第二十三話
――数日後。
文化祭準備期間に入り、どのクラスも忙しなく準備をする姿が見られる。
凪のクラスもまた、劇に向けて演劇の練習をしているのだが――。
「……一人だけレベチ過ぎない? 蓮實くんって演劇やってたの?」
「え? ……あー、っと……」
凪の演技力があまりにも突出していたためか、凪の役者時代の演技が露呈してしまっていた。
凪は反応に困り、口をモゴモゴさせていると、海都が凪の肩を組んだ。
「そーなんだよ! こいつ小学校の頃から役者やっててさ! 今はもう辞めてんだけど、まだまだ健在なんだな」
そう言って、海都はニコッと凪に笑いかける。
凪は目を見開いた後、小さく「ありがとう」と呟いた。
海都の話を聞いた女子生徒は、目を輝かせて凪に詰め寄る。
「えぇ――! すごいじゃん! 子役やってたってことだよね!?」
「そ、……うだな」
あまりにも近すぎる距離感に、凪は冷や汗を流しながら後ずる。
女子生徒の目の輝きは消えることなく、凪に注がれ、凪の身体を上から下まで見ていた。
「蓮實くんならオーロラ姫の衣装着ても可愛くなれそうだし、演技力も抜群って最高じゃん! 私、気合い入れて衣装作るね!」
その女子生徒は、握り拳を作ってニッコリと笑う。そしてその場から立ち去った。
凪はその女子生徒の様子に、目を見開いて驚いた表情を見せた。
しかしすぐに怪訝そうに彼女の後ろ姿を見つめる。
――……私が男だと思ってるからかな。こんなに交友的なのは……。
そんな凪の様子を横目で見ていた海都は、小さくため息をついた。
「クラスメイトをそんな目で見るなよ。まだあの子には何もされてねーだろ」
「……そうだけど……」
海都の言葉に、凪は目を逸らす。
海都は凪を励ますように、背中をトントンと優しく叩いた。
「大丈夫だ。俺がいる」
その言葉を聞いて、凪はハッとして律希の言葉を思い出した。
――……。
『利用しちゃいなよ。それぐらいの気持ちの方が、君にはちょうどいいよ』
……――。
凪は口の中でその言葉を咀嚼し、グッと唇を紡いだ。
そして、海都の方を見てぎごちなく微笑んだ。
「そうだね。頼りにしてる」
「――っ、お、おう……」
普段よりも素直な凪に、海都は動揺の色を示した。
――……いつもならあしらうのに。どういう心境の変化だ……?
海都は凪をジッと見つめる。
目を逸らさずにずっと見つめてくる海都に、凪は気恥ずかしそうに目を逸らした。
「……練習、しなくていいのかよ?」
そこで海都はハッとして、凪から離れる。
そして、凪の言葉を復唱するかのように海都は凪に尋ねた。
「練習に付き合ってくれんの?」
「付き合うも何も、オレたちは一緒にしないと意味ねーだろ」
「……そうだな。じゃあ今からやるか」
そう言って、海都は凪の腕を引っ張った。
凪は驚いて目を見開き、海都を見上げる。
「ちょ、今から!? 今日はもう終わりじゃ……」
「一緒にやらなきゃ意味ねーって言ったのお前だろ! 付き合えよ!」
海都はニコッと笑う。
海都の笑顔に、凪は目を丸くした後、呆れたように笑った。
「……しょうがないな。ちょっとだけだからな」
二人は教室の隅で、演劇の練習を始めた。
その時、開いた教室の窓から柔らかな風が入ってきて、教卓に置かれた誰かの台本のページをめくった。
そのページは見どころのシーンでもある、王子様がオーロラ姫をキスで助けるシーンだった。
* * *
――一方、律希の教室では。
コスプレカフェということもあり、誰がどの服を着るのかを決めているところだった。
律希の周りには何人かの女子生徒がおり、律希は戸惑いの表情を浮かべていた。
「……あ、あの……。わたしは何でもいいんだけど……」
律希の言葉に、その場にいた女子生徒は勢いよく首を横に振った。
「ダメダメ! 園田くんはとびきり似合うやつじゃないと!」
「やっぱりこのまま女の子の姿で、メイド服でも……」
「いやいや、それは安直でしょ! 園田くんが良ければ男の子の姿で王子様とかさ!」
「着てもらいたい服が多すぎる! この際、一日目と二日目で衣装分けない!?」
律希のことは置いてけぼりで、ワイワイと楽しそうに話し合いをする女子生徒たち。
そんな彼女らを、律希は苦笑いで見つめていた。
――……おれは本当に何でもいいんだけど。でも……。
「男の姿の方が、蓮實さんは驚くかな……」
律希の呟きは誰も聞き取れず、一人の女子生徒が首を傾げた。
「園田くん、大丈夫? 何か言った?」
「ううん。何でもないよ。良ければ男の姿がいいんだけど、どうかな?」
律希がそう言うと、彼女たちは「もちろん!」と笑顔で答える。
その場にいた一人の女子生徒が、一つの衣装を律希に差し出した。
「演劇部から借りてる男性の衣装があるからきてみてよ! これがピッタリだったら、このサイズに合わせて作るからさ!」
「分かった。……って、この衣装……」
律希は衣装を広げて、少し眉を顰める。
何故なら、その衣装は白を基調とした王子の衣装だったためだ。
「……本当にこの衣装しかなかったの?」
「いいじゃん。試しに着るだけだよ?」
「…………サイズ分かったらすぐ脱ぐからね」
そう言って、律希は衣装を持って別室に移動した。
別室にて、王子の衣装に着替えた律希は、自分の姿を見下ろす。
「まさか、おれがこの格好するとは思わなかったな……」
そう言って、小さくため息をつく律希。
律希の視界の隅に、ウィッグの長い髪の毛が映る。
「この衣装にこの髪の毛は変、だよな」
律希はウィッグに手を伸ばして外そうとするが、グッと身体が強張ってしまう。
――……大丈夫。このクラスの人たちは、中学みたいな人たちじゃない……。
そう思い込み、律希はウィッグを外して、別室から自身の教室に移動した。
律希は教室の扉を開けて、中に入る。
その瞬間、ザワザワしていた教室内が、一気に静寂に包まれた。
律希は気まずそうに、顔を上げて首を傾げた。
「……ど、どう……かな?」
律希がそう言うと、律希の近くにクラスメイトたちが寄ってきて、目を輝かせる。
「すっ……ごい似合ってるよ! 超カッコいいじゃん!」
「女も男も似合うとか反則すぎねぇ? ずるっ!」
「あの髪の毛、やっぱりウィッグだったんだ! 短いのもいいよ!」
思いの外、好印象なことに律希は目を見開いて驚いていた。
――……おれのことを知っても、普通に接してくれてる。これじゃ、今までおれが避けてたのが馬鹿みたいじゃん……。
律希は彼らを見て、フッと笑った。
「……褒めても何も出ないよ」
「お世辞じゃないって! このまま王子の衣装でもいいけど……」
「それはやだ」
一人の女子生徒の提案に、律希はバッサリと切り捨てる。
その様子に彼女は目を丸くした後、「だよねぇ〜」とケラケラ笑った。
そんな中、一人の男子生徒が手を挙げる。
「じゃあじゃあ、執事とかは? 王子よりマシだろ?」
その意見に律希は少し考えた後、渋々な様子で頷いた。
「…………それなら、まぁいいけど……」
「じゃあ園田は執事な! 俺は何にしよーかな」
「ダメダメ。園田くんが前に出たら、誰が出ても一緒なんだから」
「はぁ――? 何だと――」
そう言って、彼らは楽しそうに談笑し始めた。
その様子を律希はジーッと見つめる。
――……自然に、話せてる。嫌な感じもない。なんだか……。
「……楽しいな」
そう言って、律希は踵を返す。
教室の外に出ていく律希を見た女子生徒は、「どうしたの?」と声をかけた。
「この衣装を脱いでくるんだよ。おれは早く着替えたい」
「えー、似合ってるのに。千蔭くんもそう思うよね?」
そう言って、その女子生徒は輪の外にいた遥人に話を振った。
律希は遥人に目線を向けると、遥人はジッと律希を見据えていた。
遥人は小さくため息をついて、ぶっきらぼうに言い放つ。
「………………いいんじゃねぇの?」
「え、それだけ? もっとないの?」
「……っ、チッ……。ねぇよ。リツがいいなら俺はそれでいいんだよ」
そう言って、遥人は目を逸らす。
その時に遥人の耳が僅かに赤くなっていることを、律希だけが気づいた。
それを見た律希は、おかしくなって思わず吹き出して笑い出した。
「……っ、ふ……。あはは……! なんだよそれ……! テキトー過ぎじゃん……!」
クスクス笑う律希に、遥人は顔を真っ赤にさせて詰め寄った。
「――っ! おっまえなぁ……! 人の気持ちを知っていながら……!」
そんな遥人の様子に、クラスメイトたちはニヤニヤし始めた。
「えー、なになに? 千蔭くんって褒めるの苦手なタイプ? めっちゃ照れてない?」
「遥人〜! お前にも可愛いとこあんじゃん!」
そう言って、クラスメイトたちに弄られる遥人。
遥人の顔の熱は余計に上がり、林檎のように真っ赤になっていた。
「ふざっ……けんな! 離れろ、クソ!」
「やーだよ! お前のそんな顔はレアだからな! 弄り倒してやる!」
「やめろって! おい、リツ! お前が余計なこと言うから……!」
クラスメイトたちに揉みくちゃにされている遥人は、律希をキッと睨む。
しかし律希は、舌を出して手をヒラヒラとさせる。
「し――らない。おれは何も言ってないじゃん。遥人が勝手に怒ったんでしょ?」
「……っ、本当にお前は……! 後で覚えとけよ!」
「あはは――。やーだよー」
そう言って、律希は教室から出ていく。
そして律希は教室の外から、そっと中の様子を覗いた。
嫌そうな表情を浮かべながらも、クラスメイトたちと仲良さそうに笑っている遥人を見て、律希は安堵する。
「……よかったね。遥人も、……おれも」
律希はそう呟いて、着替えるために別室に向かった。




