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きみの知らないぼくのこと  作者: さか
気づき始めるそれぞれの想い

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16/23

第十六話



 ――廊下にて。

 律希と海都は並んで歩いている。

 周りの視線を集めており、二人はなんとなく注目を浴びていることに気づいていた。

「…………流石に堂々と歩き過ぎですかね」

「別に悪いことしてないし、いいでしょ。櫻庭くんって意外と気にするタイプ?」

「そういう訳じゃないですけど……。こんだけ視線浴びてたら多少は気にするというか……」

 海都も中学校の頃から凪と一緒にいるためか、注目されることは多かった。

 容姿端麗で文武両道な海都は人気者であったこともあり、凪がいなくとも常に注目を集めていた。

 ただ今は、そういう好意的な目ではなく、興味や好奇の目で見られているのだと気づいている。



「あの二人ってそういう……?」

「美男美女って感じだけど、女の方って二年の園田くんでしょ?」

「じゃあ男同士?」



 そんな呟きを拾った海都は、チラリと律希を見る。

 しっかりと見なければ喉仏など見えないし、体型も華奢なため、簡単に性別が分かるとは思えない。

 

 そんなことを考えながら、ジーと見ていると、律希が海都の視線に気づく。

「……え、どうしたの?」

「あ、すみません。俺ら一年はまだ知らなかったですけど、もしかして上級生は……」

「ん? ……あ――、そういう……。……うん、知られてるよ。普通に体育とか男として受けてるしね」

 律希はヘラリと笑う。

 その表情は特に気にしている様子はなく、無理している訳でもなかった。



 ――……この人は、もう割り切ってんだ。人と関わりたくないから……。



「律希センパイって強いですね。俺には無理だな」

「そうかな? 人のことなんて興味ないから、どれだけわたしのことを言われてもどうでもいいんだよね」

「……すごいですね、本当に」

 海都は少し視線を下に向けて、自嘲気味に笑う。

 海都の言動を見ていた律希は、歩を止めて海都の方に振り向いた。

「すごいのは君もだよ。ずっと蓮實さんのことを支えてきたんでしょ。……叶わない恋だと分かっていながら……ね……」

「それは……、そうですけど。それは凪が幸せになれるならって……、……思って……」

 そこまで言葉にして、海都はそれ以降の言葉が喉に詰まったような感覚に陥った。

 そして、無意識に喉を抑える。



 ――……凪が幸せになれればって……。……俺が幸せにしたいんじゃなくて……?



 固まっている海都を見ながら、律希はフッと笑って海都の肩を軽く叩いて現実に引き戻した。

 その瞬間、海都はパッと顔を上げる。

「……俺……」

「言わなくていい。無理して言う必要はないよ。……自分の言葉は時に自分を刺すことになるから」

 律希の言葉に、海都は目を丸くする。そして、全てを悟ったように笑った。

「――っ、……あははっ……。凪が貴方のことを好きになる気持ち、分かった気がします……」



 ――……凪を幸せにできるのは、きっと……。



 海都は全てを受け入れようとしているように、目を伏せて穏やかに微笑んだ。

 その時の海都の中には、無意識に現実から目を逸らす感情が芽生えていた。




 そんな海都を見た律希は、目を見開いて口を固く結んだ。



 ――……賢過ぎるのと、優し過ぎるのが共存するとこうなるのか……。……大変だな……。



 そんなことを考えつつも、律希は海都の顔を覗き込んで様子を伺う。

「……まるでさっきと態度が違うね。さっきは敵意剥き出しだったのに」

「それは貴方の得体の知れない存在だったからですよ」

 海都はそう言いながら、律希の横をスッと通り過ぎ、ポツリと律希にだけ聞こえるくらいの声で呟いた。

「……でも、少しなら、信用してもいいかなって思えました」

 それを聞いた律希は、目を伏せてギュッと拳を強く握った。

「……君に胸を張れる人間になれるよう、努力するよ」

「精進してください」

「手厳しいなぁ」

 その時、ピコンと海都の携帯から通知音が鳴る。

 画面には凪からのメッセージが表示されており、『集まり終わりそう?』と来ていた。

 そのメッセージを見た律希は、海都に軽く手を振った。

「蓮實さんも待ってるよ。行ってあげなよ」

「……はい。お時間をいただき、ありがとうございました」

 海都は律希に軽く会釈をして、その場を後にした。




 その場に残された律希は、小さく息を吐いた。

「あんな真剣にぶつかられたら、ちゃんと向き合うしかないよね」

 そして、律希も自身の教室に戻った。









 * * *









 ――律希の教室にて。

 ガラリと律希が扉を開けると、遥人が血相を変えて律希の近くに駆け寄り、両肩を掴んだ。

「何もされてねぇか!?」

「されてないよ。彼とは普通に話をしてただけだから」

「…………そうか」

 遥人はホッと安心したように、律希の肩から手を下ろした。

 そんな遥人の様子を見ていた律希は、ぎごちなく微笑んで遥人の手を掴んだ。

「……遥人がいるから、わたしは安心できてる。だから大丈夫だよ」

「――っ、それでも……!」

 律希の言葉に重ねるように、遥人は食い気味に言葉を発する。そして、拳を強く握り締める。

「……お前は優しいから。それが原因で今のお前がいるんだろ……! ……またお前が……」

 そう言いながら、まるで自分のことのように苦しい表情を浮かべる遥人。

 その時、律希は遥人の手を握る力を少し強める。まるで遥人を現実に引き戻すように、軽い痛みを遥人に与えた。

 遥人はハッとして、律希の方を見る。

「…………大丈夫。もう昔のことでしょ? あの時みたいに誰彼構わず優しくしないよ」

 そう言って、律希は視線を下に向けて、眉毛を下げた。





 気づけば教室内の雑踏が徐々に消え、教室には律希と遥人の二人だけになる。


 静かになった教室には雑音一つ聞こえず、聞こえるのは蝉の声と風の音だった。その沈黙を破ったのは、遥人だった。

「……まだ、ゴミ親から何も言われないのか?」

「そうだね。……両親も昔のことは忘れてるから。今更謝られても、あの時のおれが消える訳じゃないしね」

 律希は「それに」と言って、言葉を続けた。

「今のおれなら、笑って"許す訳ねーだろ。バーカ"って言える気がするよ」

 そう言って、律希はニヤリと悪戯っ子みたいに笑った。

 そんな律希の言動から、遥人は苦笑いを浮かべて肩をすくめた。

「……やっぱり、お前は強ぇな……」

「女装して四年間過ごしてるからね。おかげさまでメンタルは強くなったよ」

「……ははっ! そっちかよ!」

 遥人は律希の態度に思わず笑いが溢れ、教室の壁にもたれた。

 律希も同じように、遥人の隣に並んで壁にもたれる。そして、遥人の顔を覗き込む。

「前のおれのがよかった?」

「……いいや? 俺はどんなリツでも好きだ」

「本当に愛が重いな〜。そんなに重かったら、一生恋人出来ないよ」

 律希は遥人を揶揄うように、軽く笑う。

 そんな様子の律希を見ていた遥人は、優しい表情を浮かべて微笑む。

「――、……リツ」

「なに?」

「お前のことが、好きだよ。ちゃんとな」

 突然の遥人の真剣な告白に、律希は目を見開いて驚く。



 ざぁと、外で風が木々を揺らす音が聞こえる。開けた窓から風が入り、二人の頬を優しく撫でた。

 遥人が横にいる律希の方に、拳一個分まで近づく。

「……お前は半分冗談だと思ってたかもしれねーけど。俺は本気だ」

 そう言って、遥人は律希の頬に手を伸ばす。

 


 お互いの瞳に、お互いの顔が映る。

 律希は遥人から目を逸らさず、しっかりと彼を見据えている。

 遥人は律希のことを心の底から愛おしそうに見つめている。



 遥人はそのまま律希の顔に、自身の顔を近づけようとする。

 しかし律希はそれを拒もうとせず、嫌な表情一つも浮かべていない。

「――っ!」

 そんな律希を見て、遥人は息を呑む。

 そして、その勢いのまま自身の顔を律希の肩に預け、苦しそうに小さく肩を震わせた。

「……なんで……、……ちっとも嫌そうな顔を、しねぇんだよ……!」

「……なんでって……、遥人だから」

 そう言って、律希は遥人の頭を優しく撫でる。

「遥人はおれの嫌がることはしないって、分かってるから。……信じてるから」

 律希の言葉を聞いて、遥人はゆっくりと顔を上げた。遥人の目から、小さい雫が頬を伝って落ちる。

 そんな遥人を見て、律希は首を傾げて微笑む。

「……遥人でも、そんな表情(かお)するんだね」

 律希は遥人の頬に手を伸ばして、優しく涙を拭う。そのまま遥人を落ち着かせるように、遥人の頬を優しく撫でる。

「…………冗談なんて、一回も思ったことないよ。遥人が本気でおれのことを想ってくれているのも、大事に思っているのも」

 遥人はそこで目を見開いて、眉を下げて自嘲的な笑みを浮かべた。

「――ははっ……、そうかよ……」



 ――……やっぱり、リツには一生勝てる気がしねーな……。



 遥人は下を向いて、目元を拭う。そして顔を上げてぎこちなく笑った。

「……ありがとな、リツ。やっぱり大好きだ、お前のこと」

「知ってるってば。今日は一段と愛が重いね」

「うるせー。分かってるなら言うな」

 遥人は気恥ずかしそうに、自身の拳で律希の頭を軽く小突く。

「いてっ。なんで小突かれたの、おれ」

「余裕そうに笑ってっからだ。少しは俺の苦労をしれってんだ、馬鹿」

 そう言いながらも、遥人は笑顔で律希を見ていた。

 律希もこの時間が心地良いかのように微笑んで、遥人を見ている。



 




 しばらくした後、遥人は大きく息を吐いて、大きく伸びをした。

「はぁ――……。俺の恋も終わりかよ――……」

「そうなるのかな?」

「あ゙ぁ゙? お前に気になる奴が出来てんだから終わりだろ」

「気になるって……」

 律希は遥人から視線を逸らし、動揺の色を見せないようにする。

 しかしそんなことをしなくとも遥人にはお見通しなようで、遥人は「はぁ……」とため息をついていた。

「蓮實だろ。お前の口から名前が出てきた時から変だと思ってたんだよ。今日の海都の呼び出しで確信したな」

「は、蓮實さんはそんなんじゃ……」

「一緒に帰ってたのに?」

 遥人の言葉に、律希は硬直した。

「…………は? なんで知って……」

「そりゃあ、グラウンド横の正面玄関の道を歩いてたら嫌でも目に入るっつーの」

 律希は少しずつ頬を染め、気まずそうに顔を逸らした。そして気を紛らわすように、髪の毛を触る。

 そんな律希を見て、遥人は思わず吹き出す。

「……ふっ、……あははは! お前でもそんな顔すんだな! これはあいつに感謝だな」

「わ、笑うなよ……!」

 一頻り笑った遥人は、はぁと息を吐いて呼吸を整え、口を開く。

「…………お前が死にそうな顔すんのは嫌だけどさ」

 遥人は律希の頬に手を伸ばし、優しく撫でた。

「そういう顔してんのは、心の底から嬉しいと思うよ」

「――っ! ……遥人……」

「――でもなぁ! 俺に何も言わずに事を進めようとしてんのは許さねぇ! あいつが信用に値するのかを見極めねぇとだろーが!」

 そう言って、遥人はビシッと律希を指差す。

 律希は目をパチパチとさせた後、呆れたように苦笑いを浮かべた。

「……遥人はおれの保護者?」

「ちっ……げ――よ! お前のことが好きだからだよ!」

「恋が終わったと言い出した人の発言とは思えない……」

 律希は大きなため息をついて、片手で額を覆った。しかし、その表情は不思議と笑みを浮かべている。



 ――……遥人は、おれの味方でいてくれるんだろうな。この先もずっと……。



 律希は顔を上げて微笑んだまま、遥人を見つめた。

「……ありがとう、遥人」

「…………おう」

 遥人も同じように律希の方を見て、微笑んでいた。



 

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