第三十三話
――季節は流れて、冬へ。
律希はマフラーに顔を埋めて、寒そうに通学していた。
「……寒っ。やっぱりスカートは寒いなぁ……」
そう呟き、律希ははぁ、と息を吐くと、白い息がその場に漂った。
そんな律希の隣を、別の学校の女子高生二人組が、楽しそうに話をしながら歩いていく。
「ねぇねぇ! 今年のクリスマスはどうするの?」
「……私は、隣のクラスの田中くんを誘うつもり!」
「うっそ! いつの間に仲良くなったの!?」
「委員会でちょっとね。そっちは?」
「私は彼氏と過ごすよ! 今からどこ行くか考えてるんだ〜」
「いいなぁ〜! クリスマスマーケットとかいいんじゃない?」
彼女たちは会話に花を咲かせたまま、律希とは反対方向に歩いていった。
律希は彼女たちの背中を見つめて、小さく息を吐く。
「……クリスマス、か……」
* * *
――律希の教室にて。
律希は教室内に入り、窓際の自分の席に座る。
そこで、自分に向けられているクラスメイトたちからの視線に気づいた。
「……、……?」
律希は不審に思いながらも、荷物を片付けて朝の日課である読書を始めた。
数ページ進んだところで、クラスメイトの女子生徒から声を掛けられた。
「……ねぇねぇ、園田くん! ……クリスマスの予定って、……ある?」
「クリスマス……?」
その瞬間、他の同じクラスの女子生徒たちも何人か律希の近くに集まってくる。
「あ、ズルい! 私も聞こうと思ってたのに!」
「たった一時間とかでも!」
キラキラした目で、律希を見つめる女子生徒たち。
律希はその勢いに気押され、身を退ける。
「……え、えと……」
そこで、律希の携帯の画面にメッセージアプリの通知が表示された。
律希は確認すると、海都からのメッセージだった。
「……櫻庭くん?」
メッセージアプリを開いてメッセージ内容を見る。そこに書かれていたのは――。
『今年のクリスマスマーケット、凪の好きなケーキショップが出店するらしいですよ』
そのメッセージを見た律希は目を見開いた後、表情を和らげた。
「……ごめんね。その日は予定があるんだ」
それを聞いた女子生徒たちは、肩を落として落ち込んだ。
「そっ……かぁ……。残念。また機会があれば遊ぼうね〜」
律希の周りにいた女子生徒たちは、律希から離れていった。
ふぅ、と一息ついた律希は、海都に返信するため携帯を操作する。
『わざわざ教えてくれてありがとう。おれに教えてよかったの?』
『え――? どうせ律希センパイ知らないって思ったから教えただけですよ。優しい幼馴染だなぁ、俺って』
「……ふーん。なるほどねぇ。そういうつもりなんだ……」
律希は眉間の皺を寄せて、誰が見ても不機嫌だと分かるぐらいに表情が歪んでいた。
そしてもの凄いスピードで、タタタッとメッセージを送信する。
『じゃあ教えてくれた情報を生かして、蓮實さんとクリスマスマーケット行ってくるね』
『何言ってんすか。俺が凪と行くんですよ。あんたは付き添い』
「…………っ、はぁ!?」
そのメッセージを見た律希は、その場に勢いよく立ち上がる。
そしてそのまま自分の教室を飛び出して、一年生の教室に向かった。
* * *
――凪、海都の教室にて。
海都は鼻歌混じりに携帯を操作している。
そんな海都を見ていた凪は、不審げな表情を浮かべていた。
「…………何を企んでんだよ」
凪がそう言うと、海都はニヤニヤしながら凪の方を向いた。
「べっつに〜? ただ、これから面白いことが起きるぞ〜」
「はぁ? だから何を――」
その瞬間、教室の扉が勢いよく開いた。
そこに立っていたのは、肩で息をしている律希だった。
凪は目を丸くして律希を見た。
「……え? り、律希……さん? 何でここに……?」
律希は凪と海都の方を見て、無言のまま二人の席までズンズンと歩いてくる。
その表情は苛立ちの中に、少しの焦りがあるように見えた。
「え、ちょ、なになになに!?」
凪は訳が分からず、何が起きてもいいように身構えた。
そして、律希は凪の目の前で止まって、目線を合わすように屈んだ。
「……、……行くの? 櫻庭くんと」
「ど、どこに……?」
唐突の質問に凪は困惑する。
律希は目を逸らして、ボソボソと凪だけに聞こえるぐらいの小さい声で聞いた。
「…………っ、……クリスマス、マーケット。櫻庭くんと、行くの?って……」
凪は目をパチパチして、真顔で答える。
「……い、行きませんよ。だってクリスマスは海都の家は忙しいから。海都も手伝いに毎年出てるし……」
「………………て、手伝い……?」
律希はポカーンと口を開けたまま、凪を見る。
「海都の家、ケーキ屋なんです。毎年あちこちで出店してるんで、忙しいのなんの。だから、海都も手伝いで売り子とか仕込みとか……」
凪がそこまで説明したところで、海都は吹き出して大爆笑し始めた。
「……っ、……ふ、……あははは――!! あー、もう無理だ、耐えれねぇ……、……っ、ははは……!」
腹を抱えてケラケラと笑う海都。
そんな海都を、律希はギロリと睨んだ。
「………………嘘ついたね?」
「いいじゃないですか、これぐらい……、ふふ。……というか、凪の好きなケーキショップが出店するのは本当ですよ」
「…………、まさか……」
律希の言葉を聞いて、海都はニヤリと笑って、凪の頬を片手で掴んだ。
「そ。こいつの好きなケーキショップは俺ん家。売上貢献、よろしくでーす♡」
「ちょっと! いきなり顔掴んどいて何言ってんだよ!」
凪は少し眉を顰めた表情をする。そして海都の手を掴んで、自身の頬から離した。
海都はそんなのお構い無しに、ケラケラと笑ったままだった。
「悪ぃ悪ぃ。ちょっと揶揄いたくなって。……で」
一頻り笑った海都は、大きく息を吐いて律希のことを見上げる。
「……どうするんですか? 貴方の想像していた通りじゃなかったけど」
「――っ! ……君、この前の仕返し?」
海都は鼻で笑って、肩をすくませる。
「さぁ? あれから一年レギュラーの面目が丸潰れなんですけどね――?」
「気にしてるじゃん」
律希ははぁ、とため息をついて、凪の方を見る。
完全に置いてけぼりの凪は、海都と律希を交互に見ては困惑した表情を浮かべている。
律希はそんな凪の頭を優しく撫でた。
「……今日の放課後、一緒に帰ろ。正面玄関で待ってるから」
それだけ言って、律希は逃げるように教室から出ていった。
その後、凪は撫でられた頭に手を置いて固まってしまった。
そんな凪の目の前で、手を振る海都。
「お――い。帰ってこ――い」
「……、……ハッ! これって現実!? 初めて律希さんから一緒に帰るの誘われた!」
「念願叶ってなんとやら、てな」
「馬鹿にしてる?」
「してねぇよ。揶揄い甲斐はあって面白いな」
「馬鹿にしてるじゃん」
凪は拗ねたように、プイッとそっぽを向いた。
机に頬杖をついた海都は、未だにクスクスと笑っていた。
「……はは、さっきの律希センパイ、マジで面白かったなぁ。定期的にやろうかな、これ」
「オレの心臓が持たない。殺す気?」
「凪に死なれるのは困るなぁ。そうなったら俺も死んでやるよ」
「………………バカ重いんだけど」
「いーじゃん。それが俺だし〜」
そう言って、海都は立ち上がって後ろのロッカーに荷物を取りにいった。
その場に残された凪は、はぁ、とため息をついて時計を見る。
「……あと、何時間後に律希さんに会えるかな」
後のことを考えて、凪は表情を綻ばせた。
* * *
――放課後。正面玄関にて。
律希は柄にもなく、ソワソワとして凪のことを待っていた。
「……、……なんて言って誘えばいいんだ? いやまずおれから誘うって、おかしい? いやでも……」
律希はそんなことをブツブツ言いながら、頭を抱えた。
そこに凪がやってきて、律希の顔を覗き込む。
「……お、お待たせしました」
「……っ、――うわ! ビックリした……」
凪の気配に全く気づいていなかった律希は、驚いて思わず肩をビクリとさせた。
そんな律希に驚いた凪も、目を丸くする。
「……そ、そんな驚くとは思わなくて……」
「いや、おれが考え事してただけだから。帰ろっか」
「……はい!」
二人は並んで歩き始めた。
律希は隣を歩く凪の方を何度も見ては、小さく「うーん……」と唸るのを繰り返していた。
流石の凪でも、律希の挙動には気づいている。
――……今日の律希さん、どうしたんだろ……。……もしや私が何かした……!?
そんなことを考えながら、凪も律希の方を見る。
その瞬間、お互いに目が合い、思わず二人とも目を逸らした。
二人の間に、無言の時間が流れる。
すると、律希が目を逸らしたまま、ぎごちない声で聞いた。
「……あ、あの……さ。二十五日の予定って、埋まってる……?」
「二十五日、ですか? ……特にありませんけど」
凪は何も考えずに、自分の予定をそのまま口にする。
そしてその後に、凪はハッとした表情を浮かべた。
――……二十五日って、まさか……。
凪は勢いよく律希の顔を見ると、律希の頬が僅かに赤くなっているのが見えた。
律希も、ゆっくりと凪の方を向いた。
「よかったら、おれと出掛けない? ……二人で……」
その言葉を聞いた凪は、目を見開いて嬉しそうな表情を浮かべる。
「そ、それって! デートってことですか!? 私と律希さんで!」
キラキラした眼差しでそう言われた律希は、グッと喉を詰まらせた。
「――っ、そ、そうじゃなくて……。いや否定するのも違うような……、かと言って肯定するのも……」
そんなことをブツブツと呟く律希。
言葉の意味と自分の気持ちとが混濁して、律希の頭の中をグルグルと駆け回っている。
珍しく動揺している律希に、凪はより一層目を輝かせる。
「……律希さんからデート誘ってもらえるなんて嬉しいです! 丸一日空いてます! どこへでも行きます!」
凪の勢いは止まらず、どんどんと律希を追い込んでいる。
律希は頭を抱えて、唸り声を上げた。
「……おれの周りって勢い強い人しかいないじゃん。いや、おれもか。……てか今はそれじゃなくて……」
自身を落ち着かせるように、律希は大きく息を吐いた。
そして、凪の方をしっかりと見る。
――……もう、自覚してんだから。後戻りは出来ない……。
律希はゆっくりと口を開く。
「……、……そ。デート。だから、とびっきり可愛くして来てね」
そう言って、律希は照れ臭そうに笑った。
そんな律希を見た凪は、さっきの勢いはどこへやらという具合に、一気に顔を真っ赤にして萎んでいく。
「――っ、ひぇ……、律希さんの口からデートという単語が……。やっぱり夢では……?」
凪は自身の頬を軽くつねって確かめようとする。
しかし、その手を律希は優しく掴んでギュッと握る。
「……夢じゃないよ。ちゃんと感覚、あるでしょ」
「――――っ!!?? な……!? あ、あああ、貴方は誰!?」
凪は現在起きている事が理解しきれず、口から出た言葉がそれだった。
その言葉を聞いた律希は、目をパチパチとさせた後、フッと笑う。
「……園田律希。君の大好きな先輩でしょ。蓮實凪さん」
そう言う律希に、凪はわなわなと身体を震わせた。
「……、こ――、こんな人は知らないです――!!」
そんな凪の叫び声が、冬の空に響き渡った。
そして、各々のカレンダーアプリの十二月二十五日にはデートと記載されたのだった。




