第二十五話
――文化祭本番、一日目。
凪のクラスは午後からの演目のため、午前中は時間があった。
凪はどこで時間を潰そうか考えてた時、後ろから誰かが肩に抱きついてきた。
「――っ、誰……って、海都か……」
「失礼だな、その態度。せっかく俺がプレゼント持ってきてやったのに」
そう言って、海都はポケットからニ枚の紙を取り出した。
凪はキョトンとして首を傾げる。
「…………プレゼント?」
「そ。千蔭さんのクラスの整理券」
「……は? 整理券?」
凪は訳が分からず、更に目を丸くして海都の持っている整理券を見つめた。
海都はその紙をヒラヒラさせる。
「千蔭さんが言うには、集客数がとんでもないことになりそうだからって。あと、どうせお前ら来るだろ?……だってさ」
「……あの遥人さんが素直に整理券を渡した? 熱でもあるんじゃ……」
「俺も最初はそう言った。そしたら"ふざけんな。返せ"って言われた」
そう言って、海都はケラケラ笑う。そして整理券の一枚を凪に手渡した。
「……ってことで、はい。これはお前の分」
「――っ、オレの……?」
「おう。千蔭さんが渡せってうるさくて。千蔭さんなりのお詫びのつもりなんじゃねーの」
凪は海都から整理券を受け取り、それを見つめた。
――……遥人さん。私のこと、少しは認めてくれたのかな……。
凪は整理券を丁寧にポケットにしまった。
凪の様子を見た海都は、凪の手を取って歩き出した。
「……と、いうことで今から行こーぜ!」
「うわっ、ちょっと……!?」
手を引っ張られた凪はよろけながらも、海都の歩幅に合わせて歩く。
そしてさりげなく繋がれた手に気づき、凪は顔を赤くする。
「……っ、待てって! 手!!」
凪の言葉に海都は振り返る。
しかし、ニヤリと笑い、繋がれた手を凪に見せつけるように顔の前で掲げた。
「どうせ誰も見てねーよ。それともただの幼馴染と手を繋ぐのが、そんなに恥ずかしいかよ?」
「そ、そういう訳じゃ……」
凪はグッと言葉を詰まらせると、海都はニッコリ笑ってそのまま歩き出した。
「じゃあいいだろ。すぐそこなんだから」
そう言って、海都は強引に凪の手を引っ張る。その手は僅かに震えていた。
凪がそのことに気づく。
――……辛い……よね。普通に考えて。私の我儘で幼馴染として関わってくれてるから……。
凪は海都に握られた手を、ギュッと軽く握り返す。
気づけば、海都の手の震えは止まっていた。
* * *
――律希の教室の前にて。
凪と海都は律希たちの教室にある看板を見て、言葉を失った。
「……………………マジ?」
「こ、コスプレ……、カフェ……?」
二人が絶句したまま立ち尽くしていると、入口にいた受付の女子生徒が声をかける。
「あ、その上履きの色は一年生? 来てくれてありがとう! 整理券持ってる人?」
「……、あっ、持ってます。これ。……あと、こいつも持ってます」
そう言って、海都は自分の整理券を出して凪のことを指差す。
凪も海都に続いて整理券を女子生徒に渡す。
女子生徒は整理券を見て、「受け付けました〜!」と言って、中に案内してくれた。
その間、凪と海都はヒソヒソと小声で話す。
「…………千蔭さんがコスプレ? いやそれ以前に律希センパイもコスプレしてんの?」
「する訳ないでしょ。律希さんはきっと裏方で……」
凪がそう言って、中に入った時――。
「……あ、蓮實くん。いらっしゃい」
そこには女装ではなく普通の男の格好で、しかも執事服を着ている律希がいた。
その瞬間、凪は言葉を失って口をポカーンと開けたままその場に立ち尽くした。
「…………………………?」
「え……っと……。律希センパイで合ってます?」
「合ってるよ。男性の衣装を着るなら、こっちじゃないとおかしいでしょ?」
そう言って、律希は首を傾げる。
凪はハッとして、勢いよく海都の後ろに身を隠した。
――……り、りり、律希さんの女装じゃない姿なんて聞いてない……! いきなりこれはキャパオーバーなんですけど……!?
顔が林檎のように真っ赤な凪は、海都の後ろで頭を抱えていた。
そんな凪の様子を伺うように、律希は凪の顔を覗き込む。
「大丈夫?」
「――っ、ひぇっ! いきなり目の前に来ないでください!」
慌てふためく凪を見て、律希は口元を手で押さえてクスクス笑い出した。
「……っ、ふふ……。そんなに慌てなくても……」
「あ、慌てますよ! いつもと姿が違うんです!」
凪がそう言うと、律希は「ふーん……」と言ってニヤリと口角を上げた。
「……じゃあまたこの格好になろうかな」
「やめてください。死人が出ます」
「出る訳なくない?」
律希は凪の言葉に、思わず吹き出して笑う。
そんなやり取りをしていると、二人の頭の上から海都が気まずそうに声を掛けた。
「……あの〜……。人を挟むんやめてもらってもいいですか?」
その言葉に、凪と律希はハッとする。すぐに立ち上がってお互いに距離を取った。
「ごめんね。蓮實くんの反応が面白くて。席に案内するよ。こちらにどうぞ」
そう言って、律希は二人を席に案内する。
律希の後ろで凪が海都の袖を引く。
「あれって本当に律希さんで合ってる? オレの欲望が生み出した幻覚じゃねーよな?」
海都は凪の方を振り向いて、肩をすくめた。
「お前それ正気?」
「だって! 女装してない律希さんとか、どう考えてもおかしいだろ!」
「あの人なりに、吹っ切れたんじゃねーの?」
海都は律希に目線を向ける。
凪も同じように律希の背中を見つめる。その背中は、女装していた時よりも肩幅が広く見えた。
――……私はまだ、変われてないのに……。律希さんは変わろうとしてるんだ……。
凪は拳を強く握った。
席を案内された二人は店内を見渡す。
コスプレカフェというだけあって、色んな格好をしている生徒がいた。
「律希センパイが執事なら、千蔭さんは何だろうな。意外と可愛いやつ着てたら笑うな」
そう言って、海都は口元に手を当ててクスクス笑う。
その時、海都の後ろに近づく影が一つ。
凪はその存在に気づき、目を泳がせて後ろを指差した。
「……あ、海都……。後ろ……」
「……? 何言って……」
海都が振り向くより先に、海都の後頭部を誰かがメニューで思いきり叩いた。
「海都、てめぇ。出禁にすんぞ」
「…………あ、千蔭さんだぁ……」
海都は後頭部を押さえながら、冷や汗を流す。
「お前が整理券寄越せって言うから渡したのに、何だその態度。しばかれてーのか?」
遥人は冷たい眼差しで海都を見据える。
「い、嫌だなぁ。感謝してますよ、本当に」
「………………白々しいな」
遥人はため息をついて、凪たちのテーブルにメニュー置いた。
そこで遥人の格好を改めて見た海都は、段々とニヤニヤし出した。
「……ふっ、ふふ……。ち、千蔭さん……。……っ、その格好って……、自発的に……?」
「あ゙ぁ゙? んな訳ねぇだろ。クラスの奴に無理矢理だよ」
遥人は不機嫌そうに眉を顰めて言った。
遥人の格好は、和装の着物に猫耳という確実に本人が着なさそうな衣装であった。
そのため、当の本人はかなり不機嫌そうに接客をしている。
だが、クラスメイトの言う通り、面だけは良いため、集客率は高まっているようだ。
遥人は腰に手を当てて、二人が注文するのを待っていた。
「決まったのか?」
「……あ、じゃあ俺はミルクティーで。凪は?」
「えっと、オレはレモンティーを」
「はいはい。大人しく待ってろよ」
そう言って、遥人は裏方の方に入っていった。
二人になった時、凪はとある疑問をぶつけた。
「……整理券、遥人さんからもらったんじゃねーのか?」
「――っ!! ……え……と……、それは……」
海都は肩をビクリとさせた後、目線を泳がせてあからさまに動揺の色を見せる。
凪は構わず追撃した。
「本当は遥人さんからもらったんじゃなくて、海都が根回ししてくれたってこと?」
凪の言葉に、海都はグッと言葉を詰まらせる。
そして、視線を下に向けて観念したように大きく息を吐いた。
「……そうだよ。……誰のためだと思う?」
そう言って、海都は頬杖をついて目を細めて凪を見つめた。
その時の海都の目には、まるで愛おしい人を見るような熱いものが込められていた。
凪は声にならない悲鳴を上げて、そっぽを向く。
「――っ、そういうこと、言うなよって言っただろ」
「え――? 俺、変なこと言った?」
海都はニヤニヤしながら凪を見る。
逆に凪は頬を染めて、口をワナワナと震わせていた。
そこに遥人が飲み物を持ってきたのだが、海都の頭に遥人の拳骨が落ちた。
「うるせーんだよ、お前ら。イチャつくなら他所でやれ」
「――っ、いった!! なんっ……で、俺だけ!?」
「顔見知り程度の蓮實に鉄拳なんて出来ねーよ」
そう言って、遥人は机に飲み物を二つ置いた。その時にチラリと凪の方を見る。
いきなり見られた凪は目を丸くした。
「……え、何ですか?」
「何もねぇよ。リツにとって悪い虫なら排除するべきだよなって考えてただけ」
「え、怖。遥人さんの認可降りなかったら、オレって排除されるんですか?」
「その可能性もあるな」
遥人は小さく息を吐いて腰に手を当て、視線を少し横にずらした。
「…………まぁ、今は及第点ギリギリってとこだな」
「何でこの人、自分基準で採点してんの?」
凪は信じられないという顔をして、遥人を指差す。
目の前にいた海都は肩をすくめた。
「そういう人なのは分かってただろ? 諦めろ」
「海都は後で面貸せよ」
「うわぁ、パワハラだ――……」
海都は苦笑いを浮かべて、大人しくミルクティーを飲み始めた。
凪もレモンティーに手を伸ばす。そして、遥人を見上げてにっこりと笑った。
「少しは認めてくれたってことですよね! ありがとうございます!」
「……あんまり調子乗ってるとしばくからな」
それだけ言って、遥人はその場を離れた。
凪と海都は、そんな遥人の背中を見送る。
そして、凪が海都にだけ聞こえるぐらいの声で話しかけた。
「……遥人さんって、雰囲気変わった?」
「さぁ? 俺に対してはいつにも増して当たり強かったけどな」
海都は苦笑いをして、飲み物を一口飲む。
――……遥人さんも前を向いてるんだ……。
凪はカップをグッと握りしめた。
そんな凪を横目で見た海都はカップを傾けて、一気に飲み干した。
「ほら、そろそろ行くぞ。準備しなきゃいけねーだろ。あと俺が千蔭さんにしばかれる前に」
「海都の命が危ないからな」
「うるせ。死活問題だ」
そう言って、二人は席から立ち上がり、出口に向かった。
二人の後ろから律希が声を掛ける。
「……待って、蓮實くん……!」
凪が律希の方に振り返る。
その時に律希は、凪の腕を優しく掴んだ。
「――っ! な、何して……!」
「頑張ってね、劇。見に行くから」
律希の真っ直ぐな言葉に、凪は目を見開く。そして、眉を下げて微笑んだ。
「……ありがとうございます。律希さんが見ててくれるなら、頑張れる気がします」
凪は自身の腕を掴む律希の手に、自身の手を添えた。
律希の体温を感じて、凪は少し心が落ち着いた。
お互いに手を離して、距離を取った。
「……じゃ、準備してきます。行こ、海都」
凪は海都に声を掛けて、教室から出た。
しかし凪だけ顔をひょっこり出して、ニッコリと笑って言った。
「ぜ――ったい来てくださいね! 舞台の上で待ってますから!」
それだけを言って、パタパタと駆けていく足音が廊下に響いた。
律希は凪の腕を掴んでいた手を見つめ、軽く拳を握った。
「…………うん、待ってて」
そのまま律希も、接客を続けた。




