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きみの知らないぼくのこと  作者: さか
出会い、そしてほんの少しの近づき

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第十二話



 ――帰り道。

 律希の隣を歩く凪は、海都と歩くよりも身体中に力が入っており、ガチガチだった。

 右手と右足が同時に出るなんてことはないが、それに近しい歩き方はしている。

 


 そんな凪を横目でチラリと見た律希は、思わず吹き出した。

「わっ、笑わなくてもいいじゃないですか……!」

「ごめんごめん。高校で出会った時の君と違いすぎて、思わず笑っちゃった」

「……あ、当たり前です。今は知られてる状態なんですから……」

 凪は口を尖らせて、拗ねたような表情を浮かべる。

 その表情はもはや演技などではなく、蓮實凪本来の表情だった。

 律希は目を丸くする。

「……蓮實さんって櫻庭くんとはそんな感じなんだ?」

「え? ……まぁ、海都相手に演技いらないですし」

「……ふーん……」

 律希はなんとなく面白くないと感じ、胸の奥にモヤモヤとした感情が湧き出てくる感覚がした。

 眉を顰めて胸の辺りを押さえる。



 ――……嫉妬……? いや、そんな訳ない。おれがそんな感情を持っている訳がない……。



 律希は胸を押さえながら、凪の横顔を見る。

 律希の視線に気づいた凪は、「なんですか?」と言って、律希の方を向いた。


 目が合った時、律希は少し肩をビクリとさせたが、すぐにいつもの表情に戻る。

「……なんでもないよ。暗くなる前に帰ろうか」

 律希がそう言って、前を向いた。




 その時に、二人の前から怪しい二人組の男が歩いてくるのが見えた。

 律希は彼らを見据え、何事もなかったように通り過ぎようとした。そんな律希の腕を、一人の男が掴んだ。

「君、可愛いじゃん。お兄さんたちと遊ばない?」

 律希は男たちを、蔑むように見る。

「…………結構です。声をかけるなら別の人にした方がいいかと。……行こう、蓮實くん」

 そう言って、律希は男の手から自身の腕を抜き取り、凪の手を掴んで歩き出す。

 男たちは諦めずに、次は凪の腕を掴んだ。

 思ったよりも強い力だったのだろう。凪は痛みで、顔を歪ませた。

「……――っ、痛っ……!」

「じゃあこっちの君は? 見るからに女の子じゃん」

「オ、オレは男です。早く離してください」

「えー、冗談でしょ? こんなに細い腕なのに?」

 男たちは凪が女であることを、なんとなく気づいているようで、しつこく詰め寄る。

 手を振り解こうにも、凪には強すぎる力なため振り切れない。




 隣で見ていた律希はジロリと睨み、凪の手を掴む男の腕を掴んだ。

「……良い加減、離したら? しつこい男は嫌われるよ」

「じゃあ君が相手してくれるの?」

 そう言って、男は凪の手を離して律希の腰に手を回そうとする。

 その腕を律希はガッシリと掴む。

「…………いいよ、相手してあげる。ただ、優しく出来ないと思うけどね」

 


 その瞬間、律希の腰に手を回そうとした男は地面に倒れていた。

 律希はスゥともう一人の男に目を向ける。

「……次」

 律希と目が合ったもう一人の男は、下唇を噛み、律希に殴り掛かる。

 しかし彼もまた、律希からの一撃を受けてその場に倒れ込んだ。


 その光景を呆然と凪が見つめる。

 律希が凪の方を振り返って、ヘラリと笑った。

「これじゃ、昔と同じだね」

「……律希さんも強いんですね……」

「空手やってたからね。……、……も、ってことは別の誰か?」

 律希は制服の埃を払い、身なりを整えながら凪に聞く。

「この前の夏祭りの時、律希さんと離れた後に絡まれたんですよ。その時に海都が……」

「直近で絡まれすぎてない?」

「ですね〜。私も護身術とかやっとけば良かったかも」

 そう言って、凪は自身の手をグーパーさせる。

 そんな凪を見た律希は、目を細めて凪に近づいた。

「……やらなくていいよ。蓮實さんは、やらなくていい」

 律希はそう言いながら、凪の頭を優しく撫でる。

 律希の行動の意図が掴めず、凪は目を白黒させて頬が赤色に染まっていく。

「あ……あ、あの……」

「きっと櫻庭くんが守ってくれる、でしょ?」

 そう言って、律希は気まずそうに微笑んだ。

 まるで自分ではない誰かに守ってもらえと、言っているようだった。


 凪は唇をキュッと紡ぎ、眉を下げた。

「…………そうですね。海都は過保護だから」

 凪も同じように、気まずそうに微笑む。

 お互いにこれ以上は踏み込んではいけないことを分かってるようだった。

 



 律希が凪のことを知りたいと思っているのも本当。

 凪が律希に守って欲しいのも本当。

 だが、二人の根底には他人を信用することの恐怖があった。

 これ以上踏み込んで裏切られた時のイメージがお互いにはあり、それがお互いの足枷になっていることには薄々気づいてはいる。

 しかしそれを断ち切れるほど、彼らの心は強くない。

 今もお互いのことを好意的に思っていても、どこか距離を置いてしまっている。



 

 律希は凪の頭から手を離し、歩き始めた。

「そろそろ帰ろうか。暗くなっちゃうからね」

「……そうですね」

 そう言って、凪も律希の横に並んで歩き始める。


 二人を照らす夕焼けが、どことなく痛々しくお互いの心情を表しているかのようだった。










 * * *









 

 ――次の日。

 凪はいつものように起きて、いつものように用意をして、いつもの時間に家を出た。

 家の前にはいつものように凪のことを待っていた海都が、塀にもたれながら携帯を見ている。

 玄関の扉が開いた音に、海都はふと顔を上げた。

「はよ、凪」

「おはよ」

「じゃー、行くかー」

 そう言って、いつものように歩き出す海都。

 その隣をいつものように歩く凪。



 いつも通りに見える日常だが、海都の一言にいつも通りではなくなる。

「昨日は良かったな。律希センパイと帰れて」


 その瞬間、海都の横から鈍い音が聞こえてくる。

 海都の言葉に動揺した凪が、思いきり電柱に頭をぶつけた音だった。

 凪の様子に海都は目を丸くする。

「お、おい、何してんだよ」

「……っ、……大丈夫、眠たいだけ」

「嘘つけ。パッチリ開いてたじゃねーか」

 凪は額をさすりながら、なんでもない顔をする。

 海都は凪の額に手をを伸ばし、前髪を上げる。そしてまじまじとぶつけた箇所を見る。

「たんこぶとか出来てねーよな」

 凪は少し驚いた表情を見せたが、すぐに真顔になり、海都をジトっと見る。

「出来てない。早く手をどけろ」

「心配してんのにひでー」

「海都が変なこと言うからだろ」

 無慈悲にも、ペシっと凪は海都の手を払い除ける。

 そんな凪に、海都は叩かれた手をさすりながら口を尖らせた。

「……ただ見たことを言っただけだろーが。実はそんな楽しくなかったとか?」

「んな訳ないだろ。めちゃ楽しかったわ」

「だろーな。お前めっちゃ笑ってたもんな」

 そう言って、海都はケラケラ笑う。

 海都の態度に、凪は訳が分からないといった表情をして海都を見つめる。

「揶揄ってんの?」

「ちげーよ。仲良くなれてよかったなって言いたいだけだよ」

 海都は凪の頭をポンポンと優しく叩く。

「……そうかよ。……仲良くなれたかは分からないけど、前よりは距離縮まったと……、思う……」

 そう言いながら、凪は少し目線を下に向け、恥ずかしそうに頬を染める。

「コミュ障のお前がね〜」

「馬鹿にしてんだろ」

「えー、気のせいでーす」

 海都は凪から手を離し、自身の頭の後ろで手を組んだ。そしてニカっと笑う。

「ま、成就することを祈ってやるよ。玉砕したら慰め会してやんよ」

「余計なお世話だ」

 凪はそう言いつつも、安心したように微笑む。

 そんな凪を見て、海都は肩をすくめ、眉を下げた。



 ――……俺の気持ちはもう……。……それなら……。



「……早いとこ、捨てねぇとな」

 海都がボソリと呟く。その呟きは空に溶け、誰にも何も知られず消えていった。


 


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