第二十一話
――数日後。凪、海都の教室にて。
ある日のホームルーム。
凪たちのクラスでは、文化祭で何をするかを決める話し合いが行われていた。
この学校では学年毎に出し物が決まっており、一年は演劇、二年は飲食店、三年は催物を行うことになっている。
凪たちのクラスでは、昔話や童話を題材とした劇を行う方向性で話が進められていた。
凪は自分の席でノートを使って意見をまとめ、海都が前で場を仕切ることで話し合いを進めていた。
「……えーっと……。出ている案が、シンデレラ、かぐや姫、シンドバッドの冒険、眠れる森の美女……か。どれにする?」
海都がみんなに呼びかけると、隣の人と相談する声で、教室内がザワザワとし始める。
そんな中、一人の男子生徒が手を挙げた。
「はいはーい。他のクラスと被った時は?」
「そん時は俺が責任持ってジャンケンしてくる」
そう言って、海都は真剣な表情をして握り拳を作る。
「櫻庭の運次第かよ」
「俺の運を信じとけって。……とりあえず多数決取るか〜」
海都は順番に出された案を言って、多数決を取った。
その結果は――……。
「……第一候補は、眠れる森の美女。第二候補はかぐや姫な。じゃあ役決めは、俺が勝ち取ってからな」
「頼んだぞ、櫻庭〜」
海都は「任せとけ」と言いながら、拳を上げて自分の席に座る。
そして、後ろにいた凪の方を振り返り、ニヤリと笑った。
「次の話し合いはお前がやる?」
「やらねぇ。オレはそういう役回りじゃないし」
「俺ばっか押し付けんなよ。別にいいけどさ」
海都は身体を凪の方に向けて、頬杖をついてジーッと凪を見る。
海都の視線に、凪は怪訝そうに海都を見た。
「………………何だよ?」
「演劇やんの?」
「やらねぇよ。……もう、きっと出来ない」
「そんなことないと思うけどな」
海都はそれだけ言って、前を向いた。
海都のやり取りから、凪は小さくため息をつき、頬杖をついて外を眺めた。
――……私は楽しく演技することは、もう出来ない。今も私が弱いから、演じてるだけなのに……。
凪はグッと唇を紡ぐ。
「……劇、か……」
凪の呟きは空気に溶け、そのまま消えていった。
* * *
――一方、律希と遥人の教室では……。
こちらも文化祭の出し物を決める話し合いが行われていた。
律希は椅子に座り、黒板の意見をノートに書き留めていた。
「えーと、じゃあ俺らのクラスはコスプレカフェで決定で大丈夫か?」
「賛成! 衣装とか考えるの楽しみ!」
「俺は接客じゃなくて裏方がいい〜」
教室内が期待に包まれ、ザワザワと騒ぎ始める。
そんな中、一人の生徒が手を挙げた。
「これって、性別逆転の衣装とかありなの?」
その一言に、教室がシーンと静まり返る。
そして、女子生徒は嬉しそうな声を上げ、男子生徒は逆に嫌そうな表情を浮かべた。
「私、男装とかしてみたい!」
「男の女装とか似合わなかったら需要ねぇだろ!」
ザワザワと騒ぐ中、次第にクラス中の視線が律希に向いた。
「……園田は……、もはやそのままでも十分だよな」
「えぇ、園田くんの男装見てみたいな〜」
「男装っていうと語弊あるだろ」
そんなことを話すクラスメイトたちの姿を見て、律希は目を丸くする。
――……意外と、気味悪いとか言わないだ。いや面と向かって言うわけないか……。
律希は首を軽く傾げ、優しく微笑んだ。
「わたしはどっちでも。このままでもいいならこの格好に似合う服装にするし、男の姿をしなきゃいけないなら合わせるよ」
律希がそう言うと、遥人が険しい顔をして、勢いよく椅子から立ち上がった。
「おまっ……! リツ!」
教室中の視線が、遥人へ集まる。
「なに? 遥人」
「お前はいいのか?」
律希は遥人の言葉をグッと呑み、意を決したように首を縦に振る。
「…………いいんだよ、嫌じゃないから。それに……」
そう言って、律希は少し視線を下に向ける。その時に凪との約束を思い出す。
そして、律希は気恥ずかしそうに微笑んだ。
「今年は、少しだけ……。ほんの少しだけ、楽しみなんだ……」
「――っ、リツ……」
そんな律希の言葉を聞いた遥人は、何も言えずその場に立ち尽くしたままだった。
遥人が棒立ちで立っているのを見かねた一人の男子生徒が、遥人の肩に飛びつく。
「いーじゃんか、遥人! 園田が楽しみって言ってんだから! お前はもちろん接客だかんな!」
「……は? なんで俺が……」
「お前と園田が前で働いてくれたら、売上爆上がり間違いなしだろ!?」
「何も変わんねーだろ」
冷たくあしらう遥人にも、その男子生徒はにこやかに関わる。
「そんな訳ないって! お前、面だけはいいんだから!」
「だけって何だよ」
「実際そうだろ。園田以外に冷たいし」
「……? それがどうした?」
「ほら! これで自分は普通ですって顔してんのズルだろ!」
そんなやり取りを見ていたクラスメイトたちは、ケラケラと笑い出した。
当の本人である遥人は、何で笑っているのかが分からずキョトンとする。
その様子を自分の席から見ていた律希も、思わず吹き出して笑い出した。
すると、そんな律希に教室内の視線が集まる。
「……え、何?」
律希が目を丸くして、クラスメイトたちを見る。
一人の女子生徒がポツリと呟く。
「園田くんって、笑うんだ」
「え、わたしのことアンドロイドか何かだと思ってた?」
「それぐらい表情暗かったってこと! 絶対その方がいいよ!」
その言葉を聞いた律希は、目を見開いて驚いた表情をする。
――……今まで、そんなこと言われたことなんて……。
驚いて固まっている律希の近くに、わらわらとクラスメイトたちが集まってくる。
そして、一人の男子生徒が律希の肩に手を置いた。
「今年の文化祭、楽しもうぜ! もちろんお前なりに!」
「……わたしなりに……?」
律希が周りを見渡すと、ニコニコと笑顔で律希のことを見るクラスメイトたちがいる。
「園田くんの似合う衣装、一緒に考えよう!」
「女装が似合ってる時点で何でも似合うだろ」
「私、園田くんのタキシードとか見てみたいけどなぁ……」
「うわっ、めっちゃいいそれ!」
律希は静かに彼らの話を聞く。
そして、僅かに口角を上げて肩をすくめた。
「……関わるのも悪くないって、思う日が来るなんてね……」
「……? 何か言ったか?」
律希の呟きに、肩に手を置いていた生徒が首を傾げる。
律希は小さく首を横に振った。
「何も言ってないよ。楽しみだなって思っただけ」
そう言って、笑う律希。
その表情は、ほんの少しだけ前よりも柔らかくなっているように見えた。




