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きみの知らないぼくのこと  作者: さか
出会い、そしてほんの少しの近づき

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第十話



 ――次の日の朝。

 凪は律希に遭遇しないよう、なるべく早く家を出て学校に向かうことにした。

 辺りを警戒して歩く姿は、今から空き巣に入る犯罪者のようにも見える。

「…………流石に昨日の今日は気まずい。……というか、身バレしてるせいでどう接していいか分かんないし」

 凪は何やら、独り言をぶつぶつと呟きながら歩いている。

 そのため周りを全く見えておらず、目の前に来た人影に気づかなかった。

「……っ、ぶっ……、す、すみません……。前見てなくて……」

「こちらこそ……って、お前……」

「んぎゃっ! 遥人さんっ!!??」

 凪がぶつかった相手は、まさかの律希のセコムである遥人。

 凪は驚いて飛び跳ねる。

「人を幽霊みたいに扱うな。しっかり前見てろよ」

「オレだと分かるや否や厳し……!」

 凪は律希にしかバレてないことを願いながら、男子生徒の演技を続ける。



 ――……律希さんなら言ってない! ……と、思いたい……!



 遥人は凪のことをジッと見つめる。そして、徐に口を開いた。

「……お前、夏祭り会場にいたのか?」

「え……? 夏祭り……?」

 凪はまさか言ったのかと頭によぎり、冷や汗が流れるが、それを表に出さないようにする。

 あまりにも目を丸くして固まっている凪に、遥人は軽く首を振った。

「…………いや、何でもねぇよ。忘れろ」

 遥人はそのまま学校の方へ向かって歩く。

 



 そんな遥人の背中を見つめたまま、凪は口をポカーンと開ける。

「気になるしかないんですけど……?」

 凪はモヤモヤを抱え、その場に立ち尽くしていた。









 * * *








 

 ――学校の廊下にて。

 律希は周りを見渡しながら、自身の教室にて向かっている。



 ――……昨日の今日だし、流石に避けられてるか……。



 凪の姿が一切見えないため、律希はなんとなく避けられているんだろうと考える。

 話がしたい訳でも会いたい訳でもないが、凪の元気な姿が見えないと少し物足りなくなってしまう。

 色んなことを悶々と考えた後、律希はハッとして首を横に振る。

「……わたしから行くのは違うし。それに会いにいったところで何を話すって感じだし」

 律希は何も考えず、今まで通り必要最低限の関わりでいいと。

 それが最善だと思った。



 ――……おれなんかと関わると、蓮實さんが不幸になる……。



 律希はふぅとため息をついた。








 律希が教室に着くと、すでに遥人が教室でクラスメイトたちと談笑している姿があった。

 律希の姿に気がついた遥人は、クラスメイトたちの輪から外れてくる。

「おはよ、リツ」

「おはよう。……あの人たちとは良かったの?」

 律希が目線だけ動かし、先程まで遥人が談笑していたクラスメイトたちを見る。

 遥人は「あぁ……」と言いながら、ニッコリと笑った。

「あいつらなんかより、リツとの時間の方が大事だからな」

「あ、はい」

「テキトーすぎねぇ?」

「日常茶飯事だからね。……それよりも、蓮實くんって来た?」

 


 律希が凪の名前を出すと、遥人は分かりやすく眉を顰める。

「あ゙ぁ゙? なんであいつの名前が……。……俺の知らない間に何か……」

「何もない! 何もないから!!」

 遥人の様子に慌てた律希は、両手を振って強く否定する。

 しかし遥人の疑いは晴れず、遥人の表情は険しいままだった。

「……リツからあいつの名前出てくるとか、絶対なんかあっただろ。何があった?」

「だから何にもないってば。……最近、会いに来ないなーって思っただけで」

「来て欲しいみたいじゃねーか」

「そんなこと一言も言ってないじゃん、馬鹿」

 律希はため息をつき、頭を抱える。

「遥人に聞いたのが馬鹿だった。忘れて」

「忘れられねーよ。なんであいつの名前が出る?」

「もういいじゃん。最近来ないから気になっただけだし。それ以上もそれ以下もないから」

 律希は頭を抱えながら、片方の手でシッシッと遥人を軽くあしらう。

 そんな対応をされた遥人は、肩をすくませた。

「リツがそう言うなら。……でも俺は見てるからな」

「はいはい。お好きにどうぞ〜」



 そこでホームルームが始まるチャイムが鳴り、遥人は自身の席に移動した。

 律希は頬杖をついて、外を眺める。



 ――……蓮實さんとはちゃんと会って、話さないといけない気がする……。









 * * *









 ――放課後の廊下にて。

 律希に会わないよう、行動範囲を狭めていた凪だったが、下校だけは難しい。

 何故なら、絶対に全校生徒が使用する靴箱に行かねばならないからだ。

「……微妙な時間にしたから居ないと思う……! いや、居ないで欲しい……!」

 そんなことを呟きながら、凪はキョロキョロと辺りを見渡して移動する。



 一年の下駄箱に辿り着き、ホッと一息ついたその時だった。

「……やっと……、見つけた……」

「――っ!?」

 凪が後ろを向くと、息を切らして肩で息をしている律希が立っていた。

「りっ、律希さん……!!」

 凪は一瞬思考停止したが、すぐに踵を返して逃げようとする。

 しかし、律希が自身の腕で凪の退路を塞いだ。

「君とはちゃんと話さないといけない気がしたんだ。……だから、ごめんね」

 そう言って、律希は有無を言わさずに凪を横抱きする。

 律希の行動に、凪は目を丸くして驚く。そして、状況を理解して顔を真っ赤にさせた。

「なっ――、何してるんですか! その姿でこれ見られたらどうするんですか!」

「今の時間は部活の人しかいないし、この辺で活動している部活はないから。大丈夫だよ」

 律希はニッコリと笑う。

「……そ、そういう問題じゃ……」

 凪の嘆きは虚しくも、律希には届かず、そのまま空き教室に連れ去られてしまった。






 空き教室に入った後、律希は静かに凪を椅子に下ろした。

「無理矢理だったけど、ごめんね。こうすることでしか君とは話せないと思ったから」

「だ、だとしても……、他に方法ありましたよね……」

 そう言って、凪は恥ずかしそうに律希から顔を逸らす。

 そんな凪の様子を見た律希は、少しだけ瞳孔を開き、驚いた表情を見せた。

「…………君も、そんな顔するんだね」

「しますよ。だって、好きな人ですもん」

「そう……、だったね……」

 凪の言葉を聞いて、変な羞恥心に苛まれた律希は、凪から視線を逸らす。



 その場に沈黙が流れる。



 律希はゴクリの固唾を飲み、意を決したように自分のウィッグを掴んで外した。

 凪は訳が分からず、目を丸くする。

「……な、何を……」

「おれがこの姿をしている理由は、人と関わりたくないから」

「………………え?」

 突然の告白に、凪は口をポカーンと開ける。

 そんな凪の様子を見て、律希は困り眉で微笑んだ。

「突然言われてもって感じだよね。……おれの話を聞いてくれる?」










 * * *










 ――三年前。

 律希が中学ニ年生に上がった時のことだった。

 


 律希のクラスでも影響力のあるグループが、暇つぶしで一人の生徒にちょっかいをかけようと言い出した。

 もちろん誰も彼らを止めようとしなかった。

 理由は簡単だ。止めようとすれば確実に彼らの標的になるのが目に見えていたからだ。



 そのグループが計画を立てているのを、近くの席で聞いていた律希は澄ました顔で言う。

「…………それ、する必要ある? つまんない暇つぶしだね。勉強した方が役に立つよ」

 あまりにも正論だったため、彼らは、その場で律希に言い返すことが出来なかった。

 律希も特に何も考えずに発した言葉だった。




 これが律希の人生を狂わせる出来事になるとは、誰も想像しなかっただろう。




 完全に辱めを受けた彼らは、律希を暇つぶしのターゲットにすることにした。

 毎日、律希は理不尽な嫌がらせ、いじめを受けるようになる。

 本来なら恐怖などで精神は擦り減るはずだが、律希の精神は疲弊するどころか、毎日飄々と過ごしていたのだった。



 それもそのはずで、律希は家でも似たような嫌がらせを受けているから。

 病弱な弟にばかり手を焼く両親、律希のことは後回しで放ったらかし。律希が発言しようにも、弟の方ばかり優先される日々。

 そんな毎日を送っていれば、中学生如きの嫌がらせなど、蚊に刺されたぐらいの痛みだろう。



 律希は汚れた上靴を洗いながら、下唇を噛む。



 ――……くだらない。ほんっと……、くだらない……。



 擦り減らないだけで、うんざりしているのは事実。

 律希は、このくだらない暇つぶしはいつ飽きるのだろうと考えながら毎日を過ごしていた。








 

 ――ある日の屋上。

 いじめグループに呼び出された律希は億劫になりながら、屋上の扉を開ける。

 そこに居た彼らはニヤニヤしながら、律希を見ていた。

「……おい園田。お前のその面、今日から歪ませてやるよ」

「…………もう何でもいいよ。そろそろこのくだらない遊び、やめない? あんたらも飽きたでしょ」

 律希がそう言うと、グループの一人が一歩前に出る。

「あぁ、飽きたよ。だから今日からまた新しい遊びをしようと思ってな」

「何をす……、――っ!? その写真……」

 彼の差し出した携帯の画面には、家族らしき人たちの後ろで荷物を持つ律希が映っていた。

 誰が見ても、この対応では家族に見えないのは明らかだった。



 律希は目を見開いて、口元を震わせる。

 そんな律希の表情を見て、彼らは笑い声をあげた。

「あ――っははは!! ……ははっ、その顔だよ! その顔がずーっと見たかった!」

「え、まじ笑えるんだけど。最初からこれやってれば良かったくね?」

「バーカ。最初からしてたら途中からつまんなかったって! 今が一番おもしれーだろ」

 彼らは律希を指差し、優越感に浸っている。

 


 そうやって優位に立たれていることに、律希は気持ち悪さを感じた。

「…………それをどうするつもり?」

 律希が彼らを睨む。

 だが彼らには効かず、ニヤニヤしながら携帯をヒラヒラさせている。

「この写真使って、いつでも誰でもご奉仕します〜ってビラ配んの。普段から召使みたいなことしてんだから、良いだろ?」

 律希は言葉に詰まる。


 

 ――……家でもそんな仕打ちを受けているのに、何故学校でも同じことをしなければならないのか。

 ――……一体、おれが何をしたのか。

 ――…………なんで、おれがこんな思いをしなければならないのか。


 

 色んな思考が律希の頭の中を駆け巡る。

 思考の末に出た言葉は――。


「………………何が、望みだ……」

「素直じゃん。そういう奴、嫌いじゃねーぞ。……しばらく俺たちのサンドバッグ兼パシリな」

 律希は無言のまま、彼らを睨む。

 彼らのうちの一人が律希を見据え、低い声で言う。

「……で、どうすんだよ。俺らはどっちでもいいぜ」

 その言葉に律希は握り拳を強く握るが、諦めたように手を緩めた。

「…………分かった。あんたらの鬱憤晴らしに付き合うよ」

「そうこなくっちゃ。今日は何もしねーよ。……明日からよろしくな、律希くん♪」

 彼らはご機嫌で屋上から出て行った。

 その場に取り残された律希は、悔しそうに下唇を噛み締めた。






 それから律希は何も言わず、彼らの鬱憤晴らしに付き合うことになった。

 周りから見ても酷いいじめだったろう。

 彼らは狡猾で、教員にはバレないように周りに根回しし、証拠も何も残さなかった。

 律希自身が言うことも出来たが、律希はそんな気も起きなかった。気力も湧かないほど、心身ともに疲弊していたからだろう。


 


 そんな日々を過ごしていたある日、律希へのいじめが途端に止まった。

 彼らは律希に余所余所しくなり、周りの生徒たちも律希に接するようになった。

 律希は訳が分からず、目を丸くする。

「…………どういう……」

 そんな律希の周りにいたクラスメイトたちが、眉を下げて申し訳なさそうな表情を浮かべている。

「あの、園田くん。今までごめんね。見て見ぬ振りしてて……」

「俺らも怖かったんだよ。お前を助けたら……って……」

 律希はそんな彼らを見て、虫唾が走った。



 ――……今まで何もしてこなかったくせに、今更偽善者気取りか……。……本当に人間って……。



「……しょうもない……」

「え、何て?」

 律希の呟きに気づかないクラスメイトたちは、首を傾げる。

 少しの間、黙っていた律希は顔を上げて微笑んだ。

「……何にも。ただ、ありがとうって言っただけだよ」

 そう言って、律希は窓際の自身の席に座り、窓から外の景色を眺める。

 外ではチチチッと、雀が飛んでいるのが見えた。

「……いいなぁ、鳥は。自由に一人で飛べて」

 律希はボーッと、外を飛んでいる雀を目で追う。



 ――……人と関わるのが面倒なら、人が近寄らないようにすればいいのか……。



 人が近寄らないようにするにはどうしたらいいかを考えていると、外で談笑している女子生徒たちに目がいく。

 そのうちの一人のロングヘアが風で靡いていた。



 ――……不本意だけど、そうしたら近寄ってこないか……。

 


 律希は携帯を操作し、通販サイトを開く。その中からロングヘアのウィッグのページを開いた。

 そしてそのまま購入ボタンを押す。

 暗くなった携帯の画面を見つめ、大きなため息をつく。

「……おれも、いつかみんなみたいに普通に生きれるのかな……」



 それ以来、律希はわざと女装をして人を避けるようになるのだった。



 

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