第二十二話
――数日後の昼休みにて。
凪と律希の二人は、定期的に屋上で昼食を共にするようになった。
今日もまた、美しい青い空が二人を見守っている。
しかし、凪は大きなため息をついて顔を両手で覆った。
爽快な青い空とは打って変わって、凪の雰囲気は曇り空のようだった。
律希は凪の様子を見て、手を丸くする。
「……どうしたの?」
見かねた律希が凪の顔を覗き込む。
すると、凪は両手で顔を覆ったままボソボソと呟き始めた。
「…………文化祭で、劇するんですけど」
「うん」
「……役で選ばれたんですけど」
「おぉ、そうなんだ」
「………………く、です」
「なんて?」
凪の言葉を聞き取れなかった律希は、凪の方に耳を寄せる。
凪は神妙な面持ちをして、パッと顔を上げた。
「……主役なんです」
「…………立候補、な訳ないよね」
「そんな訳ないじゃないですか! 私は裏方がよかったです!」
「くじ引き?」
「……そうですよ……。みんなやりたがらなくて、仕方なく……」
そう言って、凪は役決めのことを話し始めた。
* * *
――数日前のホームルームにて。
凪たちのクラスは無事に第一候補の題材を獲得することができ、役決めの話し合いをしていた。
凪は黒板に役の名前を書いていく。
「役決めなんだけど、希望はあるかー?」
海都が聞くと、教室はシーンと静まり返った。
そんな様子を見た海都は苦笑する。
「…………ま、そうだろうな。主役は置いといて、他の役はどうだ?」
「妖精の役ならやりたいかも! 可愛い衣装着れそうだし!」
「俺、家来とかならやれそう」
主役以外の役だと、クラスメイトたちは明るい表情で話し始めた。
凪は役の下に生徒の名前を書きながら、ボーッと黒板を見つめる。
――……私は、裏方でいいや。演技はしたくないし。演技して昔の私のこと、バレたくないし……。
凪はギュッとチョークを強く握り締め、唇をキュッと結んだ。
そして、トントン拍子で決まり、残るは主役のオーロラ姫と王子になった。
海都は腕組みをして、黒板を見つめた。
「……うーん……。もはやくじ引きで決めるしかねーか? ……ってことで、先生! くじ引き貸してください!」
海都がそう言うと、クラスメイトたちがザワザワとし始めた。
「マジかー! いやでもしょうがねぇか……」
「オーロラ姫とか絶対できる自信ない! お願いします……!」
クラスメイトたちの強い視線が、くじ引きの箱に集まる。
海都がくじ引きの箱の中に手を伸ばした時、凪がその手を止めた。
「先生が引いてください。こいつ、不正しますから」
そんな凪の顔を覗き込むように、海都は凪のことをジッと見つめた。
「しねーって。そんなことを俺がするとでも?」
「……どの口が……」
凪は眉を顰めて、海都を見る。
見かねた担任が、ため息をついて二人の間に割って入った。
「へいへい。俺が引いたらいいんだろ。んじゃ、まずはオーロラ姫役な」
そう言って、担任は容赦なく箱の中に手を入れた。ガサゴソとくじを漁り、一枚の紙を取り出した。
「……えーっと……。おめでとう、蓮實。お前がオーロラ姫だ」
担任の言葉を聞いた凪は、口をポカーンと開けて目を丸くした。
「…………は?」
凪が選ばれたことで、教室内にホッとした空気が流れた。
「よかったぁ! 免れた……!」
「蓮實か〜。意外だけど似合いそうじゃね?」
クラスメイトたちは、安堵に満ちた表情をして話をする。
凪はハッとして担任に近づき、担任の持っていた紙を奪い取った。
そこにはちゃんと凪の出席番号が書かれていた。
「…………まさか……」
凪は疑いの目で担任を見る。
担任は肩をすくめて、大きくため息をついた。
「する訳ねーだろ」
「………………最悪だ……」
凪は分かりやすく落ち込み、肩を落とした。そして、チラリと海都を見る。
海都は嬉しそうにニヤニヤとしていた。
「よかったなぁ、凪。主役だぞ」
「よくねーよ馬鹿」
凪は海都を睨むが、海都は何でもない顔でニヤニヤしたままだった。
オーロラ姫は決まったが、王子役がまだ決まっていないため、担任はもう一枚紙を引こうとする。
「じゃ、次は王子役だな」
その手を、海都は静かに止めた。
「先生、ちょっと待ってください」
そして、海都は手を挙げた。
「じゃあ王子役は俺がしますよ。どうせみんなやりたくねーだろ?」
「櫻庭マジ!? 神じゃん!」
「櫻庭くんが王子役とか絶対カッコいいじゃん!」
海都が名乗り出たことで、教室内が明るい空気に包まれた。
そんな空気とは反して、凪は口をワナワナと震わせて海都を見ていた。
「か、海都、何して……」
凪の表情を見た海都は、満面の笑みを浮かべる。
「よろしくな、なーぎ♡」
そう言って、海都は凪にウィンクをする。
その瞬間、凪はこの先の出来事を想像して大きくため息をつき、両手で顔を覆った。
――……最悪……。本当に最悪……。なんでこんなことに……。
凪の苦悩とは裏腹に、海都は嬉しそうな表情を浮かべていた。
* * *
――現在、屋上にて。
「……と、いう訳です」
「それはなんというか……、ご愁傷様としか言えないかも」
「なんでオーロラ姫役!? ピンポイント過ぎて怖いんですけど!」
凪は頭を抱えて、「うわぁあぁ……」と唸っている。
そんな凪の肩に、律希は優しく手を置いた。
「たかが学生の演劇だし、そんな気負わなくてもいいと思うけど……」
「……そうなんですけど。本当の私を見られるのが怖いんです……」
「……本当の、蓮實さん?」
律希はキョトンとして首を傾げる。
その時、ざぁと柔らかな風が吹き、二人の頬を優しく撫でた。
凪は口を震わせて、ボソボソと呟き始める。
「……私は、私でいることが怖いんです。自分を否定されるのが嫌だから、男装してるし……」
凪は自身の髪の毛を触る。
「本当は女だってバレた時、また否定されたら……って思うと……、……怖くて……」
「……蓮實さん……」
律希は黙って凪の話を聞いていた。そして、優しく凪の頭を撫でる。
「大丈夫だよ。きっとそうならないよ。もし、そうなったとしても櫻庭くんがいるでしょ?」
「……ダメですよ。海都に頼るのは。だって……」
言葉を濁している凪に、律希は肩をすくめて苦笑いを浮かべた。
「櫻庭くんが君のことを好きだから?」
「――っ!? 何でそれ……!」
凪は驚いて目を見開き、律希に詰め寄る。
「櫻庭くんと話す機会があってね、その時に」
「そ、そうなんですか……」
凪は反応に困っているのか、目を泳がせて少し頬を染めていた。
凪の様子を見ていた律希は、目を細めて笑みを浮かべた。
――……本当に君は優しいな……。
凪の頬に、律希は手を添える。
「いいじゃん、頼っても。好きな子に頼られて嫌な男なんて居ないと思うけど」
「……そんなの、利用してるみたいじゃないですか」
「利用しちゃいなよ。それぐらいの気持ちの方が、君にはちょうどいいよ」
律希の言葉に、凪は目を丸くする。
そして、ジッと律希を見つめ、意を決したようにゆっくりと口を開いた。
「…………頼っても、いいですか?」
「……? うん。いいと思うよ」
律希は凪の言葉の意味が理解出来ず、キョトンとしたまま頷いた。
凪は俯いて律希の言葉を復唱する。
「好きな子に頼られて嫌な男はいないって言いましたよね」
「うん。言ったね」
凪は少しニヤリと笑った後、徐に律希の両頬を両手で包んだ。
凪の行動に、律希は目を見開いて驚く。
「――っ、何して……」
「じゃあ、私は律希さんに頼ります。少なくとも私のことを嫌いではないと思うので」
そう言って、凪は両手を律希の顔から離した。
その瞬間、律希の頬が僅かに赤く染まる。そして、それを隠すように口元を手で覆った。
「……、君って本当に、ずるいな……」
律希は目を泳がせて、動揺の色を示す。
大きく息を吐いて気持ちを落ち着かせた後、凪の額に軽くデコピンした。
「――いたっ! なんで!?」
凪は訳が分からず、涙目で額を押さえた。
凪の目の前には、挑発的な表情をして凪を見据える律希がいた。
「……いいよ、頼っても。君になら頼られてもいいかなって思えるから」
凪はその言葉を聞いて、目を輝かせる。
「……っ、それって……!」
凪は律希に近づいて、頬を紅潮させて言う。
「私のこと好きですよね!? 付き合ってください!」
「無理」
「だから何で!!??」
凪は分かりやすく頬を膨らませて拗ねた表情を見せた。
律希はクスクスと口元を押さえて笑う。
「……君は良くてもおれの答えがまだなの。だから……」
そう言って、律希は凪の耳元で呟く。
「……待ってて」
「――っ!? ぴゃっ……!」
凪は顔を真っ赤にして耳を押さえて、勢いよく後ずさった。
そんな凪の様子を見て、律希はまた笑う。
「そんなのでオーロラ姫が務まるの?」
「そっ、それとこれとは別問題ですよ!」
凪はプイッと律希から顔を逸らす。
そこでふと、とある疑問が凪の頭に降ってきた。
「……、……そういえば、律希さんのクラスは何するんですか?」
凪の質問に律希はピシッと身体を強張らせた。
そして、あからさまに顔を逸らして「あ〜……」と言葉に詰まらせていた。
「……内緒」
律希は困ったように眉毛を下げて、口元に人差し指を当てる。
凪は食い下がり、律希に詰め寄る。
「ダメです! 教えてください!」
「当日の楽しみに取っといた方がいいと思うなー」
律希は「あははー」とテキトーに笑って、屋上の入口に向かって歩き、扉を開けた。
そして、振り返って凪に微笑む。
「……楽しみだね、文化祭」
「…………はい」
凪も同じように微笑み、律希の近くに歩み寄った。
二人が出ていった後、屋上には優しい風が吹いていた。




