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きみの知らないぼくのこと  作者: さか
出会い、そしてほんの少しの近づき

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第三話

第三話


 

 ――数日後の朝。

 海都は大きな欠伸をしながら、通学路を歩く。

「……あー、ねみ……」

 眠気からか、ボーッとしたまま歩いていると、曲がり角からの人影に気づかないでいた。

 寸前のところで、海都は人影に気付き、サッと身を避けた。

「……っ、あ……ぶねー。すみません、前見てなくて……」

「こちらこそ。ボーッとしててすみません」

 そう言って、軽く会釈したのは律希だった。

「……あ、律希センパイだ」

「え? ……あ、同じ学校……か……」

 律希は警戒して少し後ずさるが、海都の制服を見て安堵する。

「そーっす。俺、蓮實凪のクラスメイトの櫻庭海都って言います」

 そう言いながら、海都は手を差し出す。

 律希はその手を取らずに、そのままニッコリ笑って挨拶をした。

「……そうなんだ。よろしくね、櫻庭くん」

「良かったら一緒に行きませんか? どうせ行き先一緒だし」

「え、あぁ……。ごめん、これから寄るとこあるから」

 律希はそそくさとその場から離れた。まるで一刻も早くその場から立ち去りたいかのように。

 取り残された海都は、「うーん」と唸りながら頭を掻く。

「ありゃ〜……、()()()とほぼ一緒……?」

 考え込んでいた海都は考えることをやめて、また大きな欠伸をしながら歩き始めた。





 海都が教室に入ると、既に凪は登校しており、席に座って読書をしていた。


 ――……相変わらず、俺以外の奴らとつるむ気なしかよ。ま、俺的にはいいけど……。


 海都は凪の近くに行って、凪の机をコツコツと軽く叩く。

 その後で凪は顔を上げた。

「おーっす、凪。今日早くね?」

「良いだろ、別に。そういう気分だったんだよ」

「ふーん……。あ、そういえばさっき律希センパイに会ったな」

 海都の言葉を聞いた凪は血相を変えて、勢いよくその場に立ち上がった。

 その影響で、椅子が倒れてガタガタと大きな音が鳴る。

「暴れんなって」

「暴れてねーよ。何でお前なんかが律希さんと……」

「たまたまだよ。朝、普通に歩いてたらたまたま会っただけ。一緒に行こうって誘ったけど断られたわ」

「誘うなよ。このチャラ男」

「誰がチャラ男だ。この二重人格」

 海都はため息をついて、凪の前の席に荷物を置いた。そしてそのまま椅子に座る。

 凪も椅子を起こして、座り直した。

「……お前ら似てるなーって思ったんだよな。変に人を避けるところとか」

「オレと律希さんが? 似ても似つかないだろ。目ぇどこ付いてんだ」

「律希絶対主義者うぜ――。そう感じるって言っただけだろーが」

 

 海都は頭をガシガシと掻いて、言葉を選びながら凪に話をする。

「……お前が律希センパイを好きなのは分かる。けど、あまりズカズカ入り込むのはやめた方がいいんじゃねーの」

「……どういうことだよ」

 凪は眉間に皺を寄せて、怪訝そうな表情で海都を見る。

「土足で踏み入られたくないことってあるだろ。……特にお前も」

 そこで凪は、以前の遥人の言葉がフラッシュバックした。


 ――……だから言っただろ。リツに関わるなって。土足で踏み入って良い領域じゃねぇの。わかったらとっととリツのことは諦めろ……。


 凪は拳を強く握る。

「……それは、……そうだけど……」

 納得のいかない様子の凪を見た海都は、先ほどよりも大きなため息をつく。そして、優しく凪の頭を撫でた。

「――……はぁ、分かったよ。とりあえず一回律希センパイに自分の気持ちをちゃんと話してこいよ。協力してやる」

 海都の言動に、凪は目を丸くして驚く。しかしすぐに、自身の頭にある海都の手を振り払った。

「何それ。お前の協力とかいらねーんだけど」

「素直じゃねーな。じゃあお前一人でどうやって律希センパイに近づくんだよ。近くには常にセコムがいるじゃねーか」

「――っ、それは……」

 口をモゴモゴさせる凪を、海都はニヤニヤしながら満足そうに眺める。

「ほら見ろ。俺がいなかったらなーんも出来ない。俺が千蔭さんを引きつけてやるよ」

 海都の言葉を聞いた凪は、キョトンとする。

「……? お前が遥人さんを引きつける? 待て。まず何で遥人さんのことを知ってんだよ」

「俺、千蔭さんと同じ部活なの。だから接点はあるんだよ」

 海都は自慢げに、フフンと鼻を鳴らす。

「こんなところでお前の有能さを知るとは思わなかった」

「こんなことで有能だと思われたなら心外なんだけど。……ま、いいや。ちょうど千蔭さんに部活のことで話すことあっから、付いてこいよ。バレないようにな」

 そう言って、海都はその場から立ち上がった。

 凪もそれに続く。







 * * *






 

 ――その頃、律希の教室にて。

 律希は登校してから、窓際の自分の席で読書を嗜んでいた。

 そこに遅めに登校してきた遥人が近づく。

 それに気づいた律希は本を閉じて、机の上に置いた。

「おはよ、リツ」

「おはよう。……今日の朝さ……」

 律希が海都のことを話そうとした瞬間、遥人が血相を変えて律希に詰め寄る。

 急に距離が近くなった律希は驚いて、少し退いた。

「まさかあいつが待ち伏せ……!?」

「いやいやまさか。彼の友だちとたまたま会ってさ。一緒に行かないかーって言われたけど、断ったよって話」

 律希の話を聞いて、遥人は安堵する。

「何だよ、心配させんなよ」

 遥人の焦り様に、律希は呆れた表情を浮かべる。

「遥人は考えすぎだよ。わたしは大丈夫だって。今日もちゃんと逃げてきたし」

「それでもお前は気を遣って、ちゃんと関わろうとするだろ?」

「そんなつもりはないんだけど……」

「それでも……」

 

 遥人が話を続けようとすると、後ろのドアから遥人を呼ぶ声が響く。

「ちーかーげーさーん。ちょっと話があるんですけど〜」

 遥人を呼んでいるのは海都だった。

 海都はニコニコと笑顔を浮かべながら、遥人に向かって手を振っている。

 手を振られた本人の遥人は眉を顰めて、明らかに嫌そうな表情をした。

「……何でこのタイミングで……。悪りぃ、リツ。ちょっと話してくる」

「ううん、大丈夫だよ。いってらっしゃい」

 律希は微笑んで手を振って、遥人を見送った。そして手元にある本の表紙に目を向ける。


 ――……この本も飽きたな。別の本を借りに行こう……。


 律希は席から立ち上がって、教室から出る。目的地の図書室に向かって廊下を歩いていると、目の前に人影が現れた。

 律希は咄嗟に止まり、目の前の人物に目を向ける。

「……あっ、律希さん!! こんなところで会えるなんて! 奇跡だ! 付き合ってください!」

 そう言って、目を輝かせて立っているのは間違いなく凪だった。

 律希は「タイミング良すぎる」と思ったが、ブンブンと首を振って、その思考を脳内から消す。

 そして先程の告白を華麗にスルーした。

「…………蓮實くんはどうしてここに?」

「告白を綺麗にスルー! ま、いいや。オレは先生に頼まれた資料を視聴覚室に返そうと思って……。律希さんは?」

 凪が海都に着いてきた訳ではないことに気づき、律希はホッと安堵する。

 そして、当たり障りない笑顔で言う。

「わたしは図書室にこの本を返して、また新しい本を借りようと思って。じゃあわたしはこれで」

 律希がその場を立ち去ろうとすると、凪は「あの!」と呼び止める。

「……何かな、蓮實くん」

 律希は振り返って凪の方を見ると、凪は少し表情を固くして目線を泳がせていた。


 ――……? なんかいつも元気な蓮實くんと違う……?


 律希は少し近づいて、凪に話しかける。

「どうしたの? 顔色悪いけど……」

「……迷惑ですか、オレ」

「え? 迷惑?」

 律希は目を丸くする。何故そんな考えに至ったのか、理解できなかったからだ。

 凪は少し俯いたまま話を続ける。

「…………遥人さんに、言われたんです。律希さんに土足で踏み入るなって」

「――っ、遥人が……」

 律希は持っていた本をギュッと強く握り、視線を下に映す。

 凪は両手を強く握りしめる。

「……オレだって、昔のことを掘り出されるのは嫌いです。だから、律希さんが迷惑ならやめます」


 その言葉の直後、沈黙が流れる。


 律希が口を開こうとするより先に、凪は顔を上げて眉を下げて言う。

「……でも覚えておいて欲しいです。オレ、半端な気持ちで律希さんに近づいた訳じゃないです。……ただ、あの時のお礼を……、……――っ!」

 凪は余計なことを言ったと言わんばかりに、慌てて自身の口を両手で塞いだ。

 律希はよく分からない様子で、首を傾げる。

「……、……? お礼……?」

「あっ、いや……、き、……気にしないでください! こっちの話なんで!」

 凪はあからさまに両手を振ってあたふたしている。

 そんな凪の手首を掴んで、律希は問い詰める。

「お礼って何のこと? 前にわたしたちは会ったことあるの?」

 律希の問いかけに、凪は固まったまま、口を震わせる。

 凪の様子を窺うように、律希は顔を覗かせる。

「……? どうし……」

「――っ、て、ててて、……手――!!??」

 いきなり詰め寄られた距離感と掴まれた手によって、凪は叫んでその場を走り去ってしまう。

 振り払われた律希の手は空間に投げ出された。

「――あっ、ちょ……! ……わたし、何か忘れてる……?」

 律希は、自身の手のひらを見つめる。その手には、未だに凪の手首を掴んだ感触が残っていた。

 律希はその手を握ったり開いたりを繰り返す。

「……思ったよりも華奢だな、彼。女の子みたい」

 そこで考えるのをやめて、律希は図書室に向かった。







 * * *






 

 律希から逃げてきた凪は、話が終わったであろう海都の近くまで早歩きで向かった。

 百面相しながら近づいてくる凪に、海都は呆れた表情を向ける。

「……何でそんな顔してんだよ、お前」

「うるさい。何でもいいだろ」

 そう言って、一向に海都と目を合わせようとしない凪。

 海都は疑問に感じて、凪の顔を覗き込む。海都の目に映った凪の表情は林檎のように真っ赤だった。

 そんな凪を見て、海都は目を丸くする。

「――っ、……お前、何が……」

「何でもないって言ってんだろっ……!」

 凪は真っ赤な顔のまま、海都の顔を片手で掴んだ。その時の表情は目は潤んでおり、まるで恋する乙女のよう。

 その表情を真正面で見た海都は、顔を掴まれたまま「ふはっ」と吹き出して笑う。

 凪は掴んでいた手を離し、思いきり海都の頭を叩いた。

「うるさいってば! 笑わないでよ!」

「悪りぃ悪りぃ……! でも無理だっ……、はははっ! 今のお前、演じきれてねーじゃん」

 そう言って、海都は手を伸ばして凪の横髪を耳にかけ、微笑む。

「……その顔すんの、俺の前だけにしろよ。じゃなきゃ、()()()()()ってバレるぞ」

「…………分かってるよ」

 凪は両手で顔を隠した数秒後、すぐにいつも通りの表情に戻った。



 律希が女装をしているのと同じように、凪も性別を偽って学校に通っている。

 周りには女だとバレないように、幼少期から培ってきた演技力を駆使して、わざわざ口の悪い男子生徒を演じている。



 元の表情に戻った凪を見て、海都は安心したように肩をすくめて腰に手を当てた。

「ま、天才子役だった蓬野凪(ふつがのなぎ)ならこれくらいの演技は余裕か」

「……当たり前だ」

 そう言って、凪は廊下を歩き始めた。

 海都はその背中を見つめる。

「――俺は、昔のお前も好きだったんだけどな……」

 海都の声は何一つ凪に届かず、凪は歩みを止めることはなかった。

 海都は大きく息を吐いて、凪に続いた。


 

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