第二十九話
――校舎近くのベンチにて。
凪と律希は座って、出店で買った商品と、サッカー部のゲームで手に入れた景品のジュースを飲み食いしていた。
凪は苦笑しながら、ペットボトルのジュースを飲む。
「……それにしても、まさかもう一回勝っちゃうなんて……」
「あぁ、あれね。なんか勝てちゃった」
律希は軽く笑って、たこ焼きを頬張った。
海都との勝負に勝った後、「飲み物が欲しいからもう一回したい」と律希が言った。
あれだけの戦いを披露してしまったため、誰もやりたがらなかったのだが、サッカー部のキャプテンの闘志が燃えた。
そして、律希が勝ってしまうという。
その様子を遥人が受付から見ていて、思いきり眉を顰めた。
「…………お前、これ以上目立つとやばいだろ」
「いや、こんなに派手にやるつもりは一切なかったんだけど。……やっぱ、やばい?」
「当たり前だろ、馬鹿」
そう言って、遥人は律希の額にペットボトルを押し付けた。
こうして無事に二人分の飲み物を手に入れることが出来たのだが……。
律希はペットボトルのお茶を一口飲んで、大きく息を吐く。
そして、光のない目で遠くを見つめた。
「…………もう二度と、学校でスポーツしない」
そんなことを言う律希のことを、凪はジト目で見た。
「それは無理がありますよ。体育とか」
「体育の日は休む」
「それだと大好きな律希さんに会えないので嫌です」
「サラッと言ってるのはやだなぁ。一点」
「点数低っ」
凪は拗ねた表情をして、手元あったベビーカステラを一つ口に入れた。
律希もベビーカステラの袋に手を伸ばして、ベビーカステラを一つ手に取る。
そして、そのまま凪の口元に近づけた。
「……でも、諦めないでね」
「――っ、そういうことを言うの禁止です。それでオレのこと好きじゃないとか、詐欺ですよ」
「その詐欺師を好きになったのは、どこの誰?」
「オレです」
その瞬間、律希は思わず吹き出して笑い出した。
――……そういえば、さっきも似たようなやり取りを見たなぁ……。
クスクス笑っている律希を、凪は怪訝そうに見つめる。
「……なんで笑ってるんですか」
「…………っ、ふふ。……いや? さっきもこのやり取り見たなと思って」
「……? 誰と誰の?」
律希はフッと笑って、凪の口にベビーカステラを押し込んだ。
そして自身の膝に頬杖をついて、凪のことを見つめた。
「君と、君の大切な人、だよ」
律希の言葉に、凪は喉をグッと詰まらせ、ゲホゴホとむせ始めた。
飲み物を一口飲んで、大きくため息をつく。
「…………そんな奴、知りません」
「……ふーん……? ……じゃ、今日は……」
律希はそこで立ち上がって、笑顔で凪に手の平を差し出した。
「そんな恩知らずな奴のことは忘れて、楽しもうよ。……おれと」
「……っ、……。……そうですね。賛成です」
そう言って、凪は律希の手を取って立ち上がる。
律希はその手をそのまま掴んだまま、ズンズンと校舎の方へ歩いていく。
行き先の分からない凪は、目を丸くしたまま着いていくだけだった。
「あ、あの……! 律希さん、どこへ……」
「まずは手を繋いでもおかしくない格好にならないとと思って」
「……………………は?」
キョトンとする凪とは反対に、律希はニヤリと口角を上げ、微笑んでいた。
律希は自身の教室の隣の教室の前で、凪が着替え終わるのを待っていた。
中からは凪の「無理です! オレ、了承してないし!」などの声が聞こえてくる。
それとは反対に、律希のクラスメイトたちは楽しそうにしている。
「……無理矢理、すぎたかな。ま、いっか」
そんなことを考えているうちに、教室の扉が開いて、一人の女子生徒がひょっこり顔を出す。
「あ、園田くん! 後輩くんの着替え、終わったよ! 男の子なのに色んな衣装が似合うから、つい着せ替え人形させちゃったよ!」
「……あんまりいじめないであげてね」
律希は、中で何が行われていたのかを想像して苦笑いをする。
――……流石に申し訳ないことをしたかもしれない。後で謝っとこう……。
しかし、待てど暮らせど凪は出てこなかった。
律希は頭にハテナを浮かべて、そのクラスメイトに聞く。
「……着替え、終わったんだよね?」
「終わったよ。中入る?」
「うん。そうするよ」
そう言って、律希は中に入る。
右端のカーテンがグルグルと巻かれ、そこには明らかに人が入っていると、見て分かる状況になっていた。
教室内にいた他の女子生徒たちも律希に気づいて、そこを指差して苦笑いする。
「……着替え終わって、園田くん呼ぶねーってなった途端に……」
「なんとなく想像通りだよ。……ありがとう、お店忙しいのに」
律希がクラスメイトたちの方を向いて感謝を伝えると、彼女たちは笑って手を振っていた。
そして彼女たちは、教室から出ていった。
二人だけになった教室に静寂が流れる。
律希は、膨らんでいるカーテンにゆっくりと近づく。
「……そこにいるのは分かってるんだよ。蓮實さん」
「なっ、な、なんでこんなことするんですか!! オレ、女の姿になること了承してないのに!!」
「今日ぐらい、いいじゃん。……それに……」
律希はカーテンをバッと開き、自分も中に入る。
律希の目の前には女子の制服を見に纏い、地毛の長い髪の毛も綺麗にセットされている凪がいた。
凪は頬を赤く染め、恥ずかしさからか目には涙を溜めている。
姿を見られた凪は「うわ――――!!」と大声を上げて、律希の視界を両手で塞いだ。
「み、見ないでください! 絶対変だから!!」
視界を塞がれた律希は、凪の両手首を優しく掴む。
「……変じゃないよ。似合ってる」
「………………へ?」
律希は凪の手を下に下ろして、まじまじと凪の格好を見つめた。
――……昔に見た君よりも、今の方が……。
律希は照れくさそうに、若干頬を染めて微笑む。
「……綺麗だよ。君は、綺麗だ」
「――っ!! あ、……な、な……、……え……」
凪は口をパクパクとさせて、あからさまに動揺していた。
そんな様子の凪を見て、律希はクスクスと笑い出す。
「舞台の上と随分様子が違うね。役に入り込んでないからかな」
「あ、あれは演技してたから……! 今はただの私だから、その……。……っ!」
凪の一人称が咄嗟に私になった時、律希は凪の唇を人差し指で押さえる。
凪は目を丸くして律希を見る。
「一人称、変わってるよ。その姿だったらそっちの方がいいんだろうけど、君は男として通したいんだろ?」
「――っ、だ、誰のせいですか!」
林檎のように真っ赤な顔をしている凪は、頬を膨らませてプイッとそっぽを向いた。
そんな凪の頬を片手で掴んで、律希は自分の方へ振り向かせる。
「……おれのせい、だよね」
律希はニヤリと笑って、凪を見る。
その表情で余計に羞恥心を感じた凪は、何も言わずに律希を睨むだけになった。
凪の表情を見て、律希は胸の奥がゾクゾクとする感覚を覚えた。
――……いや、良くない。愛が重いどころの話じゃない……。
律希は大きく息を吐いて、凪の頬から手を離す。
そして、凪に手を差し出した。
「昨日は別の人だったけど。……今からは、おれのお姫様になってよ」
「……………………はっ!? な、なんで!?」
律希の言葉に、凪は目を見開いて驚く。
「なんでも。おれも、君の色んな表情が見たいんだ」
そう言って、律希は凪の言葉を聞かずに凪と手を繋いで歩き出した。
されるがままの凪は、手を繋がれたまま律希の背中を追う。
「ちょ、手……!」
「手を繋いでも変じゃないように着替えたんだよ」
「この悪魔……!!」
「酷いなー」
律希はケラケラと笑いながら、一歩廊下に出る。
そして凪の方に向いて、繋いでいた手を引き、凪との物理的な距離を近づけた。
あと数センチで、ゼロになる距離感。
お互いの瞳にはお互いの顔しか映っていない。
律希は優しく微笑んだ。
「楽しもうね。おれのお姫様」
それでまた、凪が顔を真っ赤にして大声を上げたことは、後にしばらく律希にネタにされるのであった。




