第十三話
――律希の教室にて。
律希はいつも通り少し早く登校し、いつも通り自分の席で読書をしている。
いつもと違うのは、机の上に携帯を置いていること。
普段の律希なら携帯などどうでもいいのだが、今は少し違う。
読書をしながらも、チラチラと携帯の暗い画面を見ては落胆する流れを繰り返している。
そこで、律希は自分が携帯を気にしていることに気がつく。
「…………いや待てよ。なんで連絡が来ないことにガッカリしてるんだろ……」
律希は首を横に振って我に帰る。そして、視線を本に移して、読書に集中しようとした。
しかし、どうしても気になってしまうのか、携帯を見ずにはいられなかった。
律希はため息をついて携帯を手に取って、画面をつける。
その時、画面に通知が一件表示され、律希は急いでメッセージアプリを開く。
「……なんだ、遥人か……」
律希はあからさまに肩を落とし、携帯の画面を伏せるように机に置いた。
そして頬杖をついて、外を眺める。外を見れば、生徒たちが続々と登校している姿が見えた。
その中に凪はあるのだろうかと思いながら、目だけを動かして凪の姿を無意識に探す。
そこでまたハッと気がつき、ブンブンと首を横に振る。
――……いやいやいやいや。何いきなり気にしてんだ。今まで散々避けといて、我ながらキモすぎる……。
そんなことを考えても、気になるものは気になるのである。
律希はまた外へと視線を向けると、海都と並んで歩いている凪の姿が見えた。
律希は思わず立ち上がったが、そこからは何も考えておらず、立ち尽くしたまま。
凪も律希に気づき、お互いに目が合った。
凪は恥ずかしそうに目線を逸らした後、凄まじい速度で携帯を操作した。
その直後、律希の携帯から通知音が鳴る。
律希は携帯の画面を見ると、凪からのメッセージだった。
そこに書かれていたのは……。
『おはようございます。今日も素敵です。付き合ってください』
予想の斜め上をいくメッセージに律希は思わず笑みが溢れた。
「……ふふっ、ここで言っても意味ないじゃん……」
律希も携帯を操作し、凪にメッセージを送った。
そして律希は窓から、外にいる凪の様子を上から眺めることにした。
――……どういう反応するんだろ……。
律希は頬杖をついて、微笑んでいた。
下にいた凪は、携帯の通知に驚く。すぐに確認すると、律希からの返信だった。
「――っ、返信だ……!」
凪は律希からの返信を確認するべく、急いでメッセージアプリを開く。
嬉しそうに顔を綻ばせる凪を横目に見ていた海都は、誰からのメッセージか気になり、凪の携帯を覗き込んだ。
「そんな嬉しそうにして、誰からだよ」
「律希さん」
「へ――……、……? ……はぁ!? 嘘だろ!?」
海都は驚いて持っていた鞄を落としかける。そして、再度改めて凪の携帯の画面をしっかり見た。
メッセージアプリの宛名には、ちゃんと"園田律希"の文字がある。
その瞬間、海都は一瞬だけ凪も気付かない程度に身体を硬直させた。
「…………マジかよ。進展してんじゃねーか」
海都は信じられないといった表情を浮かべる。
「オレのこと馬鹿にしすぎ。オレだってやる時はやるんだよ」
凪はムッとした顔をして海都を見る。
そんな凪の頭に肘を乗せて、ニヤニヤする海都。
「へ――? お前から言ったの? 連絡先交換しましょ〜って。本当に?」
海都には見透かされているようで、凪はグッと言葉を詰まらせた。
そして目線を泳がせながら、ボソボソと消え入りそうな声で呟く。
「……ほ、本当は……。り、律希さん……から……、言ってくれた……」
「ほれみろ。自分の手柄みたいに言うなよ」
「でも! 頑張っただろ!! ……連絡先交換するまでになったんだから……」
そう言う凪は、頬を赤らめながらも嬉しそうに携帯を握り締めていた。
凪の様子を見た海都は、嬉しいような、面白くないようななんとも言えない感情を抱く。
――……喜ばなきゃ、いけないのに。……俺って、本当に重いな……。
海都はそんな感情を紛らわすかのように、凪の頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。
「よーしよしよし。頑張ったなぁ、凪。今夜は祝勝会か?」
「大袈裟だろ」
「お前にとっちゃ、祝勝会レベルだろーが。……で、なんて返ってきたんだよ?」
「……メッセージで告白したら、"気持ちが込もってない。無理。"って」
「そりゃそうだろ。メッセで告んなよ」
海都は呆れた目で凪を見る。
「……別にいいんだ。やり取りできてるだけで、オレは幸せだから」
凪は海都のことよりも、律希とのメッセージ画面を見て微笑んでいる。
凪を見ていた海都は少し眉を顰めた。
「……俺も、出来ることをしなきゃな……」
海都の呟きを上手く聞き取れなかった凪は、キョトンとした顔で海都の方を見た。
「……? なんか言った?」
「いーや何も。ただ、凪が間抜け面してるなーって」
「いきなり酷くない?」
凪はそう言って、プイッとそっぽを向き、昇降口の方に歩いていった。
海都は凪の背中を見て、自嘲気味に笑った後、すぐに凪の後を追いかけた。
* * *
時間は過ぎ、昼休みになった。
凪は携帯の画面を見つめながら、百面相をしている。
そんな凪の頭に、海都は弁当の入った保冷バッグを軽く置く。
「なんでそんな百面相してんだよ」
「…………律希さんをお昼ご飯に誘いたい……」
「誘えばいいだろ」
海都はバッサリと言い捨てる。
海都の言葉に、凪は信じられないといった顔をして海都を見た。
「そんな軽率に誘えてたら苦労してねぇわ」
「凪って変なところチキンだよな」
海都は凪を一瞥し、凪の手元から携帯を取り上げた。そして、徐に凪の携帯を操作し始める。
あまりにも自然に携帯を取られた凪は、反応が遅れる。
「あ! 返せよ!」
「まぁまぁ、俺が一肌脱いでやるって」
そう言いながら、携帯を操作し続ける海都だったが、その手が一瞬止まる。
――……手助け……する必要もねぇのに……。……なんでこんな虚しいことしてんだ……。
そんな思考を掻き消すように、続きの文章を打ち込んで、凪に携帯の画面を見せる海都。
そこには律希宛てのメッセージで、「今日のお昼ご飯、一緒に食べたいです♡」と送られていた。
その画面を見た凪は目が飛び出るほど驚き、急いで海都から携帯を掻っ攫う。
「――っ!? お、おまっ、か……、海都っ!! 何してんだよ!!」
「えぇ〜? 俺ってば恋のキューピッドだろ?」
そう言って、海都はわざと目をうるうるとさせて凪を見る。
そんな海都の頭を、凪は軽く叩いた。
「余計なお世話の間違いだろーが! この馬鹿!!」
「はいはい。なんとでも言えって」
海都は何でもないような表情をする。
そうこうしているうちに凪の携帯が震えた。画面を見てみれば、律希から返信だった。
海都はニヤニヤしながら、顎でクイっと携帯を指し示す。
「……揶揄いやがって……」
凪は頬を赤くしながら、震える手でメッセージアプリを開く。
律希からの返信は――。
『いいよ。屋上だったら人目もないから』
「――っ!? 海都ごめんオレ行ってくる!」
凪は凄まじい勢いで全ての言葉を言って、弁当袋を持って駆け出した。
完全に置いてかれた海都は紙パックジュースを咥えたまま、ポカーンとする。
「………………どこに?」
海都は凪が開けっぱなしにしていった扉をジッと見つめる。
そして、大きくため息をついた。
「……恋のキューピッド……か。どの口が言ってんだよ……」
――……本当は成就させたくないくせに……。好きな人の幸せも願うこともできないなんて。……最低だな、俺……。
海都は苦しそうに笑って、胸の痛みを紛らわすようにジュースを一口飲んだ。




