第十九話
――数日後の教室にて。
海都が何やらげんなりした様子で、凪の前の席に座っているのが見える。
凪は海都の背中をチョンチョンと指で突く。
「……おーい。大丈夫かよ」
凪の言葉に海都はゆっくりと振り向き、ヘラリと笑った。
「…………大丈夫に見える?」
「いや全く」
「だろ? も――……、勘弁してくれよ〜……」
そう言って、海都は最近のことを凪に話し始めた。
クラスメイトたちから、文化祭実行委員をやって欲しいとのことを言われては断るという流れを、何回も繰り返しているという。
凪に話をし終えて、海都はだらーんと凪の机に突っ伏した。
「いい加減諦めてくれよ〜……。俺はそういうキャラじゃねーってのに……」
「そういうキャラだろ。中学の時もやってたじゃん。実行委員」
「あの時はくじ引きでしゃーなしだよ」
海都は大きなため息をつく。
そんな海都を見て、凪は少し考えて肩をすくめた。
「しょうがないだろ? 海都って常に人の中心にいるタイプなんだから」
「不特定多数に好かれても意味ねーの。たった一人に好かれてなんぼだろ」
そう言って、海都は凪を見上げてニヤリとする。
突然のデレに対応しきれない凪は、グッと言葉を詰まらせて視線を逸らす。
「すっ、すぐそういうこと言うなよ。反応に困る」
「えぇ〜? いいだろ別に。事実だし」
「よくない。場所を弁えろって言ってんの」
「二人きりならいいってこと?」
「………………もういいや」
凪は諦めたように、大きくため息をついて頬杖をつく。そして、窓の外をボーッと眺める。
外の木々が、風で揺れているのが見えた。
――……文化祭、か……。律希さんと回れたらいいな……。
* * *
――数週間後のある日のホームルームにて。
凪のクラスでは、文化祭実行委員会は誰がするかの話し合いが行われていた。
やることも多く、負担も大きいこの役割は誰もやりたがらず、話し合いは平行線のまま進んでいた。
かくいう凪もその一人。
――……実行委員なんて面倒だし。律希さんがやるっていうなら別だけど。どうせ律希さんもやらないしな〜……。
そんなことを考えながら、ボーッと窓の外を眺める。
すると、凪たちの担任が不穏な言葉を言い始めるのが聞こえてきた。
「……はぁ、お前らなぁ。もうくじ引きで決めんぞ。異論は認めん」
そして、教卓にご丁寧に作られたくじ引きの箱がドンッと置かれた。
その瞬間、クラス内が阿鼻叫喚に包まれる。
「嘘だろぉお――!? ぜってー当たるな!」
「お願いします!! 神様!!」
頭を抱える者、天に祈る者、何も言わずに座っている者など、様々いた。
その中で、凪はポーカーフェイスのままくじ引きの箱を見つめていた。
――……こんな都合よく当たる訳ない。私以外の誰か頑張れ〜……。
そんなことを考える凪の前にいる海都は、何かをぶつぶつ言っていた。
凪は聞き耳を立てて、海都が何を言っているのかを知ろうとする。
「……やるなら凪と一緒……」
凪は聞かなかったことにした。
生徒たちの感情など置いてけぼりで、担任は容赦なくくじ引きを引く。
「……んじゃ、えぇーと……。一人目は櫻庭!」
「……はぁっ――――!? なんっで俺ぇ!?」
海都はその場に立ち上がって、血相を変えて担任に問いただす。
「よかったなぁ、櫻庭。選ばれたぞ」
そんなことを言って、担任は海都の態度など気にしていないかのように飄々としている。
海都はビシッと綺麗に挙手をした。
「よくない。ちっともよくないから。俺、部活もしてんだけど? サッカー部のスタメンなんだけど?」
「知らん。文化祭準備期間は部活ないから関係なし」
担任はそう言って、次のくじを引こうとする。
しかし、海都がその担任の手を押さえた。
「……待ってください。俺に引かせてください」
「お、おう。なんでそんな眉間に皺寄ってんだ?」
「一緒にやる相手ぐらい俺が決めたいです」
そう言って、海都はくじ引きの中に手を入れてガサゴソと探る。
なにやら入念に悩んでいる海都に、担任は怪訝そうな表情で見て言う。
「………………不正すんなよ」
「……し、しませんよ。やだなぁ……」
海都はあはは〜っと乾いた笑いを浮かべる。
そして、海都が選んだもう一人の実行委員は――。
「……蓮實だな。おめでとう、選ばれたぞ」
「…………はぁ!?」
担任から名前を呼ばれた瞬間、凪は目を丸くする。そして、勢いよく立ち上がり海都を思いきり指差した。
「ふ……、不正してます! こんなピンポイントで当てられる訳ねーだろ!!」
その凪の言葉に、海都は腕組みしたままニヤニヤして返す。
「……へぇ〜……? じゃあ、どうやって狙った番号を引くことができるのかを教えてくれる? 凪?」
「――っ! ……後で覚えてろよ……」
凪はギリギリと歯を食いしばり、強く拳を握った。
そんな二人のやり取りを側から見ていた担任は、満足気に頷いていた。
「お前ら仲良いんだな〜。それなら安心だ。櫻庭、蓮實。頼んだぞ〜」
担任の言葉に海都は嬉しそうに、凪の肩を抱く。
「ほら、凪。頑張ろうぜ!」
「ふざけんな。肩組むな。離せ」
凪は無慈悲にも海都の腕を振り払い、ジロリと睨んだ。
そんな睨みも海都には効かないようで、ヘラヘラと笑ったままだった。
担任は二人に一枚の紙を渡した。
「これ、実行委員の予定表な。早速今日の放課後に実行委員の顔合わせがあるからよろしく〜」
それだけ言って、担任は教室から出ていった。
その瞬間、凪がくじ引きの箱を入念にチェックし始めた。
凪の様子を後ろで見ていた海都は、腰に手を当てて大きく息を吐く。
「……先生は何もしてねーぞ」
「先生はってことは、海都が仕込んでんじゃねーか」
「箱の中身を見るとか、箱に細工するなんてことしてねーぞ? ただ、紙の裏を確認してただけだ」
「………………紙の、裏?」
キョトンとする凪に、先ほどのくじ引きの紙の裏側を海都は見せた。
そして、僅かに浮き出ているボールペンと跡を指し示す。
「この跡を辿れば、大体の出席番号がわかんだよ。点字みてーなもんだな」
そう言ってドヤ顔する海都を、凪は呆れた表情で見つめた。
「……悪知恵の働く頭だな」
「悪りぃな。俺、天才だから」
「しばいていい?」
凪は、はぁとため息をついて諦めたように首に手を当てる。
「……しょうがないか。サボるなよ」
「サボんねーよ。むしろお前となら、いくらでも頑張れそうだよ」
「――っ、……うるさい」
海都の一言に、凪は気恥ずかしくなり、海都の頭を軽く小突く。
小突かれた海都は、ニヤニヤしながら凪を見る。
「…………照れ隠し?」
「ちっ……、違うから!!」
そう言って、凪は焦った様子で自分の席に戻っていった。
そんな凪の様子を見ていた海都は、思わずクスクスと笑いが込み上げてくる。
――……あぁ、本当に。可愛いな、あいつ……。
海都は持っていたくじ引きの紙を口元に当てて、ニヤリと笑う。
「……ま、紙の裏側を触って簡単に分かる訳ねーのにな。俺のこと信じきってんのも悪くねぇか……」
そう呟いて、海都は鼻歌混じりに自分の席に戻る。




