第十八話
――次の日の朝。
海都は今までにないぐらい寝起きが悪かった。
基本的に朝は弱く、不機嫌になりがちだが、この日はいつにも増して機嫌が悪い。
「…………あ゙ぁ゙? ……チッ、朝か……」
携帯のアラームを荒々しく止め、挙げ句の果てには携帯をベッドに放り投げていた。
そして、ガシガシと頭を掻いて、窓から漏れる朝日の光を眩しそうに見る。
「………………行きたくねぇな。休みてー……」
そんなことを言ってもズル休みする訳にはいかないため、海都は大きなため息をつきながら、寝巻きから制服に着替える。
洗面所に行き、顔を洗い、髪の毛を整える。
鏡に映る自分は、いつもよりも眉間に皺が寄っていた。
「ひっでぇ顔。……泣いてねーのに、泣いた後みてぇだな」
海都は億劫になりながらも、リビングへの扉を開けて、いつも通り母親に挨拶をする。
「……はよ」
「おはよう、海都。もう凪ちゃん来てるわよ」
母親はそう言って、本来いるはずのない凪の目の前の席に、海都の朝食を置いた。
「おー……、さんきゅ」
そう言って、海都はボーッとしながら母親の言葉を頭の中でもう一度再生する。
――……今、なんつった? 凪? いやいや、ここは俺ん家で、いるはずが……。
海都が寝ぼけ眼で目の前を見ると、凪が緊張した様子で微笑んで座っていた。
「…………おはよ、海都」
「……、……? ……――っ!? はぁ!? なっ……んでいるんだよ!!」
脳内処理が追いついた海都は、驚いて椅子から立ち上がる。
いきなり大声を上げた海都に驚いた母親は、肩をビクリとさせた。
「うわっ、ビックリした! 朝っぱらから大声出さないでよ。凪ちゃんから聞いたわよ。今日一緒に行くって言ってたのに、海都が起きるの遅い〜って。いい加減、朝強くなんなさいよね〜」
そう言って、母親は軽く海都の頭を小突く。
「いやいやいや、一緒に行くなんて一言も……!」
「言い訳なんて男らしくないわよ。さっさとご飯食べなさいよ」
母親は海都の両肩を掴んで、ガッと椅子に無理矢理座らせた。
海都は渋々朝食を食べ始めるが、目の前にいる振られた相手の顔を伺う。
凪は母親とにこやかに話しており、昨日のような雰囲気は微塵も感じられなかった。
――……ここで演技力発揮しやがって。最悪だ……。
海都は早くこの状況を打開したいがため、急いで朝食をかき込んで、椅子から立ち上がった。
「ごちそうさま。……んじゃ、俺ら行くから」
「はーい。凪ちゃん、久しぶりに会えて嬉しかったわ〜。また来てね!」
「はい。また来ますね」
二人は靴を履き、家を出た。
海都の家を出てすぐの所で、海都は壁に凪を追い詰めて、凪が逃げないように両手で左右を塞ぐ。
そして、あからさまに不機嫌な表情で凪を見下ろす。
「…………揶揄ってんのか?」
「違う」
「昨日の今日でよくもまぁ、俺ん家に来れたよな。天才役者様は心臓も強いってか?」
「……何それ」
普段よりも言葉がキツい海都を、凪は怪訝そうに見つめる。
「今それは関係ないでしょ。私が役者だろうとなんだろうと別にいいじゃん」
「じゃあ何だよ。俺は昨日こっぴどくお前に振られて傷心中だってのに、傷に塩を塗りたくってんのは誰だよ?」
「でも、こうでもしないと海都逃げるじゃん。これからずっと話せなくなるの嫌だよ」
一歩も引かない凪に、海都は段々と苛立ちを覚え、手で凪の顎を持ち上げる。
「……じゃあお前は、俺がお前を好きだと知ってても、今まで通り接することができんのか?」
「……っ、それは……」
凪は少し目を泳がせて、視線を横にずらす。
その瞬間を海都は逃さずに、少しずつ自身の顔を凪に近づける。
「……今、ここで。俺がどれだけお前を好きなのか、分からせてもいいんだな?」
お互いの息がかかるぐらいまで近づく海都。
凪はどうすることも出来ず、ギュッと目を瞑って受け入れようとする。
そんな凪の様子を、海都は目を細めて見ていた。
――……なんで拒否しねーんだよ、こいつは。今ここでキスされても文句言えねぇってのに……。
海都がキス寸前のところまで近づくと、凪は口を震わせて言葉を発する。
「……海都が、……キスをして気が済むならいいよ。でも……」
凪は瞳を震わせながらも、しっかりと海都を見つめていた。
「……海都は本当に、それでいいの……?」
「――っ!! ……俺は……」
凪の言葉に寸前で止まった海都の口を、凪は優しく押さえた。
その手は微かに震えており、凪なりに何かを感じていたのだと海都は気づく。
「海都はずっと私の味方でいてくれてた。高校まで着いてきてくれて嬉しかった。……信頼してるよ、海都のこと」
海都は凪から少し離れて、凪の手を自身の口から離した。
「だから海都は私の嫌がることはしないって分かってた。……今のも本気でキスするつもりなんてなかったでしょ?」
「――っ!! なんで……」
「知ってるよ、それぐらい。ずっと隣で見てたから」
そう言って、凪は海都の手を両手で優しく包み込んだ。
その時に海都はビクリと肩を震わせた。
「……海都の気持ちを受け止めるよ。でも応えることは出来ない。それでも……」
凪は、両手で包み込んだ海都の手をそのまま持ち上げた。
そして、ぎこちなく微笑んだ。
「…………友だちなんて烏滸がましいことは言わないから。前みたいに、話すことはできない……かな?」
凪の言葉と表情を見た海都は、目を見開いて息を呑んだ。
そして、目の奥から熱いものが込み上げてきて、目尻から涙が零れ落ちた。
「――っ、クッソ……。本当、かっこ悪りぃ……」
海都は片手で顔を覆って、その場にしゃがみ込んだ。
――……俺は振られた時から、お前との関係を終わらせようと思ってたよ。でもお前は……。
凪も同じように、海都の目線に合わせてしゃがむ。そして、昨日と同じように優しく頭を撫でる。
――……俺を一人の人間として、認めてくれていたのに。俺は自分と気持ちが違うからって突き放して……。
海都は昨日と同じように、自身の頭にある凪の手を優しく掴む。
――……本当、どうしよもないガキだな。俺……。
海都は掴んだ手の甲に優しくキスを落とす。
そして、チラリと凪を見ると、昨日よりも顔を赤くして口をパクパクとさせている姿があった。
「……っ、はは……! さっきまで強気だったのに、なんでだよ……!」
「予測してなかっただけだから! いきなりはなし!」
凪の言葉に、海都はニヤリとして「へぇ〜……」と含みのある表情をする。
「いきなりじゃなかったらいいってこと? じゃあ今からキスしても……」
「い、いい訳ないでしょ! この馬鹿!!」
そう言って、凪は自身の額を海都の額に思いきりぶつける。
お互いにダメージを受けた二人は、額を抑えてその場で悶絶する。
「……っ、本気で……、頭突きする奴があるか……」
「海都が……、変なこと言うから……でしょ……!」
そこで二人はお互いを見合った。そして二人とも吹き出して、笑い出した。
「……ふ、……あはははっ! 高校生にもなって頭突きとか……! 馬鹿でしょ……!」
「本当だよな……! はははっ……、あぁ、痛ぇな〜……」
海都は吹っ切れたように、その場に座り込んで空を見上げた。
――……振られたけど、終わった訳じゃない。それなら……。
隣に座っていた凪に近づき、海都は凪の頬に手を伸ばす。
凪は何の疑いもなく、パッと海都の方を向いた。
「……これは、俺なりの宣戦布告だ……」
そう言って、海都はそのまま凪の頬にキスをした。そして、悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
「俺、諦めるつもりねぇからな。覚悟しとけよ」
凪はキスされた頬を押さえて、顔を真っ赤にさせて口をパクパクさせる。
「……か……、海都の馬鹿――――!!」




