第二十七話
――劇、終了後。
凪は衣装から制服に着替えて、体育館の入口に向かうと、何やら人だかりが出来ていた。
目を凝らして見ると、困り眉で微笑んでいる海都が人だかりの中心にいた。
「さっきの劇、めっちゃカッコよかった! 連絡先教えてくれない!?」
「ねぇねぇ! 彼女とかいるの!?」
「あれって本当にキスしたの?」
学年問わず、多くの女子生徒が海都にあれやこれやと話しかけている。
「え、えっと……。連絡先はちょっと……」
海都はタジタジで、いつものような調子ではなかった。
その様子が余計に女子生徒たちの心を揺さぶった。
「あんなにカッコよかったのに、そんなに緊張しちゃうの? 可愛い〜♡」
「ギャップ萌えってやつ!」
「そういうんじゃなくて……。俺、用事が……」
なかなか断りきれない海都の様子を、凪は遠目から見つめていた。
「…………あいつ、オレにはあんなことしといて……」
凪はなんとなく海都に憤りを感じて、ズンズンと歩を進める。
そして輪の中を割って入り、海都の腕を掴んだ。
「――っ、凪!?」
「何してんだよ。話あるって言ったの海都だろ。行くぞ」
そう言って、凪は海都の腕を引いて輪の中から抜け出した。
「ちょ、ちょっと! 私たちの話は終わってないんだけど!?」
「貴方ってオーロラ姫役だった男の子でしょ! 櫻庭くんとどういう関係なの!?」
女子生徒たちの言葉に、凪はピタリと止まった。そして彼女らの方に振り返り、ニッコリと笑う。
「ずっと隣で支えてくれた大切な奴。オレも大事な話があるから」
そのまま、凪は海都を引っ張ってその場を後にした。
その場に残された女子生徒たちはポカーンと口を開けていたが、ハッとする。
「……、もしかしてあの二人って……」
「え? そういう……」
あらぬ誤解を生んでしまったことを、凪が知るのは少し後の話。
* * *
――空き教室にて。
凪は海都の腕を掴んだまま、勢いよく扉を開けて中に入る。そこで海都の腕を離した。
見かねた海都がゆっくりと教室の扉を閉めた。
そして、海都は恐る恐る凪に話し掛ける。
「……えっと、凪……。怒って……るよな?」
凪は振り返って、真顔で海都を見つめた。
「怒ってるよ。話するって言ったの海都なのに、何で囲まれてニヤニヤしてる訳?」
そう言って、凪は眉を顰める。
海都は慌てた様子で、凪の言葉を訂正する。
「ちげーよ! 俺だってお前のこと待ってたのに、気づいたら囲まれただけだって! ニヤニヤもしてねーよ!」
「…………どーだか」
プイッとそっぽを向く凪。
そして、海都にしか聞こえないぐらいの声量でボソリと呟く。
「……私に、あんなことしといて。海都は平気そうじゃん……」
「――っ! あれは……、その……」
海都は肩をビクリと震わせて、気まずそうに言葉を詰まらせる。
一呼吸置いた後、海都はゆっくりと口を開く。
「…………本当に、悪かった」
その場に沈黙が流れる。
その沈黙を破るように、凪が小さく息を吐いた。
「台本になかったから驚いただけだから気にしないで。……でも、あれはやり過ぎ」
そこで海都は俯いて下唇を噛む。
「…………、そ、そうだよな……。分かってる、越えちゃいけなかったのも」
そう言っている海都の身体は、僅かに震えていた。
そのことに気づいた凪は、目を細めて両手を強く握り締めた。
――……海都は優しいから。私が隣にいて欲しいって言ったから……。
そしてゆっくりと口を開く。
「……海都が苦しいなら、一度距離を置いた方がいいんじゃないかなって思った。……私の我儘に付き合わせて、海都が苦しむ姿は見たくない」
凪の言葉を聞いて、海都はバッと勢いよく顔を上げる。
凪は目に涙を溜めて、ジッと海都を見据えていた。
「――っ、お、俺は……! 苦しくなんか……」
そう言う海都だったが、凪は横に小さく首を振る。
「本当に苦しくなかったら、"悪い"なんて言葉、出てこないよ……」
図星を突かれた海都は、喉がヒュッと鳴る。
海都は唇を震わせて言葉に詰まっていたが、息を吐いて自嘲するように微笑む。
「…………そ、うだな。今の俺じゃ、凪を困らせるよな……」
「……うん。今のままじゃ、お互いのためにならない」
そう言いながら、凪は涙を一粒流した。
キラリと光った粒を見た海都は目を見開く。
「……な、凪……」
海都は無意識に凪に手を伸ばすが、その手を凪は優しく払う。
「ダメだよ。簡単に触れたら」
「――っ! ……、……凪……」
海都の表情は、今にも泣き出しそうで、苦しそうな表情をしていた。
それを見つめる凪も、同じような表情をしている。
「……このまま一緒にいたら、海都との関係が壊れるのが、怖い……。だから……」
そう言って、凪は海都の横を通り過ぎて教室の扉に手を掛ける。
そして海都の方を振り返って、眉を下げて笑った。
「お互いのためにも、距離を置こう。海都のこと、大切だから」
その言葉を最後に、凪は空き教室を後にした。
空き教室に残された海都は、その場にしゃがみ込んで、片手で目元を覆った。
「……っ、くっそ……。凪が隣にいていいって言ってくれたのに……。俺が壊して……、……っ、どうすんだよ……!」
海都の手の隙間から涙がいくつも流れ、制服にシミを作った。
声を押し殺して泣く海都の姿は、童話の中の姫を助けられなかった王子のようにも見えた。




