第三十二話
――文化祭から数日後。
凪は海都だけでなく、クラスの女子生徒たちと一緒に過ごすことが増えた。
最初は戸惑っていた凪だったが、少しずつ彼女らと打ち解け、普通に話をすることが出来てきた。
「蓮實くんの髪って、地毛? 文化祭の時、長かったよね?」
「……この短いのがウィッグ。本当はもっと長いんだ」
「長いの超可愛かったもん〜。また見たいな!」
「また、ね。機会があれば」
そんな、女の子らしい会話を学校で出来るとは凪自身も思っていなかっただろう。
どことなく嬉しそうな表情を浮かべる凪。
その様子を、少し遠くから見つめる海都。
そんな海都の肩に、一人の男子生徒が飛びついた。
「かーいとっ! 学食行こうぜー……、……って、まーた蓮實のこと見てたん?」
「別にいいだろ。……どんどん俺の手から離れてくんだなぁと、思っただけ」
海都の言葉に、彼は心底ドン引いた表情をした。
「………………重いんだって」
「はいはい。俺は重いですよー。学食行くんだろ〜」
そう言って、海都は彼の腕からスルリと抜け出して、教室のドアに向かって歩き出す。
チラリと凪の方を見ると、凪も海都の方を見ていたため、目が合った。
いざ目が合うと、どうしていいか分からない海都はその場で固まった。
凪はパチパチと瞬きした後、小さく笑って手を振った。
「――っ、……馬鹿だなぁ。俺」
そう呟き、海都も凪に軽く手を振る。
――……どれだけ凪が周りと溶け込もうが、凪にとっての俺は幼馴染で、大切な奴ってことは変わらねぇのに。いざ、少し離れただけで、寂しいなんて……。
「……俺も、律希センパイぐらいの懐を持ちてーよ」
「おい、海都〜。先行くなって〜」
後ろに来たクラスメイトの姿を見て、海都はフッと笑みを浮かべた。
「悪い悪い。お前がウザ絡みするからさ」
「ウザくねーし! 失礼だな!」
「そんなこと言ってっと、次の中間考査の対策、手伝わねぇぞ〜」
「わ――! それはご勘弁! 次もお願いします! 海都様!!」
そんなことを言い合いながら、二人は教室から出ていった。
* * *
――律希の教室にて。
律希と遥人はいつものように、机を向かい合わせにして昼食を食べている。
いつもと違うのは、クラスメイトたちの視線が律希に向けられていること。
律希は、ゆっくりとクラスメイトたちの方を向いた。
「………………えっと、な、……なに?」
「何でその格好!?!?」
「え、今更すぎない? ねぇ? 遥人」
律希は助けを求めるように遥人の方を見て、クラスメイトたちを指差した。
助けを求められた遥人は、ため息をついて律希の頭を小突く。
「あれだけ目立ったんだからしょうがないだろ。それに、クラスの奴らからしたら、律希が女装する理由はもうないってなるだろ」
「そんなこと……、……サッカー部のやつはやり過ぎたなって思うけど……」
思い当たる節があったようで、律希は目を伏せて視線を逸らす。
「本当にそう! 部活もそうだったけど、一年の女の子と文化祭回ってたじゃん! あの子とはどういう関係!?」
「――っ、ゲホッ! ゴホッ!」
女子生徒の言葉を聞いて、遥人は飲んでいたジュースを吹き出して咽せた。
律希は驚き、持っていたハンカチを遥人に差し出す。
「え、大丈夫? どうしたの?」
「へ、平気……。思ったよりも目立ってて驚いただけ……」
「それならいいけど」
律希はふぅ、と息を吐いて、声を上げた女子生徒の方を向いた。
「……その一年生の蓮實くんは、男の子だよ。わたしが男の格好だったからそれに合わせてもらっただけ。……まだこの格好なのは……」
その時、律希は自分の髪の毛を触りながら目を閉じた。
「……怖いから、かな」
「怖い?」
「うん。……でも、このクラスでなら安心できるなぁって思った。あとはわたしの気持ちの問題」
そう言って、律希はクラスメイトたちの方を見て微笑んだ。
そんな律希のことを、遥人は心配そうに見つめる。
シーン、と教室内が静まり返った。
律希が気まずそうな表情をして、「あはは……」と乾いた声で笑う。
「なんか気を遣わせちゃった? そんな重く捉えたくても――」
「おい、園田」
律希の前に一人の男子生徒が立ち、神妙な面持ちで律希を見下ろす。
そして、律希の両肩をガシッと掴んだ。
「え、な、何?」
律希は目を丸くして、彼を見る。
俯いていた彼は、バッと顔を上げた。
「文化祭の時みたいに笑えよ! あの時、楽しくなかったのか!?」
「た、楽しかったよ。それは本当」
「なら、それでいいじゃねーか。お前のことはよく知らねーけど、いい奴なんだから、そのままでいいんだよ」
律希は彼の言葉を聞いて、目を見開いた。
そして、口の中で「そのままでいい」という言葉を咀嚼した。
「そりゃあ、今まで気味悪がってた奴もいたし、敬遠にしてた奴もいたよ。けど……」
そう言って、彼は律希の前から退いて、律希が教室内を見えるようにした。
律希の視界に映ったのは、優しく律希を見守るクラスメイトたちの姿だった。
律希はその光景を見て、言葉を失った。
「――今ここにいる奴で、そんな奴はいない。お前がしたいようにしたらいいんだよ。その格好のままでも何でも」
彼は笑顔でそう言った。
そんな彼を見上げた後、律希は安心したように吹き出して笑う。
「……っ、あは……。変なの〜。みんな、遥人みたいなこと言うじゃん」
「遥人と一緒は嫌だ」
「おいこらてめぇ、どういうことだ」
「やべ! にーげよっ」
「逃すか! 待て!!」
二人は教室内で追いかけっこを始めた。
そんな二人をクラスメイトたちが、面白おかしそうに笑って見ている。
それを見て、クスクスと笑っている律希の近くに、最初に律希に話し掛けた女子生徒が近寄った。
「園田くん」
「……何?」
「さっきはごめんね。軽く聞いたつもりだったんだけど、話しづらくしちゃって」
そう言って、彼女は律希に頭を下げた。
律希は慌てた様子で両手を振り、「大丈夫だよ」と言った。
「わたしも重い話みたいにしちゃったからよくなかったんだよ。気にしないで」
「……ありがとう」
彼女は安心したように笑って、律希から離れていった。
そこで、律希は大きく息を吐いて頬杖をつき、外の景色を見た。
外の木の枝には、雀が一匹とまっている。
その雀の周りに集まるように、だんだんと他の雀もその枝にとまるのがみえる。
「…………君も、よかったね」
そう言って、律希は微笑んでその光景を眺めていた。
* * *
――その日の放課後。
正面玄関の門で、凪が律希を待っている。
何度も携帯の画面を見たり、周りをキョロキョロと見渡したり、落ち着かない様子だった。
そこに、少し駆け足でやってきた律希。
「ごめん、待った?」
「いっ、いいえ!! 大丈夫です!!」
凪は身体をビクッとさせて、律希の方を向いた。
そんな凪の様子を見て、律希はフッと笑う。
「そんなビックリしなくても。じゃあ帰ろうか」
二人は並んで歩き始めた。
少し歩いたところで、律希が話を始める。
「さっき、急に文化祭委員会の先生に声掛けられてさ。蓮實さんは?」
「私は何もなかったです。何言われたんですか?」
「……思ったよりも楽しんでたみたいでよかったって……」
そう言いながら、律希は少し照れくさそうに自身の頬を指でかく。
「……実際、楽しかったんですか?」
凪はニヤリと笑って聞く。
グッと言葉を詰まらせた律希だったが、すぐに真顔になって凪の頭に手を置いた。
「…………、……楽しかったよ。君のおかげで、ね」
そう言って微笑む律希に、凪は頬を赤くして口を震わせた。
「な、な……! すぐそういうことを言う! 私の告白は流すのに!」
「だってワンパターンだもの。慣れちゃうよ」
「ぐぅの音も出ない……。でも! いつかギャフンって言わせますから!」
ビシッと律希を指差して、そう言った凪。
そんな凪を見て、律希は思わず吹き出して笑い始めた。
「……ふ、あはは、何それ! 意味わかんない!」
ゲラゲラと笑い続ける律希。
凪は顔を真っ赤にさせて、律希の胸元をバシバシと叩く。
「笑いすぎだし、馬鹿にしすぎ!」
律希は、凪の腕をパシッと掴んで顔を覗き込んで、首を傾げた。
「…………でも?」
目が合った凪は息を呑み、蚊のような小さい声を絞り出した。
「――っ! ……、……だっ、大好きです……」
そんな凪の姿に、律希の心が僅かに揺れた。
――……あぁ、本当に。気づいてしまったらもう、止められないのが恋なんだろうな……。
律希は、フッと優しく微笑んだ。
「……"大好き"、は初めて言われたかも。でも、まだ応えられない」
「この流れ、もはやテンプレ化してません?」
そう言って、凪は拗ねた表情を浮かべて頬を膨らました。
それでも律希は微笑んだままだった。
「……そうだね。でも……」
律希は凪の耳元に口を近づけて、その場で呟く。
「前の、ただ君を振るおれだと、思わない方がいいよ」
「――っ、な、そ、それって……、どういう……?」
凪は呟かれた方の耳を押さえて、目を見開いて律希を見つめた。
律希はニヤリと、含み笑いを浮かべる。
「……これから、少しずつ分かるんじゃない? おれがどう思ってるか……」
そう言う律希に、夕陽の光が当たる。
凪は、ギラギラと光る律希の目から目を離すことができなかった。




