合わそうとしなかった。
「何もないよ。おれが、蓮實さんがケーキではしゃいでて可愛いなって言っただけ」
「そんなこと一言も言ってない……って、無言で人に鉄拳すんな!」
余計なことを言おうとした海都の顔面に、律希は無言で拳を飛ばす。
海都は笑いながらひょいっと避けた。
律希の言葉を聞いた凪は瞬きを数回した後、頬を赤らめて口を震わせた。
「――っ、な、にを海都と話してるんですか!! 馬鹿っ!」
頬を膨らませたまま、凪はケーキの乗ったトレーを海都に渡す。
海都はそれを受け取り、苦笑いしながら箱に詰めた。
「……良かったじゃん。律希センパイとデート出来て」
その時、凪は海都の顔をパッと見た。
海都の表情は、どことなく複雑で悲しそうなものだった。
「……、……うん。ありがとう、海都」
「何のお礼だよ、それ」
「いや、なんとなく」
「何だそれ。……俺は、お前が今みたいに笑ってくれてるなら、それでいい」
そう言って、海都はまだ会計の終わっていないケーキの入った箱を凪に差し出した。
凪は目を丸くしてそれを見つめる。
「お金、払ってないよ?」
「俺からのクリスマスプレゼント。久しぶりにお前の可愛い格好が見れて、俺は満足だ」
「――か、海都もそういうこと言うのやめてよ。……でも、ありがとう……」
凪は気恥ずかしそうに頬を染めて、ケーキの箱を受け取る。
そして、鞄から包みを一つ取り出した。その包みを海都に差し出す。
「……これ。クリスマスプレゼント。毎年あげてるでしょ」
海都は目を見開いて、差し出された包みを見る。
「…………今年は、ないと思ってた」
「私も渡すか迷った。けど、いつも助けてもらってるし。今年は特に、色々あったし……」
海都はその包みを受け取り、凪を見て優しく微笑んだ。
「……ありがとう。本当に。最高のクリスマスプレゼントだ……」
「大袈裟。……じゃあ、お店頑張ってね」
そう言って、凪は海都に手を振ってその場を離れた。
海都はその後ろ姿を見送る。
「……、……本当に、ありがとうな……」
海都はそう呟いて、凪にもらったプレゼントを机に置いて接客に戻った。




