第二十話
――その日の放課後。
凪は気乗りしないまま、文化祭実行委員会が行われる教室に向かっている。
その隣には、凪を実行委員に引き入れた張本人である海都が上機嫌で歩いていた。
そんな海都を、凪は不服そうに見る。
「……なんでそんな嬉しそうなんだよ」
「俺一人だったら最悪だったけど、凪もいるしな」
「海都が不正してオレの番号を引いたんだろ」
「何のこと?」
海都は軽く笑いながら、すっとぼけている。
どうすることもできない凪は大きなため息をついて、実行委員会が行われる教室の扉を開けた。
中にはちらほら他のクラス、学年の実行委員が集まってきているのが見える。
始まるまでの間、談笑している様子もあった。
凪が中を見渡すと、見知った後ろ姿が見え、その姿に凪は目を見開く。
「……――っ!? り、律希さん……!?」
凪の声に反応した律希は、振り返って驚いたように目を丸くする。
「え? ……蓮實……、くん?」
その瞬間、凪の顔は一気に明るくなり、律希の近くに駆け寄った。
「わぁ――、律希さんだ! えぇ、律希さんも実行委員なんですか! やっぱり運命です! 付き合ってください!」
「話の流れで告白するネタは飽きた。却下」
「玉砕っ……!」
凪の流れるような告白をサラリと受け流す律希。
そんな律希も、凪の姿を見てどこか嬉しそうな表情を浮かべている。
凪はチラリと律希の隣の席を見る。
そこには遥人ではない、別の生徒が座っており、その生徒は別の生徒と談笑していた。
「……遥人さんと一緒じゃないですね」
「あー……、うん。くじ引きだったから。遥人はめちゃくちゃ不機嫌だったけど……」
「…………でしょうね」
その様子を容易に想像することが出来た凪は、苦笑する。
そんな凪の後頭部を、海都が軽く小突く。
「おーい。置いてくなよ、馬鹿」
「別にいいだろ。どうせ同じクラスは隣に座るんだし」
「そういう問題じゃねーよ。……あ、律希センパイだ」
海都は凪の後ろから顔をひょっこりと覗かせて、律希に挨拶をした。
律希は少し驚きながらも、微笑んで挨拶を返す。
「……こんにちは、櫻庭くん。もう大丈夫なの?」
「おかげさまで〜。俺、諦めないことに決めたんで」
そう言って、ニヤリとする海都に、律希は目をパチパチとする。
そして海都の言葉の意味を理解して、少し含みのある笑みを浮かべて首を傾げた。
「……ふーん。君って意外と大胆なんだね」
「勝機がゼロになった訳じゃないですからね。貴方が答えを出す前に決着つけてもいいんですよ」
海都は余裕そうな律希をしっかりと見据える。
そんな海都の様子から、律希は目を細めて面白そうだというかのような表情をした。
「へぇ……? 随分と雰囲気変わったんじゃない? 前までは余裕のない野生動物って感じしたのに」
「成長したんです。俺って天才なんで」
「……あははっ! じゃあ、天才くんに負けないようにわたしも頑張らないとね」
律希はクスクスと楽しそうに笑う。
二人の話に置いてけぼりの凪は、口をポカーンと開けたまま立ち尽くす。
そして、我に帰って海都に詰め寄った。
「……――っ!? いやいやいや、なんで海都と律希さんが仲良くなってんの!? 意味わかんねーんだけど!」
「お前は知らなくていーの」
「オレの知らないところで何してんの!? 律希さん、騙されちゃダメですよ。こいつ平気で人を騙すんですから!」
「言い方ひでー」
そんなやり取りをしていると、教室の扉が開いて一人の教員が入ってきた。
「おーい。そろそろ委員会始めるぞ〜」
その瞬間、海都は凪の腕を掴んで律希から引き剥がす。
「じゃ、俺ら行くんで。行くぞ、凪〜」
「オレの話聞けよ!」
凪と海都は言い合いをしながら、律希の近くから離れていった。
そんな二人を、律希は微笑ましそうに見つめた。
――……蓮實さんが女の子って知ってると、あのやり取りも面白いな。それにしても……。
「即行動に移すなんて、櫻庭くんはすごいなぁ……」
そう言って、律希は少し羨ましそうに海都を見る。
視線を下に向け、膝の上で強く拳を握り、唇を固く結んだ。
――……おれには無理だな。未だにこの格好のまま生活して……。
律希はそんなことを考えながら、自嘲するように微笑んでいた。
――実行委員会、終了。
律希はふぅと息をついて、もらった資料をまとめていた。
律希の隣に座っていたもう一人の実行委員の生徒が、荷物を持って律希に話しかける。
「じゃあ園田。また明日な」
「うん。またね」
そう言って、律希は彼に手を振る。
その様子を後ろから見ていた凪が、ヌッと律希の近くに移動した。
「……意外と普通に話すんですね?」
「うわっ、びっくりした……! 急にどうしたの?」
律希は驚いたように目を見開いて、凪の方を振り返る。
凪は口を尖らせて、拗ねたような表情を浮かべていた。
「オレとかだけに普通に話すんだと思ってたのに――。やっぱり人たらしだ――!」
「挨拶は人としての基本じゃない?」
律希は苦笑いを浮かべて、凪を見た。
「しっかりしてる律希さん、好きです!」
「櫻庭くんは?」
「オレの告白は無視ですか?」
凪の告白をサラリと躱す律希。
凪の隣に海都がいないことに違和感を感じて、凪の後ろを覗き込む。
「海都なら家の用事で帰りましたよ。……それよりも……」
そう言って、凪は律希に向かって手を差し出した。
「オレとデート行きましょ! 今から!」
「………………え?」
凪の言葉に律希は目を丸くする。驚きの余り、言葉も発さずに固まったままだった。
そんな律希に、凪はやたら説明口調で早口で話し始めた。
「……海都も先に帰っちゃったし、オレも用事ないし! ……あ、いや律希さんが用事あるなら無理ですけど! 海都がいない今日が誘いやすいな!って思って……」
あまりにも早口で捲し立てる凪に、律希は口をポカーンと開けたまま固まっていた。
その空気に耐えきれなくなったように、凪はその場にしゃがみ込んだ。
「――っ、オ……、いや……。私と、デートしてくれないんですか?」
凪は男子高校生の演技をやめて、恥ずかしそうに頬を染めて律希を見上げた。
そこで律希はハッとして、眉毛を下げて言った。
「残念ながら、今日は本当に用事があるから無理なんだ。……その代わりと言っちゃなんだけど、送ってくよ」
「一緒に帰れるだけでも嬉しいです! 是非!」
凪は心底嬉しそうに、顔を明るくさせた。
そんな凪を見て、律希は思わず笑みが溢れる。
――……落ち込むどころか嬉しそう……。犬みたいに可愛いな……。
律希は荷物を持って立ち上がった。
「さ、帰ろうか」
「はい!!」
* * *
――帰り道。
初めて帰った二人の時よりも、凪は幾分かリラックスしているように見える。それでも緊張しているのは確かで、表情がぎこちない。
そんな凪に気づかず、普通に話しかける律希。
「……蓮實さん」
「――っ、は、はい!!」
凪は身体をビクリとさせて、勢いよく律希の方を向いた。
話しかけた律希は、凪の勢いにおどいた表情を見せた。
「え、ごめん。そんな驚くと思わなくて……」
「い、いえ! 私が反応に遅れただけなので……」
「そう? ……今、話しかけて大丈夫?」
「大丈夫です」
律希は少し話すことを躊躇うように、口を紡ぎ、言葉をグッと呑む。
そして、自身の髪の毛を弄りながら言う。
「……教室のど真ん中で……、……あんな堂々と、おれと話して大丈夫?」
律希の言葉に、凪はよく分からないといった表情を浮かべる。
「………………と、言いますと?」
「おれって見た目これじゃん? 蓮實さんに変な噂立たないかなって……。……いや、今更だけどさ」
そう言って、律希は苦笑する。
そんな律希に、凪はムッとした表情をして、律希に詰め寄る。
「何ですかそれ。そんなの、外野は勝手に噂しとけって思いますよ。……もしかして、律希さんが私と距離を取るのはそれが理由ですか?」
「え、いやそれもあるし……。あとはおれの問題というか……」
律希は身を退け反らせながら、冷や汗を流して弁明する。
「それなら距離取らないでください。私は律希さんの隣に立っていたいんです。……それが叶うなら、どんな噂もどんとこいですよ」
凪は真剣な眼差しで律希を見据える。
その表情を見た律希は、どことなく既視感を覚えた。
――……あぁ、そっか……。
「……そっくりだね。蓮實さんと櫻庭くん」
律希の言葉に凪は目を丸くする。そして、複雑そうな表情をする。
「…………私と、海都が?」
「うん、似てるよ。そうやって自分の気持ちに正直なれるところも。……強いところも」
「えぇ、嫌です。私は律希さんと似ていたいです」
そんなことを真剣な表情で言う凪に、律希は少し目を見開いた後に、クスクスと笑った。
「おれも、君みたいになりたいよ」
そう言って、律希はニッコリと微笑んだ。
「――っ!? そ、そういうことを軽率に言わない! ……どうせ振るくせに」
「うん」
「本人の口から言われるとしんどいんですが??」
凪は信じられないといった表情で律希を見る。
「だって、まだおれをその気にさせてないからね。……だから……」
律希は、スッと凪の頭に手を置いて優しくポンポンと撫で始めた。
「頑張ってよ。おれが君のことを離したくなくなるぐらい、夢中にさせてよ」
その瞬間、凪は顔を真っ赤にさせて口を小さく震わせた。
「――っ、あ、愛が……重くないですか?」
「そうかな? 恋愛したらそうなるんだと思ってたけど」
「標準値が遥人さんだからおかしいんですって……!」
「うーん、そうかも。……でも」
律希は凪の頭にあった手を徐々に下ろして、凪の頬に優しく触れた。
「少なくともおれは、愛が重い方だと思うけどね」
「え、これ、無自覚なんですか!? 本当にこの人怖い!」
凪は頭をぶんぶんと横に振って、律希の手を振り解いた。
そんな凪の顔を、律希は片手で押さえる。
「こら。おれの目を見て」
「ふぁ、ふぁい……」
頬を掴まれた凪は、舌足らずで間抜けな返事をした。
そんな凪を見て、律希はニヤリと口角を上げる。
「……おれのこと、好き?」
「――っ!?」
律希の言葉に、凪は声にならない叫び声を上げ、目線を泳がせながらボソボソと呟く。
「……………………好き、です、よ……」
「知ってる。でも付き合えない」
「ほら! すぐ振る! なんで言わせたんですか!」
凪は恥ずかしさからか顔を真っ赤に染め、頬を膨らませた。
逆に律希は、満足気にしていた。
「……確認したかっただけ。おれのこと、本当に好きなのかどうかを」
――……おれのことを、本当に好きでいてくれる人なんて。今までいなかったから……。
その時の律希の表情は、笑っているのにどこか悲しげに見えた。
凪は律希の顔を見て、口をモゴモゴとさせる。
「…………ちゃんと、好きだから。大丈夫です……」
「――っ、……そうだよね。うん。ごめんね」
律希は優しく微笑んで、凪の顔から手を離す。
凪は躊躇った様子を見せた後、意を決したように律希の袖を掴んだ。
「り、律希さん! 文化祭、一緒に……、回りま……せんか?」
凪の言葉に、律希は目を丸くする。そして、小さく頷いた。
「……いいよ。回ろうか」
「――っ! や、やった! 約束ですよ!」
そう言って、凪は小指を差し出した。
「…………大袈裟だなぁ」
律希は苦笑いを浮かべて、凪の小指に絡める。
その時に触れた小指が、ほんのわずかに熱を帯びているように律希は感じた。
夏の終わりの夕焼けが、二人を優しく包み込んでいた。




